第八話 返されたペンダント
フラフラする視界のまま壁を背に座った体制に体を戻す。女の子の手前かっこ悪いところを見せたくない気持ちでいっぱいだった。ボロボロになっている状態ではかっこつかないが見栄を張りたかったのだ。
「怪我はない?」
ただそれだけの言葉。だが俺にはひどく心地よく聞こえた。柊さんの心配している声を聞き興奮状態だった心に余裕ができる。
「怪我はないよ大丈夫」
「良かった……。何であんなことになってたの?」
まだ痛みの残る体を無理やり起こし立ち上がる。
「女の子があいつらにナンパされて嫌がってたんだよ。だから助けようとしたんだけど、逆にやられちゃったよ」
今起きたことをそのまま柊さんに説明した。俺がただ喧嘩していたなんてことになるとあとあと面倒なことになると思ったからだ。
「女の子が嫌がってるから助けたんだ。正義の味方みたいだね」
柊さんは俺をおちょくるような感じで話した。そんなことを言われ俺は顔が熱くなり恥ずかしさがわいてくる。
(柄にもなくかっこつけようとするもんじゃないな)
俺は内心そんなことを考えていた。
俺は柊さんに返さなければいけないものがあることを思い出し、ポケットの中からペンダントを取り出した。
「この前ぶつかった時に落としていったんだけど、君のであってるかな?」
俺はペンダントを柊さんに返した。
「あなたが持っていてくれたんだね。ありがとう。もう見つからないと思っていたから……」
柊さんは目を細め心からホッとした表情をしていた。俺は拾ったお礼としてではないが、気になったためペンダントに刻まれているイニシャルが気になり雪菜に聞いて見ることにした。
「そのペンダントの裏に入ってるイニシャルはどう言う意味なんだ?君を探している時に名前は聞いていたけどイニシャルが一致しなくて……これあまり聞かない方が良かったかな?」
柊 雪菜ならイニシャルは〈Y・H〉のはずなのに名前と一致しない。親の旧姓がSから始まれば間違い無いのだが。
この疑問をそのままにしておくことができず雪菜に質問してしまった。拾ったものを返しす時にこんなことを聞くのは卑怯だと思ったが、どうしても気になってしまった。
俺は少し聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれないと思い、口をどもらせる、だがそれを見た柊さんが答える。
「大丈夫だよ。だけど私もわからないの」
柊さんはペンダントを掌で転がせながら俺に答える。
「このペンダントはいつのまにか私の部屋に置いてあったの。でも何故か手離せなくて、いつまでも持ってるの。いつの間にか部屋に置いてあった物を大切に持ってるなんて変だよね?」
柊さんはペンダントを大事そうに握りしめる。いつの間にか部屋に置いてあったペンダントなど、普通なら気持ち悪がるだろう。
多くの女の子ならすぐに手放してもおかしくはない。だが柊さんは違う。そのペンダントが何故か大切なものなのだと思い大切にしている。
柊さん自身がわからないことを俺がわかるはずもなかった。
「俺にはそんな経験ないからわからないけど、君が大切にしているならそれでいいんじゃないかな。君の大切なもを返すことができて良かったよ」
俺自身もパッと見はただのペンダントを、いつもなら拾わずにそのまま見て見ぬふりをしていただろう。決して柊さんが可愛いからお近づきになりたいなどという下心があったわけではない。
だが柊さんを始めて見たあの時から少し気になっていた。決してかわいいからなんかじゃなく、ただどこか心に引っかかり気になった。
俺はもとの目的である柊さんにペンダントを返すという目的を達成することができた。
だが俺の中に新しい疑問ができた。イニシャルの意味。いつのまにか持っていたものを、いつまでも大切に持っている。
こんなこと普通ならなんら気がかりになることはない。だが俺はこのペンダントを拾った時からモヤモヤがあった。
そのモヤモヤがペンダントを届けることによって解決してくれると思ったが、そんなことはなく疑問が増えるだけだった。
「それより君とかじゃなくて名前で呼んでほしいかな」
唐突な柊さんからのお願い。柊さんはペンダントをスカートのポケットにしまいながら、少し頬を赤らめながら言った。
俺はこの島での女友達は日向ともう一人、日向のメイドの 夏野 柑奈しかいない。
この島で名前で呼び合うほどの中の良い友達は片手で数えるほどしかいない。だから柊さんのこんなお願いを聞く以外の選択肢は見つからなかった。
「わかったよ。それなら俺も名前で呼んでほしいかな。俺の名前は高坂 集。君は柊さんで良かったかな?」
精一杯の返答をする。女の子を下の名前で呼ぶことに慣れていない俺は、かなり恥ずかしくなってしまった。
「柊であってるけど。呼んでもらえるなら雪菜の方がいいかな」
そんなことを柊さんは言ってくる。恥ずかしいと思っている矢先下の名前で呼んでほしいなど女の子に免疫のない俺にとってはかなりのインパクトだ。
「わかったよ。これからは下の名前で呼ぶってことで」
いきなり名前で呼ばなければならないことに少し戸惑いながらも、柊さんとの距離が近づくことがうれしかった。
「こんなところで話してるのもなんだし、そろそろ帰ろうか」
こんな暗い場所で女の子と二人話していては、なんだかいかがわしいことをしているように思われるのも嫌だ。
この場から明るい街の中に移動することにした。時間も遅くあたりは暗くなっているため解散することにした。
「それじゃ~また月曜日学校で。じゃあね、その……雪菜さん……」
俺は恥ずかしがりながらも雪菜を名前で呼び、雪菜もまた俺に答えてくれる。
「じゃあね集くん。また学校で」
俺は雪菜と別れ家に向かう。今まで何の関わり合いも無かった雪菜と名前で呼び合うほどの中になると俺は思ってもいなかった。
無能力者の俺はこの島では、あまりいい扱いを受けたことがない。
日向や真也は分け隔てなく話してくれるが、それ以外の人からはいつも邪魔者扱いされる。
そんな中で優等生である雪菜から、また学校でなんて言葉を聞けたことが嬉しく、そしてむず痒く感じた。
少しフラフラとした体を引きずりながら自宅へ向かう。バイトからの帰り道をただ帰るだけだが、それだけのことでも今はつらく感じた。
先ほどの喧嘩の痛みが残っていたため、いつもより家に着くのに時間がかかってしまった。
ところどころ痛む体を引きずりながら風呂も入らずにベッドに倒れこむ。
「風呂にはいらないと……」
すぐにでも落ちそうな瞼を持ち上げるが意識が徐々に遠のいていきそのまま眠りについた。
夢を見る。
何度も何度も見る夢。
自分が自分では無い誰かになってしまう夢。
怖い。
だがその夢の最後に、誰かが手を伸ばしてくれる。
その手を掴んだ瞬間に俺はその悪夢から目覚めることができた。