お嬢様は気まぐれです!
「工藤、ちょっと、来なさい! 早く!」
私は全力疾走でお嬢様のもとへ向かう。
「この紅茶、熱いんだけど!」
「も、申し訳ございません! 火傷はございませんか?」
私はお嬢様の近くに行き、跪いて尋ねる。
「別にないわ。私を誰だと思っているの?」
火傷は誰でもなるんじゃないでしょうか、なんて、口が裂けても言えない。
「本当に申し訳ございませんでした。でも、火傷がなくて何よりです。」
お嬢様は、ニヤっと笑って、私におっしゃった。
「工藤、この紅茶、飲んでみなさいよ。」
お嬢様がまた無理を……ごほんごほん!
私に乗り越えられない試練を与えられた。
「あの、お嬢様。申し訳ございませんが、お嬢様がお飲みになったものは、いただけません。」
「なによそれ!? 私が口にしたものは不衛生だとでも!?」
お嬢様がお怒りになられる。
「いえ、滅相もございません。ただ、お嬢様にお出しするものは、執事である私がいただけるようなものではないのです。」
「別にいいじゃない。私がいいって言ってるんだから。ほら、他に誰もいないし。」
私は困ってしまう。
頷かない私に対し、お嬢様がおっしゃった。
「お嬢様の命令は?」
お嬢様の命令にNoということは許されない。
「絶対です。」
私は答える。
「じゃあ、はい、飲みなさい。」
お嬢様は、紅茶の入ったティーカップを私に差し出されている。
私は、それを受け取らせていただいた。
「では、いただきます。」
お嬢様は私が飲んだのをみて、微笑まれた。
「……! ……うごふっ! げほげほ!」
紅茶は、とてつもなく苦い味がした。
「あっはっはっはっは!」
お嬢様はお腹を抱えて笑っていらっしゃる。
「お、お嬢様、この紅茶、何か入ってますか?」
私はしかめっ面をしたまま、お嬢様に尋ねる。
「入れたわよ。すっごく苦い味がする調味料をね。メイドに頼んで、調達したのよ。」
お嬢様はニコニコとしながら、おっしゃった。
「あー、面白かった! そうそう、この紅茶、別に熱くもなんともなかったのよ。」
「お嬢様も飲んだんですか!?」
「飲んだわよ? 調味料入れる前に、ね。」
私は、調味料を入れる前だと聞き、ホッとする。
これは、人が飲める飲み物ではないからだ。
「……ねえ、工藤。人が飲んだものを、別の人が飲むことを、なんていうか知ってる?」
私は答えが分からなかった。
「申し訳ございません。私は存じ上げません。」
お嬢様はニヤっとして、おっしゃった。
「間接キスよ。間接キス。」
「か……、間接キスですか!?」
予想外の答えに、戸惑う私。
その様子をみて笑っていらっしゃるお嬢様。
今日も、お嬢様に振り回され……ごほんごほん!
お嬢様とかけがえのない一日を過ごさせて頂いているのである。