3話 『吊られた者《ザ・ハングドマン》』
翌朝。
私はノックの音で目が覚めた。
時計を見ると、朝の9時を過ぎたところだった。
いつもなら既に起きている時間だが...
疲れていたのだろうか。
私は体を起こし、ドアに手をかけて開けると、レオが微笑んでいた。
「おはようございます。
昨晩はよく眠れましたか?」
「は、はい。問題ありません。
あの...これからどうすればいいんですか?」
「まずは私の仲間との顔合わせでしょうか。
この近くに我々の本拠地...『アルカナ大聖堂』があるので、まずはそこに行きましょうか。
あぁそれと、生活拠点も大聖堂に移ってもらう事になると思いますが...」
「...生活出来るんですか?」
「部屋はありますよ。
貴女の命を脅かす何かが起こってもずっと宿屋ではこちらで対応出来ませんからね。」
私は軽く支度をして、レオさんと共に王都を歩いた。
道すがら、彼はアルカナ正教会についてさらに詳しく教えてくれた。
現在、アルカナ正教会には20人近いメンバーが居ること、
メンバーはそれぞれ癖が強いが悪い人はいないこと、
他国にはアルカナ正教会とは別に魔法使いの組織があり、基本不可侵の関係を持つなど...
...そうこうしている内に大聖堂に着いた。
道中レオさんは色んな人に声を掛けられていて、改めて有名人なんだなと思った。
まぁ、一目見ただけでも顔は整ってるし、黄色い歓声も多いのだろう。
「...さて、誰かいると良いんですが...」
...聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
「...え!?居ないなんて事があるんですか!?」
「はは...実は集合状況は壊滅的で...
常に1人は居るとは思いますが...どうですかねぇ...」
...この人達は大丈夫なのだろうか...
そんな事を考えていると、大聖堂の扉が開いた。
「...わぁ...!」
大聖堂の中はステンドグラスから漏れる光によって神秘的な様子を醸し出していた。
...それは良いのだが。
「だ、誰もいませんね...」
そう。中はもぬけの殻。
私たち2人以外は誰も居なかった。
「...さて、それはどうですかね。」
「...?」
何だか引っかかる言い方だな...
その後レオさんは大聖堂を案内してくれた。
大聖堂にあると言っていた部屋は立派なもので、ちょっとした屋敷の様だった。
そして大聖堂にあるステンドグラスがそれぞれタロットカードの絵柄を表していることを教えてくれた。
「これが『星』、これは『太陽』、『月』...
そしてこれが...」
レオさんが1つのステンドグラスを指さした瞬間、
「はいはーい!それは『吊られた者』でーっす!」
「ひゃぁっ!?」
突然背後から声がして、私は心臓が飛び出るんじゃないかと思うほど驚いた。
今まで誰も居なかったはずなのに、全身黒の衣服で統一した男が現れたのだ。
「ねぇねぇ君可愛いねー!何歳?良かったら一緒にお茶しな痛った!?」
...なんか怒涛の勢いでナンパされた。
そしてレオさんに頭を叩かれていた。
「あぁもう痛ったいなぁ...何すんのさレオ君...」
「こっちの台詞です。貴方はそのすぐに女性に声をかける癖を治しなさい...」
「いやいや、出会いは自分から作るものだよ。
レオ君こそ女のコに声掛けてみなよーモテるでしょ痛った!」
...また叩かれた。
どうやら彼もアルカナ正教会のメンバーらしい。
『吊られた者』と言っていたけど...
「あのですね...彼女は...」
「えー?このコが例の継承者?
魔力も何も感じないんだけど...」
「僕も不思議に思っているのですが...」
「んー...でもま、レオ君が嘘つくとは思えないしねぇ...」
...何か入りづらいなぁ
「あ、あの...」
「ん?あぁ、ごめんごめん!
改めまして、『吊られた者』(ザ・ハングドマン)、マッド・ファントムでーっす!」
...マッド・ファントム。
舞台の人間のように礼をしながら彼はそう名乗った。
見た目で言えばレオさんよりもずっと魔法使いっぽかった。
黒いコート、シルクハット、靴...全身黒ずくめで、なんと言うか『奇術師』って感じだ。
...言動はメチャクチャ胡散臭いけど...
...しかし、魔法使いというのは顔が良いものなのだろうか。
茶髪をボサボサにして常に笑ってる顔はイタズラ好きな子供のような印象を受ける。
「あ、そういえばどこに隠れてたんですか?
どこにも居ませんでしたよね?」
「いや?ずっとついて行ってたけど。」
「えっ?」
「あー...マッドは人を騙すような魔法が得意でですね...
気配を極限まで薄めてついて来ていたのです。」
「ねぇねぇ言い方酷くなーい?
てかオレはどっちかというと『操作』でしょ!」
「はいはい、そうですね。」
レオさんがすごく冷たくなってる...
「あ、ねぇねぇアリアちゃん。」
「はい?」
「せっかくだからさ、オレとレオ君の模擬戦見てかない?オレらがどのくらい強いか知っといた方がいいでしょー?」
「...貴方はまた勝手なことを。」
「最近戦ってないしさぁ。ね、いいでしょ?」
「...アリアさん、構いませんか?」
...何故私の許可がいるのだろう。
そういえば、私が目を閉じた一瞬の内にレオさんは魔物を一掃してたし...
気になるところではある。
「は、はい...
あの、手加減...するんですよね?
私巻き添え喰らいませんよね?」
「ははっ、だいじょーぶだいじょーぶ!
そっちに余波行きそうになったら守ってあげるからさ!」
「...安全ではないんですね...」
結局、私は模擬戦を許可してしまった。
大聖堂の端に移動して、出来るだけ安全を確保する。
「...さぁて、始めますか!」
「...加減はしませんよ。」
...彼等の戦いは私の想像を遥かに超えるものになった。