2話 プロローグ(下)
「大丈夫ですか?」
私が呆気に取られていると、男が顔を覗き込んできた。
「うわっ!?」
驚いた拍子に転んで尻もちをついてしまった。
今のはちょっと近すぎると思う...
「あぁ、すみません。驚かせてしまいましたね。名乗りもせず申し訳ない。僕は...」
「...あ、あんた、まさか『星剣』か!?」
騎手が男を見て言った。
...この男を知っているのだろうか。
「えっと...この人を知ってるんですか?」
「あぁ...そうか。お前さんは村から出てなかったから知らないか...」
『星剣』...名前な訳がないから称号とかそんなものだろうか?
そう考えていると、男が口を開いた。
「ははっ、『星剣』なんて大袈裟ですよ。
どうぞ『レオ』とお呼びください。」
その後の騎手の話によると、レオという男は世界でも有数の魔法使いで、『星剣』と呼ばれているらしい。
なんでも、モノを強化する魔法に長けているらしく、強化した剣の一振りでダイヤモンドを真っ二つにしただの、自身の身体を強化して音速で走れるだのとぶっ飛んだ伝説がいくつもあるらしい。
当のレオ本人は照れ臭そうに聞いていたが...本当なのだろうか。
「えっと、改めて自己紹介しますね。
僕はレオ・スターライト。因みにスターライトというのは『魔名』っていって、魔法をある程度まで修めると名乗ることができるものなんです。」
そこからの彼の話はこうだ。
レオは『アルカナ正教会』という世界でも指折りの魔法使いが集まっているグループに所属しているらしい。
そこの魔法使いにはそれぞれタロットカードの絵柄を表した称号がつけられているらしい。レオの場合は『星』。
『星剣』も、ここから人々がつけた通り名だということ。
「一方的に話して申し訳ありません。
そういえばまだお名前を伺っていませんでしたね。よろしければ...」
「えっと...アリア、と言います。」
「なっ...!?」
突然、レオが凍りついたように固まった。
...何かおかしな事を言っただろうか。思い当たらないが...
「すみません...不躾だとは思うのですが...
あの『エンディア村』をご存知でしょうか...?」
「...ッ!!」
突然のその村の名前に目眩がする。
燃え盛る炎、肉の焦げる臭い、血の海...
あの滅びの日の記憶が昨日のように脳裏に浮かぶ。
吐き気がする程の記憶。
私は堪らず、意識を失ってしまったらしい。
目が覚めると、ベッドで横になっていた。
宿...だろうか。王都に着いたのか...
しばらくボーッとしていると、ドアのノック音が聞こえてきた。
「お目覚めになりましたか?」
レオの声だった。
そういえば助けて貰ったお礼も言っていない。
「は、はい。さっき...」
「...入っても?」
「あ、どうぞ...」
レオは先程のどこか飄々とした表情を消し、真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「...すみません。嫌なことを思い出させるようなことを言ってしまい...」
「いえ、良いんです...
それより、先程はありがとうございました。」
「...いえ、例には及びません。」
しばらくの沈黙があり、私の方から口を開いた。
「あ、あの、何で私の事を?」
「...アリアさん。『ホイール・オブ・フォーチュン』という言葉をご存知ですか?」
「...?」
いきなりどうしたのだろう。そんな事を聞いて。
「...廻る運命の輪。
...簡単に言うと、この世界は常に運命という名のシナリオの上に進んでいて、もし何かが欠けても何か他の、しかし同等のモノを使い補填するのだ...という、まぁ、一種の宗教じみた考えのことです。」
「はぁ...」
どうしたのだろう。真剣な表情の割には変な事を言うものだ。
「約8年前...僕達アルカナ正教会の実質トップが急逝しました...原因は未だに不明です。
とにかく...彼の死後、教会の予言を得意とする者が言ったんです。
『彼の者の器となる証、エンディアの娘アリアに継承せん』と...」
...は?
え、ちょっと待って。今なんて言った?
「彼の座のみはいわゆる世襲制...
本来有り得ない事ですが...
この予言の直後、エンディアは悪魔によって滅ぼされました。
...『悪魔』というのは古の彼の血族が封印したとされる怪物の名です。
歴代のことごとくが持つ膨大な魔力を以て封印されていたのですが...
向こうもいち早く新たな継承者の登場を見抜き、貴女の村を襲ったのでしょう。
...何故貴女に継承されたのかは分かりかねますが...」
突拍子もない話。
私が世界平和の鍵だと言っている様なものだ。
「で、でも...アリアなんてありふれた名前...」
「エンディアに他にアリアの名を持つ方は?」
「た、多分居ませんでしたけど...」
「...運命とは酷なものです。
きっと貴女が逃げ延びたのも必然...決定事項だったのです。」
「そんな...」
「...言いたいことは山ほどあると思いますが...
貴女に白羽の矢が立った以上、敵に狙われやすくなります。
貴女は我々アルカナにとっても重要な存在...
...どうか、一緒に来ていただけませんか?」
...とんでもない事になった。
第一私はごく普通の一般人...魔法だって使えない。なのに私が魔法使い達のリーダー...?
...とても有り得ない。だが...
...万が一、私が本当に世界の為に何かできるなら、私は何故だかやるべきだと感じた。
「...分かり、ました。
よく理解は出来ませんが...嘘をついているようには見えませんし...」
「そうですか...良かった。
明日またお迎えします。その時は我々の本拠地にご案内致しましょう。」
そう言ってレオは去ろうとしたが、ドアに手をかけて思い出したように言った。
「あぁ、そうでした。
今貴女には新たな『名前』を冠することになりましたね。
我々魔法使いの王、『安寧』を司る者...」
「貴女は今日から、『世界』の名を冠することになります。」