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亡国のイレイザー   作者: 有澤准
Sunrise
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第二話4  Chase

 気を取り直して市場に向かうために裏路地に入る。

 まあお詫びといっては何だがコロッケでも買ってやろう。明日は仕事も休みと聞いている。

 せっかくだから彼女の仕事を探すのを手伝おう。

 

 そう、考えていた時だった。


 轟音とともに目の前の通路が爆発した。


 いや、正確に言えば両脇の建物を巻き込んで何かが落ちてきた。コンクリートの壁を容易に粉々にするような何かが。

 舞い上がる粉塵でその姿は見えなかったが、独特の駆動音と上空に待機している輸送ヘリの爆音でアサヒは全てを察した。


 毎日聞いている音とは少し違う、どこか懐かしい音。

 間違いなく戦闘用のイレイザーだ。


「逃げるぞ!」


 彼女の手をとって裏路地を全力で引き返す。


 なぜイレイザーがこんな戦術的価値もない廃東京なんかに唐突に攻め込んできたのかは知らないが、とにかくこの場は離れなければならなかった。

 一瞬振り返ると見覚えのあるシルエットが土煙の向こうに見えた。


「あのときの……!」


 7年前のものと多少は違うが見間違えようが無い。あの丸みを帯びた独特なシルエットはソ連製のイレイザーだ。ゆっくりと動き出すそれの単眼のカメラアイがこちらを向こうとしているのを見て、アサヒは裏路地から飛び出す。


「なんなんだ!? アメリカに戦争しかけるつもりにしてもここは攻める意味ねえだろ!!」


 廃東京はアメリカの領地ではない。そのため、攻めたところで意味は無い、はずなのだ。


「……ねえ」


 息切れしつつシロが声をかけてくる。


「なんだ!?」


「アレ、私たちを追ってきてる」


「!?」


 もう何度も角を曲がった。それなのに、後ろからはイレイザーの駆動音が離れる気配がない。確かに自分たちを追ってきているのは明白だった。


 間違いない。


 狙われているのは西東京からの脱走者のシロだ。


 ヘリは未だに空を旋回し続けている。イレイザーのサポート用の人員が乗っているのだろう。つまりこちらがどこに行くかは丸見えということだ。となれば、闇雲に逃げても今は追いつかれるだけ……。


「!」


 後ろで建物が粉砕され崩れ落ちる轟音が響く。周囲にほとんど人はいないが、遠くの喧噪が少し大きくなった気がした。


 走る、走る、走る。


 後ろからは細い道の両側の建物を無理矢理破壊して押し通りながら追ってくるイレイザーの音が聞こえる。何度も振り返りながら走っているとだんだん土煙が晴れて機体の全貌が見えてきた。

 無限軌道式四脚の一般的な軍用イレイザーのようだ。ただ、両肩にはミサイルポッドが各八門装備されているが、両手には装備が無い。人間の手に似た無骨な汎用マニピュレータが行き場を失くして揺れている。


「ハァッ、ハァッ……なんだ? 攻撃用じゃないってのか?」


 一般的に攻撃機ならば両手に装備が無いというのはあり得ない。イレイザーはその両手でもって様々な武装を瞬時に交換できる事にその真髄がある。その両手に何も無いというのはおかしい。それならば、勝機が……。


「私を置いていって」


「!」


 走りながらシロが唐突に言葉を発した。そして、アサヒが握っている彼女の腕を振りほどこうとする。


「バカ! そんなことできるか!」


 アサヒは彼女の腕をしっかりと握り直す。その行動にシロはこんな状況でも表情が無かった顔に微かに不可解そうな色を見せた。


「なんで?」


「なんでもこうもない! あんなのに追いつかれたら死ぬぞ!」


「……死なないよ、私はへいきだもの」


「いいから! とにかく行くぞ!」


「どこに?」


「……作業現場に戻る!」


 作業現場に戻ればイレイザーがある。相手の武器がミサイルしかないなら、アレにさえ乗り込めばなんとかなるはずだ。シロはなぜ戻るのか理解できなかったらしく首をかしげたがとにかく今は走るしか無い。


 滑り込むようにして作業現場の駐機場に入る。

 運良く相手は建物を破壊するのに手こずっているようで作業場にもたどり着いていないが、上空を旋回し続けている軍用ヘリからして、間違いなくここにいることは補足されていることだろう。


 素早く普段使っているイレイザーに乗り込み、預かっていた鍵を差し込んで回し起動させる。狭いコックピットに二人は正直無理があったが四の五の言っている場合ではない。独特の駆動音を立てて作業用イレイザーが動き出す。


「(さあ、どうする……?)」


 イレイザーには乗り込めた。だが、これで逃げるにはこの街は複雑すぎる。それこそ無理矢理建物を叩き毀しながら突き進める馬力と装甲があれば別だが、このイレイザーではそれは無理だ。


「(ってことは……)」


 無理矢理立ち向かうしかない。逃げてもいずれ追いつかれる。そもそもこんな狭い壁に囲まれた街でどこに逃げるというのか。それに……。


「戦うつもり? やめたほうがいいよ」


 スゥ、と意識に少女の声が割り込む。


 勝てるわけ無いんだから。


 そんな声が聞こえた気がした。

 いや、自分自身の想いだったのかもしれない。

 普段だったら絶対に自分はこんな手は選ばない。もっと冷静に、もっと適切な判断が下せるはずだ。それなのにどうしてこんな手を選ぶ?


 分からなかった。

 でも、やるしかないと思ったのだ。ここで逃げてはいけないと。


 なぜだか分からないが、この白い少女だけは守り切らなければならないと思ったのだ。


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