第二話2 Heavy tank
「アサヒが……年下のオンナノコを誘拐している……?」
「誘拐してねーよ」
朝っぱらから少女を連れて工事現場に現れたアサヒを見て慄くシゲを軽く一蹴する。確かにかなりシュールな光景ではあるが。
「え? なに? 風俗街行ったの? しかも落としてきたの? 行くときは俺と一緒に行こうって言っただろ! アサヒのバカ! アホ!」
「そんな約束してねーよ! っていうかそんな金あるか!! こいつはただの行き倒れだ!」
なんだ、とシゲはつまらなそうな顔になる。まあ本気でそんな事を考えていたわけではないだろうが。
「珍しいんじゃん? 行き倒れは無視するのがこの街のルールだ、なんて普段は言ってるのにさ?」
わざわざこちらの声真似までして煽ってくるムカつく同期に対してアサヒは不快感を露にした。
何も言わずに少女を連れて主任のいるであろう場所に向かう。
「主任」
声を掛けると筋肉質の身体をした浅黒い男が振り向く。そして同時に少女を見て目を丸くした。
「なんだフジムラ……っておいおい誘拐か? さすがにちょっと」
「違う。どいつもこいつもなんでそうなるんだ」
「ま、分かってらあ。どうせ職がないかって話だろ? まあ生憎今は特には無いが……知り合いに掛け合ってみるからまあそれまで保護しとけ。お前の仕事中はこの辺りで見学でもさせとけばいいだろ」
さすが話が分かる。アホの同期とは大違いである。しかし、なんとなくその言葉に違和感を覚えた。
「よし、作業だ作業! お前のイレイザーはいつもの場所な。今日は昨日の続きだ、納期も近いしとっとと撤去するぞ」
まあ気にしてもしょうがないだろう。アサヒは少女に仕事が終わるまでその辺をうろついているように言ってイレイザーのある方へと歩き出した。
結局少女はずっとアサヒの仕事を遠巻きに見ていることにしたらしく、離れたところで彼が四脚のイレイザーに乗り込むところを眺めていた。
あまりこういう風にじっと見られる機会は無いので少し緊張する。
起動キーを回すと大きな駆動音とともにイレイザーが起動する。旧世代のジェネレータのため出力は低いくせに無駄に音がするのが困り者だ。まあ普通の乗用車のエンジンなどよりはよっぽど効率がよくできているから文句は言えない。
しばらく待つとコックピットのランプが点灯し動かせるようになった事を伝えてきた。
それを見てアサヒはゆっくりと座席の周囲に配置された6本の操縦桿の一つを握り、スロットルレバーをもう片方の手で引きつつ、8つあるペダルの一つを踏み込んだ。
その動作によってズン、と機体が沈む。
様々な情報が表示された多数のメーターに目を通す事なく、握った操縦桿と一体になっているスイッチを人差し指と中指で叩きペダルを踏み換える。
それらの動作を受けてようやくゆっくりとイレイザーが歩き出す。
イレイザーは一人ではまともに扱えない。その理由がこれだ。
6の操縦桿に各10のボタンと各2のジョイスティック、8のペダルに戦闘機よりも多い計器。さらには大小様々なレバーやダイヤルやスイッチがコックピット周辺に散らばっている。
こんなものを一人で扱えるはずがないのだ。そのため、遠隔操作による操縦アシスタントとともに操作を分担しないと扱う事ができない。
この作業現場だと大きなアンテナのついた大型車両が3台並んでいるがそれらが1台につきイレイザー1機ずつ担当している。
だが、アサヒは違う。
本来遠隔操縦が切れた場合に使えなくなる操作があるのはまずいということで、申し訳程度に実用度外視の操縦用コックピットがあるのだが、彼はそれを自在に操り、イレイザーを自分の手足のように操る事ができる。
「恐ろしい才能だよな」
その様子をぼんやりと眺めていたシロにシゲが声をかけた。整備箱を持って片手にペンチをもっているところを見るとイレイザーを整備してきたところのようだ。
「……そうなんだ」
「そうだよ。やっぱり何も知らないんだな」
「……?」
シゲの発言に首を傾げるシロ。それを見て慌ててシゲは口を押さえた。
「今の無し」
「……私の事、知ってるの」
「知らない知らない。なんか浮世離れした見た目だったからさ」
「……そう」
微妙に納得していない様子のシロだったが、ゆっくりと目線をアサヒが乗るイレイザーの方に戻す。
彼の乗るイレイザーはきびきびと廃材を持ち上げてはトラックに積み上げていた。相当不安定な足場のようだが転んだり滑ったりする事もなく器用に4つの脚を調整している。
「自分で自由に動かせるのって楽しそうだね」
ぼそり、と少女が呟いた。
その言葉に、ハハ、と彼は笑う。そして、晴れた空を横切る数機の戦闘機を指差した。
「そうだな、結局イレイザーってのは戦車みたいなものだ。アレみたいな戦闘機とは違う。アレは一人で動かせる自由な機械だ。絶対にあの領域にはたどり着けない」
空は飛べない。
そう彼は言う。
「……」
「なんでイレイザーが生まれて70年も経つのにこいつらは飛べないんだろうなあ、って考えた事があったんだよ。ただ戦車に腕と脚を生やしただけなんだから飛行機に腕と脚を生やせばいいんじゃないのかってな。ま、結局分かり切ってたんだ。イレイザーは何人も、何人もたくさんの人の手を借りて動ける機械だ。空なんて重すぎて登れないのさ」
「でも」
「そ、アイツは一人で動かしてるよなあ。だからいずれイレイザーが空を飛ぶんだとしたらアイツが乗ってるんじゃないかと思うよ」
「……でも、あの人は空を飛びたがってない」
「?」
「重いの」
ゆっくりと空を裂いて戦闘機が崩れたビルの影に消える。
「まあ、アイツにもいろいろあったんだよ」
「いろいろ?」
言おうか言うまいか、しばらく逡巡したあとシゲは口を開いた。
「あいつはさ、西東京で家族をイレイザーに殺されて亡くしてるんだ」
「……」
「まあ、ありがちな話だろ。7年前の戦争でそのままここに流れ着いて、あいつはそんなことなんてなかったみたいなツラして生きてる。ムカつくぐらいクールな奴だよ。でもさ、アイツ、イレイザーに乗ってるときは時々悲しそうな顔をするんだ。多分忘れられないんだろうな、消えた両親と妹の事が」
「……そう」
少女の表情は変わらず、無表情なまま淡々と作業するイレイザーを眺めていた。
その様子を見て、ふっと青年は表情を緩めて踵を返す。
またな、と去る彼を一瞬振り向いて少女は地面に座り込んだ。