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亡国のイレイザー   作者: 有澤准
Sunrise
6/25

第二話1  Night

 西東京から来た、ということ。


 それは、あの物理的なだけでない高い壁を越えてきた事を意味する。

 少なくともアサヒのように7年前の戦争の混乱に乗じて流れ込んだ者以外では見た事は無い。


「いや……」


 例外として先ほどすれ違ったようなソ連兵はいる。つまり、どこかに抜け道があるという事だが、そうなるとソ連兵以外に抜け出したものを見ないのはおかしい。となると。


「……お前、ソ連兵なのか」


「違うと、思う」


「……だよなあ」


 まあいくらなんでもこんな少女が兵士なはずは無いだろう。

 となれば偶然抜け道を見つけ出してきたのだろうか?


「……まあいいや。なんで廃東京に? 観光ってわけじゃないだろう」


「……分からない」


「分からない……? お前の身なりからしてスラムの出じゃないことは分かる。小綺麗すぎるからな。第一西東京は日本人もソ連人も貧富の差がないんだから生きていくのには困らない。お前みたいのが出てくる理由がねえ」


 いわゆる社会主義というものだ。ソ連本国だけでなく西東京もその政策を取っていた。逆に資本主義からなる東東京などからは生活できなくなって廃東京に流れてくる貧民は多い。故に、廃東京の住民はほとんどが東東京を始めとする西側諸国の植民地出身だ。


「……ただ、なんとなく逃げなきゃって。頭の中で、逃げろって聞こえたら誰かがこの街まで連れてきてくれた」


「……?」


 さっぱり話は読めなかった。ただ、少女の真剣なまなざしを見る限りこちらをはぐらかしていたりおちょくっていたりということはなさそうだ。とりあえずとにかく何かから逃げてきたのだろう。


「逃げる、ね」


「……詳しい」


「あ? 何がだよ」


「西東京に」


「……あぁ、別にそんなことはねえよ」


 少女はそう言う彼の事を若干疑問そうに見つめる。まっすぐな瞳に居心地が悪くなり彼は目をそらした。


「……昔住んでたんだよ」


「……ふぅん」


 少女は納得がいったようにふんふんと頷いた。大人びているように見えて子供らしい動作も多い。ずいぶんと見た目とのギャップがあるようだ。しかしこうしてみるとますます妹に似ていた。西東京から来た事といい……。


「(いや、それはねえ。アイツは死んだ)」


 死んだのだ。

 父も母も妹も一緒に死んだ。あの闘争の中で。撒き散らされた巨大な砲弾の嵐の中で。

 自分の身体に降り掛かった生温い父の肉片の感触だけは忘れられなかった。どうしようもない暴力だった。故に希望は捨てた。


「だから、お前は違う」


「?」


 口に出てしまったらしい。不思議そうな顔をする少女になんでもない、と手を振りながらジェスチャーで伝えると彼女は軽く頷いてからあくびをした。それを見てアサヒは彼女に使い古された毛布を投げてよこす。


「寝るか? とりあえず俺のボロ毛布でよければ使えよ」


「あなたは?」


「俺はいい。今日はそんなに寒くない」


「……じゃあおやすみ」


「あぁ。……いや、待て。明日はどうするんだ? どこかに行かなきゃならないとか、そういうことはないのか?」


「……ない」


「そ。じゃあまあ、俺の仕事場にでも着いてくるか? 主任にかけあえばなんか仕事ぐらい貰えるかもしれねえ。そうすりゃ生きていくのには困らないだろ」


「……ありがとう」


「いいよ、別に」


 アサヒが適当に返すと少女はボロ毛布の中に潜り込んだ。しかし、頭だけ少し布団から出してアサヒをじっと見つめた。


「……なんだよ?」


「どうしてここまで優しくしてくれるの?」


「え……いや、困ってる奴を見たら助けるのが普通だろ。今は俺も余裕があるしさ」


 大嘘だった。まさか、妹に似ているから無意識に優しくしてしまっていたなど言えるはずが無かった。少女はそんな彼を数秒何を考えているか分からない目で眺めたあと、おやすみ、ともう一度言い直して潜り込んだ。


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