表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国のイレイザー   作者: 有澤准
Sunrise
18/25

第五話2  Revenge

 越えた先は瓦礫も無い綺麗な町だった。電灯が輝いているその町は普段なら活気に溢れているのだろう。


 だが、今は違う。アサヒの目の前に広がるのは二十を越えるソ連軍イレイザーの群れだ。


「たった一機に対してこの数か……」

『まあ、所属不明イレイザーなんて何やるか分からんしな。妥当だよ』

「普通ならこんな数勝てるわけないだろ……」


 アサヒは呆れたように嘆息する。今は高い建物の陰に隠れているが壁を越えた時点でしっかり目撃されている。おそらくすぐに見つかるだろう。


『普通なら、な。作戦通りに』

「了解」


 すう、と息を吸い込んでアサヒは建物の陰からライフルを構えつつ飛び出す。


『起動するぞ! アサヒ! 頑張れよ!』

「あぁ、ありがとう、シゲ」


 その言葉を最後に通信機からはノイズしか聞こえなくなった。


 ヘッドホンを投げ捨てて烈風を疾走させ、相手の目の前に躍り出る。

 二十のイレイザーの目の前に出るなんて普通なら自殺行為。当然、向こうも発砲を開始した。


 のだが、あらぬ方向に銃弾は飛んでいく。町や道路が次々と破壊されていく。それを尻目にしてアサヒは一番近場にいたイレイザーの後ろに回り込んでライフルの弾をエンジンがあるであろう部分に叩き込んだ。数発でくぐもった爆発音とともにイレイザーは動かなくなる。


「1」


 冷静にカウントを始めるアサヒ。残り19機。


『<なんだ! どうなってる!>』

『<機体が動かない! 管制! 管制!>』


 ソ連語の悲鳴が微かに聞こえる。

 気にせずどんどんライフルを撃つ。次、次、次。


『<ジャミングだ! ECMで管制からの通信を切られてる!>』

『<そんなわけないだろ! じゃあなんであの紅い奴は動けるんだ!>』


 イレイザーの通信系等というのはあらゆる国にとって極秘事項だ。簡単に言うと相手の通信系統がどんな周波数で、どんなシステムで動いているから分からないから普通はジャマーすることはできない。


ただ、一つ例外がある。


 予想できる全ての範囲の周波数を、全ての電波をジャミングしてしまえばいい。これは諸刃の剣だ。自分の機体すらも通信妨害にあってしまう。故に普通は使用されない。


 しかし、アサヒのように通信が要らない機体ならば全く問題ない。


 アサヒはライフルの弾が無駄だと気づいたのかブレードに持ち替えて、無抵抗なイレイザーを片っ端から叩き潰していく。ブレードの威力は本物だった。切るというより本当に叩くようにして機体をひしゃげさせていく。


「14、15……!」

『Чёрт! <だがここまでだ!>』

「!?」


 その時だった。遠方から何か瞬いたかと思うと右肩に取り付けてあったECM発生装置が抉り飛ばされ、その衝撃が操縦席にも伝わってきた。軽くはない衝撃に呻く。


「ぐうっ……スナイパーか」


 見れば1キロほど先にイレイザーが一機、巨大な狙撃銃を構えているのが見えた。

 狙撃銃なんていっても実際には戦車の砲よりも強力な大砲だ。おかげで発生装置どころか装甲まで軽くやられたらしく、コクピットのモニターの一つが紅く点滅を繰り返すのが見えた。まだ左肩にECM発生装置はあるとはいえ今の攻撃でジャマー効果は半減だ。


 ただ、いつまでも呻いている暇はない。のけぞった体勢のままブースターを噴かし、目の前で銃を構えようとする敵に向かって体当たりするようにしてブレードを叩き込んだ。


「16!」


 レーダーを確認すると明らかに敵の動きは先ほどより良くなっている。このままではいくらろくに動けない敵が相手とはいえ不利になることは間違いない。


 指示はあおげない。生憎ECMのおかげでここら一体の全域通信は不可能だ。半減したせいで向こうはなんとか動けているようだが廃東京のレジスタンスからの通信なんて届くはずが無い。


「悪いけど、作戦は無視だ!」


 一気に全てのブースターを展開、放出する。目に付く敵を殲滅してから前に進むというのが作戦の一部だったが、そんなことをしている余裕は無くなった。

 あのスナイパー機もいる。再装填もそろそろ終わるだろう。そうなればどうしようもなくなる。だから、今のうちに一気に少女のところまで突入する。


 アサヒを乗せた機体は、敵機4機を置き去りにしてスキーヤーのように疾走を始める。その速さなら追いつかれることは無いだろう。


 追いつかれることは。


『<待てよ、ガキ>』


 声がした。


 直後、轟音を立てて巨大なスナイパーライフルが目の前のコンクリートを粉砕するようにして突っ込んできた。慌てて機体を横に吹っ飛ばすようにスラスターを噴かして回避する。慣性の力がもろに肉体に負担をかけてくる。だが、気にしている暇はない。ECMの影響を受けないレーザー通信の近距離通信機を起動する。


「<……その声>」

『<昨日ぶりだな>』


 相手もレーザー通信に切り替えたらしく、先程のスピーカー音声とは違いノイズが消え相手の声質がはっきり分かるようになった。この声は聞き覚えがある、間違いない。


「<昨日の……ソ連兵!>」


 ということは先ほどのスナイパーライフル機はこの少尉だったわけだ。確かに前方にいたのだから直接来る可能性は考えていたがライフルを捨ててまで、というより投擲してまで止めにくるとは思っていなかった。


『<それだけのジャミングだ、援護は無いんだろう? まさかまだ一人で戦っているとは。しかも軍基地にまで飛び込んでくるとは思わなかったぞ。それにその機体は何だ?>』

「<……さあな、関係ないだろ>」

『<はは、違いない。随分と細くて脆そうな機体だが、ま、昨日のオンボロよりはマシだろうよ。にしても……>』


 ゆらり、と敵は建物の屋上から浮き上がるようにして飛び降りる。あまりに精密なブースト制御。ECM対策が完全にされていることは間違いない。おそらく隊長機であろうことからして当然だ。


 ECMジャマーには複数の問題点がある。

 まずはあらゆるものの通信系等、つまり自機の操縦にすら悪影響を及ぼすということ。

 もう一つはあの隊長機のように一般機とは別系統の通信システムをつかうことで影響を押さえられてしまう可能性があることだ。

 例えば今のようなレーザー通信だが、混戦や高速戦には向かないレーザー通信も今のような1対1の状況で、上空のヘリコプターからレーザーを照射できるのなら問題ない。


『<あのガキがそんなに大事か?>』

「…………」

『<答える気はナシか。まあいい。お前がレジスタンスだろうがアメリカのスパイだろうがどうでもいい。叩き潰してそれから身体に聞いてやるよ。来な>』


 無言でアサヒはブースターを再点火する。急加速する機体。また急激なGが身体にかかるが構っている暇はない。隊長機の横に回り込むようにして機体をスライディングさせた。


『<速いなァ! おい>』


 一方で隊長機はその場を動く気はないようだ。ただ、その上半身はまるで戦車の砲塔のごとく360度回転して周囲を回り込んで接近するアサヒを射程に捕らえていた。


「……なるほどな!」


 敵の発砲。アサヒはそれを前後に機体を振って回避しつつ敵の戦術を冷静に観察していた。


 おそらくあの機体上部の旋回は中のパイロットによるものだろう。緩急をつけてスピードを変えているアサヒの機体を的確に補足するのは上空のサポーターでは難しい。しかし、発砲に関わる照準系統は違う。あれは間違いなく別の場所にいるサポーターによるものだ。

 さらにパイロットが旋回に意識を向けているということはおそらく移動はできないはずだ。サポーターもあの状態で歩かせるなんてことはしないだろう。間違いなく照準に大きな影響を与えるからだ。


「なら」


 その連携を崩してやる。チームワークを完全に崩す。


 右手のライフルで控えめに牽制しながらアサヒは思考する。左手のブレードは中距離戦の今は使えない。このライフルも敵の装甲を破るには至らない。


『<ジリ貧だなあ! おい! いつまでグルグル回ってんだ!!>』


 どうやって崩す。


 接近するのは今はまずい。おそらく敵の照準は完璧だ。自分がフェイントをかけ、機体を振っているのにも関わらずたまに弾丸が掠っているのが装甲から響く甲高い金属音からして分かる。


「フェイント」


 認識の差異。

 敵の認識をズレさせる。


「……」


 アサヒは急速に機体を転換させた。そのまま隊長機から距離を取っていく。


『<!? ……なるほどな!>』


 アサヒが向かった先は先ほど投擲されたスナイパーライフル。ライフルを放り捨てて地面からスナイパーライフルを引き抜いて建物の影に突っ込むようにして隠れた。 


 対し、ソ連軍西東京支部特殊多脚戦術機師団第24連隊長イゴール・ロジオノフは思考する。


「(あの対イレイザーライフルはおそらくまだ使える。あの程度の投擲でイカれるほど柔なもんじゃない……となれば間違いなくアレで狙ってくる)」


 アサヒのライフルではどうやってもソ連製イレイザー、KV−10の装甲は貫通できない。となればあの大型のスナイパーライフルで撃ち抜くしか無い。


「<管制! あのガキはまだあの建物の影か!>」

『<熱源、振動ともに移動は確認できません。待機しているものと推測されます>』

「<待ち伏せか……ギリギリまで寄るぞ。全照準ロックしとけ! 少しでもスナイパーライフルの先が見えたら建物ごと吹っ飛ばす!>」

『<了解>』

『<了解>』


 複数の声ともに全武器の照準が建物の影の熱源に向けてロックされる。どうこようが間違いなく潰せる。たとえこの機体が先に潰されようと2丁のAPCRライフルと肩の榴弾砲が管制からの射撃操作で確実にぶち抜く。


『<終わったな>』


 イゴールはぼそり、と退屈そうに呟いてスロットルを引いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ