第四話2 Resistance
シゲはニヤリ、と笑ってそのあと、俺は馬鹿だから、と主任に話を振った。
「アサヒ。簡単に言うとな、アメリカは無条件に協力してくれてるわけじゃないんだわ。考えてみろ。アメリカは何が欲しいと思う? 俺たちは何ができると思う?」
「……俺たちにできてアメリカにできないこと?」
「そうだ。アメリカは俺たちに着火材になって欲しいんだわ。ソ連を爆発させる着火材にな」
「なんだって?」
ソ連を爆発させる着火材? 一体どういうことだろうか。
「お前は知らないだろうが、国際的には人体実験を軍事目的で行うことは非難の対象だ。また、非人道的な兵器も条約で禁じられてたりもするんだが……そのなかにある項目があるんだよ」
「ある項目?」
「昔ある国がやろうとして実験前に潰されたもんなんだけどな、人間自体を改造して強化兵士にしようとしたらしいんだわ、で、それは人道的じゃないってんでさっさと条約で禁止されたわけ」
改造なんてたいそうなものじゃなくて実際には薬漬けにして感情を殺して恐怖を感じない兵士を作るつもりだったらしいけどな、と主任は付け加えた。
「まあ人間を兵器にすんなって話だな。当然だ」
「そりゃ……いや、まさか」
「気づいたか?」
その可能性は信じたくなかった。だが、思えばいろいろと当てはまってしまう。
「そうだ。お前の妹は人体実験に晒されている可能性がある、というか間違いなくクロだ」
病的に髪の毛が真っ白になった容姿。失っている記憶。平坦な感情。
そして、
人間味を失った姿。
「とりあえずその情報をアメリカから受け取った俺たちは、ソ連兵が廃東京に出てきてる隠しトンネルを探し当てて侵入し、彼女を奪い去るのには成功したんだよ。だが途中で追っ手に追撃されているうちにはぐれちまってな。それをお前が保護したってわけだ」
「俺の妹だってことは、知ってたのか?」
「いや、知らなかった。完全に偶然だな」
「……」
にわかには信じられなかった。やっと再会した妹が人体実験の脅威にさらされていたなど。
「……で、アメリカは人体実験を行っているソ連を世界的に糾弾して優位に立とうって腹なんだな?」
「そうだ。正確には今のにらみ合いの休戦状態は望ましくないんだよ。ただ、先に理由も無く手を出せば非難される。だからそのためにソ連に火をつけて欲しいってわけだ。その着火材が人体実験。だが……」
「アイツはまた奪われた」
「そうだ。だから取り戻す必要がある」
取り戻すことが確かにアサヒにとっては何より最優先だった。しかし、相手は壁の向こうのソ連だ。あれほどのイレイザーを平気で駆り出してくる相手にどう戦えというのか? そうなると、残された手は。
「じゃあアメリカに要請するのか?」
「いや、それはできない。アメリカ的にも俺たちはブラックボックスなんだよ。俺たちに協力してることがバレたらそれはそれで非難される」
「ならどうすればいいんだ?」
そこで黙っていたシゲが口を開いて言った。
「俺たちで取り戻すんだよ」
その言葉にアサヒは唖然としてしまい、しばらく黙り込む。
「……本気か?」
「本気も本気だ。そのためにお前が必要だった」
「俺が?」
「そう、勧誘しまくってたのは最終的にお前が必要だったからさ」
「……昨日言ってた軍用イレイザー」
「そう。それがアメリカから提供されてんだ。もちろん俺たちに提供したなんて知れたらヤバいから俺たちが勝手に盗み出したってことになってるけどな」
そこで、暗かった部屋の向こうが照明で照らし出されて何かが姿を現した。
真っ赤なイレイザー。
鋭利なシルエットのその機体は4つのカメラアイでアサヒを見つめるようにして立っていた。異常なまでに装甲は削減されており、二本の腕も細い。
そして、それは脚が二本しかなかった。
「……支え無しで立てるのか、これ?」
「できる。というかおまえならできる、の方が正しいな」
二脚のイレイザーというものは基本的には存在しない。
極々一部の国には配備されているらしいがほとんどが安価で性能も悪い迎撃用無人機だ。脚が生えたただの砲台程度でしかない。どうしてかというと操縦ミスが簡単に命取りになるからである。
複数人で連携して操作する関係上二脚というものはバランスが悪く、転倒を引き起こしやすい。そして、転倒した場合イレイザーの武器を扱うためだけに作られた脆弱な腕では立ち上がることは難しい上、連携して操作している以上「立ち上がる」なんて複雑な動きは不可能だ。そのために今まで二脚のイレイザーは存在せず、ほとんどが四脚ないしさらに多脚であった。
だが、たった一人でイレイザーを操作できる人間がいたら?
連携は要らない。自分の手足のように動かせるなら転倒だって怖くない。
つまり、アサヒならばこのイレイザーを自在に操れる。
「……こいつを動かすためにやたら俺を勧誘してたってわけか」
「まあ、そうなんだけどさ」
アサヒは黙り込む。
色々とおかしなところがある。
「なあ、なんであの子をこの街に放置した?」
アメリカにシロを引き渡せばそれで良かったのではないか。放置なんてせず昨日のうちに引き渡しておけばそれで済んだ話のはずだ。
「?」
ただ、シゲもそれに対し不思議そうな顔をする。
「あぁ、そういえばそうだな……お前が現場に連れてきたときは正直ビックリした」
「確かになあ、奪還部隊の連中は何考えてんだって感じだが。俺たちもとっくに引き渡されているもんだと思ってたんだよ」
主任は主任で腕組みをしながら首を傾げている。どうやら彼らにも伝わっていない情報があるらしい。レジスタンスも一枚岩ではなくどうも裏があるようだ。
「いいよ、乗るさ。取り返せればなんでもいい。相手の場所は分かってるのか?」
「あぁ。あの子に着せた上着にはGPS発信器が仕掛けてあってな。いまのところソ連のムサシノ基地にいるらしい」
ムサシノ基地と言えば西東京最大のソ連基地である。もっとも壁際にあるいわば対アメリカの防衛ラインだ。当然イレイザーも凄まじい数が配備されていることだろう。
「……そうか」
「……これは相棒としての忠告だけど引くなら今だぞ、アサヒ」
「……お前が誘ったんだろ、シゲ。俺はこのイレイザーを、お前の腕を信頼するよ。今まで乗ってたイレイザーも全部お前が整備してくれてたんだしな」
「……アサヒ」
アサヒは少し照れくさそうに頬をかくと、無言でイレイザーの方へと歩き出す。彼の中に何かしらの心境の変化が生まれていることは明らかだったが、彼はそれを否定しなかった。