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公国編 回想Ⅱ『エルテリゴ・グラスプリオ』



「くひゃひゃひゃひゃ、儂が生きておることが不思議かぁ?不思議だろぉのうぉ?」


斬ったはずの死体は血の痕跡すら消え、眼前には無傷のエルテリゴ。


「幻術の類いか?いや、だとしても一体いつ入れ替わった……?」


(尻尾を斬ったときは確かに本体だった。

すり換わるとしてもそんなタイミングはなかったはずだ)。


確かに殺したはずの男が目の前に平然と立っている事に英雄王は頭が混乱してしまう。


「さてねぇ、いつだろうねぇ?分かんないねぇ?最初からかもしれんのぅ。尻尾が切れた瞬間かも知れんのぅ。くひゃひゃひゃひゃ」


「お前に問いかけても無駄だったな……」


蒼の粒子を纏った拳を握り締め、片手に聖剣を構える。

対してエルテリゴは腕の力をだらりと抜いており、構えようともしない。

英雄王には殺られないという絶対的自信がありありと目に見えていた。


先に動き出したのは英雄王であった。


視認できない速度で瞬時に近付き、神速の太刀を振るう。

先程エルテリゴを真っ二つにしたその一撃は肩を抉るも勢いを無くし止まってしまった。


「とんでもない速さだのう……。老いぼれの目じゃ良く見えん」


剣が止まったと言っても胴体にかなり斬り込んでいるのに余裕な表情を崩さないその様子にこれも幻術なのかと英雄王は疑う。


まずはと、止まってしまった剣をそのまま押しきろうと力を込めようとするが、迫り来る尻尾を見て即座に胴体から引き抜き、紙一重で避けた後に両断する。

エルテリゴは己の尻尾を斬られたというのに何かアクションを見せる様子もなく、英雄王を只冷静に分析していた。


「それに、能力スキルで強化したというのに儂の竜鱗を切り裂くか……。これはやり方を変える必要があるかのう。ひゃひゃ」


エルテリゴの再生速度を見ていた英雄王は直ぐ様次の行動に移す。

後ろから飛来する尻尾を切り落とし、瞬時に一度フェイントを目の前でかけ、最小限の動きで後ろに回り込む。


「フッ!」


そして次は全力だと言わんばかりに息を込め、大地を踏み締め横に薙ぎ払う。


しかし、それは空を切る。


「なにっ!」 


気づけばエルテリゴは英雄王の後ろに回っていた。

その事実に英雄王は驚愕の声をあげてしまう。

それだけ自信があった一撃であったのだ。


(今のも幻だったというのか!?それなら先程からの余裕も理解出来る……いやしかし、さっきまでは確かに実体があったはずだ。斬った感覚も間違いなく感じた。一体どうなっている?)


思考に戸惑いが生じつつも英雄王は聖剣を振るうことを止めなかった。

しかし、それがエルテリゴに届くことはなく、空を虚しく切るばかりであった。



焦燥、動揺、不安。

英雄王の感情がエルテリゴには手に取るように感じ取れた。


(くひゃ。やはり、強力な能力を持った勇者と言っても召喚されたてでは甘いのぅ。この程度なら消耗させたあとに狩るのも容易じゃろう。くひゃひゃひゃひゃ)


英雄王は敵の策に嵌まってしまっていることに自覚しつつも、打つ手がなく、時間と体力だけを無為に消費させていっていた。


(くっ、どうするっ!?早くしないとっ! いや、焦るな。冷静にだ。太郎ならこんなときでもきっと突破の糸口を見つけるはずだ。考えろ。考えるんだ。何かきっと)


「くひゃひゃひゃひゃ。それは外れだのう」


何度目になるかエルテリゴの幻を切り裂き、英雄王は息を切らす。


「はっ、はっ、はっ……」


「ほぉれ、休ませんぞ」


英雄王の周りを囲うように炎弾が出現する。


「テトラっ」


英雄王は文字どおり降りかかる火の粉を振り払う為に、聖剣テトラの能力を解放する。

解放された剣先から突風が舞い、英雄王を守るように風が渦巻く。


「ほぉ」


「テトラ、薙ぎ払え!」


無造作に振るわれた聖剣から爆裂が咲き乱れる。

周囲を爆発させ、エルテリゴの幻術を強引に掻き消していくも、揺られ薄れるだけで幻術が消えることも実体に当たることも無かった。


「駄目か……」


「なるほどのう……その固有武装は魔術剣のようなものか」


エルテリゴが言う魔術剣とは言葉の通り、魔術を放つことが出来る剣である。

利点としては術式は予め刀身に刻まれているため、タイムラグもなく瞬時に発動出来るという点で、一流の魔術師にでもなると近接用に一つは持っているのが一般的だ。

しかし、術式を刻み込んで置くのに必要な金属であるミスリルは魔素伝導性に優れているが非常に脆く壊れやすく、魔術を使いすぎれば刻印が変形していき、結果爆発する恐れがある。

そんな長所と欠点があるのが魔術剣であるが、当然英雄王の持つ聖剣テトラには当てはまらない。

硬度は最硬であるオリハルコンを越え、切れ味は落ちることをしらない。

さらに、固有武装の持つ能力が『全属性魔法エレメンタルマスター』であり、意思ひとつで魔法を発動することが出来、術式などがそもそも必要なく魔術剣とは在り方自体が違った。



「くひゃひゃ。ちょっとした余興じゃ、魔術合戦とでもいこうか」


先程の倍以上はあるだろう炎弾がまたもや突然周囲に現れる。


英雄王は驚愕する。

(術式を使わずにこれだけの魔術を!?テトラと同じ魔法なのか?)


「テトラっ」


英雄王の呼び掛けに呼応するかのように、大地が脈動し、守るように包み込む。


爆発音が土の壁越しに響き伝わる。

英雄王は呼吸を落ち着かせるように一息吐き、聖剣テトラに魔素を流し込んでいく。

テトラは生命のように刀身を鼓動させる。

そして、衝撃に耐えきれず壁に亀裂が入り込んだ瞬間。


「闇を払えっ!テトラっ!」


円を描くように剣を振るう。


その剣先から光が照射され、かまいたちのように光の刃が全方位に飛び交い全てを切り裂く。


崩れ墜ちていく土の中で英雄王はそこで違和感に気づく。

浮かぶ炎の幾つかが幻覚のように通り過ぎたのだ。


「ほほう、良く耐えたのぅ」



(今のは……)


断片的な情報の欠片を整理しパズルのピースのように少しずつあて填まっていく。

一回目の切ったはずの実体は幻術。

二回目も身体は実体だったはずなのに、その直ぐあとに切った時は幻術だった。そして、飛来した尻尾には確かに実体があった。

それに詠唱を用いない高度な幻術、魔術の類い。

そして最後の炎弾。あれは、飛びかかってきていたものだけ、実体があった。



(つまり。


つまり。)



頭を絞り必死に考える。



(つまり。


だから。


これは全て幻術?


いや、それでも可笑しい。


じゃあ、なんなんだ?分からない。

くそっ!こいつは幻術を実体化させているとでも言うのか)


そんな文句を心の中で叫ぶ。


「あれ?幻術を実体化……」


(あり得ない。)

そう頭が否定する。


(そんな都合の良いことがあるはずが。)

頭が否定する。


しかし、既に身体は動き始めていた。


柄を握る拳に力が入る。

そしてそれに答えるかのようにテトラが先程の比でない程の脈動を起こす、光が刀身から漏れだし、周囲に風圧を巻き起こす。


「んん?まだ無駄な足掻きをするのかのぉ。ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。無駄無駄無駄。貴様じゃ無理じゃよぉ!」


(そうだ。きっと無理だ)


頭が否定する。


(けど、僅かでも可能性があるなら)


頭が、肯定する。


「試してみる価値は、ある!」


爆発が起きる。刀身に溜め込めなくなったエネルギーの塊が溢れそうになる。

それを必死に押さえ込み空に剣を掲げる。


「おおおおおおっ! テトラっ! 消し飛ばせっ!」









世界が光に包まれた。









そして、光は収束していく。




光が収束した先には英雄王が膝をつき、息をはいていた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


建物は跡形もなく消え、雲は弾けとび、英雄王を囲うようにクレーターが出来上がっていた。


「はぁはぁ、やった、か?」


肩で息をしながらも身体を起こす。


「……この周囲に人がもしいたのだったら、死んでしまっただろうな……」


辺りを見回した英雄王は自嘲気に呟いた。


「くひゃ。安心せい。ここらは魔族しかもう生き残っておらんかったよ」



「なっ!?」


「いや、見事じゃ。嘗めておったわ。まさか辺り一帯丸ごと消し飛ばすとはのぅ」


「くっ、あれで駄目だったのか……」


「くひゃひゃ。そんな事はないぞ。お主は儂を同じ土俵に立たせたのじゃからな」 


「? どういうことだ?」


「おや、分かってやったんじゃないのか?」


「まさかお前が……本体なのか?」


「そうじゃ。幻を実体に変える力。それが儂の限外能力じゃ」


「限外能力だと!?」


「なんじゃ、お主、もしや、限外能力が勇者だけのものかと思っておったのか?残念じゃが魔王クラスになると殆どのモノが持っておるそう特別なもんじゃないのじゃよ。くひゃひゃひゃひゃ」


「そんな……」


「楽しいのぅ。さて、ここからは、ん?」


突如、空の色が黒に塗り変わる。


「な、なんだ!?」


「くひゃひゃ。残念じゃがお互いに時間切れのようじゃな」


「時間切れ? どういうことだっ?」


「儂は貴様を殺し切れなかった。そしてお主は仲間を助けれなかったって事じゃ」


「適当な事を抜かすな」


「事実じゃよ。儂らの目的は達成された。もうここには用がない」


そういって翼をはためかせ飛翔しようとする。


「な、待て!」


「お主と会うのは次は要塞かのぅ。ではな」



「いかせると思うかっ!」



英雄王は限界突破した肉体で跳躍する。






そして、






地面に叩きつけられた。



「ごほぅっぁ!」


「そんな隙だらけじゃ、まだまだ駄目だのう」


「ま、待て……」


咳き込みながら、立ち上がる。


「次を楽しみにしておるぞ。くひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」


不快な笑い声だけが不気味な空に響き渡った。



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