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公国編 回想Ⅰ『転移先は地獄』


 あらすじ。

公国の襲撃を聞きつけた、『王国勇者』英雄王正義、幼女華代、洲桃ヶ浦蜜柑。

『帝国勇者』不動青雲の四人は帝国より救援として公国のナマクリム城塞へ転移した筈だった。

しかし、彼等が飛ばされたの戦場のど真ん中であった。






「ここは……」


 英雄王は転移された先の景色を視界に捉えて呟いた。

 そこは地獄。

 そう形容してもいい景観であったことは確かだ。

 燃え盛る家屋。響き渡る断末魔。


「どう……なっている……」


 英雄王の傍らには共に転移してきたはずの、幼女、蜜柑、不動の姿はなかった。


 ただ一人。


 地獄の景色の中で佇んでいた。


 英雄王は考える。

 そして、最短で答えに辿り着く。


 これはおそらく作為的な……魔族側による転移の妨害だと。


 話を聞いていた限り、最終防衛ラインであるナマクリム城塞へと物資の補給を行う部隊の護衛の為に王都に転移する予定であったはず。


 しかし。


 英雄王の眼前に広がる景色は最早壊滅した都市。

 予定外の事態であることは間違いなかった。


 行方の知れない仲間の姿を思い浮かべながら、一抹の不安を覚えていた英雄王だが、まずは生きている人を助けなければと行動を行そうとした刹那。




「くひゃひゃひゃ。わしの相手は貴様かのぅ」


 突如、不快な笑い声が耳に入った。


 英雄王はそれがどこからの声だったのか辺りを見回すがその声の主は見当たらない。


「ひゃひゃひゃ、こっちじゃよ」


 挑発するかのようなその声に今度こそはと、声が聞こえた方向を把握しそちらに大きく振り向くが、そちらには激しく燃え上がる炎しかなかった。

 そんな空振りな結果に終わったことで英雄王は正体の見えない相手に対して更に警戒を強め辺りを見渡す。

 そんな英雄王を嘲笑うかのように声がまた聞こえた。


「だから言っておろう。此方だと」


 その声の方向に英雄王はあり得ないと思いつつもまた振り向く。


 すると燃え盛る業火の中。

 うっすらと影が映った。

 それは少しずつ濃くなり、それと同時に常人では潰れてしまうであろうほどの大きな威圧が身体にかかり始める。




 そして、一人の悪魔が姿を現した。





 その背中に生えるは禍々しく尖る漆黒の翼。

 伸びるは鋭利な二つに別れる尾。

 全身を覆う鱗は赤黒く輝く。


 その姿に英雄王は唾を呑み込む。

 それは、英雄王の知識でいうのなら、竜人、と形容できる出で立ちであった。

 しかし、英雄王はそれ以上の何かを相手から感じ取っていた。

 それは不気味さであり不快感であり、嫌悪感である何かであった。

 その感じ取った感覚からではとても目の前に相対する相手が竜人などには見えず。



 それ以上におぞましく恐ろしいもので。



 そう。言うなれば。


「竜の悪魔……」


 思い浮かんだイメージをポツリと呟いた途端、英雄王の身体は強く輪唱を鳴らし始める。

 それが何を意味するのか思考が理解する前に肉体が感じ取っていた。

 こいつは強いと。


 それにより意図せず思考が、肉体が、戦闘体勢へと移行され、思考がクリアになり、感覚が研ぎ澄まされていった。


 聖剣『テトラ』をその手に顕現させ、構える。

 その切っ先は震えることもなく、真っ直ぐに相手に向けられていた。


「悪魔のぉ……実に儂を表すのに的を得ている喩えじゃな」


 竜人は英雄王からほとばしる膨大な魔素を平然と受け流しながら、楽しそうに笑う。


「お前は……」


「儂か? 儂は、グラハラム軍第8師団所属。エルテリゴ・グラスプリオと言うものじゃ。異界の勇者よ、申し訳ないのじゃがなぁ。命令じゃ……その首、頂こうかのぉ」



 刹那。



 粉塵が舞い上がり凄まじい轟音と共に、鋭利な爪が英雄王の眼前に姿を現す。



 ギンッ!!とテトラとその爪がかち合う音が周囲に響き、地盤が割れる。



 両者一歩も譲らず鍔迫り合うが、此処で力の差が明確に判明する。

 英雄王はエルテリゴの爪を防ぐ形でテトラに力を加えているが素の力ではエルテリゴの方が上のようで少しずつであったが後ろに押され始め、踵に土が盛り上がる。


「ぐぅっ」


 苦悶の声をあげる英雄王に対してエルテリゴは耳障りな笑い声を出し、英雄王の思考を乱す。


「くひゃひゃひゃひゃっ!」



 瞬間。



 視界から二対に分かれた尻尾が左右から迫り来る。



 英雄王は咄嗟にテトラに込める力を抜き、エルテリゴの力を利用しつつ後ろに飛び去る。

 しかし、紅黒い光沢をみせる二対の尻尾は独自に思考を持っているかのように、伸縮し、英雄王に襲い掛かる。




 それを逆手にとり、着地直後に今度はエルテリゴの懐に入り込むために大地を全力で踏み込む。


 そして、迫り来る二つの脅威を紙一重で交わし、間髪いれず、その伸びきった尻尾に身体を回転させる勢いを利用して斬り込む。


 紅い血が飛び散り、エルテリゴの胴体と尻尾を二つに切断した。


 しかし、英雄王はその余りにも予想通りにいったその結果に違和感を覚える。



 手応えがなさーー。






 刹那、何かが、無意識に英雄王の身体を動かした。


「ほぉ。これに反応するか。流石勇者というべきかのぉかのぉ」


 結果、視界外から不意をつく形で飛びかかってきた鋭利な尻尾は空を貫く事になる。



 それは端から見れば超反応で避けたように見えたのだが、英雄王からしたら半ば偶然避けられただけであり、自分でも何故避けれたのか理解していなかった。




 少し呆然としていた英雄王の横で地面に落ちた尻尾はぐねぐねと気持ち悪く動きながらも元いた場所に戻ろうと動き、エルテリゴの切断された尻尾の断面にくっつく。

 そして、瞬く間に傷がふさがり元通りになる。

 その光景は異様であった。

 いくら魔族が生命力が強いと言っても数瞬で治ってしまうなんて事は生命力が強い吸血鬼や大鬼族位のものだ。

 ましてや、草食である漆竜族がそんな能力を持っているはずはなかった。


 しかしエルテリゴは普通の漆竜族ではないためそれに当てはまらなかった。

 突然変異体に共通している点は、丈夫で生命力が強く、種族の枠組みに囚われず、特殊な能力スキルを保有しているということだ。

 しかしいくら突然変異体といっても持っている能力はそう多くないのだが、エルテリゴの場合は長い年月を生きたことにより通常ではあり得ない能力の数、強さを誇っていた。


「厄介だな……」


「ひゃひゃひゃひゃひゃ。老人を無下に扱うもんじゃないんかね」



 その後、お互いに一歩も譲らない鍔迫り合いが続くが、二人の表情は真逆であったエルテリゴは上機嫌に笑い、英雄王は苦虫を噛み潰したように顔をしかめていた。


 それもそのはずで英雄王の心は他所にあった。

 目の前の魔族が今までにあったことのない、王国の兵士などとは比べ物にならない程の強者だということは肌で感じ取り、実際に刃を交わすことで理解できた。



 そして、今の自分の現状は妨害された転移により魔族との戦闘の最前線に飛ばされた。


 ならば、幼女や蜜柑はどこか?

 それは当然、自分と同じ最前線で敵と相対していると想像がつく。


 英雄王の身体に電撃のようにビリリと何かが痺れたのを感じるが、それは焦る気持ちだと、その気持ちを抑え混み眼前のエルテリゴを睨む。


 一先ず、こいつを倒さなければ二人の助けに行くことは出来ない。


「他の勇者はどこに転移させた?」


 英雄王の問いかけに、エルテリゴはその口角を釣り上げる。


「どこだろうのぉ。近くかもしれん。遠くかもしれん。生きてるかもしれんし。死んでるかもしれん。くひゃひゃひゃひゃひゃ」


 不快感極まる笑い声を聞き、英雄王は怒りを心に募らせる。


 エルテリゴの口元に淡い光が漏れだす。

 それに対して意識を集中するが、その隙に足元を二対の尻尾が絡み付く。

 そして聖剣『テトラ』は鋭利な爪に捉えられた。


「……っ!」


 瞬間、エルテリゴの口から業炎が解き放たれる。


 エルテリゴはゼロ距離から襲う無慈悲の業火に流石に避けられなかっただろうと勝ち誇る。




 だが。




 そこに英雄王の姿はなく、あったのは虚空を燃やす業火と地面を抉り、へし折られた自らの爪、捻切られた尻尾が眼前に存在するのみだった。


 そしてエルテリゴから数メートル離れた先で、蒼く輝く粒子を周囲に纏いながら英雄王は立っていた。


「あいつらならそう簡単にやられはしない、お前を倒しその後で探すことにさせてもらう」


 その刹那。



 エルテリゴの視界から再び、英雄王の姿は消えて。




 エルテリゴの反応を超えて背後に回り込む。



 慌てるように振り替えるその様をスロー再生でみるかのように俯瞰しつつ、剣を構える。



 そして、


 音も、


 斬撃の軌跡すらも置き去りにした。


 神速の剣が振るわれた。



 結果、無防備なエルテリゴの身体は斜めにズレ落ち、上半身は地面へと落下する。

 切断面から鮮血が飛び散り、流れ出る真っ赤な血は血だまりと化し、残された下半身からは血が噴き出る。


 返り血を浴びる英雄王の瞳は既にエルテリゴを映してはいなかった。

 遥か彼方を見据え、引き離された幼女と蜜柑の安否を不安に思い、二人の捜索に乗り出そうと一歩、歩を進め……。


「ッ!?」


 背筋に冷たいものが走った英雄王は振り返る。


「あ~、危なかったのぅ。わしじゃなければ即死だったのぅ」


 そこには、殺した筈のエルテリゴ・グラスプリオが無傷で立ち。

 今さっき両断したエルテリゴの身体は消え失せ、浴びたはずの返り血も英雄王の身体からは消えていた。


「くひゃひゃひゃひゃひゃ。さぁ、もう一戦と行こうではないか。勇者よ」


 エルテリゴ・グラスプリオは獰猛な笑みを浮かべ、英雄王は額に一筋の汗を流す。




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