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公国編 回想『前日』

これから公国回想編に入ります。

公国回想編は太郎達が帝国に訪れたタイミングからの話になります。

 

 『今から始まる物語は帝国で革命が起こる前、既に過ぎ去った過去の回想だ』




 中肉中背の男が一人、腕をだらりと垂らしながら椅子に座っていた。

 男はぶつぶつと時折何かを口ずさみ、虚空を見つめている。

 それが何の意味を持っているのか、本人以外知るよしもないだろう。


「くひゃひゃ、何をしている?こんな時間に」


 暗闇の彼方から笑う声が聞こえた。

 その問いかけに椅子に座っていた男は少し考え込んだ後、視線を虚空から声が聞こえた暗闇の方へと向ける。


「少し……始まりを思い出していた」


 男はぼつりと呟いた。

 何の始まりなのか、主語もないその言葉の意味を理解できる者は彼をよく知るものだけに限られる。

 そして、暗闇の潜む者は、彼を最もよく知る『最悪』の男だ。

『最悪』は男の答えが面白かったようで不快な笑い声が響き渡る。

 椅子に座る男もこの『最悪』がそういった屑の一種であることを良く知っていた。


「面白いか?」


「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ、そりゃあな、決戦前に心此処に在らずの大将をみちまったらのう、ひゃひゃ」


「………」


「それで始まりとは、あの始まりかえ?」


「……ああ、僕の始まりと奴の始まりは雲泥の差がある。それを改めて思っただけだ」


「ひゃひゃ、そりゃあつまり、神に挑むのを臆したか?」


「その逆だよ、ようやく神に届く得る力が手に入るんだ……柄にもなく高揚している」


 口ではそう言っているものの男は相変わらず完全に脱力しきっている。


「ようやくだ……」


 男は八年前の事を思い返す。

『七色の幻想』の一人ユニコリア・ホーンデット。

『蒼』を冠する鎚の使い手。

 彼女が己の前に現れ、持ち掛けた話は勇者召喚の儀についてだっだ。

 甘く甘く甘く、此方に美味しい話過ぎて胡散臭く感じたのは己だけでは無かった。後ろに控えている先代竜王から国に使える重鎮達も苦い顔を浮かべていた。

 そもそも、仇敵の幹部でもあるこの女を信用するのはリスクが大きいのだ。


 だがしかし、その話は手詰まりになっていた状況を一転させる内容だった。


 だから、男は交わした。悪魔の契約を。


 その八年前の契約が明日、効力を発揮する。

 既にあの女は帝国で動き始めていることは掴んでいる。

 手筈通りいけば王国勇者が此方に動き出すだろう。

 全ては明日。

 椅子にもたれ掛かり男は何度もあの日の選択を思い返す。

 己の選択は正しかったのか。疑念が過る事もある。


「まあ、どちらにしろいい」


 男はぶつぶつと呟く。

 男にとって今回のもあくまで目的を達成するための方法の1つでしか無い。

 成功すればまた高みに一段近付く。失敗すればまた別の手段を考えれば良いだけなのだ。


「くひゃ、やる気があるか無いか分からんやつじゃ」



「……あるさ、けど期待しすぎも良くない……それを僕はよく知っているだけ」


 冷め切った発言。


 しかし、彼の瞳の奥底には数多あまたの龍が荒ぶり蠢いていた。歪で邪悪なそれはこの男の無機質な心を揺さぶる呪いに他ならない。


 己ではない『何か』が欲するのは純粋な力、それらが感情の昂りとなり男を突き立てる。



 平静を装いつつもその穢れ《のろい》の脈動を抑えつけようとしていることに気付かぬ『最悪』ではない。

 何故ならそれはかつて己が支配されていた穢れそのものだからだ。

 そして、だからこそ『最悪』にはこの王が耐える姿が滑稽に映って見えてしょうがない。


「ひゃひゃひゃひゃ、愚か、愚か、愚か、愚か、愚か、愚か、愚か、愚か愚か、愚か、愚か、愚か、愚か、愚か、愚か、愚か、愚か、愚か、愚か、愚かっ!ひゃひゃ何処までも貴様は」


 暗闇から響く耳障りな笑い声。

 しかし、男が動揺することはない。人を虚仮にした笑い。そんなものはいつもの事だと割りきっていた。

 だから、響き渡った笑い声を無視し、計画について問題がないか改めて思案する。

 改めて思案すると言っても作戦事態に複雑なものは部隊の配置くらいだ。それ以外は余り考えると必要がない。

 竜人族も含め魔族は力を信仰する傾向があり、細やかな作戦を立てようとも小細工と一蹴し勝手に行動する者が多い。

 そんな者達が多いと言うのに頭を使うような作戦を練るのは逆に愚かと言うものだ。


 だから彼らに伝達している命令は一つ。

『殺せ』

 それだけだ。


 必要なのは強力な『限外能力』を持つ人間だけ。

 それで死ぬような相手ならそもそも必要ない。

 男はそう割り切っていた。


 胸を抑え荒ぶる龍を落ち着かせ、言い聞かせるように男は呟く。


「焦るな、先ずは一人……勇者幼女(おさなめ)だ」


 不快な笑い声は既に消え、辺りは沈黙に包まれていた。

『最悪』の存在は感じられない。がしかし、そこにいる。

 アレはそういうものなのだ。

 だから、警告も込め、男は虚空に向けて話し掛ける。


「精々あんたは好きにしてるといい……僕の糧にするまでは生かしておくからさ……」


 返事が返ってくることはない。

 始めから返ってくるとは期待していなかったので男はまた気だるそうに眼を閉じた。


 龍の穢れ(のろい)を背負いし王。

 男の名はグラハラム・ファウデン・ガータクルニクス。

 四大魔王の一人であり、竜人族を統べる竜王である。


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