帝都決戦 Ⅻ
局面は終局に向かい始めていた。
エルヴンガルド帝国皇帝、『バルカムリア·ダーバック』は死亡。
及び、同時刻に第一、第二騎士団長の両名も死亡。
そして、帝国勇者が一人、『九図ヶ原戒能』は瀕死の重体で逃走。
帝国の根幹を為す者達は既に闘える状態ではなく、革命軍及び、勇者達の協力により王宮は制圧され、場内に抵抗する者はもういなくなっていた。
場外で暴れまわっていた異形に変えられた人々もガイウラモ率いる冒険者に加え、騎士団、革命軍、義勇兵により全て掃討された。
つまり、革命は成功で終えた。
その筈なのに、帝都は静かであった。
そして、静まり返った街から時おり聞こえてくるのは啜り泣く、民衆の声だった。
「ああ、私は失敗したのだな革命に……」
プラナリア・ユーズヘルムは一人、街を見下ろしそう呟いた。
城壁は壊れ、街は崩れ、多くの人が死に、帝都は国としての機能をまともに果たせる状況では無かった。
「ここに降りましたか……プラナリア様」
声かけられ、プラナリアは後ろを振り返る。
そこには革命軍の参謀である老獪の男がいた。
「ガーナックか……」
「……どうされましたかな? とても皇帝になったお方のお顔には見えませんぞ」
「ふっ、分かっているでしょう」
「……」
自嘲気に眼下の景色を眺めるプラナリア。
それをガーナックは無言で見つめる。
暫しの時間が経過するとふと自分の感情を吐露し始めた。
「街が壊れるのも、人が死ぬのも理解はしていました。……していましたけど……余りに……っ、人が死にすぎました……」
その懺悔をガーナックは庇うように前皇帝の名を出す。
「それは皇帝、そして帝国勇者の暴挙による結果です。プラナリア様のせいではございません」
「ああ、そうかもしれない。だけど、だからといってこの現実から目を逸らす事は出来ません。私がこの結果を生み出した一人でもあるのですから……」
ガーナックの慰めに対して、苦悶の表情を浮かべながらプラナリアは答える。
皇帝から宰相、勇者、騎士団長、公爵と帝国の上層部の人間は革命の際に全て死亡し、事の真相を知る者はもういない。
何故こんな事態にまでなったのか。突き止めなければならない。
考えてみれば数年前から始まった皇帝の暴挙から、これまで起きた事件、どれもがあり得ないような話だ。
強化兵士、つまりは異形の兵士は帝国勇者の『限外能力』を利用した可能性があると言伝てに聞いたが、能力を道具に付与するなど『神』の域に入る行いで有り得る筈がない。
しかし、現実にあり得ている。
つまり、『神成らざる誰か』が介入し、この事態を引き起こしたに違い無いのだ。
「誰が一体こんな事を…っ」
「皇帝陛下が老いて耄碌したのでしょう」
「しかし、あの方の最後は確かに理性を残した者の言葉でした」
「そうでしたな、それでは、全ては勇者による事なのでは?帝国勇者は異界の人間でおります、我々の知らぬ知識、技術があっても可笑しくありませんぞ」
そのガーナックの指摘にプラナリアは一理あると感じた。
「そうですね、勇者……彼等が確かに全ての根幹に関わってきているのは事実ですから十分有り得る話です……確かに彼らの非道な行いは過ぎた者でした」
自分の考えを口に出しながら、考えれば考えるほど勇者が怪しく見えてきた。
異界の知識でなら今回の事態を引き起こすのも十分有り得る話だ。
しかし、それは有り得無いことに気付く。
「いえ、違います……彼らでは、ないですね……彼らが来たのはほんの数ヵ月前です。皇帝はその以前からずっと可笑しくなっていた筈です、彼等が原因では無いです…………それはガーナック、貴方も理解している筈でしょう?」
「皇帝の内面的変貌は帝国を憂いてのものと考えれば、時系列的にも可笑しな点はありませんぞ」
「そう、なのかもしれません、ですけどそれはあくまで可能性があるだけです……」
「ええ、そうでしたな」
ガーナックはにこりと笑みを作りながら笑う。
そこでプラナリアは彼の意図を理解した。
「今、私の事を試していましたか?」
「失礼、気が付かれましたか。次代の皇帝の眼も既に曇っていましたらどうしたものかと不安でしたのでのう」
ガーナックは悪びれた様子もなく、笑う。
そんなガーナックを見てプラナリアは溜め息を吐く。
この男はそういう男なのだ。
あくまで私を皇帝という一つの駒でしか見ていない。
だから、彼にとって私が皇帝の役割を果たせないのであれば、そうそうに切り捨ててくる事は容易に想像がつく。
敵なのか味方なのか分からない男。それがガーナックという人間だ。
しかし、彼は愚直な程に人を愛し、人の未来を憂いでいる人間の一人だ。
だから、以前の帝国の状況を変えようという意思は理解出来たし、今のこの状況を私が建て直せる人物か試してきた。
「はあ、貴方はいつ何処でも恐ろしい人ですね」
「お褒めいただき恐悦至極で御座います。それでこれからどうされますか?まだ犯人探しでもするのでしょうか??」
それは皮肉だ。
状況から鑑みるに犯人はかなり後処理に気を付け、正体をばれないようにしてきている。
証人も死に、証拠も抹消され、そこから犯人探しともなると、全員を疑わなければならなくなり、疑心暗鬼の状態が続く事になる。
今の帝国に内部で争っている余裕はない。
だから、これは最優先すべき事案ではない。
「するつもりは有ります、ですがその前にこの帝国を立て直さなければなりません」
先ずは、帝国の組織の立て直し。
それと、公国への援助。
帝都及び、街の復興活動。
プラナリアが考えなければならないことは沢山ある。
「それではこのような場で嘆く暇も懺悔する暇も憤る暇も有りませんな」
「…そうですね」
「皆がお待ちで御座いますぞ。皇帝陛下」
「ええ、分かりました」
犠牲が大きかったからといって立ち止まれない。
既に私の歩みは帝国の歩みなのだ。
私が迷えば国が迷い停滞し、私が懺悔すればこの革命の正当性を否定しこの革命の為に死に行った者達を否定することになる。
私は前を進まなければならないのだ。
それが私の責務だ。
___________________。
同時刻。
全ての争いが終結し、地上が静まり返った中、地下道にて身体を引き摺りながら歩く男がいた。
全身は焼け焦げ、身体の至る箇所が折れている。
そんな常人ならショック死するような痛みに堪えながらも男は殺気を周囲に撒き散らしながら怒りに瞳と表情を歪めていた。
「アあァッ!クソッ!クソックソックソッォォォ!」
悪魔の形相を浮かべ怒り狂う男、帝国勇者『九図ヶ原戒能』。
彼は王国勇者『鎌瀬山釜鳴』とニーナにより瀕死の重体を負っていた。
まだ生きているのは単に彼が勇者としての強靭な肉体を持っているからに他ならない。
「はあっ、はあっ……ッ! アノ野郎だけは、殺すッ!殺す殺す殺す殺すっ!」
鎌瀬山釜鳴。
弱者だと思っていた。
元の世界でも録に喧嘩もしたことが無い、格好だけの不良。
そんな風に舐めていた男に敗北した事が九図ヶ原には許せなかった。
帝国勇者として召喚され、自分こそがこの世界の強者だと自覚していた分その反動で敗北した事実を強く引き摺り、怒りで思考が塗り潰される。
「アァぁッ!ユニコリアッ!何処だボケカスッ!とっとときやがれッ!!」
「此方におります……」
影から額から角を生やした女性が姿を現す。
その姿を見て九図ヶ原は悪態をつく。
「アぁ?おせぇぞっ! 何してやがったテメェよぉっ」
「敵勇者と戦闘しておりました」
淡々と答えるユニコリア。
九図ヶ原は一瞬他の勇者の誰だと考えようとしたが、直ぐ様そんな事はどうでもいいと捨てきる。
「他の勇者ァ? ちっ、まあいい、とっととこの傷を治せっ!調子づいた上の野郎共を全員ぶち殺さなきゃならねぇからよぉ」
二度目の敗北はない。
傷さえ治ればアノ野郎をぶち殺せると確信していた。
しかし、いつまで経ってもユニコリアは傷を治す素振りをみせないので九図ヶ原は怒鳴る。
「オイッ、何やってやがるっ!とっとと治せっつてんだろ愚図がっ!」
いつものように命令する九図ヶ原。
当然、いつものように従順な言葉が返ってくると思っていた。
「ふふ、貴方のような塵は扱いやすくて助かりましたよ」
だから、九図ヶ原は放たれた言葉が最初は理解出来なかった。
「あァ?」
「でももう貴方の役目は終わりです」
「て、テメぇ何言ってやがる、主の命令が聞けねえのかっ!?とっとと治せやっ」
「全く、なんと烏滸がましい生物なのでしょうか……人間という生物は」
魔隷の首輪を引きちぎる。
「こんな物で私を縛れるとでもお思いでしたか?」
「なっ!?」
九図ヶ原は驚嘆の声をあげる。
首輪に刻み込まれた魔隷の呪を弾くあるいは解除するとなると、術者の数倍近い魔素が必要となる筈だ。
つまり、ユニコリアは九図ヶ原の数倍以上の魔素容量を持っていながら気付かれないように隠していた事になる。
「それと生憎、我が主は800年前より決まっておりますので」
「テメエ……」
怒り塗りつぶされた思考の中朧気に思い出すのは初代勇者である幻想種の魔王。
九図ヶ原も何度か聞いていた事がある名前だ。
「皇帝を裏から操っていた私を支配できたことにお喜びだったようですけれど、結局貴方も私に思考誘導されていた事に最後まで気付かず、実に滑稽でしたよ?」
ユニコリアの煽りに九図ヶ原はぶちギレる。
「殺すッ!」
瀕死ながらも勇者。
死に絶え絶えの身体を強引に動かし、ユニコリアに迫る。
しかし、その動きにはいつもの精練さはなくユニコリアを捉えることは叶わない。
「だいぶ、負傷しているようですね、さて、貴方のおかげで計画を随分と早めることが出来ましたのでお礼に一思いに殺して差し上げますよ」
にこりと笑ったユニコリアが腕を縦に振り、鋭利な爪先が九図ヶ原を襲う。
限外能力『感覚境界』によってその動きを神速の速さで知覚した九図ヶ原は身体を反らし避けようとするも血を流し過ぎたせいか身体が鉛のように鈍純で避けきる事が出来ない。
鮮血が舞い、右腕が肩から弾け飛ぶ。
「がァぁッ!」
「ああ、無駄な抵抗をするからですよ」
血を垂れ流しながら、九図ヶ原が地面に倒れ伏す。
「この糞アマがぁァぁァッ!」
「まだそれだけ話せるとは流石、勇者というべきですか……」
「殺すッ!殺すッ!殺すッ!殺す殺す殺すッ!殺すッ!テメエら全員ぶち殺してやるっっ!!」
「道化役お疲れ様でした。貴方は自分を強者だと驕っていたようですけど、所詮貴方も狩られる側の弱者なのですよ」
蒼き炎槍が倒れ伏した九図ヶ原の心臓を貫いた。
「がっカァっはっはっ……かっ」
「臓器を燃やされる痛みはどうですか??」
「ころ、こ、こ………」
______________。
「さて、残りは死体を集めて仕上げとしましょうか…」
丸焦げの肉塊に成り果てた九図ヶ原を引き摺り、地下へ地下へと脚を進める。
王を傀儡にしたのが八年前、そこから帝国上層部を取り込んだ。
その後、魔核、それに王の血による進化理論を確立するために研究を各地で続けながら、実験に必要な優秀な素体を集める為に勇者召喚の儀を行った。
勇者召喚の儀は本来なら必要素材を集めるのに途方もない時間がかかるのだが、魔王グラハラムの利害とも一致し、竜人種は王国、幻想種は帝国と分配し、勇者召喚の儀を行った。
勇者召喚の儀で召喚された勇者は私の期待通りの人間たちであった。
特に此方に都合が良かった人材は、九図ヶ原に他ならない。
わざと彼に見つかり、奴隷になることで彼に疑われることなく帝国での実験を進行することが出来た。
一つ問題であったのは『不動青雲』という男が召喚された事だ。
実力でいえばおそらくほぼ互角。勇者の中でも最高位の才覚を持ち、此方に靡くことはない男。
厄介としか言いようが無かった。
だが、運良く九図ヶ原と不動青雲は互いに不干渉であった為、此方に手を出される事はなかった。
そして、グラハラムとの話し合いで予め決められていた公国への進軍と帝国革命を同時に開始し始めた。
この革命を起こすにあたり、革命軍の総指揮をするであろうユーズヘルム州を部下に任せ、帝国勇者同士と王国勇者を引き合わせた。
そして、一番の問題であった不動青雲は戦闘中毒者である事はよく知られていたので戦争が起きればグラハラム領に行くのは予想通りであった。
そして今、当初の予定とは少し異なるがここに人族の英雄位の死体が並んでいる。
九図ヶ原戒能、呂利根福寿、バルカムリア·ダーバックを軸とした集合体の魔核。
本来であればここに他の勇者も並んでいる筈だったが、王国勇者『東京太郎』によって妨害された結果、多少生け贄は少なくなってしまっている。しかし、特に問題はないと思われる。
贄としてはこの数で十分足りている。
出来ることならあの男も此処に混ぜておきたかったが彼らは今頃、『蒼炎の王』の力の前にひれ伏し敗北している。
しかし、予想外にも幻想種に至った『憤怒之鬼王』は殺してしまうのだけは惜しいかった。
しかし今後、鬼族を使った実験を進めていけば理論が解明できる事だろうし、今回は諦める事にした。
満足気に今の状況を確認していたユニコリアの表情が突如激変する。
それは予想だにしていなかった事態だ。
「なんて事を、あり得ない……」
感じたのは『蒼炎之王』の力の消失だ。
『蒼炎之王』はユニコリアの固有武装ではない。
彼の王の力の一辺なのだ。それが敗北した。
その事実が信じられなかった。
魔王にも匹敵する力を誇る。『蒼の化身』。
その力はユニコリア自身をも上回っているのだ。
「信じられない……」
しかし、現に『蒼炎之王』の力を今は感じられない。
認めるしかないのだ。敵は王に届きうる存在だと。
「急がなければ……」
『蠱毒の血』による研究を経て造り上げた我らが王の力、『幻想王之血』。研究の集大成であるこれを九図ヶ原に流し込む。
焼け焦げた九図ヶ原の身体がぴくりと動き始める。
関節をねじ曲げ、身体が歪に変貌していく。
醜悪な醜い塊へと変化する九図ヶ原は辺りの物を呑み込み始める。
辺りの物を手当たり次第呑み込んだ肉塊は薄い膜を周囲に張り、動作を停止する。
大地に根を張り肉の繭のようになったそれは胎動しながら徐々に肥大化する。
「不完全ではあるようですが、完成はしたようですね……」
大地から吸い上げているのは、この革命により死んでいった者達の血肉だ。
数万、数十万の血肉を取り込み、此処に一個体の生物が誕生した。
『遠き暗闇の怪物』
今までの『蠱毒の血』では肉体を内部から破壊され、膨張または崩壊が起きてしまう問題があった。
そこで原点の種族とも言えるオリジナルの人間、その中でも英雄位階に到達した者達を寄せ集め王の力により束ねた。
その造り上げた肉体は強靭で多くの人の血肉を取り込んでもなお、人の形を維持し続けていた。
「やはり重要なのは器ということですか」
血に耐えうるだけの器となると、勇者や魔王といった上位種に限られる。そうなると、勇者召喚の儀を行うのも長年の年月がかかり、また勇者には召喚の上限が存在するので幻想種を増やすのは非常に困難を極める事になる。
「今後の方針を王に確認する必要がありますか……」
ユニコリアのぽつりと呟いた独り言に『遠き深淵の怪物』が反応を示した。
「オレガ、王カ?」
黒の光沢を放つ蠍の尾を大地に突き刺し、ボロ・ギルタブルルは問う。
その質問をユニコリアは一笑に伏す。
「それは不遜過ぎますよ」
ユニコリアにとって王は唯一無二の存在だ。
この生物が如何に王の力の一部を受け継いでいるからと言ってその言葉を受け入れる訳にはいかない。
「……オレハ王デハナイ?デハ、誰ガ王ダ?」
「我らが幻想種の王、『 』様で御座いますよ」
「……俺ガ王ダ、俺ノ方ガ強イ」
「王の絶対的な力の一部を継承してるせいか全能感でも持っているのかしら?」
己の持つ力が強すぎるが故に傲慢になっているようだ。
しかし、それはまだ王と体面していないから持てる自身だ。
実際に王とお会いすればそんな甘い考えは直ぐに捨てる事になるだろう。
傲慢な自我を持っているのは想定外ではあったが幻想種として己の強さに自信を持つことは悪い話ではない。
それに今はそんな事を気にしている暇はない。
「貴方が王より強いというなら見せてくれるかしら貴方の力を」
上には召喚された勇者が何人か残っている。
しかし、既に連戦により彼らは戦える状態ではない。
つまり、障害になるのは王国勇者『東京太郎』只一人だ。
『蒼の化身』を倒した時点で見逃すという選択はない。
ここであの勇者は殺さなければならない。
恐らく戦闘で消耗した『東京太郎』なら私と新たなる幻想種二人相手に叶わないだろうし、新たな仲間の実力を計るいい機会だ。
「俺ヲ試スカ……イイダロウ」
黒に染まった翼を広げ、一羽ばたきする。
それだけでボロ・ギルタブルルは地下を突き破り、空高く飛翔する。
「中々、やんちゃの性格のようですね」
ボロ・ギルタブルルに追い付くためにユニコリアも続いて飛翔する。
そこで、直ぐに違和感に気付く。
「可笑しいわ……」
人がいないのだ。
目に見えないというだけじゃない。気配すら一切感じられない。
その異常に気づいたのは何もユニコリアだけじゃない、生まれたばかりのボロ・ギルタブルルも自分の倒すべき相手が一人も居らず困惑していた。
「何ダコレハ?」
帝都全体から生命の気配が一つを除き、一切無いなんて事は有り得る筈がない。
しかし、現に帝都にはあれだけいた筈の人間がまるで幻だったかのように消えている。
この状況は訳が分からないが感じれる生命の気配は場内の玉座に一つある。
つまり、答えは決まっている。
それはボロ・ギルタブルルも同じ考えだったようで気配のする玉座へ一直線に飛ぶ。
豪快に城壁を突き破り、謁見の間に着地する。
続いてユニコリアもその突き破られた壁の穴からふわりと着地する。
「やあ、随分と派手な登場だね」
王国勇者『東京太郎』がそこにはいた。
「オ前ハ何ダ?」
玉座に君臨する一人の人間。
そこから放たれる圧は己と同じ生物を超越した人外の領域に位置する者としか思えない程、深く黒く重い気配。
人、それも勇者が放っていいような生易しいものではない。
脆弱な生物ならこの威圧に当てられただけで生命が絶たれる程だ。
「東京太郎。まあ、見ての通り勇者ではない」
「勇者ではない?」
「常人の感覚を持っていれば今の僕が勇者とは対なる存在だって事くらい分かる筈さ」
「悪魔の類い……となると我々に近い存在というべきでしょうか」
「どうだろうね、自分でも分からないけれど、僕自身は正真正銘人間だとは思っているよ」
「これは貴女が?」
帝都の民が一斉に消失した事態。
起こせたのは唯一残っていた一人の人間以外有り得ない。
「あーそっか、言い忘れてたよ……『僕の理想郷へようこそ』」
「これは、多次元空間の生成? いえですが、そんな限外能力は聞いた事ありませんね……」
「そうなの? まあこの能力は訳あってさ隠してたんだけど、嫌な気配が消えたからね、好きに使うようにしたんだ、最初からこれやっとけば早く話はついてたんだけどね」
嫌な気配。
恐らくであるがそれは『蒼の化身』とリンクしたあの御方の力の事だろう。
王の力を感じ取る等、九図ヶ原でも不可能であったというのにこの人間は感知していたというのか__いや、それよりもそれが事実であるならば、今まで力を隠していながら、『蒼の化身』に打ち勝ったという事になる。
そんなことが有り得る筈がない。
だが、現に傷を負った様子も無く、東京太郎は玉座に君臨している。
「マアイイ、オ前ヲ殺レバイイダケダ」
ボロ・ギルタブルルの姿が地面を叩きつける音と共にその場から消え太郎の目の前に突如現れる。
「その短絡的な考え嫌いじゃないよ」
太郎は余裕そうに足を組みかえながら、手を横に無造作に振るう。
まだ、手が届く距離ではない筈がまるで殴られたかのようにボロ・ギルタブルルは横へと弾き飛ばされる。
「ガッ!!ヌゥッ……」
轟音と共に壁に衝突し、苦悶の声をあげる。
その一連の流れを見たユニコリアは即座に術式を構築し始める。
高度な術式は複雑化されているため、必ず構築を開始すれば妨害に入るものなのに太郎は玉座から動く気配はない。
寧ろ、楽しげに此方を見ている。
舐められていると理解する。しかし、それは此方に好都合であった。
構築途中の術式を修正し、更に複雑な術式を仕上げていく。
妨害が入らないというなら、最大級の魔術で確実に潰すことが可能だ。
幻想種を舐めた人間に我々、選ばれた種族のみが扱える『神域の魔術』第13階梯を見せて差し上げるしかない。
「殺ス」
一方、ボロ・ギルタブルルはというと地面から立ち上がり、怒りの表情を浮かべる。
自分が全く相手にされていないことを自覚したのだろう。
立ち上がり様、直ぐに再度太郎目掛けて突撃し爪を降り下ろす。
それを太郎は目視する事すらせず、片手で受け止める。
鈍重な衝撃音が響き激突し合う二者の表情は極端であった。
小さく笑みを浮かべる人間、怒り狂う怪物。
太郎は掴んた拳を万力の如く握り締める。
「ッ! 離セ」
ボロ・ギルタブルルは長い尾を太郎の額目掛けて鋭く突く。
其の一撃を冷静に首を僅かに曲げることで避け、ぽつりと呟く。
「分かったよ」
直後、ボロ・ギルタブルルは後方に弾け飛ぶも今度は身体を反転させ着地する。
再度突っ込もうとするのをユニコリアは止める。
「下がっていなさい」
術式の構築が完了され、神の一撃と吟われる奇跡。
第13階梯の魔術が発現される。
全方位対領域魔術。『神炎』
世界が白き炎に包まれる。
轟音と共に城は瞬時に熔解し、蒸発する。
無機物、有機物関係無しに全てを塵へと還す白の業火は玉座に座る太郎にも直撃する。
激しくも静かな白き炎は揺らめきながら周囲を燃やし、やがて燃やすものが無くなり消えていった。
消失した城がかつてあった場所にユニコリアとボロ・ギルタブルルは着地する。
周囲には何も建物は残っておらず、先程の余波で白い蒸気が舞い上がり、100℃を超える高温地帯と化していた。
神の炎はあらゆる生物が耐性を持たない唯一この世界において全てを焼き尽くすことが出来る一撃だ。
喩え、アダマンタイトやオリハルゴンであったとしてもその熱量には耐えられず、塵と化す。
人が耐えられる代物ではないのだ。なのに__。
「なっ……有り得ない、です」
眼前には何事も無かったかのように一人の人間が立っていた。
「良いものを見せてもらったよ、神の一撃と言われるのも納得だ、凡そこの世界の生物が耐えられるものではない」
余裕そうに今の魔術を評論する太郎。
その通りなのだ。人が、生物が、直撃して耐えられる代物ではないのだ。
真っ先に考えられるのは同格の魔術を打ち込み相殺した可能性だ。
しかし、そんな素振りを見せなかったし、現に無抵抗のまま直撃したのを見ていた。
「限外能力では無いとなると、固有武装? それも上位に分類される王と同格とでも言うのですか__」
「さて、驚いてるところ悪いんだけど、もう終わりにしようか」
太郎は蒼く巨大な大剣を亜空間から取り出す。
「それは__」
「ああ、有り難く頂戴したよ」
何気なく言ったその言葉。
それは先程の一撃に耐えた事より有り得る筈が無いのだ。
それは王の限外能力の一つ、他者が使える代物ではない。
「貴様、何___ッ!」
喋りきる前にユニコリアの身体が突如、引き寄せられる。
まずいっ!
ユニコリアは咄嗟に炎線を射出するも太郎の片腕によって握り潰される。
「おしまい」
炎剣を軽々しく振るい、ユニコリアの胴体を二つに両断する。
そして、そのまま切り離した此方を見ること無く、私の首を正確に斬り飛ばした。
「あ」
それがユニコリアの最後の言葉になった。
「ふう、呆気ないね」
あっけなく、興味があまりないように呟く太郎。
今、目の前で起こった光景を。
ボロ・ギルタブルルは視ていた。
そして、全身に初めて感じる悪寒に、震え。
余りの光景にあっけにとられていれば、太郎と目が合った。
その漆黒の瞳に、吸い込まれるように、ボロ・ギルタブルルは動けない。
「さて、次は君の番だ」
光が差し、ボロ・ギルタブルルの視界は……確かに、王を見る。
自らが先ほどまで、なぜあんなにも自信に満ち溢れていたのか、驕っていたのか。
今となっては……目の前の人間を……否、存在を見てしまってはその驕りは消え失せた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁアアぁぁ!!」
絶叫。
初めて身に染みた恐怖を打ち消し、ボロ・ギルタブルルは己に身体に鞭を打つ。
受け継いだ力。その全能をその身に宿し太郎へと迫る。
「君達には世話になったね」
その全能を持ってして迎え撃つボロ・ギルタブルルを視界に捉えながら太郎は呟き、大剣を握る手に力を込めた。
その後、ボロ・ギルタブルルがどうなったかは語るまでも無かった。