王都召喚編 書物庫 激昂
残り二話でやっと戦闘パートに入ります。
限外能力の確認が終わって数日。
僕が書物庫に引きこもっている間、武器の特性も各々で使っていくうちに手に馴染んできたようで、鍛錬の成果もあり四人は見違えるほどに強くなっていた。
英雄王、鎌瀬山、蜜柑はもう王宮騎士団第一師団副士団長エ―ゼルハイトに実力は勝るほどになっていた。
まぁ、僕らは公式チートのようなもの。
勇者の身体というのはとにかく成長が早く丈夫らしく、女の子の蜜柑でさえ王宮の中では上から数えるほどの実力をつけていた。
僕自身に関してだけど、僕もある程度蜜柑達に負けず劣らずのハイスペックだということが発覚した。
視力や聴力が上がり過ぎて夜な夜な隣の部屋から変な声が聞こえたり、遠くを飛んでいた異形な鳥を見つけたので、小石を投げたらぶつかった瞬間鳥が消しとんでしまったり自分の身体が自分じゃないように感じるほどだった。
まぁ、僕の状況は置いといて。
幼女については、彼女もかなり力をつけたけれど前衛職と後衛職の違いといったところか。
身体能力については未だにエ―ゼルハイトを超えてはいないけれど、彼女は彼女で魔術系の才能に著しくステが振られていたみたいで王宮にいる筆頭魔術師の全ての魔術を会得したそうだ。
こう聞くと魔術が凄い簡単なモノに感じてしまうが実際は多くの知識や精密さが必要とされるので不器用な奴やバカには出来ない。現に勇者でありながら頭の悪い鎌瀬山、不器用な英雄王には扱う事が出来なかった。
そして、普段の言動や見た目から想像がつきにくいが、幼女は日本でも天才の部類に入る人間だ。
うちの高校は偏差値60越えの所謂エリート進学校だった訳でレベルはかなり高い。そんな中で大学模試や学年テストは僕に続き2位にいた。つまり、僕がいなければ間違いなく常にトップを取っていただろう。
そんな彼女だからこそこの短い間で筆頭魔術師クラスにまで至れたのだろう。
あ、因みに一応蜜柑も並程度だが魔術を使えるようになったらしい。
さて、そんな訳で勇者四人はめきめきと力を上げていってる訳で、その尋常ではない成長速度には王達も感嘆の声を上げてしまう程らしい。
僕はそんな鍛練場の横を通りながらみんなが鍛練をしているのを横目に王宮にある書庫へと日々向かって、書物を読み漁っている訳だ。
チートに恵まれていない僕は現代知識でこの世界にアプローチをかけるといった建前になっている。
誰にもそれについて文句が言われないのは英雄王が裏で色々と僕の話しをしたからだと思う。
それにもともと、この異世界には賢人と呼ばれる異界から流れてくる人たちがいるそうだ。
彼等の特徴は言葉は通じるが文字は書けず、ほとんどのものが能力を何も持っていない。しかし、変わった知識や考えをしており、それにより技術や文化的発展に貢献することがよくあるらしい。
そういう歴史があるからだろうか、王様達は僕に多大な期待を寄せているみたいだ。
その技術的発展ということに関しては彼等の期待に応えてやるつもりではあるが、それが彼等の栄光の発展に繋がるかな関しては首を捻らざるをえない。
これから先、僕は良い意味でも、悪い意味でも世界を動かすつもりだ。
彼等が優秀であるなら生き残れるかも知れないが、そうでないなら消えていく事になるだろう。
英雄王達が訓練をしている中、この世界の歴史と地理に関する書物や植物、魔物図鑑など、かなり幅広い分野を読んだのだが、モノによっては信憑性が不確かなものも多く、特に歴史に関しては、本によって書いてあることがバラバラであった。
結局の所、正確な歴史を知るすべなど現状の僕にはない。
だから、宗教やそのときの経済状況考慮して自分なりに一番整合性をとれるように歴史を解釈した。
地理に関してはとりあえず、このユースティア王国は人間側の二番目に領土が大きい国らしく、僕が予想した通り海には面しておらず、広い平原や山々に恵まれ農業が盛んらしい。
そしてこの国の南に隣接するのが帝国エルヴンガルド。
国土、人口ともに大陸一を誇り、軍事力も他の国と比べて比較にならないほど強大で、まともに対抗できるのはユースティア王国ぐらいだそうだ。
しかし、この二つの国は現在、人類全体の危機にもかかわらず結構仲が悪いらしい。
そのため、一応表だっては敵対していないが、裏ではこそこそと相手を貶しめようと画策してるみたいだし(メイド談)
この敵対心の原因は魔族が戦争を仕掛けてくるまで、何年も戦争をし続けて合っていたかららしい。
そんな訳で戦死者の数もかなり多く、魔族のために協力しあいましょうと言っても、友好的な関係になるのは国民の心情的にもそう簡単じゃなかったみたいだ。
しかし、このままでは流石にまずいと上層部も考え始めてた訳だが、自国から停戦を言い出せる訳もなかった為、中立の立場であったグルナエラ連邦が間に入ることで停戦を結び、表面上は友好的な関係になったそうだ。
この仲介に入ったグルナエラ連邦はユースティア王国から見て、北東に位置し、国境沿いは山で区切られているためか、貿易の数も少なくこれまで余り交流する機会はなかったみたいだ。
国土でいえば大陸第三位であるが、多くは急勾配の山々でまた、気候も寒く厳しい為か人口でいえば、ユースティア王国の半分程度しかいないようだ。
他にも都市国家カンナベルク。マシュマロ公国。といったようにいくつかの国が存在しているが、どうにもみんなで手を取り合って魔族と戦いましょうといったことがまだうまくできていないようで優れた個の集まりである魔族に劣勢に晒されているみたいだ。
落とされた国の数は既に10は越えている。よくそれでまだ、人間同士で争ってられるなと少し呆れてしまう。
肝心の魔族に関しての有力な情報はほとんど無かった。
魔族の中にも複数の種類がありどれも個体としては優れた身体能力、魔素保有量をもち、普通の人間では相手にならないということだ。また、力による上下関係により組織化されていてその頂点に位置するのが魔王と呼ぶとそうだ。
まぁ、敵側の情報なんて余り無いことはあらかじめ予想はついていた。
歴史によると前回、魔族と争ったのが何百年も昔の事らしいし資料が少ないないのも仕方ないかと諦めがつく。
魔族に関してはいずれ自分で調べに行くことになりそうだが、その前にいくつか此方でするべきことがあるから後回しになるだろう。
周辺の国々の地理と歴史とこの世界の常識を確認しながら、これからの計画をたてていく。
「こんなところにいたのかよ」
本に没頭していると頭上から声が聞こえた。
僕に対してそんな口調で話しかけてくるのは鎌瀬山くらいしかいない。
「鎌瀬山か。どうしたの?今は鍛練中じゃなかったの?」
「今は休憩中だよ。はあ、てめえはお気楽そうでいいなぁ。タロウよぉ」
馬鹿にするように鎌瀬山は笑う。それに対して僕が怒りや苛立ちを覚える事はない。むしろ呆れてしまう。
はあ、またこれか。
日本で僕に強い劣等感を感じてみたいだけど毎度毎度それで難癖をつけられるのいい迷惑だ。
読み途中の本を閉じ、鎌瀬山の方に視線を向ける。
そこで始めて気付く。僕へ向ける彼の目がどんなモノだったのか。
それは同じ仲間へ向ける目ではない。嫉妬や憎悪、怒り、あらゆる負の感情、それに愉悦、歓喜が入り乱れ濁ったかのような歪な目だ。
どう拗らされたこんな目が出来るんだか。
「そんな事ないよ。こう見えても色々としてるんだ。まあ、そっちの訓練の方が大変そうだけどね。で、用件は何?」
手短に用件を聞くと、
「そうだなぁ。こんな所で一人仲間外れにされて、読書をしてる可哀想ぉーなタロウ君を見にきたってところだ」
さも、バカにしたかの物言いのわりに僕に懇切丁寧に来た理由を説明してくれた鎌瀬山。
しかし、彼から見たら僕は仲間外れにされた可哀想な奴らしい。
いやでも確かに、ここ最近は書物庫に籠りきりで食事すらここで済ませていたせいか英雄王や幼女には会ってなかった。
だから鎌瀬山が僕が仲間外れになっているように見えても可笑しくないか。
となると、問題なのは英雄王も幼女も僕が最近自分達と話してない事に気付いているだろう。
彼らには籠りきりで下手な心配を掛けて溝ができるよりかは時間を割いてでも訓練の方に見学でもした方が良いかもしれない。
「悪いねわざわざ、たぶん今度そっちの訓練の見学にでもいくよ」
「ーちっ、天才君は勇者じゃなくてもなーんも困ってないんだな」
「うーん、そう言われると困るね」
苦笑を漏らす。勿論内心ではクスりとも笑ってないけど。
これは困ったとき苦笑いをするのは日本人らしいから真似ているだけだ。いわゆる、場を濁す為の処世術だ。相手にするのが面倒なときは適当に濁して終わらせるのが良い。
そんな僕の言葉に返ってきたのは、怒りだった。
「白々しいんだよ······困ってもねえくせに」
「それは心外だなぁ。僕も人並みに困ったりするよ」
「アァ、てめえのは全部嘘くせぇんだよ」
驚いたな。こいつにそう言われるとは。
意外と僕の事を理解しているのかも知れないな。
·······。
いやけど、只の難癖をつけただけにも見えるし、適当に流すのが妥当か。
「ふーん、その割には英雄王達は君より僕の事を信頼してるみたいだけどね。だってそうでしょ?日本にいたときもことあるごとに僕の悪口言ってたみたいだったけど、相手にされなかったでしょ?」
「うるせぇッッ!」
突如激高した鎌瀬山が机に積み重ねてあった書物の山を吹き飛ばす。
勇者の人外離れした膂力でバサバサと中を舞って床に落ちていく書物。
どうやら、今の言葉は彼の琴線に触れたみたいだ。
適当に流すつもりだったのについ煽ってしまうのは僕の悪い癖だ。
鎌瀬山の手はそのまま僕の元へと伸びて胸倉を掴まれて引き寄せられる。相変わらずの濁った目だが、先程と違って怒りが強く出てるように感じられる。
「分かるか?今のお前の立場が?」
「分かるけど」
君の質問した意図は分からない。
「いぃや、てめえは分かってねえ!分かってねえからそんな態度が俺に出来るんだっ!」
······勇者と一般人。正確には違うけど彼にとってはそれが事実として認識されている。
僕も彼がそう言いたいのは理解している。
鎌瀬山が勇者で、僕が一般人。
それがどうしたと言うのだ?
もし僕が本当に一般人だったのしてもその考えは変わらない。
そんな僕の心境とは真逆にヒートアップして僕の胸倉を掴んだまま罵詈雑言を並べる鎌瀬山。
「俺は勇者で!お前は只の人だ!
アァほんと滑稽だよ。日本では逆だったのにな。落としようもねえ化けもんかとまで思ってたがあっけなく地に落ちた。この世界では俺は勇者として、才能も家柄も名声も手に入る。
だと言うのにお前はこっちじゃ少し頭が良いだけのどこにでもいるカスだっ!どうなんだ?今までこんな挫折なかったろ?教えてくれよ称号も能力もなんも持たねえ落ちこぼれになった気分をよぉッ!?」
ふーん。
あれかつまり、日本にいた頃は僕が超絶凄くて嫉妬することしか出来なかったけど、自分が勇者に選ばれてて僕が一般人だから優越感を覚えたと言うわけか。
めんどくさ。
「めんどくさ」
「あ、ごめんごめん。つい今の気分を言ってしまった」
直ぐ様謝罪する。
折角彼がノリにのってるのに水を射してしまった。
悪いことをしてしまった。
なんて一欠片も思ってないけどそう言ったら彼がもっと怒るだろうと思って煽ってみた。
案の定彼はさらに額に青筋を浮かべ、プルプルと怒りで身体を震わす。
「余裕こきやがってぇ。今!ここで!俺は簡単に首の骨を折れるんだぞおいッ!」
やっぱ、この調子だとダメだな。
この程度の煽りでここまで敵対心を露にしてる以上見逃す訳にもいかないかな。
危険因子はここで潰す。
けど、なるべく、僕から手を出すよりもあっちから手を出して貰った方が後処理に色々と便利ではある。この調子で煽ればいつか殴りかかってくるだろう。
「そんな事したら、英雄王達が流石に黙ってないと思うよ?」
脅迫されたのに関わらず、瞳を微かにも揺らさない僕の目を見て、鎌瀬山は更に苛立ちを高めたように僕の目を見返す。
「うるせぇ!あいつらもあいつらだ! この世界ではお前よりも俺の方が優れているんだっ!なのによぉ……口を開けばタロウ、タロウってあいつらはお前の方を必要とする······勇者の、俺じゃなくて、お前ばかりを贔屓するっ!俺の方が必要とされてるはずなんだ!されなきゃ可笑しいんだっ!」
それは鎌瀬山の慟哭ともいえるものだった。
もしこれが、英雄王に向けた言葉なら彼は心動かされただろう。
そして、君を救うために手を伸ばしただろう。
彼はどうしようもないほど、英雄、だから。
けど、残念な事にね、君の前にいるのは、人の悪意の塊である悪の体現者なんだ。
だから悪者らしく君には悪意を送る事にするよ。
「そんなの僕の知ったところではない、と言いたい所だけど、ここまで僕に言ってくる奴なんてそういないから教えてあげるよ」
「彼等にとって勇者なんて力、いきなり得た訳のわからない力に過ぎない。人が信頼するものは、実績なんだよ。喩え今現在、君が僕よりも優れていようが誰からも必要とされないということはね」「..........うるせぇ」
「君が今まで生きてきた人生には実績という信頼がないからなんだよ」「......うるせぇ」
「分かるかい? つまり、今の君には人に信頼足らしめる価値がないんだ。それが僕のせい?英雄王達のせい? 違うよ? 君のせいだ」
「ーうるせぇてんだろうがァァッ!!」
僕のこの言葉を聞くないなや、鎌瀬山は勇者の筋力をフルで使って僕を思いっきり本棚に放り投げる。
本棚に叩き付けられた衝撃で落ちる本の山に埋もれてしまう。
すっかり、臨戦態勢の鎌瀬山の手に握られるそれは『聖鎌ジャポニカ』。
……少し挑発し過ぎたかな。拳だけで済ませるつまりだったけど。
本を退け立ち上がる。もしあれが本当に一般人相手だったならば、その時点で内臓が四散し死んだいただろう。
つまり、それだけ彼は我を失っているというわけだ。
「勇者が一般市民に鎌を向けるなんて恐いねぇ。相手が違うんじゃない?」
間違いなく意味は無いであろう僕の言葉。
当然、鎌瀬山は気にした様子もなく交角を釣り上げて笑い呟く。
「いや、俺はァ、間違ってねぇよ。自分の立場をわかってない馬鹿をしつけるだけだ」
酷く不気味で狂気に満ちた笑顔だった。