ハッテムブルク編 制限解放
呂利根が投擲した剣、それは芽愛兎に直撃する寸前に姿を消した。
「は?君、今何をした?」
呂利根が間の抜けた顔を浮かべる。
深い傷を負い、立ち尽くす芽愛兎。
それこそ、『目の前の飛翔物を消し去る』なんて限外能力を芽愛兎が持っている筈も無く。
芽愛兎自身、目の前で消えた剣がどこに消えたのか、頭は疑問符で埋め尽くされ。
当然、彼女には呂利根の問い掛けに答えるほどの余裕は無く。
だから、変わりに別の人物が答えた。
「探してるのはこれのことかな?」
無造作に投げられた剣が呂利根の足元に転がる。
その投げた人物に呂利根が視線を向けた。
そして、息を呑む。
「君は王国勇者の……っ!? そ、そうかそうか……この件の裏には君たちがいたわけか」
呂利根は太郎の姿を見て、おおよそを察したようだった。
「ああ、その通りだよ」
「革命軍は王国と手を結んだと言うことかな?」
「いや、彼等がそんな秩序を乱すような事をするはずが無いだろ?これは僕の独断だ」
「それはどうだか……まあ、それにしても芽愛兎に何を吹き込まれたか知らないけどねぇ。帝国に逆らうなんていい度胸してるよ……君たち」
小心者の呂利根らしくない余裕そうな表情。
「意外だね」
「何がだい?」
「勇者が現れたんだもう少し警戒してくれてもいいかなと思ってね」
「君さぁ、芽愛兎と同じタイプなんだろ?皇帝から話は聞いてるよ」
彼は完全に太郎の事を舐めていた。
「ああ、もしかして」
「僕が君より弱いと思ってる?」
「へ?」
瞬間、呂利根の腹部には激痛が走る。
数瞬遅れて、呂利根の意識はそれを理解する。
呂利根は無防備な腹に蹴りが打ち込まれたことを。
「がはっ!」
吹き飛ばされた呂利根は地面に強く身体を打ち付ける。
そして、痛みにのたうち回る。
「痛い痛い痛い痛いっ!なんだこれっ!?」
皇帝に対して、太郎は自分が芽愛兎と同じ闘いにはあまり使えない勇者だということを話したのを思い出す。
だが、それだけの事でこんなに油断していたことに疑問を覚える。
只の会話、それだけでは不確かで不鮮明な相手のままでしかないはずだ。
余程、人との対等なコミュニケーションをとってこなかった人間なのかもしれない。
普通なら裏があると考えてしまうのだが、この様を見れば本気で油断していたのだも馬鹿でも分かる。
そんな馬鹿を横目に見ながら、太郎は立ち尽くす芽愛兎に近寄る。
胸の深い傷。
そこからの出血はまだ止まっていない。
「やっとなのですか……ぐぅ……」
「今は喋らなくていい。酷い傷だね……」
そういって太郎は腰から小瓶と布を取り出す。
「これは止血薬だ。勇者の生命力なら血さえ止めれば直ぐ良くなるよ」
薬を手渡した瞬間、太郎の背後に二つの影が迫った。
ルカリデスを相手取っていたはずのレミとミルだ。
己の主人の危険を察し、此方に駆け付けたのだ。
「危険。ご主人様の保護を最優先事項に移行します」
「肯定。ご主人様の保護を承認」
背後からの攻撃。
それを太郎は振り替える事もせず受け止める。
太郎の手に掴まれた槍は、スペック6としての力を持ってなお、微動だにすることが出来ない。
「主人のピンチにすぐ駆けつけるなんて忠実な人形だ。羨ましいね」
太郎の手に掴まれた槍は、勇者に匹敵するスペック6としての力を持ってなお、微動だにすることが出来ない。
「それに力も申し分ない。片方は英雄王にも匹敵しそうだ。限外能力の中でもかなり上位の部類に入るだろうね」
立ち上がった太郎は受け止めた槍から手を離す。
「レミっ、ミルっ!そいつを早急に始末するんだっ」
「了承。王国勇者東京太郎の撃破を最優先にします」
「警告。力では我々が下回っています。目標の撃破は難しい可能性があります」
「なんだってっ!?聞いてた話と違うぞ!?」
太郎は真っ向から向かってくるレミに対して構えることはしない。
後方に下がりながら、槍の連続突きをかわしていく。
そこに割り込む形で、大鬼が突撃してくる。
レミは一度、槍を振るうのを止め、ルカリデスの突進を受ける。
レミの軽い身体はその衝撃に吹き飛ばされるもきっちりと衝撃を緩和していたようでなんなくと地面に着地する。
「君は……ルカリデスだっけ?見た目が随分変わったようだけど」
太郎の疑問は最もだ。
身体は一回り肥大化しており、肌の色も赤黒く変色しているのだ。
それに、身から溢れ出る魔素は間違いなく太郎が関知した膨大な魔素を持つものの一人だ。
只の底辺魔族でしかなかったはずの男に何があったのだろうかと興味を持たずにはいられなかった。
しかし。
「邪魔をすればお前も殺す」
全く会話になっていないその返答に太郎は溜め息をついてしまう。
これでは経緯を聞ける状況じゃないなと諦める。
別段、慌てて聞く必要もないのだ。
此処にいる敵を殺してからでも何も遅くない。
「別に君の邪魔をするつもりはないよ?けど、変わりに僕の邪魔をしないでくれよ?」
「あいつらは俺が殺る」
「出来るんなら構わないよ。けど、僕が殺しちゃっても文句は言わないでくれる?君は僕があの子達を殺す前に殺せばいいだけ。問題ないよね?」
「……」
無言。
それを太郎は了承の意だと理解する。
一対一対三の状況。
数的には不利である事には違いない。
しかし、たとえ四人相手取ったとしても太郎は充分に勝てる算段があった。
そもそも、勇者ですらない勇者の恩恵に預かっただけの存在など太郎の足元にすら及ばない。
誰もがここまでの戦闘で体力や魔素を消耗している。
逃がさない事だけ注意を向けていればどうとでもなる。
太郎は術式を構築し始める。
慣れた手つきで書き込めるのは他人の知識を暴食で奪ったからだ。
その術式は四工程、二層式の魔術。
光の第四階梯「発光弾」。
太郎の掌に白い光の玉が浮かび上がる。
それを上に放つと激しい閃光が周囲を包んだ。
これは攻撃魔術ではない。
地球の兵器で言うなればフラッシュグレネードに近いだろう。
後の視覚を奪う魔術であり、流し込む魔素の量で時間の調整が可能となっているため、普通の攻撃魔術と違い複雑な術式になっていた。
その輝く光の中、一番最初に動き出したのは太郎ではなかった。
銀髪の少女ミルだ。
彼女は目を瞑りながらも術式を完成させる。
そして膨大な魔素が消費され魔術の行使が行われた。
ミルが開幕に撃った魔術よりは劣るが殺傷能力は十分高い炎の範囲魔術。
ミルの位置から扇状に連鎖爆発が起きる。
ルカリデスは音で敵の攻撃に気付いたようで空中に飛び上がる。
確かに上に飛び上がれば回避は可能だろう。
しかし、太郎はその選択をせず暴食を展開した。
動けない芽愛兎が後ろにいたからだ。
人を庇いながらの闘いは太郎の趣味ではないのだが、今ここで芽愛兎を失うのは大きな痛手だ。
革命勢力に着いてる状況下ではあるが、実質鎌瀬山も太郎も革命勢力の者達と殆ど面識がなく、芽愛兎の伝は必要だ。
それに何より芽愛兎の能力は非常に役に立ち、これからしてもらう事もあった。
面倒だが、手間をかけるだけの価値はある。
「範囲魔術なら十分暴食でカバーしきれるかな」
貫通タイプの魔術と違い、広範囲に広がる魔術はそれだけ威力が分散する傾向があった。
その為、暴食による吸収で十分受けきれた。
そんなことを考えている内にレミが高速で太郎の背後に回り込む。
完全に太郎の位置を把握した完璧な間合い。
一方的に攻撃可能な位置に音もなく移動したその事実に太郎は目眩ましが効いていない事を悟る。
厳密に言うなれば、目眩ましが効いてはいるものの能力により補っている可能性もあったが、そこはどうでもいい。
結果として彼女らには意味を成してないということがすべてだ。
「この状況下では一方的に此方が不利か」
身体を後ろに反転しながら軽くステップを踏み、相手の槍を避けると、次は真上から攻撃が飛んできた。
ルカリデスだ。
腕力を生かした豪快な振り落とし。
それが、太郎に迫る。
自分の魔術のせいで大まかな位置しか分かっていないと言うことはこの攻撃で理解できる。
だから太郎はその拳を真横に流した。
そしてそのまま、レミの元へと放り投げる。
「その先にいるよ」
レミとルカリデスが衝突し合う。
レミの槍がルカリデスの腹筋を貫き、脇腹を貫通するもルカリデスは全く気にかけずそのまま、取っ組み合いへと持ち込む。
力で負けているレミはルカリデスを振り払う事が出来ず、地面に強く叩きつけられる。
そしてルカリデスが拳を降り下ろす。
それを避ける手段を持ち合わせていないレミは真っ向から受け止める。
地面に仰向けに倒れているため、衝撃を逃すことが出来ない状態。
レミは衝撃をもろに受けてしまう。
この好機をルカリデスが逃すはずがない。
一方的な乱打がレミに襲い掛かった。
しかし、固い。
最大限強化された状態のルカリデスの攻撃を受けてなお、レミには致命打にならない。
効いてはいるが、攻めきれない。そんな状態だった。
それをルカリデスも十分理解出来ていた。
なら話は簡単だと只ひたすら拳を降り下ろす。
相手が壊れるまで殴り続ければいいと言わんばかりにただ拳を振るう。
正常な思考のルカリデスなら何を馬鹿なと思わずにはいられない脳筋プレイだが、あながち的はずれでもなかった。
少しずつではあるがダメージは蓄積出来ていたからだ。
しかし、それはこの状況が一対一のタイマンであったらと言う話ならだ。
当然、横やりが入り込む。
殴ることに夢中になってたルカリデスの真横から強化魔術をかけたミルの蹴りが炸裂した。
「がぁっ!」
ここでようやく光輝く玉が魔素を消費し尽くした。
もう少し魔術が解けるのが早ければルカリデスも反応出来てたのだろうと考えると太郎は多少の申し訳なさを感じた。
そのルカリデスに追い討ちを仕掛けたのは意外にも呂利根だ。
「レミを傷つけるな!!」
怒りの表情で吹き飛ばされたルカリデスに剣を降り下ろす。
レミが馬乗りで殴られていた事に相当怒りを覚えていたようだ。
それをルカリデスは右腕で受け止める。
勇者の一撃は皮膚を貫くが、筋繊維を切断するまでには至らなかった。
ルカリデスは左腕に力を集中させる。
「な、こいつぅ!」
苛立つ呂利根はその動作に気付かない。
レミとミルが慌てるように呂利根の元へと賭ける。
「確認。膨大な魔素を検出しました」
「警告。ご主人様お離れください」
「え?」
直後、ルカリデスの渾身の一撃が呂利根の腕に直撃した。
骨がくだける音が響いた。
その勢いに押されるように呂利根は身体を回転させ、吹き飛ぶ。
「アぁぁぁぁあぁあぁぁっ!」
起き上がった呂利根は喚く。
呂利根には此方の世界に来てからこれ程のダメージを浮けた覚えがなかった。
「痛いっ痛いっ!ああぁぁっ!俺のっ、腕がぁ!」
折れた右腕を押さえながら怒りの形相をルカリデスに見せる。
その様子をルカリデスは興味無さそうに一瞥するとレミとミルの方に向く。
それがまた、呂利根の感情を逆立てる。
「なぁ、君っ!俺を無視したなぁっ!!この俺をぉっ!」
「うるさいな」
太郎が平手打ちを隙だらけの顔に打ち込む。
「へぶしっ!」
また、情けなく転がっていく呂利根。
追い討ちをかけてやるかと踏み込もうとするもミルが間に入り込む。
それを強引に突き破ろうと太郎は足を前に踏み出す。
ミルの持つ銀の槍に魔素が流れ込む。
近距離で魔術を発動しようするミルに太郎は内心警戒する。
少しずつ縮まていく距離、お互いの間合いに完全に入りあっても動き出すことをどちらもしない。
先手をうってでたのは太郎だ。
暴食を密集させた右腕をミルに向かって真っ直ぐ伸ばす。
それに合わせるかのようにミルの槍が打ち出される。
貫通魔術。硬質化した槍が膨大な魔素による爆発で超加速する。
本来、近距離で発動すべきではない威力の投擲が行われる。
当然ミルも反動でダメージを追っていた。
初速度だけで言えば、ミルの中でも最速の一撃。
集中させた黒点の処理速度が間に合わないほどの速度。
太郎の右腕に纏っていた黒点が高速で剥がされてしまう。
しかし、太郎には暴食が受け止めたその数瞬の間だけで十分だった。
槍は太郎の額に当たる寸前で停止した。
「……っ」
太郎は槍の銅金の部分を掴んでいた。
テラファスがクルルカ相手にやった事と同じだ。
攻撃の方向さえ分かれば速かろうとも回避あるいは受け止める事が出来る。
それだけだ。
一つ間違えば頭を貫く場面だと言うのに太郎に心の乱れは全くなかった。
自分にその程度の事が出来ないはずがないという傲慢ともいえる自信の現れだ。
「惜しかったね」
太郎はそれだけ呟いた。
その言葉にミルは理解してしまう。
この男には勝てないと。
今の一撃、端からみたら惜しかったように見えるかもしれない。
しかし、実際に撃った本人には今の一撃で実力の差を理解せざるを得ないだろう。
この人間は回避出来なかったのではなく、回避しなかったのだと。
圧倒的な力に裏付けされた自信が、自分の最速の一撃を回避するまでもないと判断したのだ。
太郎が上に手を構える。
ミルは近接では勝ち目がないと即座に太郎から距離を取ろうバックステップで飛び退く。
飛び退いたはずだった。
「僕からは逃げられないよ」
飛び退いたはずなのに太郎の目の前にミルは立っていた。
この異常は。
これは彼の勇者特有の限外能力によるものだと即座に理解した。
太郎の手刀が降り下ろされる。
避ける事を諦めたミルは右腕を棄てる判断をした。
「なぅっ!」
そして、太郎により切断される右腕。
しかし、そのお陰でミルは致命傷は避けられた。
「ミルゥゥゥっ!俺の天使の!大切な身体がぁぁぁ!」
その切り落とされたミルの右腕を見て絶叫する男がいた。
呂利根だ。
「君だけはぁ許せないぃぃ!」
怒りの形相で迫り来る呂利根。
端からみれば僕が子どもの腕を切り飛ばし、呂利根が起こっている訳だが、これだとどちらが悪役か分かったもんじゃないなと太郎は内心苦笑する。
無防備に飛び掛かってきた呂利根。
速さ、力は相当なモノかも知れないが如何せん動きが素人すぎる。
太郎の相手ではなかった。
呂利根の攻撃に合わせ拳を構える。
「ぐほっぉぉ」
そして、呂利根が吹き飛んだ。
太郎の一撃によって。
否。
呂利根を飛ばしたその一撃を放ったのはミルであった。
その事に一番驚愕したのは他でもない呂利根張本人だ。
「ぐふっ!ミルぅ!何が?なん」
情けない声。
その呂利根の声を遮ったのはミルだ。
「呂利根様、お逃げください」
ミルの普段とは違う口調。
それは呂利根が始めて聞く喋り方だ。
突然の事態に困惑する呂利根。
「え? え?」
「呂利根様、此処は私たちに任せて逃げて下さい」
ルカリデスと撃ち合っていたレミもいつもとは違う様子で呂利根に逃げろと言い始めた。
「レミとミルをおいて逃げるなんて……」
呂利根にとってレミとミルは他の人形と違い、別格の存在だった。
この世界に飛ばされてから常に傍にいた大切な人形、たとえプログラムだとしても自分を慕い、敬う彼女らは呂利根が唯一信頼を寄せていた人形だった。
その人形を置いて逃げるなんて呂利根には選べなかった。
「お願いします呂利根様」
「に、げて下さい」
しかし、その彼女らがそれを望んでいるのだ。
数瞬の葛藤の後、呂利根はこの場から走りだした。
逃げるのではない。この自分の大切な人形を壊そうとする屑を殺すために必要な人形をかき集める為にだ。
「ま、まま待っていてくれ!必ず、必ず、沢山の人形を連れて戻ってくるからっ」
情けない走り方で逃げ出す呂利根。
面白い状況ではあるが流石にこのまま逃がすわけにもいかない。
止めに入るふりをし、自分に集中を向ける。
しかし、太郎は直ぐにここで想定外の事が起きた事を理解した。
即座にガードの構えをとる。
瞬間、腕が軋む。
大地を揺るがすほどの蹴りが太郎に打ち込まれた。
後ろに後ずさる太郎。
突然の事態に頭が冷えるのを感じとる。
冷徹な思考が今の一撃は危険だったと訴えかけてくる。
休む暇も与えない槍の乱舞。
それを受け流していく。
避けられる速度を超えている。
「これはっ……」
太郎は驚愕せざるを得なかった。
この人形が己の速さについてくるとは思いもしていなかった。
ちらりと横を一瞥すると、ルカリデスが倒れ付していた。
このレミとミルの急激な動きの変化に流石の怒れる鬼もついていけなかった事を察する。
「余裕ですね。余所見とは」
レミの声が背後から聞こえた。
太郎は暴食を周囲に瞬時に展開した。
瞬間、太郎は自分の動きが悪手だった事を理解する。
この状況で敵の姿を認識出来なくなるのは、相手に好き勝手にやられる可能性があった。
それに、
「これは受けれますか?」
レミの拳が暴食を貫く。
今の相手の速さと力では暴食の速度では間に合わない。
太郎は身体を横にひねり倒しレミの拳に足を合わせる。
そして、そのままその拳を踏み台にして跳んだ。
距離をとって向き直る。
二人の少女は金と銀の髪を発光させながら周囲に熱を発していた。
「だいぶ口調が違うけどさっきまでのは猫被ってたの?」
「呂利根様の望まれる通りにしていたまでです」
レミが答える。
「それに今のその身体……相当無理してるね」
「呂利根様が逃げる時間が出来ればそれでいい」
「この命は呂利根様の為」
そう答える彼女らの瞳からは強い意思が感じられた。
「……そう」
太郎にはそれがプログラムされた事なのかどうかわからなかった。
普通に考えるなら呂利根がそういう風に作ったと思える。
けど、この二人は明らかに他の人形と様子が違った。
人としての意志が感じられるのだ。
「君たち、呂利根に人形にされる前の記憶残ってたりするの?」
「しません。それに必要がありません」
「恨んでたりしないのかな」
「呂利根様がいなければ、ここにいる私たちという存在は生まれていません。感謝こそすれど、恨みなんてありません。私たちにとって、呂利根様が全てです」
「そっか……」
太郎はそれだけ聞くとまた突破を試みようと何度かレミとミルと撃ち合った。
スペックレベル6の二人は全てにおいて特別だった。
そもそもレベルが上がるごとに人間味が増し、人らしくなるはずなのにこの二人の少女が、無機質なしゃべり方をしているのは可笑しな話だった。
後にその事を呂利根も疑問に思っていたが、そんなものかと納得していたが。
それは違う。
彼女達は演じていたのだ。呂利根が望む在り方を。
人に限りなく近づいた彼女らは自我を持ち演技を覚え、呂利根に付き従っていたのだ。
自律した思考を持って。
そして、それが本来の能力の在り方であった。
彼女らは最初に呂利根に限外能力を使われた少女達だ。
呂利根自身も能力を理解してないままの状況での使用。
本来は人を媒体に自分を慕う新しい自我を持つ人形を生み出す能力。
しかし、ここで人形とされた二人の少女が呂利根の理想とした存在となったことで彼は一つの勘違いを起こした。
これは、少女を自分の理想の存在に造り替える力だと。
その勘違いにより呂利根の限外能力は歪んだ。
対象が少女だけとなったが、自分の想像したイメージをその人形に埋め込めるようになったのだ。
その弊害はスペックレベルに影響が出た。
発現した自我に無理矢理に設定を詰め込むせいで人形本来の能力を潰してしまったのだ。
そのせいで、呂利根はスペックレベル6の人形をレミとミル以外造ることが出来なかった。
そして、そんな呂利根本来の能力で造られた少女だからこそ出来る事があった。
それが、制限解放。
人形の身体が壊れないようにセーブされた制限を彼女達の意思で取り払う事が出来た。
それにより一時的に肉体の限界を超えた力を得られるがその自分自身の力に耐えきれず身体が崩壊してしまう諸刃の剣であった。
それは一重に、僅かな時に咲き誇る花。刹那に散華する美しい花。
その力は一時だけ、勇者をも超える。
彼女ら二人は呂利根を逃がすために、自らの命を捨てたのだ。
太郎もこの二人が普通の人形と違い、意思を持っていることを感じとる。
だから、悲しげな表情をしてしまう。
その二人の願いは叶わないことを太郎は知ってしまっていたから。
「君たちからは仕掛けてこないんだね」
「貴方には勝てないことは理解しています。私達は只時間を稼げるならばそれでいい」
「正しい選択だ。けど、悲しいかなそれは無駄に終わる」
「どういうことです……?」
「ねぇ、誰か居なくなっている事に気が付かない?」
「「……?………………………………っ!?」」
その太郎の言葉の意味を理解する。
芽愛兎の姿が消えていたのだ。
「どうやら、あの竜人が呂利根様を追ったようですね……」
「ですが、呂利根様は負傷しているとは言え、竜人の男の方が重傷です。勝てるとお思いなのですか?」
「ああ、そうだ。残念だけど君たちの願いは果たされない」
彼女達の身体の放熱が突如止まった。
そして、倒れ付す。
「これは? まだ、限界には早いはずです……何故」
「っ!…そんなっ……」
困惑するレミの横でミルが気づいてしまう。
自分達が能力から解放されようとしていることに。
能力の解除。それを意味するのは只一つ。
だんだんと掠れ行く意識の中で、記憶と呼べる人形になってからの記録が色褪せていく思考の中で。
その意味を、二人は理解する。
「呂利根様ッ……」
その言葉をどちらが呟いたのかはわからない。悲痛にくれたその声を最後に二人の人形は完全に機能を停止させた。
呂利根福寿の死。
二人の人形の停止はただそれだけを意味した。