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帝都編  鎌瀬山vs九図ヶ原

三人称視点です。

「よぉ、逃げずに来たんだなァ」


「お漏らし坊主に誰が怖気づくかってんだ」


観戦客が賑わう闘技場の真ん中で、九図ヶ原戒能と鎌瀬山釜鳴は向き合っていた。

これより始まる帝国勇者と王国勇者の模擬戦。

いわゆる帝国王国間の戦争の縮図とも言い得てしまうこの対戦カードは大いに観客を賑わせていた。


といっても。

帝国勇者の内情をそこまで詳しく知らない勇者式典によって招かれた各国の重鎮達は各国の勇者の実力比べを心待ちにし、この模擬戦を見に来た帝国の上級国民層ひいては貴族達は帝国民でありながら心の底では鎌瀬山を応援していた。


「まったく、こいつ等を見ろよ王国勇者様。オレ等が守るクズ共だ。オレ等に媚びへつらいオレ等に力を奮ってもらわなけりゃ自分てめえ等の世界も守れない家畜共だ」


「何言ってんだ?」


「おもしれぇーだろってことだよ。世界全てがオレに媚びへつらいその力を欲する。これほど愉快なことはねェ。てめェにはオレの力をさらに盲信させるための犠牲になってもらうぜェ、クズ勇者」


九図ヶ原の言葉の終わりと同時に、模擬試合開始のゴングは鳴り響く。


相手の殺傷を禁ず。


このただ一つの禁則事項以外は、相手が死にさえしなければ何をしても構わない無法とも言っていい試合。

ただ、このルールは勇者の権限を持つものの前では無意味に等しきものなのかもしれない。


故に、不殺ルールはただの気休め。

常に正しくあろうとする英雄王は正しいが故に、観衆の中決められたルールであるなら九図ヶ原でも守るだろうと勝手な理論で自分を納得させてしまっていて、幼女もそれと似たような様子で、ルールは相手も守ってくれるものだと、まだ元の世界での常識感覚が抜けていない二人は勝手に思い込んでいる。


常識だと認識している非常識を。


しかし、鎌瀬山は違う。

彼は英雄王や幼女程真面目ではないし楽観的思考も持っていない。

利口ではないし、誠実でもない。

仮に転移先が帝国ならば、王国勇者の中では一番現帝国勇者色に染まりやすい性格人間性。

本質的には、帝国勇者である九図ヶ原と似通った部分にいるのは事実だ。


だからこそ、この模擬戦がただの模擬戦ではなく正真正銘の殺し合いであることは彼は十分承知であり、それを快諾しながらこの模擬戦を了承した。


鎌瀬山の根柢にあるもの。


ただそれは。


「俺にはそんなもんどうでもいい。おめえが誰かを傷つけようがその力を使って誰を陥れようがどうでもいい」


鎌瀬山はその手に聖鎌ジャポニカを顕現させる。

彼の身長よりも大きなそれを両手で軽々と構えながら鎌瀬山は地を蹴った。


「おめえを叩き潰す理由。おめえが気に入らねえ、それだけで十分だ」


彼は至極単純で、明快で、自分の気に入らない人物はとことん気に入らない。

以前、東京タロウに気に入らないというただ一つの感情で無謀に挑んだ時のように。


彼は言葉を吐き捨てながら、九図ヶ原に接近する。


「はッ。寝言は寝て言え雑魚」


対して九図ヶ原は動かない。

瞬間、顕現するは彼の周囲を旋回する一つのキューブ状の物体。


固有武装『シャルマハト』


直径50センチほどの黒光りした金属光沢を示すキューブ状のそれは不規則なサークル軌道を描きながら彼の傍に漂い続ける。


「っらァ!!」


鎌瀬山の声と共にジャポニカの一閃が振るわれるが、それを九図ヶ原は身体を僅かに反らすことで避ける。

事実。

同じ勇者と言えど、勇者として召喚された日数に開きはあって才能にも差はある。

身体能力において、九図ヶ原は間違いなく鎌瀬山の上を行く。


「遅ェよ!!」


九図ヶ原は鎌瀬山の一閃を躱し、即座に身体を反転させて握りしめた拳を鎌瀬山めがけて振りぬく。

それを鎌瀬山は不完全な体勢で鎌の柄を使って防ぐが、それは結果として更に体勢を崩すことになる。

その隙を九図ヶ原は見逃さない。


「腹ががら空きだぜ雑魚勇者ァ!!」


「ッぐぅ」


ドアを蹴破るように鎌瀬山の腹部に九図ヶ原の脚が思いっきり撃ち込まれ、数メートル吹き飛ばされる。

吹き飛ばされながらも、倒れこむことはなく空中で体勢を立て直しなんとか着地する鎌瀬山だがその口からは血が流れ、腹部は服に隠れて見えないが、その実、赤く腫れ上がり激痛を鎌瀬山に与えていた。


純粋な力強さと直感的格闘センス。


九図ヶ原戒能は日本においては素行が荒く喧嘩に明け暮れた模範的ともいえる不良であった。

気に入らないものは壊し、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる。


日本で培った喧嘩の技能はこの世界において彼の強さを裏付け、眠っていた才能は目を覚ました。


故に、九図ヶ原戒能は固有武装、限外能力を加味しないのならこと身体能力においてはこの時点において現勇者最強の座にいる。


「ちょこっと蹴っただけじゃねェかよぉ?えぇ?これはオレの力のデモンストレーションも兼ねてんだからよぉ、シャルマハトをオレに使わせるぐらいには頑張ってもらわねェと困るぜ?」


九図ヶ原が周囲を旋回するシャルマハトに視線を向けながら小馬鹿にするように言葉を吐く。

嫌悪感を醸し出すその笑みに鎌瀬山は顔を苛立ちで歪めながら立ち上がり。


そして再び駆けだした。


「……おいおい、マジでそれしかねェってのか?てめェにはよぉ」


呆れ声。

一度破られた技法を愚かにももう一度試す。

それは、九図ヶ原の鎌瀬山に対する評価を一瞬で下落させ、ため息を漏らす。


踏み込み、もう一度鎌瀬山が聖鎌ジャポニカを奮う。

数秒前と全く同じ軌道を描くその一閃を九図ヶ原は同じく僅かに身体を反らし躱し再びカウンターを打ち込もうとその拳に力を入れる。


が。


「ッ!?」


その一閃は空間に吸い込まれるように消えた。

空間がそこで途切れたように、聖鎌ジャポニカの刃だけがこの世から消える。

それは次元の始点。


「誰が雑魚だお漏らし坊主」


呟く鎌瀬山。

彼の視線は九図ヶ原を捉え、彼の背後を示す。


次元の終点。

その次元の裂け目から顔を覗かすのは鋭利な刃。

九図ヶ原の死角である背後からの一閃ならばさすがの彼でも躱すことは不可能。


鎌瀬山の口角が勝利の確信に歪む。


そう、九図ヶ原にはこの一閃を躱すことは不可能である。

彼がどんなに他の勇者を超越した身体能力を誇っていようとも人間である以上避けられないものは存在する。


「そういうカラクリかァ。世話になったなァ、式典ではそれによぉ」


九図ヶ原は呟く。その顔に焦りは無く、ただ疑問に納得が言ったことに素直に合点がいった、といった顔。

そう、彼にはこの一閃は防げない。

《彼》には


金属同士がぶつかった鈍い音が響く。


「やっぱそいつ自動で動くタイプの武器か」


鎌瀬山が吐き捨てるように呟き、忌々しく九図ヶ原の背後の見えないシャルマハトを彼越しに睨む。

九図ヶ原の死角に放ったジャポニカの刃は彼の周囲を舞っていたシャルマハトが受け止めた。

鎌瀬山の一つの予想。


シャルマハトが九図ヶ原の意思による操作なのか無意識下の自動操作なのか。

結果は後者。


鎌瀬山の予想は嫌な方向で当たり、その鎌瀬山の悔し気な表情を視界に捉える九図ヶ原は愉快そうに口角を上げる。


「ばぁか。自動なわけあるか。これはオレの意思で操作してんだよ。つまり、オレに死角はねェんだよ雑魚」


感知。

端的に言うならば、それが九図ヶ原の限外能力。

感覚境界センスアンビット』。

使用者である九図ヶ原を覆うように囲まれた不可視のドーム状の領域。

その領域内で起こるあらゆる事象は全て使用者の脳へ情報として還元される事になる。つまりは、使用者は領域内では常に視界と同様、否、視界以上の数多の情報を一瞬にして誰よりも早く認識することが出来るのだ。


この非戦闘系に特化した能力は本来であれば勇者として圧倒的な力を期待しているこの世界において、余り役にも立たないハズレの部類に値するであろう能力だ。


何故なら感知したとしても次に感知した攻撃に対応する力が必要となるからだ。

仮に勇者同士で殺り合ったとしたら、九図ヶ原は相手の攻撃を感知したとしても相手の限外能力を防ぐ手立てはなくそのまま殺られる事になる。


だが、九図ヶ原は己が持つ戦闘においての高いポテンシャルと固有武装であるシャルマハトによってその常識は覆され、その戦闘能力は過去の勇者内でも上位の力となった。


九図ヶ原に死角は無い。

九図ヶ原に隙は無い。


単純かつ強力なアドバンテージ。彼はそれを完璧なまでに使いこなしていた。


「くっそが」


鎌瀬山は即座にジャポニカの刃を引き、バックステップで九図ヶ原から距離をとる。


九図ヶ原と鎌瀬山の相性は最悪だ。


鎌瀬山の能力ひいてはジャポニカは元より個人戦闘よりも集団戦闘において充然に力を発揮する。

対照的に九図ヶ原は個人戦に特化した勇者。


死角へと攻撃を放ったところで、シャルマハトで防がれる。

なら。

鎌瀬山の周囲の空間は歪む。


「死角が無いってところで、防ぎきれる手数ってもんがあんだろ」


防げないまでの手の数で圧倒してやればいい。


それは空間の始点と終点の固定。

同様に九図ヶ原の周囲の空間も歪む。

鎌瀬山はジャポニカを高速で振い始め、無数の刃が空間の始点を通り終点へと一斉に向かう。

それは、可視と不可視の刃を併せ持つ斬撃の嵐。


かつてタロウに挑んだ時に使用した技。

360度全方位からの斬撃が九図ヶ原を襲う。


それは、あの時よりも遥かに早く遥かに斬撃の数も多い。

その攻撃の手数の多さ衝撃に、観客の誰もが勝負が決まったと短絡的に考えて。


その考えが間違いだったことがすぐに証明されてしまう。


「なるほどなァ。それがてめェの切り札かよ」


斬撃に囲まれた状態の刹那、九図ヶ原は呟く。

その声に焦りはない、その声に恐怖はない。


ただ、有るのは余裕。


衝撃と無数の金属音が闘技場に包まれ砂煙が舞い散った。

もうもうと舞い散る砂煙に観客は、どうなったのか、と目を凝らし。


砂煙が晴れ、鎌瀬山は舌打ちをする。


「おうおう、口に砂が入っちまったぜ」


砂煙の中から現れるのは無傷の九図ヶ原。


それと。


無数に分裂したシャルマハト。


「残念。てめェの技はオレには通用しねェんだよ」


可視も不可視も、その全てを分裂したシャルマハトで防ぎ切る。


九図ヶ原の表情は変わらない。

弱い者を嬲り、自らが強者であることに満足している表情。


だが、彼は退屈そうに首を左右に動かして音を鳴らす。

あくびをし、それはさながら、親戚の子供の遊びに付き合って退屈そうにする年の離れた者のする動作のように。


その事実に鎌瀬山の表情は歪み、ジャポニカの刃は徐々に朱色に染まっていく。

それは、かつてタロウとの闘いの最中に見られたとてつもない威力を誇る紅い斬撃の初動段階。

確かにそれは、九図ヶ原であっても耐えきれる攻撃ではない。手札をあらかた出し切った鎌瀬山に勝ち目のあるかもしれない数少ない手札。

それを出すことが出来るのなら、軍配は鎌瀬山に傾くかもしれない……だが、九図ヶ原の退屈の我慢の限界が訪れる方が早かった。


「そろそろいいだろ?オレから仕掛けてもよォ」


九図ヶ原の呟きが聞こえた瞬間、鎌瀬山は横なぎに吹き飛ばされ壁に衝突した衝撃と激痛が襲う。


「が、はッ」


突然の理不尽な衝撃と激痛は鎌瀬山の思考を疑問の渦で埋め尽くす。


何が起きた。どうして自分は吹き飛ばされた。


その問いに答えられる知識を自分は持っていない。


「あァ、弱い。想像してたよりも何倍も弱ェなァ。王国の勇者ってのはよォ!!」


圧倒的速さで鎌瀬山の反応を置き去りにして蹴り飛ばした九図ヶ原は叫ぶ。

自らの強さを誇示するように。

王国勇者を貶めるように。


「やれ、シャルマハト」


蹴り飛ばされた際に鎌瀬山が手から落としたジャポニカを侵食するように分裂したシャルマハトがジャポニカを包む。

武器を無くさせる。

それは、限外能力と固有武装が主な攻撃の鎌瀬山の勝利手段の根幹を封じることと同義。

故に、鎌瀬山に勝利の芽は際限まで刈り取られた。


激痛に身を捩ろ咳き込む鎌瀬山に近づいて蹴り飛ばし殴る、それをただ繰り返す。

鈍い音が連続して鳴り響く。


「てめェ等。これが王国勇者だ。無様に地べたを這いずり廻る虫以下のゴミクズ。わかったよなァ?生き残りたければ誰に従えばいいのかをよォ!!えェ?」


静まり返っていた闘技場には九図ヶ原の声が良く響く。


各国の要人は帝国勇者のその勇者とは遠く離れた思想と言動に唖然と口を広げ。

帝国貴族は顔を真っ青にし、ただただ王国勇者が蹂躙されるままを見る。


王国勇者が勝てば、帝国勇者も態度を改めるかもしれない。


その楽観的思考は打ち砕かれ、目の前にあるのはただの非常な現実。

帝国勇者に歯が立たずに蹂躙されるがままの王国勇者がその瞳には映っていた。


血が舞い、苦痛が続き、それでも鎌瀬山は解放されない。

これは一種の見せしめだ。


それでも、鎌瀬山はまだその瞳に諦めを映さず。

立ち上がり拳を振るい、避けられカウンターを決められて再び殴打が始まる。


誰もが、鎌瀬山に勝利の芽が……芽どころかまだ種すら土に埋まっていないのだと考えた。


同じ勇者ですら自分に逆らう者なら容赦なく圧倒できる、それを暗示した見せしめであり警告。


一方的すぎる試合に、残虐すぎる仕打ちは最早そこには何の意味もない。


だから。


この無意味な蹂躙に。


仲間の危機に彼が黙っている筈はない。

仲間が嬲られ、貶されていることに彼が目を背ける筈がない。


「そこまでだ」


もうもうと立ち込める砂煙。


九図ヶ原が再び鎌瀬山を蹴り飛ばして距離が空いたその間に割り込むように、観客席から落下してきた人影が言葉を紡ぐ。


『聖剣テトラ』を握りしめる英雄王正義は鎌瀬山を庇うように前に立ち、九図ヶ原を睨んだ。


「正義……おめえ、忘れたのかよ」


ボロボロになりながら、倒れこみながら、おぼつかない口調で鎌瀬山は間に割って入って来た英雄王に不愉快な感情のこもった声音で告げる。

彼がここにいることに、鎌瀬山は一種の感情が湧き立つのを感じる。






ボロ雑巾のような扱いで蹂躙されていようとも、勝ち目のない試合に縋る哀れな道化であろうとも、彼にはプライドがあった。


同じ景色をその目で見たかった。もっと利己的に言うのなら、彼にだけは下に、哀れみの感情を、向けて欲しくなかった。

東京タロウが彼にとって、嫉妬する対象なら。

英雄王正義は彼にとって憧れの対象だった。


決して手が届かないほど高みではなく、同じ道を歩めばいつか辿りつけるものだと錯覚していた。

目標にし、共に歩み、共に同じ世界を見ていると思ってた。

だが、やはり。


「おめえもか正義……おめえも俺を見下すってかァ!?」


それは、曲がりなりにも助けに来た相手に対して言っていい言葉ではない。

だが、鎌瀬山の心中は言葉の選りを出来る程に余裕はない。


彼は既にこの時点で敗北を二回経験した。


最初は嫉妬に、そして憧れに。


英雄王正義とはいつまでも対等で居たかった。

自らの背中を信じ、預けて欲しかった。


あれほど信用しているなどと言いながら、助けに割り込んでくるなど最大の恥さらしに他ならない。

こんなことになるのなら、こんな惨めにされるなら、死んだ方がマシだ。


「……これは釜鳴の為にやっているものじゃない。きっと、俺の自己満足なのだろう」


英雄王はゆっくりと呟く。


「釜鳴。俺はどうやら耐えられないみたいだ。大切なものが傷つくのに、失われてしまうことに。俺はもう、間に合わず大切なものが手から零れ落ちる、そんなことにはなりたくないんだ」


鎌瀬山は掠れる意識、揺らぐ視界の中で思う。

全ては俺の勘違いだったんだと。

同じ景色を見ていた?同じ道を歩めばいつか辿りつける?そんな自惚れをしていた自分に吐き気がでる。


確かに同じ景色を見ていた。

東京タロウのような理解の及ばない世界を映し出す眼ではなく、はっきりと自分と同じ世界を眼に映していた。


違う、と。

はっきりと感じる。


こいつは俺と同じ世界を見ていたんじゃない、見てくれていたんだ。









「幼女!!洲桃ヶ浦!!」


「……はぁ」


「わかってる!!」


英雄王が観客席の二人を呼び出し、二人は違った返事をしながら同じように鎌瀬山の傍に飛び降りた。

蜜柑は英雄王を呆れた表情で睨み、幼女は鎌瀬山の容体が気になるのか肯定的な返事をする。


「運動会中に倒れた息子に駆けつける保護者の図ッてか……吐き気しか催さねェな」


そんな様子を視界に捉えながら、九図ヶ原は不快そうに呟く。


「で、どうする?これ以上やると言うなら俺が相手になるぞ」


英雄王は聖剣テトラの切っ先を九図ヶ原に向ける。

ちっ、と舌打ちが聞こえ。


九図ヶ原がその問いに好戦的に応えようとした瞬間、彼の視界に血がしたたり落ちる斑模様の剣の鞘がちらついた。


「九図ヶ原。昨日決めただろう。アレは俺の獲物だと」


「っち、あちらさんが喧嘩売って来たんだぜ?」


「関係ない。俺の獲物だ。それとも、貴様から殺されたいか?」


九図ヶ原の前に、帝国勇者の一人、不動ふどう青雲せいうんが姿を現す。

その瞳に嘘はない。


「てめェとは相性が悪ィからな、クソ」


「言い訳は弱者のすることだ。相性など関係ない。殺すか、殺されるかだけだ」


殺意の孕んだ瞳を間近で見て、彼の本性を嫌と言うほど知っているからこそ、九図ヶ原は好戦的な態度が嘘のように霧散し、最後に舌打ちを残して下がる。


「九図ヶ原に代わって俺が相手になろう英雄王正義」


依然、血がしたたり落ちる鞘に収まる剣をその手に持ちながら不動青雲は英雄王を見て構える。


しかし、英雄王の視線は彼を超えてその後ろ。

不動青雲が入って来たゲートの周辺に横たわる警備をしていたであろう数人の騎士へと向いていた。

無残に、何の意味もなく、強いて言うのなら、不動青雲の通行の延長線上に存在し邪魔だったから殺されただけの存在に、その行いに、英雄王が気を立てないわけがない。


「なぜ、殺した?」


「……解せないな、その問いが」


「なぜ無駄に殺したと言っているんだ!!その人らは俺たち勇者が守るべき命だぞ!?」


「通行の邪魔だったから、だ。でかい図体をしていたからな。ぶつかりそうだったんだ」


「ふざけるなっ!!」


怒号と共に踏み込まれる英雄王の斬撃。

金属音が鳴り響き、聖剣テトラと斑模様の鞘に収まる剣-不動青雲の固有武装『ネームレス』-が拮抗し火花を散らす。


「お前が殺した人達。彼らには待っている家族が、大切な人がいるんだぞ!?」


「生憎、俺には待っている家族も大切な人もいないからな、わからない。まったく、相変わらず喋る言葉すべてが吐き気を催す言葉でしかない。それは一種の才能だ」


「お前は、勇者として間違ってるッ!!」


「貴様の勇者像を他人に押し付けるな」


英雄王の思考は、既に普段の彼のそれとは違った。

彼にしては、選択を焦り、彼らしく無い無鉄砲な選択肢を選んでいた。


それは、彼の心が酷く蝕まれている証拠でもあった。


彼にとって、この世界は生き辛く、息苦しい。

彼にとって、この世界を生きるには優し過ぎる。


彼の人格を形成する常識は、この世界で彼の足枷にしかならない。


その常識が否定されることは、人格が否定されることと同義。

人格を否定され続ければ、心が歪むことは言うまでもなく。


先日の彼らしからぬタロウ達への失言も、今の彼の普段とは打って違った心模様も、彼の心をこの世界が蝕む証拠。


この世界の常識に未だ順応できず、砂漠を彷徨う遭難者のように、彼の足取りはこの世界に来てから覚束無い。

一寸先の見えない道を迷いながら正解を導き普段の姿を演じてきた英雄王は、その実、この世界に来て特に影響は無いように思われたが……彼が、誰よりも一番その心は脆かった。


「『限界……」


英雄王が限外能力を発動しようと口を開けた瞬間だった。


「勇者様方!!矛を収め下され!!」


ゲートから入って来た騎士数人が声を荒げながらに焦る様子で叫んだ。


「現在、マシュマロ公国が魔王グラハラム軍による襲撃を受けています!!敵軍は魔王軍幹部クラスが見受けられました!!マシュマロ公国の戦力だけでは到底撃退は不可能と思われます!!勇者様方、お力をお貸ししていただきたい!!」












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