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公国編 Ⅵ『眠りの従者2』


蜜柑は相変わらず日本にいた頃と何も変わっていないようだった。

それも仕方ないことで彼女の時間は公国の襲撃の時からずっと止まっていたのだから。


「あぁ……私は……私は……」


僕を見つめる蜜柑の瞳は揺れている。

その揺れは次第に濡れを帯びて、涙は頬から伝わり落ちる。


「申し訳ありません!!私は、太郎様の期待にっ……」


ベットから飛び起きて土下座でもしようと思ったんだろう、蜜柑の身体に力が入ったのを感じる。

謝られてもという感じだし、僕は謝罪なんて求めていないし、飛び上がりそうな蜜柑を手で制す。


その命令に蜜柑は身体の力を抜いて、ベットで項垂れた。


謝罪すらさせて貰えないのか、と項垂れる蜜柑ではあるが、別に気にする必要はないのに。

今回に至っては、蜜柑を信じすぎた僕が全面的に悪いのだから。

帝国の勇者を見て充分理解した。


勇者は弱い。


「いいんだよ蜜柑。気負わなくて」


「で、ですが太郎様!!私は幼女さんをグラハラムに奪われるばかりか、今この瞬間まで馬鹿みたいに眠ってっ……」


「確かに馬鹿みたいに眠っていたのには呆れ果てたしグラハラムに惨敗したのも心底がっかりしたよ」


「うぅ……」


「蜜柑はもう少しやれる子だと思ってね。もしかしたら公国の問題は片づけてくれているかも、と期待を抱いた僕が悪かっただけの話さ。……僕の認識の甘さも相まって、中々にこの世界は既に舞台が整えられているっぽしね」


「舞台が整えられている……?太郎様それはどういう……?」


「僕らがこの世界に転生させられるのが遅すぎたってこと。帝国勇者しかり、魔王しかり、僕らは今敵の罠のど真ん中にいる状況と変わらない。彼らの舞台の上で哀れに足掻く人形さ。お陰で帝国攻略も中々に手こずらされたし、鎌瀬山達に全面的に任せる筈だったのに僕がごり押しする羽目になった」


そう。

僕ら王国勇者が召喚された瞬間は遅い。

帝国勇者召喚の1か月後の召喚……そこまで誤差はないの言っていいのかもしれないけれど。

そのハンデがどうも僕らを苦しめているのは事実。


帝国は九図ヶ原が幻想種・ユニコリアの傀儡にされていたし。

公国はこうして竜人族に攻め入られ滅亡しかかっている。


そして、それにどうも王国勇者は振り回されている。


公国遠征に関する大きな違和感。


それは。


「蜜柑。君は公国遠征に参加するとき、何故僕に指示を仰がなかった?」


「それは………………あれ?私はどうして……?」


僕の問いかけに、蜜柑は何かを言おうとしたその言葉は……虚空に消えて疑問符が浮かび上がる。

続けて。


「英雄王や幼女は僕に判断を仰ぐ姿勢はあったかい?……そもそも、僕に一言も残さずに英雄王が勝手な行動をするとは思えないんだ。……不動が転移を急かしていたことは聞いていたけど、どうして君たちもそれと同時に行ったんだい?君たちはどうして僕に合わずに公国に行くなんて愚行を犯したんだい?」


「あ……え……わからないです。……その時は、それが最善だと。でも今考えてみればそれはあり得ないです。私が……この世界で有事の際に太郎様の指示を仰がないことはあり得ません」


「そうだ。英雄王達は億が一にその選択をするとしても、蜜柑が僕に一言も言わないことはあり得ないんだ」


それは世界の常識のようなもの。

蜜柑だって億が一にそういう行動をすることもある……なんてことはあり得ない。

蜜柑と僕の関係はそう決まっているのだ。


ならばなぜ?

答えは簡単だ。


「どうにも、王国で君らは精神汚染を受けているみたいだ。それがどういったものかはわからないけれど、どうやら外部から。人族か魔族かはたまたほかの存在からか」


「精神汚染……」


「勇者が精神汚染とか受けるんです……?にわかに信じられないっす」


考えられるのはこれしかない。

しかし、解は出せない。

『勇者』としての称号によるものなのかもしれないし、幼女が攫われことから、彼女が公国へ行くように精神を誘導していたのかもしれない。


「帝国攻略で思いのほか頭がいっぱいになっていたし、起きてしまった事象は仕方なかった。蜜柑たちが公国へと赴いた時点で僕の当時の手駒ではどうしようもなかったし……かといって僕が出張る程の有事ではなかったしね。蜜柑と英雄王と幼女と不動。勇者の中でも上位メンツが向かったから少しは安心していたんだけれど。不動が好き勝手動いてたのは予想通りだとしても王国勇者がここまで壊滅的になっているとは思わなかった」


蜜柑をちらり、と見るとバツが悪そうに下を向く。

クルルカはほえーとあほ面を晒して締まりがない。


対照的な二人の配下に、思わず笑いが込み上げてくるがそれを押し込む。


「てか旦那ぁ。ここでゆっくり話してたら人族側壊滅するんじゃないです?エルテリゴ派の兵士は結構強いっす」


「エルテリゴは前竜王だっけ……まだ派閥とか残っているんだ」


「えぇ、そりゃもう。まだグラハラムは成っていないっすからね。『第六黙示録』と言う机上の空論を探し続けて成っていない臆病者、と笑うやつらもいるっす。それが主にエルテリゴ派なんすけどね。まぁ、『第六黙示録』は達成可能になっちゃったですけど」


「クルルカ。エルテリゴ派は竜人族ではどのくらいいるの?」


「教えて欲しい?ねぇ、旦那ぁ、教えて欲しいんです……よね。わかってます、旦那わかってますから背後の勇者さんに背中を槍でちくちくするのを止めさせてくださいいつちくちくからどすどすになるかストレスで死んじゃうっす」


「いいよ蜜柑。クルルカの言葉は大半は流していい。いつもこんな感じだしこういういい加減な生物だ」


「わかりました。クルルカというのですねこの生物は」


「旦那ぁ酷いっすよ……」


うるうると瞳を濁らせるクルルカを睨んで言葉の先を促す。

こほん、とクルルカが背中をさすりながら咳払いをしると口を開く。


「私が知る限りだとエルテリゴ4のグラハラム6……でも、グラハラムが『第六黙示録』のピースを手にした今はその限りではないっす」


「おおよそが知れればとりあえずは満足だ。……さて」


「お!!旦那ぁ、エルテリゴ討伐行っちゃいますぅ?さっさとぶっ殺しましょー!!」


「行くわけないでしょ。英雄王が任せていいと言ったんだから」


「でもでも旦那ぁ。あの勇者さんたちが来てても公国ヤバいじゃないですか!!さっさと旦那が出向いてエルテリゴなんて捻りつぶして三枚おろしのぎったぎたにぃぃぃぃぃぃぃ!!ダメです旦那!!角はその角度には曲がらないぃぃぃぃぃい!!」


さりげなく英雄王を貶しながら調子に乗っていたクルルカの角を掴んで捻る……クルルカの話を止めるのに便利な角だ。

クルルカが涙目になりながら懇願してくるので角を離す。


「英雄王は、俺に任せてくれ、と言って公国に来たわけじゃない。誘導されてきたものだとしたら、この結果はまだ頷ける」


「なんにも変わらないじゃないですかぁ」


「変わるよ。英雄王は僕に期待させて裏切ったことは一度たりともないからね」


「うぅ……」


クルルカは俯いて唸る。

そもそも、エルテリゴの戦闘スタイルは一度闘った英雄王しかわからないのだから、この場面では彼に任せておいたほうが適任だ。

僕がごり押しすることも出来るけど、それをしてしまえば誰も育たない。


帝国では。

ルカリデスの手に負えず、けれども他に誰も対応できる手札が無かったから僕が出張っただけの事。

恐らく魔王クラスであろうユニコリアに対抗出来る存在は、革命軍にはいなかった。

僕が出なかったら、負けていただろうから。


本来、僕があまり表に出るのは好ましい事態ではない。

僕はあくまで舞台を整えるだけの存在でいい。

美味しい役目は英雄王や鎌瀬山達に渡して、目立って貰えればいい。

僕はほら、目立つのってあまり得意ではないし……何もかもがきな臭いこの世界で、あまり目立つのはよろしくない。


相手の奥の手が見えない以上、こちらだって切り出す手札は少ない方がいい。


「クルルカが何を心配しているのかは知らないけど、どうせグラハラムを倒すとなればエルテリゴも自然と倒すさ。それを成すのが誰なのかはわからないけど……クルルカ、君がエルテリゴを倒す?」


「じょ、冗談やめてくださいよ旦那ぁ……もう嫌っすよ、帝国勇者の時でこりごりっすよ、化け物と闘うのは……」


「つれないなぁ」


僕の言葉に、クルルカの表情はさーっと青いを通り越してむしろ白くなって肩を抱きながらぶるぶると震える。

……どうやら、クルルカにとって呂利根との闘いは中々にトラウマになっていたようだ。

まぁ、そうだろうね。クルルカ程度の弱小魔族が『勇者』と相見えて生き残っていることが奇跡。


呂利根が勇者の中でも最弱だったのと、ルカリデス達が思ったよりも善戦してくれたから拾ったクルルカの命。


残念だな。

これでも軽口を叩けたら、君をエルテリゴに勝たせてやることもやぶさかではなかったのに。

尤も、クルルカがクルルカのままでいられるかは保証しないけどね。


「だ、旦那ぁ!!それよりも、公国の人らまずいですよ!!刻一刻と殺されてるんですからここでゆっくり話してないで……」


「それもそうか。まぁ、この襲撃で生き残れない人等なんていつまで生きられるかわからないから僕としてはどうでもいいんだけど、何もしないでグラハラムに奪われるのも癪に障るし、英雄王の手前黙って見捨てるわけにはいかないから」


視線を蜜柑へと向ける。

と、蜜柑は既に僕に跪いてその手には固有武装『ブリューナセルク』を携える。

うん。クルルカもこの姿勢を見習うといいよ。

ほんと、クルルカには接し方が甘かったかな?


「蜜柑。今度は僕の期待を裏切らないね?」


「はい。私は太郎様の期待に応えます。そのために、存在しているのですから」


「いい子だ。……君の力で、この戦況をひっくり返しておいで」


「はい。必ず」


僕の言葉に応える蜜柑。

蜜柑の身体は青白い光の粒子が纏わりつき。

『限界突破』を『同型模写』のストックで使って、蜜柑は窓から外へ飛び出る。

その数舜後には、外から竜人と思われる存在達の阿鼻叫喚の声音が上がっていた。


「この分なら大丈夫かな。蜜柑を投入して、高位冒険者達と確か、帝国騎士団長も3人くらい来てるんだっけ?それに王国騎士団もいるんだ。これで負けたらもう滅びる運命だったとしか言うほかないよ」


窓から蜜柑が降り立った広場を見る。

多くの血が舞い、倒れている人族が多く、少し前までは竜人の独壇場だった戦場。


でも、それも数分前までの話だ。

蜜柑の投入。

それはすなわち、『勇者』の復活だ。

当然現場の士気は高まるし、先ほどの絶望した雰囲気は人族側にない。

むしろ、蜜柑の姿を見て……グラハラムが封印したと聞かされていた戦線復帰する筈のなかった、人類最高戦力の参戦の事実を突きつけられて、竜人の士気は下がっていた。


「まったく、これでゆっくりできるかな」


「あのー、旦那は行かないので?」


「なんで」


「え、え……だって旦那は勇者だし」


「だから僕は勇者なんかじゃないんだって」


「……?い、いや、でも旦那が出向けばこんな襲撃直ぐに沈下できるでしょ!?」


「それじゃ意味がないんだって。この程度の困難自力で人族が乗り越えてくれなくちゃ。これくらいも乗り越えられないようじゃ僕が守る価値もないし、滅びていい」


そう。

この世界での一番の障壁。

この世界で人族に会って、帝国革命を通して、実感した真実。

どうにも、人族というのはこの世界で弱すぎる。

一人の魔族に対して人族は20~30人は戦力が必要なくらい弱い。

なのにどうしてこんなに栄えてきたのか……。

生きているのか、生かされているのか。



僕はまだ、この歪な世界を知らなさすぎる。

まずは、そこから始めよう。


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