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公国編 Ⅱ 『置物の英雄』

遅れました。


少し、リアルの方が忙しいので更新頻度は落ちてます。


ですけど、エタりはしませんので気長に楽しんでいただけたら幸いです!




英雄王正義。


彼はその名に恥じぬ振る舞いを、元の世界でも心がけていた。

悪しきを罰し、弱気を助ける。


故に、彼の歩いて来た道は常に正しい道であったし、その道の少し外れたところに九図ヶ原のようなその逆を進んでいた存在に会うこともなかった。

平穏無事で、理想を求めればそれは現実になるような簡単な道。


何不自由ない環境で、家族が居て、友が居て。

自分の理想を体現しながら、己が信念に従って世界の『正しさ』を模範にして振舞っていく事に疑問を抱くことはなかった。

それに、『正しさ』を追求し追い求めることは彼自身が理想としたものだったし、本心でもあった。


だからこそ、英雄王正義にはそれらを成すことが出来るスペックが与えられ、本人も努力を欠かさなかった。

だからこそ、彼は今までを正しく『正しさ』のままに進んできた、進んでこれた。

だって、進むべき道が簡単に示されていたのだから。


だから……彼は今までにない道に遭遇した時に、立ち止まってしまうのだ。


どこまで行っても、いくら『正義』を体現できる存在だとしても。

彼は所詮、『正義』を体現できるスペックを持っただけの何処にでもいる青年なのだから。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

太郎達が公国へと来る数日前。


ナマクリム城塞。


マシュマロ公国のおよそ中間と言っていい場所にあるその城塞からは侵略された公国の領地が見える。

火の手が上がり、蹂躙されつくした公国。


マシュマロ公国の最終防衛ラインであり、公国全ての戦力が集まっている場所。

今も続々と、破壊された町から難民となり命からがら逃げてきた公国民はこの城塞へと非難し、用意された部屋で互いに寄り添いながら涙を流す。


肉親を、恋人を、親友を。

目の前で無残に引き裂かれ殺された者もいるだろう。目の前で恥辱の限りを尽くされた者もいるだろう。

肉親が殺されるのを見ながら、床下に隠れていた兄妹もいただろう。

皆が、心に深い傷を負いながらやっとここまでたどり着いた。


「……っ」


その部屋の扉を開けようとして、一人の青年が取っ手に手を掛けるが、その手は動かない。

力なく取ってから手を離して、その場を後にした。


「…………」


その部屋を超えた先。

ナマクリム城塞の屋上。一望が見渡せるその場に立って、今も燃え上がるマシュマロ公国領地が視界に入る。


幼女(おさなめ)……」


青年は……王国勇者:英雄王正義は拳を血が出そうになるほど握りしめながら今もまだ捕らわれたままの大切な少女の名を呟く。


両目の下にはまったく眠れない日々が続いた結果、酷い隈が出来た。

彼本来の頼もらしさのある面影は、今の彼にはもうない。


疲れ切った一人の青年がそこには居た。


それでもまだ、公国を覆う霧は晴れず外部からの救援もままならない。


外部と完全に孤立し、公国に残された戦力は少ない。

そして共に来た王国勇者である洲桃ヶ浦蜜柑は魔王グラハラムと遭遇し凍結させられたまま未だ目は覚めない。

その蜜柑を運んできた不動青雲は、氷漬けにされた蜜柑を公国軍へと預けると直ぐに姿を消してしまった。


そして……王国勇者:幼女華世がグラハラムに捕縛されたことを聞いた。



直ぐにでも助けに行きたい英雄王だったが……ナマクリム城塞に碌な戦力は残っておらず自らがここにいなければ恐らく公国は攻め込ま滅亡してしまうのは火を見るより明らかだった。


だから、英雄王はここを動けない。

幼女華世と公国に住まう多くの人々----その天秤を英雄王は後者を選ばざるを得なかった。


時折、霧を抜けられる騎士に鎌瀬山と太郎に向けた現状と救援の言伝を頼みながら……2ヵ月が経過した。

救援は未だ、来ず。


「俺は……」


結果的に幼女華世を見捨てたに等しい罪悪感と、きっと自分の助けを待っている幼女のことを思うと胸が張り避けそうになる。

1ケ月以上、まともに眠れていない。


全てを見捨てて、ただ幼女を助けに行くことが出来れば。

それが出来れば、彼は『英雄王正義』ではない。

『英雄王正義』だからこそ、城塞で寄り添う人たちを見すたることが出来ず……未だ、この城塞にいる。


「わからない……俺は、どうすればいいんだ。誰か、教えてくれ」


転移時にエルテリゴ・グラスプリオにいい様に弄ばれ。

民を守るために大切な仲間を見捨てて、ナマクリム城塞から出ることが出来ない哀れな男をどう言い表せばいい。

考えてみれば、何時も傍には皆が居た。

幼女が、鎌瀬山が、洲桃ヶ浦が、太郎が。

いつも皆の協力があったから、皆が居たから、俺は何でも成し遂げることが出来た。





しかし、今その男の傍には誰もいない。

幼女は攫われ、洲桃ヶ浦は凍結させられ。




英雄王は霧を睨む。

霧の外に待機している王国の騎士たちが来てさえしてくれれば、自分はいつでも動けるのだと。

どうにもならない其れを、射殺すように睨む。


どんどんと心が蝕まれ、深く墜ちていく感覚に苛まれている。

先ほども、避難者の部屋の扉を開けることが出来なかったのはそういうことだ。

今の自分は、幼女を助ける足枷である彼らをどんな目で表情で感情で見てしまうか自分でもわからなかった。



瞬間

一陣の風が吹く。


「動くことのできない雑魚程、哀れで醜いものはない」


男の声がした。

背後からした声に釣られて振り返る。


「不動青雲。今までどこに行っていた」


振り向いたその先。

そこには、共に転移され蜜柑を送り届けた後行方知れずとなっていた帝国勇者:不動青雲の姿。


「貴様にそれを言う必要があるか?」


「ふざけるな!!お前が此処にいてくれれば俺は幼女(おさなめ)を……っ!!でも良かった。頼む、俺に代わってここにいてくれ。皆を守っててくれ。俺は幼女(おさなめ)を救いに……」


「貴様の代わりに雑魚共のお守をしろと?笑わせるな」


不動に対する怒りはある、が、ここにきて帰還してくれたことに対しての安堵。

心からの懇願を含む英雄王の声音を、不動は特に気にすることもなく、興味もない様に冷ややかな視線と答えで返し拒絶する。


「俺は公国に興味はない。魔王に興味があっただけだ」


「頼む、勇者がいなければここは壊滅してしまう。俺は幼女を救いに行かなければいけないんだ。力を貸してくれ」


「興味はない。聞こえなかったのか?」


「……この状況でもそれか。やっぱり、お前ら帝国勇者は歪んでる」


「歪みか?貴様も大分歪だがな」


「俺が歪んでるだって……?」


「無償の奉仕に意味はない。気づかぬのならそれまでだ。くだらん」


「俺のどこが歪んでる!!俺は勇者としての責務を全うしているだけだ!!俺たちは公国の人たちを助けなければいけない。勇者はお前のように……お前たち帝国勇者のように好き勝手してはいけないんだ!!」


「……勇者など、只の肩書に過ぎん。身勝手に呼ばれ、呪いとも言える肩書を押し付けられ、貴様は何故そう、無法者達に尽くせる?」


「助けを求められて、それを成せるだけの力が自分にあるなら助けるのが当たり前だろう!!」


「その結果、貴様は仲間を一人失った。立派な勇者像だ」


「……ッ」


痛いところを突かれて押し黙る英雄王を興味なさげに、不動はその瞳に失望の念を浮かべる。


「厄介な霧は次期に消える。俺はグラハラム共と切り結び満足した。十分な責務は果たした。あとは貴様らで済ませ」


「帰るのか!?」


「そう言ったはずだが。済ませたいことは済ませた。貴様の言う勇者としての責務も果たしたつもりだ。後は貴様らが精々勇者としての責務を果たせ」


不動は興味を無くしため息を吐くと、背を向けその場を去った。

その背中を睨みながら、英雄王はその拳を握りしめた。


――――――――――――――――――――――――――――――――


その数日後。

不動の言葉通りに公国全土を囲っていた霧は晴れ、公国は孤立無縁状態から脱した。

続々と待機していた王国騎士団や各国の派遣した軍が救援物資と共に公国内に来ることが出来。


それと同時に、英雄王の耳に『王国勇者:鎌瀬山釜鳴を主体とした革命軍による帝国革命の成功』の情報と王国勇者である鎌瀬山釜鳴と東京太郎が公国へと派遣されたことが知らされた。






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