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公国編Ⅰ 『クルルカの取引』



感覚境界(センスアンビット)


かつて九図ヶ原戒能が所持していた限外能力。

自らを起点とし、見えないドームを形成。その中にあるすべての情報を認識する。


そこにいるだけで範囲内の事象をすべて視る事が出来、範囲の広さと相まって敵の居城であっても何がどこにあって誰がいてどれだけの実力か把握出来る能力。


確かに、勇者が保有した限外能力であって強力なものではある。

けど、この限外能力を手に入れるための願望ってなんなんだろうね……女風呂でも覗きたかったのかな?九図ヶ原は。

鎌瀬山もどうせどこでもドアが欲しいみたいな願望だろうし、この辺の人種は碌な願望を持たないね。


「便利ではあるけど、今の僕にはいらないかな」


一応当初の予定では使うつもりではあったから『嫉妬』でコピーしといたけど、その予定も完全に崩れた今、これには使い道が無い。

蜜柑がいたらストックさせといたけど、ないものねだりはできない。

早いところ、使える『限外能力』に戻そう。



帝国城の中を僕は歩く。

辺りはある程度は片付いていて、元の様子を大分取り戻していた。


復興は思ったよりも順調に進んでいる、この調子で行けば帝都が元の活気ある都市に戻るまでそう時間はかからないかもしれない。


新たな皇帝であるプラナリアは人が死にすぎたと考えているようだけど、僕的にはそう気に病む程ではないと思っている。

むしろ、今回の革命では革命軍義勇軍と帝国騎士団が主な戦死者になるだろうと思っていた僕にとってはこの結果だけは想定より良いものだと言えた。


はっきり言って、そこまで居ても役に立たない一般帝都民など放っておけばまた増える。

けれども、練度の高い冒険者や義勇軍、騎士は一人死んでしまったらまたその歳月が掛かってしまう。


革命が終わったのちの帝国の兵力が多少心配ではあったけど、そんなことは僕の杞憂に終わった。


騎士団長が何人かは死んでしまったけれど。

有望な義勇軍も何人か死んでしまったけれど。

まあいい。


うまい具合に、帝国を守るという意思の元一致団結した彼らは同じ志のもと新帝国で頑張ってくれるに違いない。

人類最高峰の帝国の国力は多少の衰えはあるが未だ健在だ。


「公国に行く前の懸念点は……と」


僕は歩きながら思考を加速させる。


今回の革命で、残された懸念点として挙げるのはいくつかある。


まずは、呂利根が帝国各地にばらまいていた人形達だ。

呂利根の限外能力によって強化された彼女たちは、呂利根の呪縛から解き放たれ自由になった。

大多数の少女たちの記憶は蘇り、家族が残っているものはその場所へ。

残っていない少女たちは、徒党を組んでどこかへ行方不明になってしまったり。


プラナリアが保護命令を出していたけれど、帝国全土などとてもじゃないがすべての回収は不可能だ。

それに、そのどれもが保護に応じるわけではない。


人類を守るための『勇者』にその尊厳を踏みにじられた存在であり、人類の犠牲とされた者達。


呂利根にされた事は忘れられないし、彼の命で殺した人も忘れられない。

彼女たちの人形になってからの記憶が消えることはない。


とりわけ、高レベルの人形であった少女程、自らの家族を殺されているし多くの人を殺している。

そのせいもあってか高レベルの人形達は姿を現すことは滅多にない。

スペックレベルが低かった少女達は助けを求めてきたり、保護に成功してはいるが、残された高スペックの人形たちの保護の進捗は芳しくない。


どこかの勢力に取り込まれる可能性もあるし、徒党を組んで復讐に来る可能性もある。


「僕が来る前にされていたことに関しては手の出し様がないからね。……歯がゆいものだよ」


王国勇者は帝国勇者よりも一月ほど遅く召喚されている。

その間にあった事象は僕の預かり知らぬところだ。


人形を作りだして各地にバラまくなんてそんな後々の対処に面倒くさくなりそうなこと、先に召喚されていたら真っ先に潰していたけれど、それを言ったところで後の祭りだ。


人形達の保護についてはプラナリアと、ルカリデス達に任せよう。


ルカリデスと言えば、なぜかプラナリアの妹のファルファラ・ユーズヘルムに大層気に入られたらしいから彼女の騎士として出世させといた。

魔族共生の第一歩として、ユーズヘルム領を利用する。使える魔族の駒を保存するボックスは必要だと最近考えてたし、ユーズヘルム領を利用しようと考えてはいる。

まだ、詳しくは考えを練ってはいないけど、ルカリデスとクルルカに任せておけば何とかなると考えている。




次に、鎌瀬山が連れてきたニーナと同じ強化兵たちのロリショタ軍団に関して。


彼ら彼女らに関してはニーナほどに鎌瀬山に執着もないし、鎌瀬山もニーナほどに執着もない。

彼ら彼女らにとって鎌瀬山は一種の憧れではあるが、ニーナ程懐いてはいない。

アリレムラ領に放置して終わりだろう。

鎌瀬山に対する何かしらのトリガーに使えそうな気はするけれど、それならニーナを使ったほうが早い。

まぁ、彼ら彼女らに関してはアリレムラ領で適当に過ごしといてもらおう。




帝国城を歩く。

すれ違う兵は皆僕を見ては啓礼し、崇拝の念を向けてくる。

帝国勇者の行いにより一時は崩れ去りそうになった勇者信仰だけれど、それも王国勇者によって解決された為、結局は勇者信仰は廃れていない。

たまたま悪しき勇者がバルカムリアと手を組んで悪行を成した、それを善き勇者と新皇帝が諫め勝利した。

そんな愉快な物語が今回の騒動の事情を知らない帝国一般市民が思い描く構図だろうし、帝国市民の大多数がそう思い込み伝わっていけばそれは真実となる。


この世界にテレビやラジオやネットみたいな一瞬で情報を拡散する術はない。

詳しく発表された内容も人々に伝わっていくにつれて簡略化されて事実だけを捉えた曖昧な形になるのは目に見えている。

人が気持ちのいい表面だけを見て中身を見ようとしないのは、この世界でも元の世界でも、同じようなものだ。


「さて、僕は幼女奪還に向けた準備をしないとね」


目指すのは一室。


ある少女が床に伏せる部屋。

今回の革命のもう一人の立役者、音ノ坂芽愛兎の療養する部屋だ。


部屋の前まで来て、軽くノックをする。


「どうぞ、なのです」


部屋の中からは比較的元気の良い少女の声。

いつも陰鬱としていて使命感に押しつぶされそうになっていたあの少女からは絶対に発せられることのない声音だろう。


「失礼するよ」


その声に従って、取っ手を捻ってドアを開ける。


「君は……えっと?誰なのです?」


その部屋に入ると、金髪の少女が僕を見て、不思議そうに首を傾げる。

その髪はいつものように一房で頭の後ろで纏められておらず解かれ、いつも必ず身に着けていたマフラーは存在せず首元も露わになっていた。

その瞳は穢れを知らず濁ることのないきれいな深紅。


パッと見、僕らが知る音ノ坂芽愛兎には一致しないくらいに、澄んだ少女がそこにはいた。


「初めましてかな。僕は東京太郎。王国から呼ばれた勇者だよ」


「王国の……?あ、喰真涯君が言ってたのです。王国勇者が頑張ってくれたって。えっと、かま……かませ……?」


「鎌瀬山かい?」


「そうなのです!!鎌瀬山さんの話は聞くのですが、君のことは初めて知るのですよ?」


「それもしょうがないさ。僕は革命には間に合わなかったからね。ちょっと違うところに行ってて、やっと合流したと思ったら終わってたんだ。僕がしたことなんて、少し残ってた後始末くらいかな」


嘘は言っていない。

表向き、僕は帝国革命にはほとんど関与していないことになっている。

プリアイ・パラカツ州でナムラクアイを始末して、ずっと帝国に向かっていたということになっている。

多少、鎌瀬山じゃ荷が重いものを始末はしたけれど、やったのはただそれだけだ。


「そうなのですか」


「うん。だから、君に謝りに来たんだ」


「記憶を失う前の、ボクにですか?」


「僕が間に合わなかったから君には辛い戦いを強いてしまったからね」


「東京さんのせいではないのですよ……?」


芽愛兎は少し思案して言葉をつなげる。


「……この闘いは、きっとボクの意思であり、きっとボクも満足しているのですよ。喰真涯君から、ボクがどれだけ辛い道を通ってきたのかを知って、びっくりして、それは本当にボクなのか、と疑う時もありましたけど。きっとボクなのですよ。ボクがボクの意思で成し遂げたことなのですから、東京さんが気に悩むことはないのですよ!!」


彼女は健気に申し訳なさそうにする僕を元気づけようとしてくれる。

まったく、素の彼女は正義に暴走さえしなければこんなに良い子なのに。

帝国に召喚されてしまったがばかりに、音ノ坂芽愛兎は壊れ歪んでしまったのだろう。


いや、違うかな。

彼女の本性はきっとあちらなのだろう。

承認欲求が悪い意味で暴走し、自らの価値を失い、他人に価値を求める存在。

今の彼女は喰真涯健也に聞かされた『勇者音ノ坂芽愛兎』の物語で自己の承認欲求を満たしているだけだ。

喰真涯健也に必要とされているから、彼女は『必要とされる音ノ坂芽愛兎』であろうとするのだろう。


彼女の限外能力『無貌の現身』


誰にでも成れる、何にでも成れるその能力。

あぁ、何故彼女がこの限外能力を所有していたか、手に取るようにわかる。

わかってしまって、哀れみすら感じる。


彼女は、『自分』を持っていないのだから。

何かを『自分』として、とりわけこの世界では『勇者』という偶像をトレースして『勇者・音ノ坂芽愛兎』を演じていたのだから。


そして次に演じるのは、『記憶を失った哀れな少女』なのだろう。


『無貌の現身』(ノーフェイス)』とはよく言ったものだ。


いいよ。僕はそれを『嫉妬』してあげよう。

君は鎌瀬山とは別ベクトルで面白いのかもしれないね。


――――――――――――――――――――――


芽愛兎の部屋を後にして、城の中を歩く。

その僕の後を追うようにして、透明化したクルルカが付いてくるのを感じる。


「あのぅ……旦那、話が」


「いいよクルルカ。言いたいことはわかってる。君は良く働いてくれたからね。妹を助けるのをサポートしてあげるよ」


「えっ良いんですか……!?」


「あ、でも助からなかったらごめんね?」


「そんなご無体なっ!!」


涙を目に貯めながらおいおい泣いて僕にしがみ付いてくるクルルカ。

少し歩きにくいけど引き摺りながら歩き続ける。


幼女が攫われて生死不明な最悪の状況。

ユニコリアを『暴食』で取り込んだ時には彼女の知識は何一つ奪えなかった。


……恐らく幻想種の魔王が何かしらの能力で彼女の中から知識を消したのだろう。

そのお陰でまたゼロから情報を集めるところから始めないといけない。


「まったく」


この世界では思い通りに事が進まない。


「だからこそ、クリアしがいがあるってものだけどね」


公国では久しぶりに王国勇者しかいない攻略。

操りやすく、これから育成していかないといけない面子だ。

王道に初心に戻って、さっさと攻略の遅れを取り戻さないとね。


「鎌瀬山の育成も済んだし帝国の厄介事も済ませて僕らの傀儡国家になった。……人族最大国家の帝国の中枢に魔族が入り込んでたんだ。他の国も大国だとしても信用は置けないからね。王国、グルナエラ連邦、最悪どちらかにはどこかしらの魔王陣営の息が掛かっていても不思議ではないよ。そのための帝国奪取だ。僕は別に平気だけど、英雄王や幼女辺りは背中から刺されることにはなれてないからね」


歩く廊下は静かだ。

僕と、クルルカの足音しか聞こえない。


「聞いてよクルルカ。僕は手助けしかしないからね。妹を助けたいなら、君自身が努力して失わないことだ。今回ばかりは僕も魔王グラハラム攻略に動くことになるから、君に構っていられないかもしれないからね」


「わかってますよ。私が絶対に、助け出しますよ」


「その息だ。……まぁ、今までのお給金代わりに助っ人ぐらいは用意してあげるから頑張ってね」


どうせ魔族領にも奴隷はいそうだし、適当に見繕ってルカリデス達みたいに軍団でも作ってあげよう。


ふと、足音が一つ消える。

クルルカが立ち止まったみたいだ。

それに気づき、僕は振り返るもその姿は見えない。けれども、その気配は感じるし、クルルカが僕を見ていることはわかる。


「『第六黙示録』……グラハラムの行おうとしてる儀式。これを旦那に話したら強い助っ人を貰えるですか?」


「第六黙示録……?」


「王国勇者幼女……『聖女の祈り』を勇者から奪取した目的です」


「ふむ……」


「グラハラムとの取引に。妹を救うために透明化して忍び込んで、命からがら知れた情報っす。旦那が考えてることわかりますよ。またルカリデス達みたいな奴隷を集めて私に指揮させようってんでしょ?そんなの、嫌です。……大切な者を助ける為なら、可能性を挙げるためなら、私はどんな手札でも差し出すっす」


「僕の考えを読めていたなんてね。考えてみれば君とは付き合いも意外と長いものだ」


クルルカの怯えは手に取るように、その震える声からわかる。

そもそも、クルルカが僕に情報で取引を求めるなんて、僕にとって何の意味もない。

情報が、知識が欲しいなら『暴食』で喰らってしまえばいいのだから。


まぁ、でも。

僕はそんなに乱暴な暴君でもないし。

こうして配下みたいな存在が、自分の全てを差し出して大切な者を守る可能性を上げようとしているのは見ていて愛らしく感じてくる。


「いいよクルルカ。取引は成立だ。君の所には僕の信頼する戦力を送ってあげるよ」


「旦那!!」


「話は公国に行ってからゆっくり聞くとするよ」


扉の前で足を止める。

扉の奥では転移陣の用意がされていることだろう。


転移陣の設定されている人数が多少変動したところで、僕の方で調整出来るから大丈夫。


「さて、魔王の一人に会いに行こうか」


竜人族の魔王グラハラム。

4人の魔王の一人。

つまり、この世界の最強の一角とされる者だ。

一体僕とどれ程の力差があるのだろうか?

出来ることなら、『彼』が強いことを祈る。


「そうでなきゃつまらない」


「ん?旦那何か言いました??」


「いや、何でもない。行こう」



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