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ひらけ、きみ

作者: 一年 一季

暇つぶし程度にどうぞ。

 窓際の最後尾、きみの特等席。窓の世界に夢中なきみは、いつも一人。柔らかな紅茶色の髪の毛に、ばさばさの睫毛。垂れ目がちな蜂蜜色の瞳。人懐っこそうな外見に反して、彼は誰かと交流するということをしない。


「呼水くん。プリント回収したいから、頂戴。」

「ああ、おはよう。御苦労さま。」


 そう言うだけ言って、彼はまた景色を見はじめる。彼の興味の対象は、本と猫と、外の景色。それ以外にあまりに淡泊な彼に話しかける勇者は、多くない。


 かくいう私も、その一人であったが―――…。





「こんにちは。」

「…こんにちは、呼水くん。」


 ここ最近、やたらと彼に会うのだ。…ストーカーだとか思われていたら立ち直れない。とりあえず、出くわしたら即退散。これ大事。


「では、そういうことで!さようなら!」

「うん。また明日ね、本田さん。」


 ぴたり、私の動きが止まる。…今、なんて?


「? 本田さん、どうしたの?」

「…呼水くん、私の名前憶えていたの。」

「うん。」


 本人はさらりと言ってのけるが、これは大変なことである。呼水くんが友人が出来ない理由の一つに、恐ろしいほど他人の顔と名前を憶えられないということがあるからだ。

 その彼が、私の名前を憶えている。…何故だ。





 げに恐ろしきは、人の噂かな。


「本田さん、呼水様に名前呼ばれたって本当かしら?」


 …なんで広まっているんだ。あのとき、通行人なんていなかったよね?なに、盗聴器でもついてるの?あと様って何。何かの宗教なの?


「はあ、そうですけど…」

「どうやって?」

「いやいや、どうやってと聞かれましても…」


 私にもさっぱりなんですけど。あと顔怖いよ、華宮さん。せっかくの美人さんが台無しですよ。


「…おかしい、おかしいわ!」


 あなたの頭が? そう問わなかった私を褒めてやりたい。


「呼水様が、婚約者(仮)である、このわたくし差し置いて貴女の名前を呼ぶなんて!」


 ごめん、気のせいじゃなかったら、婚約者の後ろに(仮)っていう副音声が聞こえたんだけど。


「いったい、どんな手を使ったの。」

「いや本当に、何も。」

「嘘おっしゃい!」

「えー…。」


 どうしよう、会話が通じない相手って疲れる。どうにか脱け出せないかなあ…。

 そんな事を考えていると、ふと、二階の窓から彼の姿が見えた。一瞬、目があった気がするけど、気のせいだろう。


 結局、私はそのまま脱け出す事も出来ず、昼休みを潰してしまったのであった。






「こんばんは、本田さん。」

「こんばんは、そしてさようなら。」

「うん。また明日。」


 恐ろしき遭遇率の彼とは、会うたびに挨拶しかしない。挨拶しかしていないが、こうも頻繁に会うと気になってくるもの。


「おはよう」

「こんにちは」

「こんばんは」

「さようなら」


 気が付けば、もの足りなくなっている自分がいるのもまた、事実で。


 もっと話がしたいな。

 あ、あの本私も好きだな。

 何をみているのかな。


 …重症である。それでも彼は、挨拶しかしない。これが彼の意図するところであれば、とんだ策士だ。




 だから今日も私は探る。

 きみの本音、感情、思考。

 探して見つけて、いつか絶対に、暴いてやるんだ。




「本田さん!今日という今日こそは逃がしませんわ!」





 とりあえず、いつの間にか顔見知りになった華宮さんを撒いたあとでね!







 二階の図書館の窓際の特等席で彼がこちらを見て微笑んでいるなんて、今の私には知る由もない。


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