ワイノスの考え
昼下がり、カナタ達のギルドの前に二人の人物が立っていた。
一人は銀髪を逆立てた男性、黒いレザー装備はそこら辺の店で買えるような安物ではなくレア度は五を超えると見られる。
もう一人は黒髪のショートヘアーの女性、白銀の甲冑は女性の体の線の細さを強調するようなデザインだ。
二人は今目の前の建物を訪れているであろう自分達の仲間を探していた。
「本当にマモルはここに来てんのか?」
「知らないわ、ただ伝言ではここのはずよ」
『ちょっと知り合い?のとこに行ってくる』
何故疑問系だったのかはわからないがこの街に着いた日の夕方、彼はそう言い残してこの建物に向かった。
そんな彼が一晩戻らなかった、もう子供でもない年齢なのだが気になってしまうのは年上だからであろう。
ギルドマスターから様子を見てきて欲しいとも言われ二人は彼のいるであろうここに来たのだ。
「それじゃあ聞いてみますかね」
銀髪の男性は女性の隣から一歩二歩淡々と歩きその建物のドアの前に来ると軽く握りこぶしを作り二回ノックをした。
それから少し待つが誰も出る気配はない、話声は聞こえるので人が居ない訳ではないのだ。
再度ノックをしようと手を上げた時ドアは勢いよく開いた。
「お待たせしました!」
ドアを開けてくれたのはここに来ているであろう友人と同じくらいの年齢だと思われる女性、茶色の髪を後ろでまとめ凛とした顔つきのアリサだった。
「少しお聞きしたいのですがこちらにマモルという人物は来ておりますか?」
「はい、来ておられますけど…」
「私はギルド【ラストピース】の【クリフ】と申します。昨晩からギルドメンバーであるマモルが帰ってこない為こちらに伺わせて頂きました」
それを聞いたアリサはその人物を注視しステータス画面を見る、彼の喋っていることに嘘はなさそうだ。
「そうでしたか。えーとマモルさんなのですが、ただいま眠っておられます」
「寝てる?」
「先ほどまでお酒を飲んで騒いで居られたのですが…」
「はぁ」
クリフはため息をつく、自分達の心配は無駄だったことはうれしいが心配したことが損な気がして。
「すいませんがお邪魔してよろしいか?マモルの様子を見て来いとギルマスに言われておりまして」
「えぇ構いませんよ」
ありがとうございます、彼はそういうと後ろの人物の代わりに再度挨拶をする。
「後ろにいる女性もメンバーの一人で【イロハ】と申します」
クリフの指差す方向にいる女性は会釈した、それを見たアリサも会釈する。
「彼女も一緒でよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
アリサの承諾を聞きクリフはイロハを手招きした、二人は案内するアリサの後を追ってそのギルドホームに入っていく。
「まさかあの有名なワイノスさんに出会えるとは」
「こちらこそ【ラストピース】の方々に会えるなんて思っておりませんでした」
アリサに広間に通されたクリフとイロハはそこで楽しそうに喋っている集団に自己紹介をした。自分が何者で何をしに来たのか、それを言い終わった後真っ白なローブを来たほろ酔いの人物の紹介を聞きそれが【sts】のワイノスだとわかると二人はかなり驚いた。
この場にいる人達からそれぞれ自己紹介と今の状況を聞く、元々はマモルがこのギルドホームに泊まり今朝方【sts】のワイノスとタツヤ、お目付け役のヒナギク、ティナ、ナナコが来たこと。いつの間にかパーティーのような状態になっていること。
それから捜し求めていた人物は徹夜明けの睡魔に耐え切れず今二階で眠っているということも。
「マモルがお世話になりました」
イロハの一言にここのギルマスでマモルの友人であるカナタは気にしないで下さいと返した。
「引き止めたのはこちらです、こちらこそわざわざ来ていただくことになり申し訳ありません」
「そんなことより飲みましょう!俺の酒じゃないですけど!」
「どんどん飲んでくれ」
カナタの返答に改めて感謝の気持ちを伝えようとしたイロハにタツヤとドレッドが酒を勧める、二人とも相当出来上がっているようだ。
「それじゃ遠慮なく頂きます!」
イロハが返答に困っている傍でクリフはそう言った、すると傍にいた際どい服の女性が彼のグラスに酒を注ぐ。
「どんどん飲んで下さいね」
「頂まーす!」
クリフは一気にグラスを飲み干すとその場で歓声が上がった。
「あんた私達はマモルを引き取りに来ただけなのよ、わかってる?」
「ご好意は受けとかないとな!それに他のギルドとの交流なんてそうそうないだろ?」
確かにそう思う、自分達のギルドは他のギルドに比べ頻繁にダンジョン攻略やモンスター討伐を行う、他のギルドとの飲み会なんてものはこの世界に来て片手で数えるくらいしかない。
「イロハさんもどうぞ」
そう言いながらカナタはイロハに酒の入ったグラスを渡し彼女はそれを受け取ると口をつけた。
「それでは改めて、乾杯!」
ワイノスは音頭を取りパーティーは再開した。
「本当にお世話になりました、楽しかったです」
「また来てくださいね、お待ちしてます」
アリサの見送りにイロハはお辞儀をしてからカナタ達のギルドホームを後にした、傍にいるクリフはまだ眠っているマモルを背負っている。
夕日をが照らす帰路を二人と一人は歩く。
「マモルの友達っていい人だったね」
「あぁ、コイツがすごく羨ましくなった」
「でもあんたも仲良くなってたじゃない」
「お前もな」
とりあえず戻ってからギルマスに話をしよう、そう彼女は思った。
まだ自分達のギルドに入って一ヶ月も経っていないマモルにはとてもいい友人達がいるということ。
それと六千人からなる極大規模ギルド【スターズ】(stars)と八人しかいない極小規模ギルド【フォワーズアワー】(Forward's our)の繋がりについて。
「わざわざ付いて来てくれてありがとうカナタ君」
「気にしないでください」
ワイノスとカナタの少し前には酔ったタツヤに肩を貸しながら歩くドレッドとミチタカ、その前はヒナギク、ティナ、ナナコの姿があった。
「マモル君の方には行かなくてよかったのかい?」
「マモルとは一晩ずっと喋りましたから、昔の思い出もこちらの世界に来てからのことも」
一晩カナタはマモルと話続けた。この世界に来てから一年が経っているということ、最近になってからラストピースに入団したということ、それまではこの島の西側で旅をしたこと。
カナタも自分が体験したことをマモルに喋った、当然”龍の腕”についても。
「そうか、それなら君の持つ武器についても話したのかな?」
ワイノスと目が合う、彼は自分の持っている武器について一言も質問して来なかった。
いや、できなかったのだろう。あの沢山の人物がいたパーティーの中では。
カナタは”龍の腕”について質問が来ると予想していたものの何も聞かれなかったことに忘れてしまっていた自分に気づく。
「あなたは何か知っているのですか?」
無言、歩き続ける二人。その前にいるドレッド達には今の話は聞かれていないと思われる。
途端ワイノスが前を歩く仲間達に告げた。
「あー、悪いが今からカナタ君とギルマス同士の話をしてくるよ」
振り向いた者達は急なことに呆然をしている。
「もう夜になりますよワイノス?」
「大丈夫、ちゃんと帰るからさ」
「でもカナタさんは昨日から徹夜でしょ?大丈夫?」
「えぇ、大丈夫です。突然だけどすいません」
口裏を合わせた二人の言葉に他の面々は頷きstsのギルドホームの方に歩いて行った。
嘘をついてしまったことの反省よりカナタはワイノスが自分の知らない”何か”を知っているかもしれないということに期待する気持ちで一杯だった。
「ここなら大丈夫、かな」
ワイノスに連れられてきた場所は街はずれの酒場の屋外ルームだった。
大きなパラソルの下小さな机と四つの椅子がセットになりそれらが五つほどある、その内もっとも遠いところに二人は腰掛た。周りには誰もいない、ここなら立ち聞きされることもないだろう。
「本当に飲まないの?」
「もう十分すぎるくらい飲みましたから」
ワイノスの持つグラスに並々と注がれた酒を見ながらカナタは言った。
「んじゃ頂きます」
彼はグラスに口を付け中にある酒が半分位になるまで飲んだ。
「ふー、美味い。んー、それじゃあ話をしますか」
カナタは小さく頷く、それを見たワイノスはグラスをゆっくり机に置いた。
「まず僕がタツヤや元”青い鳥”のメンバーに聞いたことから話してもいいかな?」
「はい、お願いします」
それじゃあ始めようか、そういうとワイノスは話始めた。
「まず君の持つ”龍の腕”と呼ばれる武器は普段は両手槌のカテゴリーに属する。そして何かしらの影響で一時的に爪のような部分が展開し両手槌ではなく別の武器カテゴリーとなる。何故別のカテゴリーになるかという点だけれど攻撃した際対象に斬撃の跡を残すということから両手槌には含まれない。同じような武器としては斧が考えられるけどそもそもこの世界の武器で攻撃したところでダメージを受けた部分にエフェクトしか発生しない、君の武器のように対象をバラバラにしたり血が出たりするということは僕も見たことがないし聞いたことも君の件が始めてだよ」
カナタの持つ武器はこの世界ではあるはずのない現実世界で起こりそうな傷跡を作りだす。当然現実世界であのような武器で攻撃することなんてないのだが鋭利な刃物のような部分が人体に相応のスピードで当たると無傷では済まない。
「君の武器は現実世界とこの仮想世界のちょうど中間に存在していると考えられると僕は考えているんだよ」
「中間、ですか?」
「うん。現実世界ではそんな重たい物を振り回すのってまずできないでしょ?何十キログラムもありそうなものを軽々と。逆にさっきも言ったことだけどこの世界ではいくら鋭利な物で切られても血が出ることはない、痛みはあってもね。それはゲームだからと言えばそれまでだけどただ単純にその状態が省略してあるからだと僕は思う。その二つの点から考えるにその武器は二つとしてこの世界にはないとだろう」
ワイノスは喋りきった後再度グラスに口を付ける。
その間カナタは自分の武器の存在に改めて疑問を持つ、何故自分がこのような武器を持つことができたのか、何故一度手放したこの武器は再度自分の元に他の武器を媒介にするようにして現れたのか、そしてそれを自分が何故恐ろしくも思わず手に取ったのか。
カナタの疑問に満ちた顔を見ながらワイノスは空になったグラスを机に置く。
「君がオークのいる森でその武器を置いていったはずが何故青い鳥のメンバーと戦った時、君も手元に戻ったのか。君はその武器と何か契約でもしたのかい?」
カナタは自分が今何を疑問に思っているかを見透かされた気持ちになった。
「契約なんてありません!僕はただこの武器を店で購入して使用しただけです」
カナタは机の上に乱暴に龍の腕を置く、その先端は机からはみ出し取っ手は丁度カナタとワイノスの間に線を引くように見えた。
「でもこの武器の基礎能力は君がいた町のレベルから考えても強すぎる、それこそその当時の町にいた冒険者は皆欲しがる性能だ。それが何故君が買うことができたのか?」
「高かったからじゃないですか、アリサさんに資金集めを手伝ってもらってやっと買えた物ですから」
「でも一日二日じゃないでしょ?」
「確かにそうですがあの時あの町にはそれほど強い人はいませんでした、それほどレベルの高くないゴブリンやオークのいる場所を何十人集まっても突破できない人達ばかりでしたから」
「だけどそれほど強い武器なら他のチームを組んでいる冒険者達は見過ごさないと思うけどね、それに結構広場から近い他の冒険者がいるところにその店はあったんでしょ?」
何故ワイノスが自分に疑問を投げかけてばかりなのか、そして何故自分はこんなに苛ついているのか、カナタは彼の真意を聞くことにした。
「あなたは結局何が言いたいのですか?」
「君こそ何を苛ついているんだい?」
「それはあなたが」
「僕が?」
何だろうか、ワイノスが自分に何を言わせようとしているのか。
はっと頭の中で整理される、一瞬でバラけていた考えが纏まる。カナタは何となくその意味を理解した。
「…僕が持つべきだったということですか」
ワイノスは頷き、そして微笑んだ。
「君が苛ついていたのはきっと理解していない状態で僕の考えていることを直感的に感じたからだと思うよ」
「すいません、何故か僕は」
「いいって、それより君が持つべきだったと仮定するとなんとなく話がうまく繋ぎ合っていかないかい?」
自分が持つべき物だった、運命だった、だから他の冒険者は何故か買うことができなかった。もしかしたら見えなかったり存在を感じなかったのかもしれない。
「でもアリサさんはあの時一緒でしたよ?」
「ただたんに彼女は欲しくなかっただけじゃないかな?他に欲しい武器があったとか幾ら強くても惹かれなかったとか」
アリサはあの時からずっとナイフ系を自分の武器として考えていた、つまり両手槌なんて興味がなかったと考えれば当然なのか。
「そして龍の腕は君の手に渡った、君はそれを武器として使用した。僕はこの行動が”契約”だと考えてるんだよ。そしてその契約によって一度君の手を離れた龍の腕は再度君のとこに戻った、青い鳥のメンバーと一戦交えた時にね」
「オークのいる森で手放した時から何故か常に自分の身近にある気がしていたんです、それであの時無意識に龍の腕を欲したのかもしれません」
理解せずとも気付いていた、僕はたぶん頭の中で考えることしかしなかった。
「青い鳥のコウヘイが手にした槍についてはどう考えますか?」
ワイノスに疑問を投げかける。
「さぁてね、僕にはわからないよ。ただ”契約”というものが本当にあるとしてさ、何かの方法を行うことで他の冒険者が持つことのできない武器を手に入れることができるするならきっとコウヘイはそれが実行できたんだと思う」
「なんか契約って言葉って便利ですね、そういう風に考えるとうまく纏まるというか」
「そうでしょ?だから僕的にはこの言葉で纏めてしまいたいんだよね」
「コウヘイの槍から龍の腕を取り出すことができたことについてですが同じような特殊な武器だからこそできたと考えているのですが?」
「それでいいんじゃないかな、答えはわからないからね。同じような特殊な武器で同じ”材質”だったからとか、かもね」
あくまで仮定の話だ、僕達には正確な答えを得る方法がない。今は仮定を積み重ねて行くことしかできない。
カナタは自分の中で仮定の話を纏めて行く。
「もう一つ聞きたいのですけどいいですか?」
「何だい?」
「オークと戦った時僕の記憶にはないんです、たっちゃんが後から教えてくれたような、その殺戮…の瞬間を…」
僕は大型のオークと戦った際の記憶を持っていない。
「でもコウヘイと戦った時の記憶はあるんでしょ?」
「えぇ、はっきりと」
「ということは、んー慣れとか?」
「慣れ、ですか?」
これまでとは違い答えにしっくりとこない。
「最初は龍の腕を使用することに何か足りなかったのかもね…そうそう!レベルが低すぎたとか!」
思いついたようにワイノスは付け足した、確かにレベルが低すぎたという話であれば納得できないこともないとカナタは思う。
「もし本当にレベル制限で使用することに負担がかかっているとしたら今の君だと問題ないんだろうね」
港町アプシルからこの街に来るまでの道中でのモンスター掃討によりカナタのレベルは格段に上がっていた、あと少しで上限の六十になる。
コウヘイとの戦いも最後に覚醒した龍の腕を使用している時に意識が飛ぶといったことはなかった。
カナタはその時のことを再度振り返りながら自分の体にどのようなことが起きたか思い出した、そしてまた一つ疑問が浮かび上がる。
「龍の腕に”意識”はあると思いますか?」
「意識?」
「人格と言ってもいいと思うんですが…」
「よくわからないな、何か他に思うことでもあるの?」
「確実かどうかはわからないのですが、多分、僕はこの武器と会話をしたと思うんです」
カナタは龍の腕に視線を落としながら話した。コウヘイとの戦いの最中から終わりの時まで、何故自分の元に戻ってきてくれたのか、どうしてあの槍がコウヘイの元に現れたのか、自分のことを龍の腕はどのように思っているのか。
そして龍の腕から返答のようなものを言葉ではなくテレパシーのようなもので受け取ったことを。
「君の友達はこの話を聞いて何って言ったの?」
「『へー』とか『ふーん』くらいですかね、龍の腕の一件以来僕が少し他の冒険者と違うと思われているみたいで…」
「まぁちょっとは違うと思うよ、僕も」
「やっぱりそうですよね、だからなのかさっき言ったような返答だけで詳しく突っ込まれたことはありません」
「別にいいんじゃないの?ギルメンは君が無事ならそれで良かったんだと思うよ」
その言葉を聞いたカナタは顔を綻ばさせた。
「さすがに飲みすぎた」
「朝から夜遅くまでですからね」
苦笑しながらカナタはワイノスに答えた。
「でもいい話ができたよ、聞きたかったことも沢山聞けたし」
「僕の方こそ沢山相談に乗って頂ありがとうございました、ちょっと気持ちが楽になったと思います」
月光に照らされた二人は大通りを歩く、大きな街だからなのであろう日もとっくに沈んだというのに沢山の人が行き交っている。
二人はそのまま大通りを進み十字路で別れた。
「それじゃあおやすみカナタ君」
「今日は本当にありがとうございました、おやすみなさい」
そう言って一礼をしたカナタが去って行きかけた時ワイノスは喋りかけた。
「言い忘れてたよ。近い内に各ギルドマスターだけの集会が開かれる」
振り返ったカナタに向かってワイノスは続ける。
「あくまで予定だよ、内容は…その時にわかる」
「今は教えてくれないんですか?」
カナタは聞き返す、なんとなくワイノスのことを理解し始めている自分の勘では恐らく…。
「うん、内緒」
やっぱりな、カナタは思った。
「それじゃあその時までさよならカナタ君、またタツヤとかがお邪魔するけどよろしくね」
「えぇわかりました、また集会の時にお会いしましょう」
二人は再度手を振り各々のギルドへ帰って行った。
二章の最後と噛み合わないけど気にしない