永遠にさよなら
ー1945年1月14日、大日本帝国海軍鹿屋飛行場ー
ーこれでサヨナラだー
零戦の操縦席から海軍一等飛行兵、黒田健二郎は恋人の姿を認めると頭を下げて風防を閉じた。
だが心残りがあった。手紙を届けることが出来なかったのだ。それが死を前にした唯一の心残りだった。
この手紙は幼馴染であり密かに結婚しようとしてい女性に送ろうとしていた。
だが今となってはそんなことは忘れなければならなかった。
そんな、雑念を捨てると、向こうもこちらに気づいたのか、涙に溢れた顔に精一杯の笑顔で手を振っていた。
ーさよなら。貴女といた時間はとても短かったですが、貴女と一緒に居ることが出来たというだけで僕は幸せでした。私はこれから死にに行きます。以前交わした結婚しようという約束を破って勝手に死んだ愚かな自分など綺麗さっぱり忘れて、どうか他の立派な日本男児と幸せになって下さい。ー
送りたかった手紙の一文を心の中で反芻すると操縦桿を前に倒して飛び立った。
鮮やかな朝明けに機体を染めながら死出の旅路を飛んで行った。
途中、敵戦闘機隊の攻撃を受けたが、切り抜け敵艦隊に近づき、ぐんぐん迫っていった。
が、目標にした空母の前で機体にもの凄い衝撃が走り、右側の翼が折れて、火を吹いた。
高角砲弾が被弾したのだ。
ー馬鹿なー
そう叫び、恋人の写真を強く握り締めた。
瞳からは涙がこぼれていた。
彼の機体はそのまま海へ落下していった。
機体の主は海の底で息が絶えるまで恋人写真を握り締めていた。