愛しき人達
ー1945年4月7日ー
海軍中尉柴田健夫は自分の棺である零戦ニ一型に乗り込んだ。彼の脳裏には最愛の妻、菊子と三歳の息子、誠太郎の姿があった。
ーあの手紙は読んでくれただろうか。ー
彼は先日の出来事を思い出した。
彼は妻子と基地の近くを歩き回っていた。別段深い意味も無く、ただ名残惜しかった。
やがて周りに誰も人がいない事を確認すると彼は懐から二通の手紙を取り出した。
一つは妻に、もう一つは息子に宛てた手紙た。手紙を渡した後は妻と二、三語短い会話をした後、息子を抱きしめて、涙を流した。
ーさよなら、みんなー
そう言うと、手紙の中身を心の中で唱えた。
ー拝啓 柴田菊子様へ
さよなら、私の愛しき人よ。夫らしい事を何一つ出来なかった事を申し訳なく思う。
自分はもうすぐ死にに行くが貴女のような素晴らしい女性を妻にできた事を誇りに思う。
貴女も「私」と行くう国の為死んでいった男の妻となれた事を誇りに思って欲しい。
誠太郎の事をよろしく頼みます。貴女の幸せ以外に望む事は何もありません。
私の一番愛しき人に幸あれ。ー
ー拝啓 柴田誠太郎君へ
誠太郎君へ。あなたのお父さんです。あなたが小さい時に死んだ父の事などあなたは何も覚えていないでしょう。父がいないという事は心細くてさみしいでしょう。幼いあなたを残して死んでいった事を申し訳なく思っています。
でも、それを悲しいと思ってはいけません。
もし、少しでもお父さんの事が気になったらお母様に私の事を尋ねて形見の品を見せてもらいなさい。
お母様のお話を聞いて形見の品を胸に抱けばいつかあなたを両の腕で抱きしめた父のおもかげがよみがえるでしょう。あなたがこの先大きくなったらたくさん辛い事や悲しい事があるでしょう。でも何も心配する必要はありませんよ。私の魂はあなたのすぐ側にいるのですから。あなたの側にいてあなたを見守っています。
強くて心の優しい立派な男になって下さい。それが亡き父からのお願いです。ー
心の中で読み終えると彼の機は飛びたっていった。幸い敵戦闘機隊の攻撃は切り抜けることができた。
やがて、敵艦隊に近づくと、
ー菊子、誠太郎、俺は今から死ぬ瞬間までお前達の名前を呼び続けるからな。ー
と心の中で呟いた。
彼の機は空母目掛けて飛んでいく。
そして、彼の機に凄まじい衝撃が走った。
高角砲弾が被弾したのだ。彼の機体は尾翼と水平尾翼が吹き飛んでいた。
彼はそんな機体の操縦席で獣が吠えるように泣きながら妻子の名前を叫んでいた。
ー菊子!誠太郎!ー
そう何度も叫んだ。
やがて彼の機体は爆せて消し飛んだ。
胴体の爆弾を積んでいるあたりに高角砲弾が命中したのだ。