「ゴースト」その4
猫背の整体師「ゴースト」の最終回です。前回のばあさんの回想が終わり、各登場人物の感情の変化を楽しんでいただければなあと思います。
宜しくお願い致します。
はしも時計
ばあさんは施術も終わって、気持ちよく寝息を立てていた。小暮はもう一人寝息を立てている、織原経華の肩をゆすって起こした。
「およよ!お疲れ様です…もしかして私居眠りしてました!?」
「がっつりしてたよ。施術は終わってばあさんにはそのまま10分くらい横になっててもらう。適当に帰る準備しながら様子見ててもらえるかな。ちょっとタバコ吸ってくる」
「イエッサ!」
パチンコ屋のポケットティッシュを経華に差し出す小暮。
「そこに涎はまずいよ。また変なヤツに襲われても何も言えないぞ?」
経華、恥ずかしくなって胸を隠しながら
「も、申し訳ありませんでした!」
「まあ、謝る事でもないけどさ。それじゃよろしく」
タバコを咥えながら店先に出る小暮。
経華は汚れた自身の胸元のシャツをちょんちょんとティッシュで拭い始めた。
「で、もうあっちは済ませたのかい?」
経華がギョッと振り返るとスケベそうにばあさんが薄目を開けて笑っていた。
「あっちって…どっちですか?」
「…どっちってアンタ…まさか生娘かい?」
「あの…それはつまり私に男性経験がない、という意味でしょうか?」
「申し訳ない。忘れてくれ。下衆な老いぼれが悪かった。それにしてもアンタたちを見ていると昔の私とあの人を思い出すよ。あの人も私より10コも年上だったからねえ」
「あの、失礼ですが小暮先生と私の関係をだいぶ誤解されているようですが」
「今の話をしているんじゃない。これからの話をしているのさ。いや、むしろ大昔の話をアタシが勝手に盛り上がっているだけか」
ばあさんは遠い目をしてニヤニヤ笑いだした。経華はわけもわからずつられて笑った。
「結局、昔の恋を忘れるには新しい恋をしなければならない。でも、それには若さが肝心要。でも老いたアタシにはもうそれがない。だから映画の中にあの人の面影を探す。小暮先生にはまだそんな風になってほしくないんだよ」
ばあさんの細く枯れた指先が経華の滑々の肌を伝う。
「耄碌した女の戯言と思って忘れてくれていい。彼を救ってやってくれ。私みたいな過去を愛するような生き方はしてほしくないんだよ」
ばあさんはフッと自嘲気味に笑った。経華は眉をしかめ、うーんと唸りながら徐に口を開いた。
「的外れな事を言ってるかもしれませんが、私ってお恥ずかしながら恋愛の気持ちが良く分からないんです。少女漫画みたいに憧れの先輩がカッコいいとか、ドキドキした事一度もありません!ただ私は小暮先生は見た目と違って優しくて信用のおける人だと思います!」
そう彼女は満面の笑みで答えた。ばあさんは黙ってうなづいた。
小暮が帰ってきて第一声。
「何だ、手が止まってるよバイト君。明日のパチ屋の閉店データチェック間に合わなくなるから早くまとめてくれない?たっぷり寝たわけだからさ」
「…おばあさん、すいません。先ほどの発言を撤回してもよろしいでしょうか?」
ばあさんはコクリトと頷いてそのまま寝息を立てた。
かさやを後にした小暮と経華。
「悪いね、遅くまで付き合わせて。これで帰りの電車賃足りるかい?」
と1000円札を渡す小暮。
「申し訳ありません!明日必ずお返しします!何時なら空いてますか?」
「悪い。明日は朝からマイホールで新台入替初日だから手が離せない」
「では明後日!」
「悪い。グランドオープン初日のパチ屋があって神奈川に遠征に行く」
「明々後日」
「平和島のボートレースG1決勝だから外せないな」
「…じゃあ来週の今日!競馬ありますよね?またあの喫茶店で待ち合わせ致しましょう!」
「悪い。そもそも競馬はそんなに得意じゃないから今日みたいなG1しかやらないことにしてるんだ。ヒマな時に馬券の払い戻しをして部屋のポストにでも封筒で入れておいてくれないか?その方が効率的だろ?君もまだ就活でいそがしいだろうし」
「その点はお構いなく!それよりも私の掟に反するんですよ!恩は熱いうちに返せ!」
「めんどくさいなあ、何にも掛かってないし」
「と・に・か・く、今日という今日は譲りませんよ!?」
「会ってまだ二日じゃなかったっけ?君と俺。ったくまるで」
と言いかけて小暮は止めた。
「まるで何ですか?どうせ小暮先生から見たら私はまるで赤子同然という事ですか!」
『まるで粧子みたいな事言うよな』と小暮は言いかけたのだった。しかし、それを口にしたらばあさんのシナリオ通りになってしまうと思い躊躇った。躊躇ってフッと笑った。
「何でもない。じゃあ、週末の夜にまた別の患者の予約が入ってるから。またバイト頼まれてくれるかな?その時にお金は受け取るよ。バイト代も払えたら払う」
「イエッサ!払えたら、が気になりますけどおおむね納得は出来ました!」
「交渉成立だな。ここにあとで連絡先送っておいて。施術道具はそのまま俺のアパート前に置いといてくれればいいから。それじゃ、あとはよろしく」
といい小暮は名刺を差し出した。屋号には「やすだカイロ施術院」と書かれている。
「あれ?院の名前、どうして小暮じゃないんですか?」
「…まあ、なんていうか俺がこの屋号をは借りてるというか、継いでるというか」
歯切れ悪く話す小暮に経華は違和感を覚えた。
「安田…粧子…先生?」
「意外と勘が鋭いね。まあ、細かいことは追々気が向いたら話すよ。それじゃ、そろそろ店が閉まっちゃうから失礼するよ荷物最後までよろしく」
と逃げ去るようにその場を後にする小暮。
経華の頭には「まあ、罪滅ぼしでやってるような仕事だからな」という行きの意味深なセリフが脳裏を掠めた。行きよりも帰りの荷物の方がずっしりと重く感じた。それと相反するようにスヌーピーのキーホルダーは軽快で、経華を少し気楽にさせた。
この荷物の軽さと重さはそのまま小暮の粧子への感情に重なっているように経華には思えた。そう考えると少しやさしくてさみしい気持ちになり、朝草の夜風がなまぬるく彼女の髪や首筋を流れていった。
完
最後まで読んでいただきありがとうございました。ほんとうに自分の書きたい事しかやっていなくて、物語としては違和感のある部分、読みづらい部分があったと思います。それでも、自分が脚本家時代に悩んだ制約や枷から解放された感覚もあってだいぶ満足しています。
この真夜中シリーズはこの形式で今後も書き続けますので、もしお気に召したならば今後も応援よろしくお願い致します。
はしも時計