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真夜中の整体師   作者: はしも時計
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第三話「ゴースト」その二

今回の患者、かさやの女将ばあさんの計らいで夕飯をごちそうになってから施術をするまでの話です。経華と小暮の掛け合いが見どころです。

ぶつ切りに切られた鯛と白飯の上に煎茶がワッとかけられる。白ごまが浮き出て、きざみのりが一瞬ふわっと踊る。思わずのどを鳴らす経華。

「美味しそうですね!小暮先生」

「そうだね。ばあさん、もしかして俺たちだけのためにこんな豪勢な鯛茶漬けに」

「そうだよ。何だい、気に入らないのかい?今時に言うと、重くて受け取れないってのかい?」

「…いや、すまん御託を並べて。お茶を濁した。美味しく頂くよ」

「またそうやってちょいちょい上手い事言う!」

いつも飄々とした小暮が面喰ってるのを見て、経華は意外な気持ちになった。

「はい、お待ち」

湯気の立った鯛茶漬け二つをばあさんは二人に差し出した。

「いっただきまーす」

先頭を切ったのは経華。ニコニコしながらめいっぱいに頬を膨らませ掻き込む。

「美味しい!」

「いい食いっぷりだねえ、お嬢ちゃん。おかわりもあるよ!」

「え、ホントですか!?朝から何も食べてなかったのでいくらでも入りますよお!…あ、でも」

横目で小暮を見る経華。小暮は静かにお茶漬けをすすりながら

「いいよ。全部バイト代ということで。気の済むまで食べるといいさ」

「かたじけないです。このご恩は一生忘れません!先生もほら早く食べましょうよ!?活きの良いうちに」

「茶漬けにしたら鮮度は関係ないだろう。それに…」

意外な小暮の間に、興味津々の経華とばあさん。口をそろえて

「それに?」

「…猫舌なもんでね」

恥じらいを隠せない小暮の顔を見てニヤニヤする経華。

「ようやくしっぽを見せましたね。猫背のにゃんにゃん先生!」

「代わりにふーふーしてやろうか?」

「静かに…さっさと食えよ。ばあさんも片づけして施術の準備しておけよ」



数分後、ばあさんの奥の部屋にて施術用の折り畳み式マットを敷く経華と着替えて出てくる小暮。

「ありがとう織原さん。今日のところはもう帰っていいよ」

「いえ!お家にマットを持って帰るまでがお仕事です。それに施術の様子を見てることで良い社会勉強にもなりますし」

と言いながら大きな欠伸をする経華。

「君、もしかしてお腹いっぱいになって眠気が差してきてるだろ?」

「え~、そんな事ないですよお…にゃんにゃん先生!」

とむにゃむにゃしながら猫手で目をこする経華。

「どっちが猫なんだかな。それとその言い方やめてくれないか?気が抜ける」

「えー、でもその方がかわいいじゃないですか?クールな見た目とのギャップ萌えですよ?人気出てたくさん患者さん増えますよ?」

「むしろキャラぶれだろ。ばあさん準備はいいかい?」

お相撲さんがプリントされたセンスの無いTシャツ寝間着姿でやってくるばばあ。

「ひとつよろしく」

マットの上に仰向け寝するばあさん。

「あれ?私の時みたいに鏡の前で細かく検査したりしないんですか?足の長さ測ったり写真撮られたり、あの辱めをしないなんて不公平です!」

「何だい先生?あんたそういう趣味の持ち主だったのかい?」

「勘違いしないでくれよ。もちろん他の患者さんでも検査は欠かさない。ただばあさんは骨粗鬆症でもう立位検査しても正確な可動域がわからないのさ」

「ああ、コツソショウショウ。聞き覚えあります」

「全く。板前の嫁がカルシウム不足なんて。恥ずかしい話だよ」

「いやあ、よくあるケースさ。女性は一生を通して男性に比べて圧倒的にカルシウムの消費率が高い。早い人だともう50歳くらいでばあさんくらいの症状になるケースもある」

「確かに、不安になってきました!おばあさん、帰り際に鯛のお茶漬けもう一杯!」

「まだ食うのかい!?」

「…前にも話した通り、本来は“コツソ”の患者さんには矯正は当然として、大きな施術は出来ない。だから俺がやれるのは仰向けの足首回転と頸椎の緩めだけかな。ゴムチューブを使った緩やかな運動。そして好きな映画の話。この三点のみだ」

「何か最後の奴は手抜きじゃございませんか!?」

「いや、それでいいんだよ。アタシにはそういうのが嬉しいんだ。ひねくれもんだならね。そこらのジジババとゲートボールやら温泉旅行やら、そんなのは反吐が出るんだよ。耄碌を早める。それなら先生と楽しく映画の話をしてた方がよっぽど楽しいさ」

ばあさんは急に穏やかな表情で言った。

「ばあさん。ありがたいけどそれだけ聞くと俺の施術は大して効いてないみたいで複雑だな」

「おやおやアタシ何か間違えた事言ったかい?」

「御挨拶だね」

「貞淑なんて老婆に期待すんじゃないよ」

どっと三人は笑って和んだ。じゃあ、始めるかと小暮が言い、経華は部屋の隅の方で正座をして見守り、ばあさんはマットの上にゆっくり仰向けになった。小暮がその右足首から回し始める。

「痛くないかい?」

「いや、いい塩梅だよ。ところで先生。この前奨めてくれたコッポラの『ランブルフィッシュ』良かったよ。ミッキーロークがが若い時のあの人にそっくりでね。不思議な魅力と色気があった。ただやはり最後までわからなかったのがなぜあの二匹の魚だけが鮮やかな赤と青で映されているかだね。色盲の彼にもあの魚だけは色付いて見えたのだろうかね?」

「感覚が研ぎ澄まされ、擦切ってしまう天才的な兄の滅びの青とその天才を認めたくないが愛おしい普遍的な弟の感情の赤じゃないか」

「ほう、それは美しい解釈だね。実に瑞々しい」

「あの赤と青に観客はいろんな自分の感傷を重ねる。それがあの映画の稀有な存在価値だと思うけどね」

ぐるぐる回される老婆の足首のリズムに乗って、まるで大学の映画サークルのような青臭くて深いような浅いような会話を淡々と話し続ける中年男子と老年女子。全然整体やカイロに関係ない話に付いて行けなくなったせいか、そのたわわな胸に涎を垂らしながら経華は爆睡していた。


御覧頂きありがとうございました。いかがでしたでしょうか?カイロプラクティック的豆知識から映画談義など、自分の得意分野を盛盛にしたパートに仕上がってしまい、満足感と反省の気持ちでいっぱいです。

ランブルフィッシュはおすすめです。松本大洋がこの映画をバイブルにしているのを知り、学生時代に観たのがきっかけでしたが、頷くものがあります。


次回はばあさんの若かりし日の思い出話になります。

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