第三話「ゴースト」
こんにちは、はしも時計です。三話と書きつつも簡単にタイトル変えたり、キャッチコピーを変更しまくってしまい大変恐縮です。しばらくは
タイトル:真夜中の整体師
ジャンル:整体ハードボイルド人情劇
で統一しますので、ご興味お時間あればどうぞお付き合い下さいませ。
三話目にしてようやく自分の持っていきたい流れに行けそうな手応えがあります。ご一読よろしくお願いいたします。
ここは東京スカイタワー効果で観光客が前年度比2割増のイケイケの町、朝草。
8年後のオリンピックのマラソンコースにも既に内定していて、国内外からの観光客で連日賑わっている。むこう数年は安泰であろう経済情勢である。しかし、そんな好景気の流れとはほぼ無縁でずっと覇気のない、いつも埃っぽい裏通りがこの町には点在している。
殊更に夜10時以降の朝草は顔を変える。昼間はどこにいるのだろうと思わせる灰色の老人たちがシャッターの仕舞った商店街で蓑虫のように連なり、死んだように寝ている。
織原経華はその情景にビビりながらも、まるでこれから夜逃げでもするような大きなショルダーケースを懸命に運んでいる。
その先には歩き缶コーヒーをしながらスマホで明日のパチスロホールの新台入替、データチェックをしている小暮忍の姿がある。
「君、意外と力持ちだね。助かるよ」
「…何か不公平じゃありませんか!?いや、そうに違いないです!」
「何が?君が重いものを持っているにも関わらず、俺が悠々と明日打つパチスロのチェックをしているこの構図の事かい?加えてさっき軽く施術したばかりの人間に対して力仕事をさせて体を歪めさせるのは如何なものか、と?」
「御名答です!!私と違って理解が早い方で助かります!」
「わかった、じゃあ交換しようか。患者宅に着くまでの残り10分少々、君がスマホでジュース飲みながら明日の当たり台選びをして俺がそのマットを運ぶ」
「え?でもそれだと…」
「俺が君をバイトで雇った本来の目的とは異なるよね?」
「…はい」
「武士に二言は?」
「御座いません。小暮殿、先を急ぎましょう!」
小暮のSっ気の強い返しに経華は鞭打たれた馬のように駆け足で小暮を追い抜いた。検討違いの方向へ行く暴れ馬に対して
「そっちは逆だよ」
と猫背の騎手はフッと笑ってたしなめた。
10分後。薄気味の悪い、朝草寺の裏通りの真ん中で、汗だくで息を切らしながら経華は小暮に尋ねた。
「本当にこんなところに生きた患者さんがいらっしゃるんですか?お化け屋敷の間違いでは?」
「上手いこと言うね。今日も死んでなけりゃこの店の中にいるはずだよ」
小暮の指さす先にはそれこそ白黒映画の闇市に出てきそうな木造の長屋があった。暖簾には「かさや」とあり、引き戸の奥に灯りがポッと燈っている。
「本当に化けて出てきませんか?」
「ありえるね。最近老人の孤独死ってのが増えてるらしいからな。そうしたら俺たちが第一発見者の可能性もある」
「またそうやって意地悪な事を!罰が当たりますよ」
「まあ確かに。罪滅ぼしでやってるような仕事だからな」
経華がその意味深な返しに首を傾げていると何事も無かったかのように小暮は引き戸を開けた。
薄暗い店内は立ち食い寿司屋のようなカウンター6~7席くらいの作り。ショーケースは空。カウンターの奥の部屋からテレビモニターらしき光とすすり泣くような枯れた声がかすかに聞こえる。
「ひーん!」
経華は小暮の後ろに隠れる。
「ばあさん。来たよ。今日は何観てるんだい?」
その声に応えるように黒い人影が灯りの部屋からのっそりと近づいてきた。
「川島雄三の『洲崎パラダイス赤信号』だよ。アンタは観たかい?」
「悪いね。白黒映画は眠くなるから観ない事にしてるんだ」
「必ず観な。どっかの誰かとよく似た話だからさ」
「そいつあ、より観る気を無くすね」
小暮と影の会話に着いて行けず経華が戸惑っていると
「粧子先生?じゃないね。化けて出たわけじゃあるまいし。てことはとうとう新しい女作る気になったかい?小暮先生」
「いちいち押しつけがましいよ、ばあさん。そんなんじゃない」
「そうかいそうかい」
パチンと照明をつける音。カウンターに顔を表したのは眼鏡をかけた白髪で背の曲がった、ぽたぽた焼きのようなおばあちゃんだった。そして三角のバンダナを巻き、包丁を研ぎながらこう言った。
「先に施術にするかい?それとも飯にするかい?」
包丁を研ぎながら好々婆は小暮と経華に言った。
「君はどっちがいい?任せるよ」
「申し訳ありません、質問の意味がまだよくわかっていなくて。もう一度お聞かせ願えますでしょうか?」
思わず固い就活口調になるほど経華は狼狽していた。
「ここは今は私が独りで切り盛りしている飯や。小暮先生には粧子先生の頃から引き続いてカイロプラクティックのお世話になっているのさ。お嬢ちゃんは?」
「はい!わ、私は織原経華と申します。大学4年。趣味は読書とかつて乗馬を少々…」
「まあ、要するに流れで今日は特別にバイトで来てもらってるのさ」
「へえ、どんな流れでしょうねえ。怖いですねえ、恐ろしいですねえ」
「何がだよ。じゃあ、悪いけど先に施術をさっさと済ませてもらうよ。まだ閉店間際の台チェックに間に合う」
経華のお腹が鳴る。
「違います!今のは私じゃありません!おならもしたことありません!」
もう一度大きくお腹が鳴る。お腹をぎゅっと抑えながら
「撤回します。今のがおならなんです!私、人と違ってお腹の音がおならの音で、おならの音がお腹の音でして」
三回目の大きな腹の音。経華は恥ずかしくて涙目。ばあさんはクスクス笑いながら
「小暮先生、この子は何をしてるんだい?」
「一応、バイトとして雇い主の仕事の進行を妨げないよう努めてるんじゃないかな」
「そういう健気なところもそっくりじゃないか」
「さてね、お化けの話は忘れちまったよ」
「お嬢ちゃん、我慢するこたあないよ。ここはめしやなんだからさ。座んな」
「お構いなく!むしろ今お腹に何か入れるとおならが止まらなくなるので」
4回目のお腹の音。経華は降参して首をうなだれる。
「ばあさん、先に飯にしよう。そんなの鳴りっぱなしじゃ仕事に集中できないだろ。君も俺も」
「申し訳ございません。バイト終わり次第切腹して謝罪します」
「因みに飯代もちゃんとバイト代に入ってるから安心して。俺がお先に自腹を切ってやる」
「上手いこと言わないで下さいよ~。みじめ倍増です!」
敗北感で席につく経華。
「ヒラメのムニエルを一つ」
「できないよ、んな小難しいモン」
「え?でもメニューにのってますよ。ほらここにしかと!」
ついついお品書きをばあさんの顔にデンと近づける。
「目障りだからおよし。別に老眼でもボケたわけでもないよ。そこに書いてある殆どは死んじまった主人のメニューさ。女が板場に立つなってのが口癖でね。まともに包丁を握ったのなんてここ5年の話さ。まあ、今適当なの作ってやるから黙って待ってな」
ばあさんがまな板に粒立ちの良いうろこで目がキラキラとした真鯛をドンと乗せる。
「上等そうな鯛だね。塩釜焼あたりが良さそうだね」
「だからそんな大層なものは作れないって言ったろ。鯛茶漬けだよ」
年季の入ったボコボコのやかんを沸かし始めるばあさん。
続く
御覧頂きありがとうございました。次回は鯛茶漬けを食べるところからスタートして、何とかメインの施術の方へ話をグンと軌道修正させます。応援よろしくお願いいたします。