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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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ブライトとの決着



 冷たい風が頬を優しく撫で、髪を荒々しくなびかせる。湧き上がる衝動を掻き立てるように、その風は感情に乗じて強くもなり弱くもなる。



「(何をするつもりか知らないが…所詮やる事は限られて……ッ!?)」



 まるで思考が、景色が、時が止まったかのように。一足先に動いたブライトの剣の刃を、見えない何かが遮った。



「……これはッ!?」



 どれだけ力を込めようとも、まるで壁が行く手を遮るように動きを静止する。



 ならばと、新たな動きを試みようとしたその刹那の事、目の前で展開される無数の渦が淡い虹を帯びて剣の形に形成されていく姿を、ブライトはただただ固唾を飲むと、おぞましいものでも見たかのように瞳を見開き身の毛がよだつ思いで全身を震わせた。



「なんだ…それ…は」



 創り上げられてゆくガラスで作られたような無色透明な渦巻く剣。それは色を持たぬが故に何色にも染まるが、何色にも染まりきらない。淡く、脆く、美しく、そして何よりも…恐ろしく禍々しい。



(自然による現象ではないのは明らかだが…しかし魔法と呼ぶにしてはあまりにも規則性が無さ過ぎている)



 魔法を使うような素振りはこれまで一瞬たりとも見せてはいなかった。恐らくはそういった類のものなのだろうと、相当の代償を支払ったのだろうと無意識に納得していた。



 しかし、得る対価にも限度というものがある。例えどれだけの代償をその場で支払ったところで、得られるのはその見返り分のみだ。



 何の代償も無くそのような行為を行えるはずもない、それこそ常に代償を支払いでもしない限りは。



 なのに、どうしてそこまでの力を扱える?



 魅了されるのではない、その異様な現象から生じる光景に驚愕するのでもない。肌で感じたものは、心臓を鷲掴みにされたような底の知れぬ恐怖だ。



(一体、どうやってこんなものを…ッ!?)



 意識とは別に、足が一歩後ろへ下がる。その初めて見せたブライトの紛れもない動揺を、優は見逃さなかった。



 一連の動きで腰を落として虚空の剣を握ると、狙いを定めそのまま一直線に振り上げる。



「さあ、何だろうな」



 キィンと音を立てて弾かれた剣。一瞬の油断によって武器を失い、成す術無く無防備になりながらもブライトは呆然と立ち尽くしていた。



「…勝負はついた。命が惜しければ動くなよ、次は躊躇しない。フィレット、お前も余計な真似はするな」



 動脈に刃を突きつけ、瞳は斜め後ろに。左手は後ろに持ち上げられた事で拘束され、何時でも体制を崩せるように重心を後ろに引くことでずらしている。



 これでは逃げる事はできない他、身動き一つも取る事は出来ない。



「…ブ、ブライトさん…」



 フィレットも今がどういう状況が把握しているのだろう、手前に笛が持ち上げられている様子を見たところ、助太刀しようと再び詠唱を試みたようだったが、さきの一言で動きを封じられたか。



(俺の事など気にしなくとも、一人でさっさと逃げればいいものを…)



 そもそも奴には俺を庇うような理由がない。



「命が惜しくば…か…」

「…おい?」

「ああ、俺の降参だ。既に勝敗の見えてる戦いに挑む程、俺は馬鹿じゃない」



 参ったと両手を上にあげ、何もしないという意思を伝えるように手首をヒラヒラと動かす。



「それで? 言っといてなんだがそれは命乞いか? これだけの事をしておいて、まさか本当に助かるとでも思っているのか?」

「はは、そんな事言わんさ。ただあんちゃんだけはすまんが見逃してやってくれ。あいつはただのお人好しだ」



 首筋に当てられた刃に一層力が篭る。微かな鋭い痛みと共に、一滴の鮮血が滴り落ちるのを感じた。



「…人をおちょくるのも大概にしとけよ。そう言われてはいそうですかと素直に見逃す程、俺をお人好しだとでもいいてーのか?」

「いらん誤解を招いたようだが、これは紛れもない本心で語っている。あいつは本当にただの馬鹿だ。…とはいっても、あんさんがお人好しだってのは変りないと思うがな」



 恐らくは優の意識が此方に向いたその瞬間を狙い、フィレットが笛を吹いたのだろう。笛の音色が鳴り響き、優の周りに淡い光が灯りだした。



 休戦協定…ではないな。今まで聞いていた音色が違う。



 首筋に突きつけられた剣が地面に落ち、背後で物音が鳴る。後ろを振り返って見ると、優は地面に膝を付いて小刻みに両手を震わせていた。



「…てめぇ…ッ!! 次は無いと言ったよな…ッ!!」



 そういって、優は即座に魔法を打ち消し立ち上がる。しかし、立ち上がって一歩前に足を踏み出そうとした瞬間、足をもつれさせそのまま地面に倒れ込んだ。



「…く…これ…は…? 今…確かに解いたはず…」



 再び起き上がろうと両手を地面に付くも、今度は上半身を少し持ち上げた瞬間、またもや腕の力が抜けたように急に倒れた。



 その様子を眺めていたブライトは、隣に落ちている剣を拾い上げて口を開く。



「…どうやらあんさんの様子を見た限りだと、あんちゃんが笛を吹いている間は延々と相手を拘束させ続ける類の魔法らしいな」



 どれだけの対象、範囲に適用するか不明だが、術者が発動中は完全に無防備になるリスクがある反面、音色を聞き続ける相手は半永久的に動きを封じられる…味方だと強力だが、敵だとなると恐ろしい魔法だ。



「…やはりあんさんは甘い、いくらあんさんが凄かろうと強かろうと…上げ足を取られているようじゃまだまだだな」

「っく…ッ! こんな…もので…ッ!! っぐ、く…っぐは!!」

「やめときな、気力で何とかなるようなもんじゃないだろうに」



 持ち上げた剣を手元で弄ぶように動かすと、ブライトは何の前触れも無しに優の目と鼻の先の地面に突き刺す。


 

「――ッ!!」

「…殺そうと思えば今ので殺せていた。分かったのなら大人しくしていろ。いっただろう? 俺はもうあんさんと戦う気はさらさらない」

「………本当かよ…」

「ああ、それともこれ以上争う必要が無いという事を伝えようか。そもそも、俺はまだここにいる呪人を誰一人として殺してはいない」

「…何ッ!?」



 そんなはずがないと優は瞼を見開き周囲に視線を送る。そこには無残にも無数の呪人が転がったまま動かない様子が映し出されているだけなのだから。



「意識がなければただの人形だからな。生気を感じられないのは仕方がない。…そうだな、人間でいう仮死状態に近いと言えば分かりやすいだろうか」

「仮死…状態…」

「そうだ、これでも手加減したのだがな」

「て、手加減だと…!? あれがか…ッ!?」



 優はブライトの言葉に怒りを露わにし、震える腕を動かして倒れた呪人に指を向ける。



 腕が壊れた者、足を失った者、頭部が欠け落ちた者、胴体が半分に割れている者。それぞれ壊れ方は異なるが、これを手加減と呼ぶには無理があったかもしれない。だが、そもそも優にとっては無関係であるはずの人々を傷付けた事に対して納得がいっていない。



「無関係な人に対して、これだけの事を行っておいて…ッ!?」

「…いっただろう、本人達の意思とは違い、例えそれが実害がなかろうとも、存在するだけで脅威となるのだと」

「そんなもの、ただの詭弁だ…実際には何もしていないだろうが!!」

「そんな事は分かっている…だが、何かあってからでは遅いと言っているんだ」

「分かっているなら何で…!!」

「…分からないのですか優さん」



 優がそれ以上の事を話す前に、先ほどまで笛を吹いていたフィレットが口を挟んだ。



「…何の事だ」

「確かにブライトさんは口では辛辣な事を言っています。何事に対しても理想よりも理念を忠実に、そしてそれは正しいともとれれば非情であるともとれる発言をしている。僕にも優さんのように辛く厳しい事を言っていました」

「それがなんだっていうんだ? わざわざそんな事を再確認させるように言う為だけに、俺の拘束を解いたっていうのか?」



 今まで身体の動きを拘束されていた呪縛が解け、優はゆっくりと起き上がる。



「分からないのですか? これまでブライトさんは様々な汚れ役を担ってきたという事を…冷酷に正しい方だけを選んできたと……では何故、そんなブライトさんが呪人である彼らをまだ生かしているのかと思いますか?」

「…ッ! それは…ただの…でまかせだ」

「何故そう思えるのですか? むしろこうは思えませんか? まだ助けられる可能性があるから止めを刺していない、もしくは手荒な真似をしてでも、今の内に仮死状態にさせておく必要があったのでは…と」



 その言葉に優は暫く黙り込む。周囲に視線を巡らし、そしてフィレットとブライトの二人に視線を向ける。



「ブライトさんがこれ以上の戦意が無いと申しているのであれば、僕ももうこれ以上の事は手出しをするつもりはありません」

「…じゃあ俺がこれから何をしても一切の目を瞑ると?」

「そうですね。優さんがこれから何をしようとしているのかはわかりません、ですが手出しをしないといったのは事実です。しかしこうして拘束を解かれ、戦意の無い相手二人に対してまだ争いを好まれるというのですか?」

「いくら理由があろうとも…お前らは…」

「そうですね、否定をするつもりはありません。ですがそれは今…ではないですよね。それよりもまず、こうして口が聞けるのであれば聞くことがあるのではないでしょうか」



 そう言われ、優は数秒黙り込むと溜息を漏らすとブライトに顔を向ける。殺意はなくなり、睨みつける訳でもなくただ真っすぐと瞳を見据えて。



「…おっさん、さっきいった事は本当なのか」

「ああ、嘘じゃない、まだ生きてる。個体によるだろうが、遅くても数日、早ければあと数時間後には目を覚ますだろう」

「そうか……」



 その言葉を聞いた瞬間、優は先ほどまで張っていた気力が抜け落ちたかのように、ヨロヨロと地面に座り込み大きく息を吐き出した。



「…分かった、一先ずはアンタらの言葉を信用する…が、しかし…仮死状態っていうのは一体どういう事なんだ?」

「呪人ってのは実際身体はただの器に過ぎなくてな、肝心な核を壊さなきゃどれだけ器を破壊されようが死なん。おまけに弱点が何処の位置にあるのか分からない…フィレットが何か余計な事を話していたが、そもそも壊そうにも核は魔法で強固に守られている、そんなもんに毎回本気で相手にすると思ってたのか?」

「仕組みは知らないからそう言われてもな…じゃあ何で殺したと言ったんだよ」

「呪人は不死身に思えても、今さっきも言ったが所詮は器を支えているのは核だからな。人形だから身体は人間に比べて融通が利くが、肝心の核を少しでも傷つけると乱れが生じてバランスを保てずに暫く動けなくなる。その状態に陥れば、後々でいくらでも止めを刺せるのだから殆ど殺したと言っても同義だろう」

「いや…そうかもしれないが…というか本気で相手にとか今言って…いやそれよりもう少し言い方とかがあるだろうが!」

「その点については謝ろう、すまないがわざとだ」

「…そうか、わざとか。ぶっ飛ばすぞおい」



 ギロリと睨みつけてくる優に対し、ブライトは取り乱す事無く落ち着いた様子で口を開く。



「実はあんさんの力について、興味があった」

「…俺の力?」

「ああ、その特異な現象を起こす…力について」

「……何か…知っているのか?」

「…知っている…と言ったらどうする?」



 そういうと、ブライトは真っすぐと優の瞳を見つめた。



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