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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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番外編 バレンタイン 前編



「ねえ優くん、渡したい物があるんだけど」



 唐突にそう告げた魔王は、何やらモジモジと落ち着きの無い素振りで身体をくねらせ、ほんのりと微かに頬を紅色に染めていていた。



「え、えっと…ですね…優さん…実は…その…」



 背後から呼びかけられ、何だと後ろを振り向く。そこには魔王と同様に赤面させた桜の姿があった。何かを手に持ち、何だと此方が視線を向けると恥ずかしそうに目線をずらしてしまう。



「ちょ、ちょっといいか…? 実は貴方に…その、受け取って欲しいものがあるのだが…」



 今度は柚依だ、横から妙に歯切れが悪い声を掛けられる。二人と同じでその手には何かを握られ、そして頬を淡いピンクで染めていた。



「…な、何なんだ…? どうしたんだお前ら…?」



 どうにも何時にも増して彼女らの様子がおかしい。



 ジリジリと迫り寄る三人。何か企んでいるのかと逃げ場を探すが、囲まれていて逃げようがない。



「ゆーうくん」

「優さん」

「優よ」



 それぞれが優の名前を口に出し、恥ずかしながらにも口を揃えて彼女らは手に持っていたものを優に向けて差し出した。







 …・…・…・…・…






魔「っはい!という事で始まりました『勇者の彼女は魔王様!』の番外編~! わーードンドンドン! パチパチパチー!!」



 突拍子なく、加えて脈絡なく魔王はマイクを携え高らかに実況を開始するその声に、優の意識は一瞬で覚醒した。



 あまりの謎の展開に驚きを隠しきれず、数回瞼をこすった後に瞬きを何度か繰り返す。気が付けばいつの間にか覚えのない場所で覚えのないイベントが開催されていた。



魔「えー、反応が薄いのが気になりますねー? 今回の主役である優くんが一番盛り上がって貰わないと…」



 そういって、魔王は優の口元に持っていたマイクを近づける。



魔「気分はいかがでしょうか」

優「え、いや…ついさっきまで誰かと激闘を繰り広げていたような気がするんだけど…」

魔「そうですか、気のせいです」

優「え」

魔「これは番外編だから。本編とは一切関係ないから」

優「え? あ、うん。え?」

魔「ゴホン、では聞き方を変えますね」



 仕切り直しとばかりに、再びマイクを近づけてくる。



魔「嬉しいですか?」

優「うん、何が?」



 率直な疑問を一言目に述べると、魔王は摩訶不思議な物を見たという顔で驚いて見せた。



魔「何って、そんなの祝いに決まってるじゃん」

優「え、誰の?」

魔「優くんの」

優「え、何の?」

魔「バレンタインデー」

優「…へぇ…?」



 聞き覚えの無い単語に困惑しつつ、今回の騒ぎを起こした張本人に一応尋ねる。



優「…その『バレンタインデー』…って何」

魔「なーに優くん、そんな事も知らないの? モグリペテン師ハズカシィ~」



 物凄いウザッたらしい顔でテンポよく煽る魔王に、優はコメカミにビキリと音を立てて青筋を立てる。



優「…ほぉ…では何でも知ってる有能魔王さん? 貴方のいう『バレンタインデー』とは何か教えて頂けますでしょうか?」

魔「…っふ、いいでしょう…聞いて驚き腰を抜かして息悶えないでよ!?」

優「どんだけ驚く内容なんだよ!?」



 という優の言葉には触れもせず、魔王は神妙な顔でマイクに向かって一言告げる。



魔「バレンタインデーとは……」

優「バレンタインデーとは…?」

魔「つまり…」

優「つまり…?」



 そこで息が詰まる。何度も深呼吸を繰り返す。そこまで言い出しづらい程に深刻な内容だというのか。さっきまで祝いだの何だの言ってたのに。



魔「私にもさっぱり何のことだか分からないんだよねハハハハ…ッハァ!?」

優「ほぅ…何の事だかさっぱりな癖に、随分とコケにしたよなさっき」



 魔王の頭部を鷲掴みにし、ギリギリと締め上げながら満面の笑顔を浮かべて優は耳元に囁く。



 すると魔王は慌てた様子で両手を必死に振るって弁解を始めた。



魔「ま、ままま待って優くん! 違うの! これはその…つい出来心で!」



 さらに強めに頭部を締め上げる。



魔「っと、というのは冗談でぇえ!! わ、私も気が付いたらここに居て…何が何だかすっぱりさっぱり分からないの!」



 どうやら本当の事をいっているぽいと判断し、優は腕に込めていた力を緩める。



 ぜぇはぁと既に息悶える魔王を尻目に、優は観察するよう辺り周辺を見回す。



 見渡す限り辺り一面、一部を除き真っ白な背景で前か後ろかも分からない世界が広がっている。



優「何処だここ」



 上を見上げると、何処から垂れ下がってきているのか『ハッピーバレンタイン!!』という文字の掛かれた垂れ幕が見える。



 正面に目を向けると、何故か様々な食材と機具が置かれたテーブルが幾つか存在していた。



魔「いやー、私にもよくわかんないんだけど、何か『チョコ』とかいうのを作る儀式を行う為だけに作られた世界みたい」

優「何だその何となくの思いつきで作られた安易な世界、すげぇ嫌なんだけど」

魔「と言われても…多分その儀式を行わないと出られないんじゃない?」

優「てか、何でさっきからさも分かってるよ風なセリフ?」

魔「え、いや、何かこう…知らないけど分かってしまう的な…上手く伝えられないんだけど、簡単に簡潔に纏めて言えば…感…かな」

優「うん、聞いた俺が悪かった」



 そういって、優はコメカミを抑えながら溜息を漏らす。



優「そもそも、儀式っつったって…その『チョコ』を作れなきゃいけねーんだろ? 作り方なんて知ってるのかよ?」

浅「それについては私がお答えしよう」

優「ぅぉおおおおおおおおおお!?」



 音も気配もなく、真横からマイクを持った浅部が助け船を出してきた。



浅「む? どうしたのかね?」

優「あ、浅辺さん?! び、びっくりしたぁ!! い、何時からここに!?」

浅「…ふむ? ついさっき、今しがたそこから来たのだが…」



 そういって指を刺された方角に顔を向けるが、真っ白な世界が見えるのみ。多分、突っ込んだら負けなのだろうと無言で顔の向きを元に戻す。



優「そ、それで…その…『チョコ』の作り方を教えて頂けるのですか…?」

浅「ああ、といっても原料は揃っているみたいだから、後は溶かして形を作るだけなのだがね」

優「へぇ、じゃあ何でも言いからちゃっちゃと終わらせちまうか」



 そういってイスから立ち上がり腕の袖を捲り上げて席から離れようとすると、すかさず浅辺の手が優の肩を抑え、ストンと間抜けな音を立てて座らせられた。



浅「ああ、君は何もしなくていい」

優「へ?」

浅「おや、知らないのかい? 『バレンタイン』っていうのは二月十四日に毎年行われる、女の子が好きな人に向けて手作りの『チョコ』をプレゼントする、ちょっとした愛の形を現す恋の行事なんだよ」

優「へ、へぇ」

浅「だから君は、どっしりと構えて座ってればいい。何やら声を拡張するマイクも置いているところを見ると、どうもこの世界にはまだまだ色々な人たちが存在しているのだろう。大声で呼びかければ何か変化があるかもしれないし、このマイクで集まるだけ集めてみよう」



 そういって、つい今しがたまで絶望的窮地に立たされていた二人を見事に救い出し、次なる道しるべを一つのミスなくこなしていく浅辺の勇士は素晴らしく見事なものだった。



浅「後は私に任せて起きなさい」



 何て頼もしい、力のある言葉だろうか。安心して背中を預けられる。



優「そ、そうですか…でわ…お言葉に甘えさせていただきます」



 そういって席に腰を下ろし、今後の行方を見守ろうと決意した矢先の事だった。突如として浅辺は立ち上がり、手に持ったマイクを握りしめて大きな声で叫んだ。



浅「さぁ始まりました! ハァアアッピィイイバレンタインデェエエ!! 果たして愛しの彼は誰の手に!? 勝利の女神は誰に微笑む!? チキチキィ! 記念すべき第一回戦、私の気持ち、思いよ届け! 愛しの彼を振り向かせろ! 開幕ぅううううううううう!!」

優「ちょっと待てやぁあああああああああああああああああああああああああ!!!」



 一先ず、優は真っ先に全身全霊で自分の気持ちを素直に伝えた。



浅「…どうしたのかね、君は大人しく座っていればいいとさっき伝えたばかりじゃないか」

優「いやいやいやいや! 大人しくしていられる様子をたった今アンタが粉砕玉砕したじゃねーか! 何だ今のセリフ!? あんた平気な顔でこういう事を言うキャラだったのか!? 設定とか忘れてないよね!?」

浅「…何をそんなに驚いているんだい」

優「いや驚くわ! いい年したおっさんが何いってんの恥かしくねぇのか!?」

浅「…君は何か勘違いをしていないか?」

優「……え?」



 いつにもまして神妙な顔で浅辺は答えた。



浅「そもそも、キャラとか設定とか言われても、この話は番外編だ。本編とは一切関係ないし問題ないだろう」

優「思っててもぶっちゃけんじゃねぇよ!!」

浅「…それに、先ほどの呼びかけはきちんと効果があったようだしな」



 何やら勝ち誇った顔を浮かべる浅辺、まるで後ろを振り向いてみろと言わんばかりのその様子に、一応背後を確認してみる。



 すると、これまでに見覚えのある顔ぶれがゾロゾロと集まっているではないか。



 ぱっと見だけでも数人ではない、数十人はいる。まさか各々の気持ちを伝えようと、優の為に集まってきた人々だというのか。



浅「見なさい…君の事を想っていた人は、こんなにも居たのだよ…喜ばしい事じゃないか」

優「浅辺…さん…」

浅「集まってくれた人々の気持ち…無駄にするんじゃないぞ」

優「あぁ…分かってる…分かってるけど…」



 何か違う…何かが違うと思うんだ。



浅「彼の為に集まってくれた諸君! その胸に秘められた思いは本物かぁ!?」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」



 まず、女の子ってこんな漢らしい雄叫びを上げないと思うんだよな。




浅「栄光の一位に輝きたいかぁああ!!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」




 こんなむさくるしくないはずだよな。




浅「そうかぁ! 会い分かったぁあ! その気持ち、その思いを全力でぶつけてやれぇ! 見事一位に輝いた者には、黒沢優をあんなことやそんなことをする権利を与えよう!!」

「「「「「ひぃいいやっはぁあああああああ!!!」」」」」

優「ちょっと待てやぁああああああああああああああああああああああ!!!」




 再び全力で静止する優に、浅辺は些か不満げな顔で口を開く。



浅「どうしたんだい、何か不満か?」



 その言葉に、優は集まった男たちの方に向けて指を差す。



愚「ケヒヒヒ! 切りてぇ…切りてぇ!!」

村人A「サンドバック…新しいサンドバック…」

村人B「あいつを手中に収めれば…あの時の可愛い子を呼び寄せる餌に…」

九「…今ここで…あの時のリベンジを…!」



 ブツブツと危なげなセリフを次々と溢している。期待は十分、準備は万全なようだ。



優「不満ありまくりだわぁ! まず女いねぇ! 男しかいねぇ! というかヤバイ奴しかいねぇ! なのに好きにしていいって何勝手に決めちゃってくれてんのぉ!?」

浅「しょうがないさ、イベントを盛り上げて、皆に本気で取り組んで欲しいからね」



 そういわれて声を上げた集団に目を向ける。確かに浅辺の言っていた通り、盛り上がりは大成功といっていい程の成果を経ている…。



 ただ、どう見ても個人的な恨み妬みを抱えた奴らの集まりで、チョコの付いたナイフをベロベロ舐める輩、優の等身大のチョコに的あてを行っている者などハイレベルな奴らが多すぎる。



優「盛り上げ過ぎて狂気に満ちた目をした奴しかいねぇじゃねえか!!」

魔「何々!?あんな事やそんな事やどんな事やこんな事までしていいってぇえええ!?」

優「おいやべぇぞ絶対違うだろまた一人変なの混じったぞ、バレンタインって絶対こんな行事じゃねぇよな!?」



 何て最悪なイベントだ。可憐とも呼べるような花という華が一つとして存在しねぇ。



 あまりの悪夢に頭を抱えようとしていた、その矢先。



桜「大丈夫です優さん!!私達が付いています!」

優「…その声は桜!」

柚「それと…私もね!」

優「ついでに柚依!!」

柚「ついでに!?」



 砂漠という更地に、まさかの一凛の花が降臨。言わばこれはオシアス!!



浅「ふむ…これで全員出揃ったようだ…では始めよう!」



 その浅辺の言葉を合図に、彼女ら、そして彼らは一斉に取り掛かり始める。



 そんな様子を座席から眺めながら漏らすように一言。



優「……何やってんだろう俺」



 恐怖と驚き、そして呆れが戦慄を巻き起こす、嵐のバレンタインが今ここに幕を上げた。



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