俺はお前が気に食わねぇ
「……てめぇだけはぜってぇ…ぶっ殺す…!!」
そういって、優は深呼吸を繰り返す。
見たところ、気持ちの整理…高ぶる感情を抑えようとしているようだ。
「ふむ、やっとマトモにヤル気になったようだな」
そういって、ブライトは構えた姿勢をとる…が、対する優は突然だらりと肩の力を抜いた。
どうしてそうなると、怪訝に眉を顰めて優を見つめる。どうも肩だけではなく全身の力が抜けきった姿を見るに、完全に脱力状態である。挙句に瞼を閉じて前方すら見ていない。
「……ふむ?」
つい今しがた武器を手放して無防備を晒しているというのに…神経を研ぎ澄ましているのか。にしてももっと良いやり方があるだろう。
(戦意喪失か…? いや、しかしその行動と取るには今さっき放った言葉からしてどうも考えられない)
すると、何故に彼はあえて無防備な姿を晒しているのだろうか。
「……罠…か?」
まるで今が好機と言わんばかりの、相手を舐めている姿勢はどう考えたとしても挑発行為として見てとれる。
「ブ、ブライトさん…今の内に逃げましょう…」
何となく知ってはいたが、フィレットにはこういう争いに関しては性が合わないらしい。
まさか、あれ程の挑発丸出しな行動を見て、よりにもよって逃げる方向を選択するとは。挑発に乗らないだけならまだしも、受けずに背を向けて走り去る姿勢は恐れを成したのと同義。自ら勝てない、敗北しましたと告げたようなものだ。
「…悪いなあんちゃん。俺は物事から逃げるっつうのが大が付くほどに嫌いでな」
すると、フィレットは『ビックリ』と身体の仕草で表現した後、瞳を見開いてブライトに詰め寄る。
むしろブライトの方が内心では驚いていたというのに、フィレットにとっては逃げる以外の選択は初めから存在していなかったらしい。
「ま、まさか…わざわざ彼と戦うというのですか!?」
「ああ、一度関わった以上、相手が引くまでは…な」
「な、な、な…さ、さっきまで目的が…云々を語っていたじゃないですか!?」
「ああ、ただあんさんが邪魔してきたのは事実。なに、あんちゃんは手を出さずただ黙って見てればいい」
それだけ告げると、フィレットの返事も待たずにブライトは携えた剣を片手に、優の元へと歩を進め距離を縮めていく。
その間にも彼は一歩も歩を進めてはいない。
「まだその姿勢を貫くってことは、ワザとって事だよな? いいぜ、あえて誘いに乗ってやるよ」
「……いや、もういい」
閉じていた瞼を開き、優の瞳がブライトの姿をしっかりと収める。
「……ふむ、というと…既に準備が整ったのか?」
「そうだな、お蔭で大分落ち着いたよ」
気が晴れたとばかりに片腕をグルグルと勢いよく回し、地面に突き刺した剣を引き抜くと構えの姿勢をとる。
見たところ、普通に剣を手に取って構えただけだ。それ以外に何かした様子はこれといった仕草は無かった。
「……それだけか?」
「それだけかって…当たり前だろーよ、別に何かする素振りも仕草もしてなかったろーが」
「…それはそうだが…あんさんの摩訶不思議な魔法をお披露目する細工か何かがあるのかと思っていたのだが…もしやそれもハッタリか何か…」
すると優は呆れた様子で溜息を漏らす。
「はぁー、あのなぁ…そんな心理戦なんていらねーんだよ。こっちにも『ゲクロク』っつう組織を潰す用があるんだ、てめーにいつまでも構ってやるつもりはねぇ。さっさと終わらすぞ」
再び優が剣を構える仕草に反応し、ブライトもすかさず重心を落とし攻撃に備える。
「…それは残念だ。して、剣を交えるのについて俺は一向に構わないのだが…その前に一つだけいいか」
「いいけど、何?」
「あんさんが今言ったゲクロクって組織だが、それは今しがた俺が消去したばかりだ」
その言葉に、優は少しの動揺も見せなかった。
「…だろうな」
ただ、周りに崩れ落ちた人形に目を移し、最後に彼女の倒れた姿を見つめると、優は少しだけ悲しそうな表情を一瞬だけ浮かべる。
「ほう…もっと取り乱すと思っていたが…さては信じていないのか? それとも本当だと理解して、それでも間違っているとでも思っているのか?」
「いいや、確かにお前は間違ってはいなかった…最善の方法を選んだんだろーよ」
その以外な返事に、ブライトは素直に驚きを隠せず押し黙る。
初めから現場を直視していた訳でもないのに、まるで全部知っているという言い草で、その明確な理由を問う事も答える事もなく、優は立て続けに言葉を続けた。
「…だけどな、仮にも勇者の荷を背負った奴が…命を軽んじるな」
そういって、優は微かに怒気の篭った声を放つ。
「…何だと?」
「良いか悪いか、どちらか二つに一つ。片方を選びもう片方は切り捨てるそのやり方…」
「それの何が悪い、善を選び、悪を切り捨てるのに。全を救えはしないんだよ、目には見えずとも、声は届かずとも、全ての行いには必ず小の害は成す」
ブライトの行いを全否定した発言に、気分を害して苛立ちに眉を顰める。
「そうかもな…ただな、初めから答えが決まっている、そうやって微かにでも残された可能性を初めから諦めに否定して、自分を誤魔化しているその姿勢が納得がいかねーんだよ」
「…黙れ」
優は黙らずに続ける。
「選択肢が無いのなら作れよ。別の最善策を模索し考えろよ。どんな窮地に陥ろうとも、少しでも残された可能性を否定してんじゃねーよ」
「…黙れと言っている!」
ブライトの怒声が響くも、優は一向に黙らない。
「は、黙らないね。第一その怒りはなんだ? 完全に選択権を破棄しているってんなら、何を言われても平然としてて取り乱す事なんてないはずだが。なのに怒りを感じているってことは、お前は何処かで微かに戸惑いを覚えているってことだろ?」
「…戸惑い? それは一体何に対して物を言っている? 善か悪か、前者か後者か、どちから選ぶのに戸惑いを感じているというのであれば、そんなもの一瞬の迷いすらある訳ないだろう?」
「そうか、なら後悔か?」
「…ふざけるのも体外にしろよあんさん、そうやって挑発すれば思い通りに動くとでも思っているのだろうが…」
「ああ、思ってないね。お前はそういう輩じゃねーのは知ってる。なに、ただ単に正直な気持ちをお前に言いたかっただけだ」
お互いが見つめ合う中、周囲に風が静かになびいた。
「…俺はお前が気に食わねぇ」
「…奇遇だな、俺もあんさんの事が気に食わないと、丁度思っていたところだ」
「そうか、なら丁度いいな」
――想像する。
「こいよ格下、お前に礼儀を教えてやるよ」
瞬間、合図も何も無しに甲高い金属音が鳴り響く。
「そうか、ではあんさんの本当の実力、参考も兼ねて拝見させて貰おうか」
先手を打つよう、すかさずブライトは見開きっぱなしとなった左目の眼球を優に向けると、続けて命令を呟く。
「『止まれ』」
瞬間、優の足が不自然な位置で硬直し、動きが止まる。
「ッチィ!」
乱れた動きのバランスを補うよう、優は咄嗟に左手を前に突き出すと受け身をとる姿勢に移す。
「『左手麻痺』」
続けて告げられたブライトの命令に、途端に優の左腕に力が入らず、瓦礫に左肩を打ち付ける形で転倒。その隙を逃すまいと斬撃が振り下ろされる。
「ッ喰らうかよ!!」
剣を前に突き出して受け止めようとするも、またもや入っていた力が突如として抜け落ちた。
「『右手麻痺』」
痙攣後に、優は支えきれずに剣を手元から離してしまう。カツンと瓦礫の石に刃先が当たる音を立て、無防備になった優の身に刃が襲い掛かる。
が、その剣は優の身体にかすり傷の一つも負わす事なく地面に打ち付け弾かれた。
「…む?」
瞬きをしたほんの一瞬の出来事の間で、優が元いた位置からは凄まじい粉塵と石粒がそこらに舞い上がっている。
消えた姿の後を追うように、煙で覆われた目の前を見つめる。
すると背後から足音が鳴った。
いくら視界を遮ろうとも、不意を突こうにもここの足場は非常に悪い。隙を狙おうと不用意に近づけばむしろ位置を知らせてしまう。
「いつの間に背後に回ったのかは謎だが、単純なミスを犯すとは迂闊だったな」
そういって、ブライトは振り向き際に持っていた剣を音のした方へ一閃。
が、その剣は空振り。それどころか優の姿が無い。
「ああ、お前がな」
声がしたのは、振り向き際の背後からだった。
「ッなん!?」
今の一瞬でどうやって移動したのか疑問に思うよりも先に、先ほど振り向く前に背後で足音のした位置とほぼ同じ個所であろう地面が、派手に亀裂を帯びている。
「(何だあの亀裂は…まさかあの位置から…一瞬で…!?)」
いや、どうであれ。ただ速いだけでは意味が無い。
「だとして、それがどうしたぁ!!」
背後から迫りくる殺気には気にも留めず、ブライトはすかさず詠唱を口にする。
「『二重剣』!!」
すると、ブライトの手にした太い剣が半分程の細さへと縮んで二つに分かれ、かと思えば更に分かれた一つの剣を後ろに向けて投げ捨てる。
が、そんな行動は無意味にも等しく。
「…何をするつもりか知らねーが、おせーよ」
優の振り下ろした剣は、ブライトの背中を切り裂いた。