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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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憶測に答えはあるか



「ほほぉ…君の名はブライトと言うのか…なんとも…」



 マーベルはとてもご満悦な様子で頷いた。意地悪そうにそれはもう満面の笑顔でクツクツと笑う。



「…僅かな間、視線の反れ、声の弾みの唐突な変化、態度の急変…殆ど違和感は無かったが…されど偽りの面を被るにはまだまだ甘い…が、凡人でもないようだ」



 マーベルはそう言うと、山に積み上げられた書籍の中から一つの本を取り出した。柄は黒。模様は白色の小さな丸が一つ。おもむろに手に取って広げると、パラパラと幾つかのページをめくり始める。



「…それは本名ではないであろう? と、図星か? ピクリと眉が反応している。……クク、実に疑り深い…出会ってから感じていた得体の知れない異質、まっこと奇妙、とても子供とは思えぬな。もしや姿形を偽っておるのか?」

「いいや、嘘偽りなんて無い…と言えば満足か? この質問でまた探りか? どうせ分かってて聞いているんだろ」

「いや何、必要最低限な用心というものは大切であろう、それに興味本位というものでもあるのだ。…それにやはり爪が甘い、すぐに叩けばホコリが出てくる」



 ――コトン。



 ブライトはその音に反応して視線を向ける、すると何処から取り出したのか、音とともにテーブルの中央に眼鏡が置かれている。



「……が、どうしてだろうか。騙すつもりで仕掛けかものの、大人の目を欺けずに途中でバレてしまう、その妙に子供っぽいところ。まるで本当に子供の考える無知、それ故の無垢な思考そのものを真似しているかのようで、いや末恐ろしいくらいであるな」



 一枚の白いハンカチを取り出すと、さっきまで中央に置かれていた眼鏡がマーベルの手元に。キュルキュルと綺麗に磨き終えると眼鏡を掛ける。



 対するブライトは冷静に、敵意のある目は嘲笑う。



「…へぇ、面白い妄言だね」

「クク、そう邪見な眼差しを向けるでない。ちょっとした悪戯心だ、あくまでも与太話である。これ以上の深い詮索はせんよ」

「………面倒なじいさんだ」

「まあそう言うな、御かげで君には俄然興味が湧いてきた、是非とも君の意見を耳にしておきたい」

「そうか…」

「……でだ、もう一つ、これは我が儘であるが、先にブライト君からの答えを聞いておきたい」

「いいよ」



 返答の間は短いものであった。ものの数秒だ。考える素振りも無し、何も考えもまとまっていないであろうに、口を開けるのは元からまとめてあったのか。



 マーベルは掛けていた眼鏡を僅かにズリ落とし、両目を真ん丸にしてブライトを凝視する。



「……少し意外であるな、てっきり拒絶するか、何かしらの追加要求のどちらかと踏んでいたのであるが…」

「別に。ただの意見であって、此方にも相当の答えが無い、となればなんの価値も無い振ら吹きに変わりないからな。取引にもならないよ」

「…となれば、君の答えは一体どう表す?」



 屋根裏か床下にでも忍び込んでいたのか、一匹のネズミがブライトのすぐ横を駆け足で通る。…その瞬間、ブライトは躊躇なくネズミを踏み潰した。



「貴方の逆だよマーベル・クリストン」



 そういって、ブライトは床に突けた足をグリグリと左右に捻じる。グチグチと肉の切れる音を鳴らし、そこからは真っ赤な液体が辺り一面に滴る。



「……『死』であるか」



 無残にも散った一つの生命。与えられたものは一瞬の苦痛の後に訪れる、全ての先の未来である死後の世界。



「では理由を尋ねよう」

「そんなの、魔法そのものに命はないから…と言ってしまえばそれで終わり。それに付け加え…となるけど、魔法を生み出すものは知能を持つ者、それは人種を問わず命を持つ者。となると今ある魔法は、過去の死んだ遺産」

「…ふむ」

「で、そもそも魔法というものは常に体に定着している。個人の使い方一つで毒に、生に、死を生み出せる。それはいい。当たり前の話だ……だけど、その当たり前って、そもそも何が当たり前なのか」

「……ふむ?」

「マーベル・クリストン。貴方は幾何度も疑問に思った事があるんじゃないか、前提とされている当然、当たり前が、そもそも偶然発見して、その使用方法が分かるだけで、その詳しい情報は古来から殆ど記載無し。魔法そのもの、そしてその元である魔力、法力、聖力が…一体何なのかを」

「…あるにはある…が、調べようが無いのではどうしようもあるまい。断念したよ、もう何年も昔の話だ。…それがどうしたであるか」

「そうだな、じゃあ魔法を使うのに代償を払うってあるけど、強大、強烈、規模が大きくになるにつれて、常識を離れるに連れて身に降りかかる反動はでかくなる。それを踏まえて…例えば、大きな魔法を使って片足を失ったとすれば、目に見える形で血肉を対価として支払った、それは生命の一部、当然健康に支障を伴い寿命を縮めやすい。事実上では少なからず命を削った事になる」

「……ふぅ…む…」

「で、だ。大きな代償は極めて目に見える形で表れやすい……が、一般的な小規模な魔法では、まず肉体、身体の機能を失うといった症状が現れる事はまず無い。基本的には無理をしない限りはどれだけ魔法を使っても安全だ。相応の反動を背負っているから。けど、その反動は何処で還元されている?」



 その時点でマーベルはブライトの言いたい事、その大よそは大体把握していた。



 現時点で口に出された答えを纏めると、大きな代償は寿命を確実に縮めている。



 対して小さな魔法では支払っている対価が無いのはおかしい、目には見えないが、身体を蝕み寿命を縮めているのではないか。



 ……言いたい事は分かる…分かるのだが……しかし…。



「…大規模魔法までになってくれば、一度に扱う魔法の量が多いが故に、足らない分を肉体の一部を伴って補うとされ、対して小規模である極めて微量な魔法では、体内の蓄積分と大気に飛散する分で十分補える為に、対価を支払う必要が無い……」



 そう、必要な分の大半は大気に飛散する極めて膨大な法力が、聖力が、魔力が補ってくれている。



 古来の人物が発見し、受け継がれ、現在に至るまで問題の無い事から、これ以上追及されず、謎は残っているものの、解明せずにさも【当たり前】としてしようされている。



「…はて、その膨大な元の源が何なのか…か……ブライト君は…知っているのか?」

「……知っている…か、そんなの知る由もないに決まっているじゃないか」

「では何故【死】と解いた?」

「単純な事だ、魔法っていうのは所謂、自己犠牲の塊みたいなものなんだよ」

「奇怪な事を言う。一般的な魔法しか使わない者にとっては常識的にありえない言葉である、加えて物事には何事も限度がある。当然一定の限度を超過させれば心身に害を成しても何分不思議でもなかろう」



 と、ブライトは人差し指を立てると、口元に近づけて黙るような素振りを見せる。



「まあ、話は最後まで聞いてよ。さっき言ったけど、生き物には魂という者が宿っている。で、死んだ後のその魂ってさ、どうなるか想像したことある?」



 あるかないかと問われれば、黙って首を縦に振る。若い頃はまだ、死という先の未来とは無縁、まだまだ生きれるといった確証はないものの寿命の関係でまだ大丈夫だから、ないと答えられるかもしれない。



 だが、マーベルは現在88歳、痩せ衰え衰弱していく身体に、気迫が薄まっていく最中。彼は長く生きている。そして彼にとって寿命とは背中合わせに近く、先の未来より終わりの未来を既に見据えている。



 ないはずがない。今も昔も変わらない、天国か、地獄か、はたまたそのどちらでもない何かか。



「思ったんだよ、これは命の前借だってさ、よく言われるだろ? 魂とか死後とか、そういう話。信じられずとも、禁呪にはしっかりと記録がある、魂を媒体にされた魔法が山のようにさ」



 であるからして、その何かを、魔法に身を委ね死の近きワシに伝えてくるか。



「………君は………恐ろしい事を考えているのだな」



 ぶるりと身震いを起こす。額からは一筋の汗を流し。手汗を浮かべ、気分の悪さに握った手を開いては閉じるを繰り返す。



「つまりは…魔法そのものの根源は…魂と述べるか」

「そ。それが正しい答えか分からないけど、もし答えだったとしても何もおかしくない。生前で犯した業を他者が補う、それに伴い生前で犯した業を死後に他者を補うのは、何も変じゃないしね」

「…言っている事と関連性、信憑性は些か不十分であり支離滅裂しているようだが…が…成るほど…確かに一理あるやもしれない。証明出来ずとも筋は通っている…そもそもブライト君が言う通りそれが正解であるのかもしれぬ…して、その憶測に答えはあると思うか?」

「いいや、さっきもいった通り答えが無いから分からない」

「そうであるな…」


 そう、全ては言ってしまえば憶測。不明は多い、矛盾も多い。理に適っていれば、違和感があったり、理に適っていないのに、正しいと結論付けたり。しかし成り立ちの全ては其処からが起点。



「…中々面白い話であった」



 そういって、マーベルは満足気に頷くと一息付き、座椅子にもたれ掛ると瞼を閉じる。



「…そりゃ良かった、それじゃさっきの話の続きを聞こ――」

「――ただ…それでもワシは信じられぬ」



 途端にブライトの言葉を途中で遮り、マーベルは急に腰を掛けていた座椅子からゆっくりと降りて立ち上がる。



 何をする訳でもなく、ボンヤリと天井に視線を向けている。



「…何の話だ?」

「……あるのだよ…君のように口だけでは語れぬ存在が、常識では語れぬ真実というものが。偽りに紛れる現実が…」



 ブライトの言葉に振り返る事も無く、上を見上げたままマーベルは静かに語る。



「それは…どういう…?」

「…そうであるな…急に話は変わるが……例えば、魔法は普通、魔法でしか壊せない、相殺できないとされている。これは君の言う通り一種の常識である…それは言わずとも知れたこと」

「…あぁ…?」

「では、前提を覆そう。その常識を無視、かつ魔法を生身で壊した者が存在するとしよう…君はどう考える?」



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