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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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勇者、切れる



 守ったのに、守ったはずなのに。どうして彼女はうつ伏せの状態のまま起き上がろうとしない?



 火傷を負ってしまったのか、痛みで横になっているのか。いや、こんな場所でか、それも大分位置から離れた場所だ、それはありえない。



 じゃあどうして無事だったのだろう、だってさっきまで会話の声が聞こえていたのだ。



 起き上がらないのか? 違う、寝ている? いきなり、気絶するように眠るなんてそれこそ不可解だ。



 視界の中に映された姿を、何かと理由を付けて逃れようと、優は只管自問自答での否定を繰り返す。



 落ち着いたまま佇む二人の姿が見える時点で、答えはもう決まっているのに、その答えに辿り着くのを恐れている。頭では分かっていても、嘘だと否定せずにはいられないのだ。



 助けた、そして俺も助かった。それだけのはずだ。



 困惑と脳内を掻き乱す雑音、冷静な行動など全く判断できていない、今にも崩れ落ちそうな膝で歩を進める。



「……これで…彼らは呪縛から解放されたのでしょうか」

「……完全ではないだろうが…しかし少なくとも、人間としての自由は取り戻したのではないだろうか」

「そう…ですか…」

「ああ」

「ですが…これで終わりではないのでしょう?」

「…そうだ、例え奴らに悪意が無かったとしても、これから行う処置は絶対だ」



 近づいていくごとに鮮明に聞こえてくる二人の会話。



 呪縛から解放? 人間としての自由? これから行われる処置? どういうことだ、何の話をしている?



「…今更ですが、僕は正直に言って貴方の考えには賛同しかねます…彼らも元は人として生きていた者達、繋がられていた枷がやっと外れて自由になったや否や、破壊してしまおうというのはあまりにも酷では…」

「ふむ、確かに一理ある。ではあえて問うが、あんちゃんは人形には何の処遇も枷もつけないというのか? 元が人間、心はそのままだから、といった、ただそれだけの理由で」

「…それは……そうですね…身体が少し違うだけで、見た目や中身は同じなのですから…」

「それは客観的な感想だな、それでは助ける理由にはならない。ただ単に「かわいそう」という感情の一部、罪悪感から生まれた慈悲というもの…。根本的な解決には至らない」

「…では貴方は例え友人、愛人、そして血の繋がった肉親にさえ、少しでも危険視の対象になっても躊躇わずにその手を汚すというのですか…ッ!?」



 すると、先ほどまで表情一つ変えずに淡々と話しをしていたブライトは、途端に表情を険しくし声音を落とす。 



「……二度も同じことを言わす気か?」

「……ッ!! それでも…理解しかねます…」



 処置とは何についてだ。処遇とは、まさかこの町の人達についての話か。かわいそう、罪悪感、慈悲、そして会話から見えてくる二人の意思の決別。



 仲間割れか、一人は確かな殺意を抱いている、だがもう一人は乗り気ではない様子。しかしそれは今更だ、今になって怖気づいたというのか?



 周りに倒れている人々は何だ? お前がやったのではないのか? それとも…。



 二人はまだ優の存在に気がついていないのか、後ろから歩み寄っても見向きもしない。



 理由を問いたださなくては。二人は何者で、一体此処で何が起こったのか。それは味方か、それとも敵か。



 そもそも、何故俺はこんな場所に来たのだろう。止まった思考を動かそうとすると、若い男が中年の男に向けて抗議する。

 


「そもそもこれは…彼女を殺し………止め…れば、支配する者はいない、命令されることもない。なら彼らは一般人、争う理由は無いはずです。これ以上無駄な犠牲を増やす必要など…!」



 彼女、その言葉を耳にした優は、目の前で倒れ伏せた彼女に視線を移した後、ッフ…と、小さな微笑みを零し、考えるのを止めた。



 そうだった、もはや理由はどうだっていい。



 守るはずの存在を、守れたはずの彼女を、守る事が出来なかった。これは失態だ。



 じゃあ、その責任は誰にある? 守れなかったこの身自身の責任か、確かにそうだ、でも一番は? 



 自分自身の問いかけに、拒絶するように首を横に振るう。



 いいや違う、一番とか二番とかじゃなくて。





「おい」





 優の口から零れた一言、そして溢れ出る感情。初めて優の気配に気が付いた二人は途端に会話を中断し、面を喰らった様子で優に視線を送る。



 驚愕、そう二人が抱いたのは、人という気配を感じさせずに近づいた得体の知れぬ優の姿と、それに印象付ける失笑から口を大きく裂かれた笑みによるもの。



 低い声音から連想された明確な敵意。一瞬で視線を集め、対象を捉えさせるには十分だった。静まり返った環境の中で優は二人を他所に続けて口を開く。



「殺ったのは…どっちだ?」



 優自身が知りたいのは、明らかな敵という認識。と同時に最終的に彼女を殺したのがこの二人であるのかどうか、それだけ。 



「……ふむ?…君とは初対面のはずだが…理由は聞かずもがな。その台詞とその隠す気の無い殺意。つまりは…そういうことでいいのか」



 瞬間、ブライトから膨大な殺気が発せられる。凡人が浴びればひとたまりも無いくらいの、拒絶反応ともとれる全身に巡るり渡る鋭い緊張、火照っている訳でもないのに汗は噴き出し、芽生える闘志に反する急激な体温の低下、身体の異常を訴えるように喉が渇き疼く。



 発せられた殺意に当てられた優は、一瞬でブライトを敵として意識を集中させる。



 一歩、また一歩と近づいていく両者の距離。既に互いにあと数歩しか離れていない、少し前に身体をずらし、剣を振るえばギリギリ届くか届かないかという、僅かに置かれた境界線、更に言えば生命線。これは殺合の距離。



 両者動くことなく睨み合う。それはまるで喉元を今にも噛みつきそうな殺意を放つ蛇、そしてもう片方は毅然とした態度で佇み様子を伺う鷹。



 蛇は湧き上がる殺意を理性で押し殺し、再び一言告げる。



「もう一度だけ聞くぞ、彼女を殺ったのは…お前か?」

「……さぁてな、それはそうと…何でそんなに突っかかってくる? もしやあの人形の知り合いだったか…? だが…それよりもあんさん…人形ではないように見えるが? 一体…ッ!」



 優の言葉に何処吹く風で受け流し、平然と話しを反らすブライトであったが、その余裕は一瞬にして消え失せる。



 会話を中断させるよう、恐ろしい速度で振り下ろされた斬撃、しかしブライトはあと僅かという場面で剣を剣で受け止める。



 カチカチと剣と剣が軋めき音を立て合う、寸前で触れ合う距離。微動だにせず、蛇と鷹は牙と爪の武器をぶつけ合い睨み合う。



「……ふむ、まだ話している途中だというのに切りかかってくるとは、育ちが悪いのか? 礼儀がなってないなあんさん」

「黙れ、質問しているのは俺だ。余計な事を喋ってないでさっさと俺の質問に答えろ!!」

「…大した威勢だ…だが年上の相手に対してその態度…なっていない。面倒だから放って置いてもいいかと思ったが…後からちょっかいを出されて邪魔をされても困るしな、折角だ、まずは口の利き方から指導してやろう」



 直後、力む優の身体が不意に前へ反れる。原因は唐突にブライトが身体を斜めに反らした故、続けて持っていた剣を上に、掛かる力を利用して一気に弾く。



 前に倒れかかった優の重心が、急激な方向転換によって上へと向けられる。衝撃と反動による軸のブレは、ブライトに大きな隙を与えた。



 その瞬間に向けられた、ブライトの冷徹な瞳。何かを悟ったかハッとした顔でフィレットは声を荒げる。



「い、いけませんブライトさん! その人は貴方の計画とは無関係の人でしょう!?」

「挨拶代わりだ…腕一本貰うぞ」



 フィレットの忠告を無視し、振り上げた剣をブライトは躊躇なく優の右腕に目掛けて振り下ろす。



 体制を崩した優にとってその太刀筋は逃れようのない直撃を物語る。とはいえ、そんな簡単にただで腕を上げる程に優は甘くはない。



「…挨拶だけに腕一本…随分とお高い指導料だな?」



 初めからブライトの行動は筒抜けだったと言わんばかりに、優は跳ね返された反動を更に逆に利用。仰け反り後ろに倒れる身体を支えるよう足を一歩後ろに、しなる緩やかな速度で脚をくの字に曲げると、一瞬の伸縮の後、バネのように一気に解き放った。



 この場面、そしてこの瞬間での再びの特効。それは隙を狙っていたブライトにとっては完全な不意を突いた行動だった。



「…ぉッ!?」



 甲高い金属同士の衝突音。それは想定外の衝撃の強さに、ブライトは振り上げていた剣を衝撃で弾き飛ばされる時の音だった。



 数メートル先に飛ばされたブライトの剣は地面に突き刺さる、そこまで遠くはない、寧ろ少し振り向いて歩けば届くくらいに近い距離。



 が、そんな隙だらけな状態を見す見す逃す訳もなく、優は身動きをとらせる前にブライトの首元に向けて剣先を突きつけた。



「…答えろ、何故お前は彼女を殺したんだ? その理由は何だ?」

「……人形だからだ」



 渋りながらも答えたブライトの僅かな表情の変化と、声音のトーンが著しい上がり下がり、それらを踏まえた上での発言から見て取れた、一切の慈愛の無さ、虫を見るような目で見下しを隠さぬその言葉。それを聞いて優は自然と手に持っている剣に力が篭る。



「……まさか…それだけ?」



 あの葛藤が、あの時の助けた一人の彼女が。たった一言で片づけられた。



 手元が震え、強めに剣を押し当てた事でブライトの薄皮を薄く裂く。すると皮膚が切れたことによる出血か、刃先から根本にまで流れ伝わってきた一筋の血の流れ。



 少しづつ出血の量が増し、遂には音を立てて滴り落ちだす血の滴を冷ややかに見つめ、優は怪しい笑顔と共に三度としてブライトに問いた。



「いいか、これから問う質問を、お前は黙って俺の質問だけに答えろ。…ああそれと、それともし少しでも奇妙な動きをし出してみろ……その瞬間、お前を殺す」

「…それはさっきまであんさんが問いてきている事について、その詳しい経緯を一から語れと言っているのか?」

「……ああ、そうだ」

「…教えてやる義理はない…と断ったらどうする」



 そういうブライトの暗い微笑みに、優は有無を言わずにすかさず持っていた剣に力を込めた。



 ……が、押し込めた力が一気に波打つ感覚に作用され、方向が在らぬ箇所へと反らされる。



 その奇怪な現象に眉を顰めたまま固まっていると、耳を澄ますと聞こえてくる穏やかな音色が優の鼓膜を透き通った。



 音のする方向に視線をずらすと、先ほどまで何もせずに突っ立っていただけの青年が、今では口元に笛を付け尚も演奏を続けている。



 そう、ただ演奏しているだけで、何ら襲ってくる気配はまるで毛ほども感じられない。その違和感に疑問を覚えながらも冷静に、ブライトが向ける余裕の笑みと突然の謎の演奏に、相手が既に仕掛けているという事に気が付くのにそう時間は掛からなかった。



 何度切りかかっても結果は同じ。ブライトに至っては既に体制を立て直し、何もすることなくすまし顔で突っ立っているだけ。



「…これをやったのはお前か」

「…えぇ、そうです。戦いの最中に水を差すようで悪いですが、強制的に止めさせてもらいました」



 肯定した瞬間から向けられた、優から向けられた圧力に蹴落とされる事なく、フィレットは堂々とした振る舞いで優とブライトの元へと近づいていく。



「自己紹介が遅れました、僕の名前は『フィレット』、『 シュレート・エル・フィレット 』と言います。そして貴方と剣を交わったそちらの方が『ブライト』…という名称で呼ばせて頂いてます」



 聞きもせずに自らの名前を名乗り出たフィレットは、言いたい事を真っ先に言い終えて満足したのか、それから一言も喋らず無言の視線を優に向け始める。



「……さて、此方の自己紹介は終わりました…失礼ですが、お名前を伺っても?」



 この状況で無視を決め込んでも時間の無駄に過ぎないだろう。血迷ったかのような場違いな自己紹介を優も行う。



「……優だ」

「優さん…ですか?」

「…あぁ」



 確認に再び名前を聞かれ、それに合っていると肯定の意で頷く。



 するとフィレットは途端に笑みを浮かべると、手と手を勢いよく合わせて『ッパン!』と気持ちを切り替えにか音を鳴らした。



 そんな様子を見て、優は一体コイツは何がしたいのだろうかと苦虫を噛み潰したような顔で見つめる。



「…では優さん、ここは僕の顔に免じて、今日のこの戦いは保留…ということに致しませんか?」

「…………あ?」



 その唐突で、あまりの図々しさに、合わせたフィレットの台詞は今の優を一瞬にして激昂させる、最大火力の起爆剤となった。



「というよりも、勝手ですみませんが保留とさせていただきます。僕が掛けた魔法、【 休戦協定 】が解けない限りは、ブライトさん、そして優さんのお二人は互いに互いを傷つけあうという、肉体への損傷や怪我を伴う暴力、殺傷行為が不可能となりましたので」



 それだけ言うと、フィレットは一度だけ深々と頭を下げ、優の前に居るブライトの元へと近づいていく。



 冷静に考えれば、フィレットの行動は正しかったのだろう。復讐心に囚われ、むやみやたらに争い被害を広める、それを避けるには彼のような魔法は最適だ。



 だが、それでも納得がいかない。



「なあ…フィレット…といったか?」




 ――想像する。




「…はぃ、何でしょう?」



 呼ばれた事に対して、フィレットの顔からは何の疑念も目論みもなく澄んだ瞳が覗く。



 恐らくは、彼は善人で間違いない。そして人形ではないということは、俺らのように他から何か理由があって此処に来ているのだろう。



 しかし、だからといってブライトの行った所業を許せるはずもない。



「一つだけ言わせて貰っていいか」



 優は静かに切れながら、ゆっくりと。



「悪いけど、俺にこの程度の魔法は効かねぇーんだわ」



 魔法をその手で握り潰した。



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