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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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ただ、認めてほしかった



 目の前に差し伸べられた手は、神話や物語に出てくるような助けでも、救世による救いでもない。



 手と手を取りあった瞬間に始められる、終始の合図。あざ笑うように鎌を首元に付きつけながら、初めから一つしかない選択肢を選ばせる只ならぬ死神からの死の宣告。



 その行動に意味など無い。人として当たり前の行いをしている認識があるだけの、中身はドス黒い形だけの意思表示。



「…ふ…ふ…ふざけんじゃ…ないわよ…ッ!!?」



 そんな選択など、感情の成り行きからすれば激昂するのが当たり前。



 しかしそれが分かっていて、あえて問いてきた。どの道始末すると宣言しているのも関わらず、ブライトは悪びれもしない顔で行動を起こした。



 悪としての立ち振る舞いだけではなく、僅かながらの善良、その人の命の重みを恐れ実感している『 良心 』がある、と装う為に、意味がないと分かっていながらも取り繕う。



 一言言わせてもらえれば、馬鹿げている。



 差し出された手を払いのけ、ブライトに対して怒りを露わにする。



「中身のない見た目だけなら、貴方の殺した彼らだって装うのは容易だったわよ…ッ!?」

「ふむ、まあそう邪険するな」



 すると初めから分かっていたといった口ぶりでブライトは真顔で頷いた。知ってたけど取りあえずやっただけだから、という言葉が今にも口から溢しそうな表情でいる。これ程相手を馬鹿にした話は無い。



「こ、こんな外道が…まさか勇者だなんて、世も末って話は嘘じゃないわね…聞いて呆れるわ」

「そんな噂は極一部に対してのみの失望と受け取っていい、だがまあ、何とでも言うがいい、どう思おうがそれら全ては俺に該当するだろうからな」

「…く、っは…躊躇の余地も無しに、無実な一般人を始末するのが勇者……?」

「ふむ、何か勘違いをしているようだが、そうさせているのはお嬢ちゃん、お前のような存在が一番の原因なのだがなぁ」



 ブライトの言いたい事は分かる。何年もだまし続け、そして思うがままに一番に利用していたのは紛れもない事実。



「…くふ…そう…そうね、アタシ自身が外道だってことは否定するつもりはないわ」

「俺も否定をしたりはしない、つまりだ、結論から外道はお互い様っつー訳よ」



 そういって、ブライトはもう一度手のひらを差し伸べるような動作をしたのち、躊躇なく突き刺した剣を引き抜く。



「っぐ…うぁあああ…ッ!!」

「さて」



 一息ついた瞬間、ブライトは目の前の対象をまるでただのガラクタのように蹴り飛ばした。



 その際に上がった呻き声に、眉一つ動かなさい。生き物ではなく、ただの物体として捉えた目を向ける。



「さて、特に死に方に関しての希望は無いようだが?」

「…ぐ、当然…でしょう…だれがこの状況の最中で喜んで死を受け入れるという…の?」

「まあ、正論ではあるな」



 頷き、そして振り下ろす剣が無慈悲にも右腕を切断させる。



 呆気なく失われる四肢の一部、だが悲鳴は上げたりはしない、既に痛みという感覚を通り越し、送られる痛覚の信号は狂って麻痺している。



「っぐぅ…!」



 あるのは未知という恐怖、それに連なる絶望。逃げ出したい、が、それに反して湧き上がる闘争心。



 最初から最後までコケにされて終わるのは許さないという、唯一の自我であり、自身が誇る一つのプライド。



 優ったのは、プライドだった。



「…ッ!!! っざけんじゃないわッ!」



 ブライトを拒絶するように左手を振りかぶる。浮かぶのは炎。忽然と現れた火が宙で踊る。弧を描き、輪を作り、激しく荒れ狂う一つの宴。



 唯一抵抗の意思を示す、彼女の放つ事が出来た最後の抗いの表明。



「下らんな」



 しかしブライトは躊躇なく業火の中に足を踏み入れた。本来であれば全身の肉を焼き焦がし、熱で表面にある皮膚は溶けるように爛れ、絶叫を要する痛みが全身を襲う。はずなのだが、まるで炎はブライトを裂けるように道を開けて霧散する。



「…お前のその成りでは、俺から逃げ切るのは不可能だと断言しよう。つまり、こんな小細工をいくら放ってこようとも、数秒の延命にもならん…」



 渦巻く炎の中を涼し気な顔で歩くブライト、目の前にまで迫り、俯いたままの相手に向けて手に持った剣を容赦なく振りかざす。



「…それはどうかしらッ!」

「……む?」



 あとほんの数センチというところで、手に持っていた剣の動きが止まる。



 いや、剣ではなく、掴んだ手の平が硬直し、肘から肩に掛けての関節部分のみが、意思に背くように動きを止めている。



「これは…金縛り…でも、硬化、固定化…でもないようだが…」



 軋めく腕を無理やり動かそうとしているブライトだが、力技ではどうにもならないと判断するや否や、眼球をせわしなく動かし周りを探り始める。と、何かに気が付いたのかボソボソと口を動かす。



「…あれは…睡魔の印…呪縛か」



 肉眼のみで浮き上がる陣の公式を解いたのか。



 基本的な応用は怪我人や病人に対して使う、鎮静剤のようなもの。効果は単純に睡眠を促すだけ。しかし物によっては欠伸が出る程度から、一瞬にして意識を刈り取るような上級魔法が存在している。攻撃性は皆無だが、拘束、罠に適している。



 しかし、本来は戦闘においての使用はされていない。興奮状態によって身体が活性化しているせいか、睡魔がいくら襲ってきても効果が非常に薄く、欠点として眠りづらいという、睡眠という唯一の効果が失われてしまっているのが主な理由。



「だが…この身体の尋常ではない怠さは…まるで眠いのに隣がうるさくて、仕方が無くやっとの思いで起き上がり、静かな安息地まで歩く重たい足取り…あれに似ている…」



 とはいったものの、意識はハッキリしている。ダルイのは身体だけでまるで動けない…とまでの酷いありさまではない。



 意識だけは起きていて、しかし身体だけ横になって寝ているよう……。



「……ふむ、対象一人に対してのみ使われる呪を、対象を複数の個体として過程して組まれた呪か。幾つかの命令の自由が利き、発動から発症までの速度が飛躍的に向上している。その分効果の弱体化と拘束に制限を掛けているようだが…」

「今更知ったところで…もう遅いわよ!!」



 痛覚の麻痺したこの身体では、肉体に比べて人形は便利だ。破損しない限りは自分の意思のまま思い通りに動かせる。



 それに右腕を失おうとも、胸を貫かれようとも、この身体では致命傷にならないのだから。



 しかしそれでも、ギリギリだったという点、強がるだけが精一杯なのが現状。もう既に魔法を使える程の体力は残されていない。ただ、身体を動かす程度ならまだ可能な範囲。



 未だにぎこちない動きのブライトを睨みつけると、持っている剣先を蹴り上げ、衝撃で手元から離れ宙を浮いた剣をすかさず奪い取る。



「死になさい、このゴミ虫が!!」



 そういって剣を頭上に向けて振り下ろす…………が。



 真っすぐに振り下ろしたはずの剣は、どういう訳か軌道が大きくブレたことで、力いっぱい地面を叩き付ける金属音が響く。



「な…ッ!?」



 今のは見えない壁に阻まれた…というよりも、行動に対する意思に、新たな意思を介入されたことで行動に異変が生じたもの。



 しかし、そんな魔法を唱えるような猶予がこの男には無かったはず……。



「っく、この…ッ! 死ねぇ!!」



 戸惑いを他所に今度は真横から振りかぶった。防御が出来なければ真っ二つの即死だ。



 なのに、またしても剣の行先は予想とも未来ともかけ離れた方向へ。真横に沿った軌道が突然90度曲がって下に落ちてしまった。



 重力が飛躍的に上がって剣が重くなったかのよう…抗えぬ程に強力な何かの力で結果を塗り替えられている。



「ぁ…ぐ…こ、この……ッ!?」



 何度試そうと、ブライトの身体に剣が掠り傷を負わせるどころか触れることさえできない。



 ただでさえ源の損傷によるダメージの影響で、動くだけで相当な体力を消費する現状だというのに、この体たらくは何だ。



「なによ…なんなのよ…ッ!! これはぁ!?」



 怒りの声を上げる女を他所に、ブライトの隣に一人の男が寄り添う。



「……これは…間一髪…だったのでしょうか…?」

「おいおいあんちゃん…助け船だしといて困惑ってなんだ、大いに助かった所だぞ俺は」

「そう…でしたか…? もしや余計な手出しをしてしまったのかと…」



 発言からして、手助けをしているのはフィレットと名乗り出た緑帽子の男らしい。



 …く…! こうなることなら、あの時躊躇なく殺しておくべきだったわ…ッ!



 だが、邪魔立てしてきた以上容赦はしない。



「…無防備でアタシの傍に近寄ってくるだなんて、いい度胸しているじゃないッ!」



 再び剣を振りかぶる。今度はブライトではなくフィレットに向けて。



 するとフィレットは驚きも、避けようとも、受け止めようとする素振りもなく、手に持った一本の竹笛を口に当てた。




 ~~~♪ ~~~♪




 狭い空洞から抜けた空気の塊が、美しい音色となって周囲に響く。



「…は? 一体何がしたい…の!?」



 急に身体がのけぞったことで、間抜けな声を思わず漏らす。



 また…だ。意思とは違った方向に剣の軌道がズレた。



「貴方…今、アタシに何をしたのよ」

「……【 休戦協定 】…、今、この時を持って僕と貴方は争いにストップを掛けました」



 休戦…戦いに…安息を与えた…?



「え…それって…どういうことよ」

「今貴方が体験した通りです。つまりは今の貴方は僕を殺そうとしても殺せません、逆に言えば、僕も貴方を殺すことは不可能となりました」

「な、そ、そんなふざけた話がある訳…!!」



 そういって、ガムシャラに剣を振るうが、どんな方向から狙っても地面を叩き付けるだけという結果に至る。



 休息な勢いで体力を消耗していく人形を前に、フィレットは冷静に話を続ける。



「当然これは一時的なものです。時間が経てばやがては効果は薄まっていき最終的には無くなりますし、僕が魔法を解けば休戦は解かれます」

「じゃ、じゃあ…こんなことしても時間稼ぎになるだけじゃない…!無意味…無意味よこんなの!!」

「そうですね、確かにこんな魔法を使ったところで時間稼ぎにしかならないでしょう、ですが…意味はあります」

「あ、あるの…?」

「ええ…」



 そういって、フィレットは目の前の人形を見て瞳を細める。



「今の貴方のご様子からして、もうそう長くは持たないでしょうから」




 …く…ふ、ふふ。




 その言葉を聞いて、アタシは僅かに残されていた戦意を失った。



 天才だとか、底辺だとか。皆とは違うと、散々比較して見下してきたから。



 でも死を前にして思うことは、きっと皆と同じ。己の一生を振り返るのみ。



 そうして気づいた。結局自分は凡人だったのだ。



 仮に、もし自分は天才だと胸を張って自負できたとしても、彼らを前にすれば発狂せずにはいられなかった。




 天才が、狂人の理論に適うはずがない。




 天才が、本物の化け物に敵うはずがない。




 対峙すれば、早からず遅からず、食いものにされて喰われるだけ。




 振り返ってみれば、何時でも失笑もの。何度言い訳をしようとも、そのままそっくり自分に返ってくる。



 人としてのぬくもりを求め、人としての理解を求め、人としての生き方を失い、人としての名前すらも失ったアタシは。



 誰にも理解されず、誰からも必要とされず、人ではない化け物としての終わりを告げる。




 ……そりゃそうよ、これは当然の報いなのよね。




 理想的な形、悪党が死ぬ環境には贅沢なくらいに十分過ぎる。



 ただ、それでも。欲を言わせて貰えれば。




 ――ああ、結局、アタシは誰かに存在を認めてほしかっただけなんだなと…。




 アタシは皆と同じ。本当は何も変わらない、天才とか言って理由にしていただけ。アタシ自身が誰よりも一番になりたかったのではなくて、ただ皆のように誰かに認めてほしかった、それに嫉妬していた。妬んでいた。ただそれだけのことだった。




 こんな状況だからこそ、最後だから自分に素直になれたところで。目じりが熱くなり、込み上げた気持ちをそのまま願う。




 もし、また同じ出来事をやり直せるのなら。もし、生まれ変われるのだとしたら。




 儚い願いを胸に、名も無い彼女の意思は次第に薄れ、消えていった。



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