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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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見知らぬ顔



 廃虚、瓦礫の山と化した街並み。軒並みを歩く人々の姿は無く、瞳に映り込む無残な光景と、その先頭を歩く見知らぬ男が一人。



 瞬きを何度か繰り返す、粉塵が舞っていて少々煙いものの、特にこれといった支障は無く視界は良好。指先から爪先までの至る関節、確認するように握りこぶしを作っては込めていた力を緩め、再び握りこぶしを作ってみる。



 得られた感覚は以前と変わりも無く、伸びる脚からして手足のどちらの動作も問題は無し。



「ん、んっん…ぁ、ああ~い~うえぉ~おお~…ふむ、大丈夫なようね」



 適当な発音練習、そして聴覚の精度。きちんとした発音が出来き、聞き取る音も雑音といった不快感も得られず。



 身体の機能低下、もしくは不全という可能性も考慮してはいたが、どうやら転移は問題なく成功したという事実に、湧き上がる感情に堪え切れず笑みを浮かべる。



(クク…結局、最後に勝利の女神が微笑むのはアタシだったようねぇ)



 こういうときの為の、緊急措置。言わば避難であり、もしも、万が一という備えの予備。念のためともう一つの身体にいつでも移れるようにしておいたのだ。



 多少なりリスクを冒す覚悟はしていたのだけれども、まさかこうもあっさりと成功するとは思ってはいなかった。運も実力…ということだ。



 そして運がアタシに味方した以上、もはや邪魔者がいない今、誰もアタシを止められる奴はいない…。っとまあ、それはそれとして。



 さっきから気になる相手が居ることに、目の前の男を半眼になって見据える。



「……おや、急に立ち止まってどうなされました?」



 …それで、誰なのコイツは。まさか…ここに来てあいつ等とも下僕等とも違う、対象外の知らない人物がもう一人存在してたとは。如何せん気分はいいのになんだか腑に落ちない。



 一息つき、腕を組むと片手を上げて頬杖を付き、眉間にシワを寄せるとしかめっ面にさせて辺りを見回す。



 そもそも急にも何も、それ以前に何処に向かって歩いてたのか。こんな足場の悪くて歩きずらい場所で大股開いては慎重に小股になって。少々気になるから付き合ってもいいのだけれども、目的もなく闇雲に歩くのは面倒だから嫌なのよね。



「……体調が優れないのですか?」



 ここで面識のない男が心配そうな顔で覗き込んでくる。



 現状でこの男が何者なのかは知らないし、そもそもどうやって侵入してきたのかすらも不明。もともとこの町の住人で、偶然にも今の今までアタシが気が付かなかった…なんて可能性もあるにはある…けど…。



 可能性は極めて低い…いや、まずない。少なからずとも数年の間、この町の住人らを掌握する為に全体に張り巡らした感知陣は常に機能していた。これがある限り地に足を付けるものは何処で誰か何して何人存在しているのか、情報が送られてくることで大よその把握が出来るようになっている。



 知りえる情報にももちろん限界はある…だからこそ一人づつ絞って収集し、既にアタシの知りえない住人は一人も残っていないはずだ。



 新たにこの地へと侵入し、踏み入れた瞬間から感知は新たな対象に干渉し、再び情報をアタシの元に流す。だからこそあいつ等が誰で、何処にいるのかといった事が分かっていたのだ。



 侵入自体は別に厄介でも困難でもない、誰でも普通に入ることは可能だ。



 ただ、入る。その行為自体に意味がある。人差し指でも入口を通ってしまえば、普通にこの町に侵入すれば、目の前の男は確実にアタシの魔法によって感知されているはずなのだ。



 しかしアタシはこの男の存在を今の今まで知らなかった。目の前でこうしてアタシの陣地に侵入しているというのに。



 普通の侵入経路ではない、或いはただの思い違い、偶然か。どちらにせよ、もしも前者ともなれば……面倒な事になる前に消した方が無難かしら。



 視線は一切反らすことなく、組んでいた手をゆっくりとした仕草で解き、次に移る行動、その後の処遇を検討する。



 …とはいえ、さっきから心配そうな顔で見つめてくる男には、嘘を付いているといった様子は見られ無い。



 緊張を解き、一息ついて脱力する。



 ……まあこの際どちらでもいいわ。感じ的には危害を加えてくるといった心配はなさそうだし。



 そもそも中身がすり替わってるなんて知る由もないし、少なくとも別行動をとっていたのは間違いない。そうなると存在自体も疑問に首を傾げる状態で間違いない。



 すると敵ではない…となれば、今のところコイツは味方…という認識でいい。



「…あ…えっと…」



 一先ずはさっきの男の問いかけに返答するように口を開くが、どうしたものか言葉を濁らし目線を反らす。



 さて、どう対応したものか。現状が何一つ分かっていない以上、どう演技すれば怪しまれずに済むものか。



 この身体の性格なんてもの、元がどうだったかも知らないからねえ。



 万が一ということも備えれば、今ここで面倒ごとを起こすのは厄介。不信に思われる行動は避けなければならないし。



 んで…そういえばさっき、この男はなんていってたかしら。急に立ち止まる云々、確かそんなことをいっていたような……ならそのままの意味でいいかしら。



「そ、その、少しばかり足が疲れてしまって…」



 取りあえず疲れたアピール。これなら何も不自然な点は無い。我ながら相変わらず冴えている。



 なんで自画自賛していたのも束の間、再び男は妙な行動を始めたではないか。



「…それはいけません!! で、でもどうすれば…そ、そうだ! 僕で良ければですが、背中に背負わせて頂きます!」



 ウンウンと満足気に頷いていたら、男は近づいてきた思ったら突然しゃがみ込んで腕を後ろに、丸めた背中をアタシに向けてくる。



「………?」



 数秒程の思考停止、その後にハッとして反応する。



「…え? あ、え?」



 予想外過ぎた展開に、何度か瞬きを繰り返し、しゃがみ込んだ男を呆然と眺める。



 …これはつまり、あれなのかしら。おんぶします、ということでいいのだろうか。



 なんて考えている間も同じ姿勢のまま待っているところ、多分行動の意のままであってるらしい。



「…あ、ああ…じゃあ…お言葉に甘えて」



 どうやってまたがれば良かったのか、知らないし知ってても覚えていない。取りあえず寄りかかる感じかしら…? よっこいしょ。



 おんぶされるのなんて何時以来か、記憶の片隅にあったかどうかくらいの忘却っぷりだと、そもそも他人におんぶなんてされたのは初めてなのかもしれない。



 というよりも、まさかこの歳になって今更おんぶされるとは思わなかった。



「では立ち上がりますね」



 そういった途端、男は「失礼します!!」と一言、アタシを背負うと軽い足取りで歩き出す。



 女性に対して重そうに身体を震わせたり、堪えるような、しかめっ面になられるよるは遥かにマシ…というよりも、清々しい程にあっさりと持ち上げられた。



 さすがに体重云々は知らないけれど、いくら身体が軽かったとは言え、それでもそれなりの重さはあるはず…こうも平然と背負って歩くとは、それなりに身体を鍛えているようね。



「何か不満があれば遠慮なく言ってください!」

「あ、うん…」



 というよりも、いきなり知らない男に背負われるこの状況は一体。まあ楽だから別にいいのだけれど。



 気を遣っているのか身体の揺れも少なく、乗り心地は十分。後に不満があるとすればそれは、視線の先にある、目の前のデカデカとした帽子くらいだ。



 そういえば…なんでこんな馬鹿でかい帽子被ってる訳? 邪魔くさいんだけど。



「あ、あの…」

「ん? どうなされました?」

「できれば帽子を取って欲しいのだけれど…」

「……え? え?! あ、ぼ、帽子ですか…?!」



 何やら随分ときょどった様子で聞き直してきた、何も可笑しな質問はしていないはずなんだけど。



「そ、それにしてもいい天気ですね!!」

「………」



 と、唐突に話題を変えてきた。確かに空を見上げてみれば、雨雲が立ち込めてきているのかどんよりと淀んでいる。



 これはあれだ、無理に捜索してはいけないやつに違いない。



「…あー、帽子を取りたくない理由があるなら別にいーんだけど」

「べ、べ、べ、別に理由ななんてありませんよ!! ええ! ぜんっぜん! これっぽっちもありません!!」

「そうなの、じゃあ邪魔だからできれば取ってくれると…」

「あああ!! 今あそこに人影が!? これは大変だ! 今いきます!!」



 こんな見渡しのいい場所で人影って、何処にあるんだよ。アタシには瓦礫の山しか見えないわよ。



 むしろわざとやってるんじゃないかと疑ってしまうくらいに白々しい。



「いい、分かった、分かったわ。帽子を取りたくないなら取らなくていいから、取りあえず私を降ろしてくれるかしら?」

「え? あ、は、はい! いやぁ~! 降ろして欲しいならすぐにいってくださいよ~!」



 と、妙にハイテンションな男を他所に少し先にある聳え立つ塔を見つめる。



 さて、これからどうしようか。



 罠に掛かった相手はもはや虫の息、それに加えて予備は中央を合わせて3つ残って…。



 そこまで思考を巡らして、首を振って否定する。



 いや、既に中央の塔は使い物にならなくなっているか。だとすれば予備はあと二つといったところ。



 …まあいい、いくら町が壊れようとも修復できる。予備の身体を使うことになったのは癪だったものの、やはりアタシの敵じゃない。



 さぞかし今頃は困惑していることだろう、何故自分が襲われているのか分からず、手も出せずに逃げ惑っているのかしら。



 あれから大分時間が経過している、既に魔力を使い果たし、あの子を相手にまともに戦える状態ではないはず。となれば、放って置いても勝手にあの子が仕留めてくれるだろう。



「…とはいっても、油断は禁物か…万が一にでも気づかれる前に潰しておこうかしら」



 いくら魔力を失っているとはいえ、それで仕留めたとは言い切れない。まだ裏に何を隠しているかも謎だ。



 もしも魔力が少しでも残っていたのであれば、生き逃れていたなんてことになれば、一番の障害になるのは間違いなくあのくそ生意気な小娘…。どれだけ姿形が変えて偽りを語ろうとも、あの小娘だけには通用しない。



 どうしてアタシの居場所が一瞬でばれてしまったのか、それは魔法の逆探知…町中に張り巡らした元凶である術者、つまりはアタシが放つ位置の把握による探知魔法を逆に利用して特定してきたからこその芸当。



 一時は驚いたりもしたものの、謎が一つ解けた以上は陣を解けばいいだけの話……なのだけれども、それは絶対に出来ない。



 あの魔法陣が存在し続けるからこそ、監視の目が成り立っている。この陣が存在しているからこそ、『ゲクロク』とほざく偽善者共の組織を見つけ出し、その一角である反乱分子を特定し始末することが可能なのだから。



 既に始末し終えていれば話は別だけど……ッチィ…念のために地下の方を捜索してみたが微かに反応がある…まだしぶとく生き残っているようね…ッ!



 そうなれば目的はただ一つ。確実に魔王の息の根を止めることが先決だ。邪魔する者がいない今なら、これ以上に無い絶好の好機。



 法力を全身に込め、瓦礫の無い平な地面に手を置く。



 アタシは未だに未使用な陣はいくつも存在している、そのうちの一つには一部が脆くなる仕掛けが施されており、発動される事で地盤が一気に乱れ崩れる仕組みだ。



「…塔もろとも破壊して瓦礫の下にでも埋もれて貰うとするわ」



 そういって、魔法の発動を試みようとした瞬間の出来事だった。



「……ところで」



 先ほどまで話していた男からとは思えぬほどに、やんわりとした口調でありながらも声音のトーンが下がったのを感じた。



 今のこの状況で『ところで』という発言は何に対してのところでなのか。興味本位に発動させようとしていた魔法を中断させると男の方へ振り返る。



「…少しお聞きしたい事があるのですが」



 何々、急に神妙な顔になって、もしかして何か重大な事でも話すつもりなのかしら。



「…何でしょう」



 なんて事を思ったけれど、さっきまでの男の様子を見た限り、大したことじゃないんでしょうどうせ。



 あまり期待はせず、男の次の言葉を待っていた。…のだが。



 すると男は、何食わぬ顔で一言。




「……貴方は、誰ですか?」




 その言葉に、無意識に息を飲み込んだ。




 貴 方 は 誰 で す か ?




 まるで耳元で囁かれたような、脳裏に反響し木霊する粘りっこい発音。



 初対面の相手に問いかけるなら何も不自然なところはない。何せこっちは今初めて会ったばかり。疑問に思う点は無い。そう、さっきまで平然とした顔で話し合っていた相手が他人と入れ替わったのなら…。



 質問するタイミングが偶然と呼ぶにはあまりにも出来過ぎている。そもそも知り合い同士じゃなかったのか。今の今までお互いに誰かも知らず、今このタイミングになってやっと聞き出してきたと?



 しかも聞くのが名前ではなく、『 誰? 』だ。何の意味も考えも無しに、わざわざそんな聞き方をするような人間が普通いるか?



 そんなもの考えずとも首を全力で横に振って否定できる。



 いない、というかありえない。そんなのお互いに顔も知らない相手に、出会いがしらにいきなり一緒に食事でもどうかと誘うくらいに突拍子もなく無茶苦茶。もしくは、他人の家に勝手に上がり込んでお茶を要求してくるくらいに思考がぶっ飛んでいる。



 考えられることは二つ。



 一つは考えや趣旨がアタシの考えとは相反しての偶然を誤解している。



 もう一つは、正体に気が付いている。



 前者より後者の可能性の方が圧倒的に高い…が、そうなるとこの男は一体どうやって悟ったというのか。



 外見は変わらずのまま、入れ替わった後からアタシは焦ったり戸惑ったりといった不自然な素振りは一切見せてはいない。それに男の反応を見ていて違和感を感じていたようにも見えなかった。



 加えて一番の謎は、アタシの存在を知る為に仕掛けたであろう魔法の発動、その存在にまるで気が付かなかった。気が付くことが出来なかった。



 あの悪魔ですら、魔法を使えば何かしらの素振り身振り、そして詠唱による口の微かな動きを目視できていたのに。



「…ッ! へぇ…それはまた…どういった意味なのかお聞きしてもよろしいですか?」



 背筋に冷たい感覚が走り抜ける。息を詰まらせ、強張った表情を咄嗟にほぐし、なんとか形だけでも振り向き際に愛想笑いを浮かべる。



 身振りという魔法の形成、素振りという魔法の命令、詠唱という発動の儀を無しに、魔法が発動出来るのが果たして可能なのか。



 法力も、聖力も、魔力も使わずに。そんなもの、魔法とすら呼ばない。ただの【 無 】だ。



 緊張による身体の震えが止まらない。だってそうでしょう、こんなの。一言でいえば『たちが悪い』。下手をすれば魔王なんかよりも、よっぽどに。



「…もう一度聞きます、貴方は誰ですか?」



 やんわりとした口調と浮かべられたその表情とは裏腹に、男の目の奥は一切笑っていなかった。真っすぐと眼球がアタシを捉えて離しはしない。



「……わ、私の名前は」

「あ、いえいえ。僕が聞きたいのは名前ではないんですが…あ、でも折角ですしお尋ねしておきます」

「……桜…よ」

「ふむ、桜さん…というお名前ですね? では桜さんに聞きたいのですが」



 が、その会話の合間に突っ込んでくる声が一つ。





「お嬢ちゃん…嘘はいけねーなあ」





 そういって新たに割り込んできた人物は、またしても面識も見覚えも無い男。隣の帽子を被った青年に比べて、後から来た男は見た目から40代半ばといった感じだった。



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