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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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成りすまし



 魔王が携えた漆黒の剣、それには世に定義された物質という概念が存在せず、本来あるべき質量は無い。掴む柄はまるで虚空、見える形で存在しているだけであり、実際にはこの世にありはしない魔法の剣。



 魔力は無い、法力も無い、そして聖力も必要ない。ただし求めるものはその全て。ありとあらゆる魔法が糧に剣は活きて貪る。意識は無い、喋りもしない、ただし脈打つ剣は荒々しい呼吸をする。



 生きる魔法は生物が求める欲求、食欲という欲に飢えた剣は、我も無く本能がままに魔法を喰らう。暴食による圧倒的な暴力。




『 序の門 【 暴食のバク 】』




 飢えた剣を前に、破壊も、再生も、暴力も、保護も、全てはただの形ある餌と化す。



「この剣は、ただただ喰うだけ。魔法という存在、それに値するその魔力、法力、聖力すらをも全て取り込む」



 無限の食欲が終わりの無い暴食を告げる。喰らう度に剣は永遠の罪を背負った強欲に嘆く。



「法力が取り柄なだけのアンタにとっては、既に詰みかな」

「な、何よ…いきがっても無駄…だってアタシはまだ、法力はこれっぽっちも使ってなんかいないんだから…」



 柚依は後ずさりながらも剣を構え、罠として仕掛けた魔法を展開させていく。魔王の立ち位置を中心に端から端へ、展開された魔法の数は多くないが、一つ一つに妨害行為としての効力が備わっている。



 魔王の背後では無数の剣が浮かび、左側には拘束の鎖が迫りより、足元には足枷、左側からは床から這い出てきた鎧武者、そして目の前には逃げ場を失う魔法の檻が降ってくる。



 絶望的、常人であれば誰がどう見たって一巻の終わりと諦めてしまう状況。…ただし、それが魔法であれば、魔王にとって問題は何一つとして存在しない。



 万物の捕食者は唸りを上げて吐息を吐いた。



「喰らって」



 そういって、魔王は携えた剣を振るう。それだけで背後の剣は浮力を失って床に落下し、甲高い金属音を立てる。迫り寄ってきた鎖は砕け散り、足枷は解け、鎧武者は霧散し、檻は淡い光を放って溶け消える。



 壊すのではない、消すのでもない、無力化する訳でもない。体内に取り込むのだ。



「い、いくら強力だとしても、しょ、所詮はアタシと変わらないただの魔法でしょぅ!? なら無力化してしまえばいい話よ!!」



 そういって、柚依は咄嗟に身構えると詠唱する。淡い光を放ちながら浮かび上がった陣は、最初の方で使って見せた魔法と同じ構築式が並んでいる。



 分解、解除、命令の遮断。あらゆる構築をかき乱し、魔法を無かったことにする魔法。



『 魔法無効マジックキャンセル!! 』



 今度は眩い光は無く、最初の光はただの目くらましなだけだったようだ。一瞬にして完成された魔法は、全を一に戻そうと剣に向けて襲い掛かる。



 魔法であれば構築は乱され無に帰す。人体に、世に影響は及ぼさない。しかし世に生まれた魔法を殺す、ゼロの魔法。故に互いに消失する道ずれの誘い。



「確かに、所詮は魔法。その考えは合っていると思う…だけどね」



 しかし、その誘いを剣は拒否する。



「その魔法無効って、何から何までが魔法と認識できて、何処から何処までを道ずれに出来るんだろうね?」



 剣は魔王の指示なく魔法を喰らう。いつも通りの餌として。



「分解せず、解除せず、しかし命令は維持されたまま、この剣は取り込むの。魔法であれば無差別にね」



 そう、喰らったら喰らったまま。魔法は何処かに、しかしこの剣に。忽然と消えた魔法は何処にいったのか。



「は、ハッタリよ…ッ! だ、だって、そ、そんな魔法を持ってたなら、さ、最初から使ってたッ! なのに何で今になって使いだしたのよぉおお…ッ!」

「それはアンタが知る必要は無いねー」

「っくぅうう!! どうせ時間の問題な身体のくせにぃいい!!」



 柚依は怒声を上げながら魔法を周囲に展開させていく、瞬きする間に一つ、二つ、三つ…延々と増え続ける陣。



 しかし、対して剣は一振りで。



「喰らって」



 魔王の発した一言を最後に魔法は消える。



「あ、あ、あ、ああぁああ…?」



 数も、規模も、威力も、速度も。魔法であれば無にされる。法力が多いとか、少ないとか。武力にしろ、知恵にしろ、そんなものはただの気休め。



「いい加減、柚依ちゃんの姿で装るの止めてもらっていいかな?」



 魔王は剣を構え、柚依に向かって歩き出す。早くも遅くもなく、平凡なただの足取りで。



 だというのに、いくら妨害に魔法を放とうと、全ては剣に喰われてしまう。



「あ、ひ、こ、来ないでぇえええ!!」

「…身体強化、保護による防壁、そして模りの幻影…喰らって」



 逃げ場の無い柚依に向けて、携えた剣を一閃。



『 喰斬 』



 剣は柚依の胴体を横一直線に通過し切り裂いた。



「っは、っは! っは!?」



 しかし痛みが無い。切断もされていない。確かに剣は身体を貫いたはずだったのに、無傷だということに困惑した面持で柚依は腹部を触れる。



 剣は触れていた、それなのに傷一つ付いていない。それは剣が無であり、有であるが故。



「この剣はこの世のあらゆる物体を切断しないで通過する。代わりに切るのは魔法、喰らうのはその残骸だけ」



 気づけばさっきから動作がやたら鈍い、身体を動かす度に関節の軋む音が鳴る。足に力が入らなくなっていき、覚束ない足取りでバランスを崩した柚依は冷たい床に倒れ伏せる。



 その身体を守るべき防壁は解かれ、打ち付けられた腕にヒビが走り、露わとなった女の本来の姿に魔王は憐れんだ瞳を向ける。



「っか、っくき、ぎぎ…ッ!」

「人に成りすました哀れな人形…必死に動きもがいたその姿、見るも無残だね」



 呪人。それは生きた、生かされた人形。



「自らの魂を人形に定着させ、人ではなく人形として生きる…それがアンタの求めた理想だったの?」

「…っか…っが…!」



 いや、求めすぎた結果がこの考えだったのだろう。彼女は選択の中から、あえて人の道を外すことを決意した。魔法だけが全てとなった彼女にとって、人としての触れ合いはただの馴れ合いだと断ち切り、彼女自身、その全てをも魔法の存在にしてしまった。



「…いくら多大な法力を持っていたとしても、肝心の身体が動かなければ意味が無い。それにもう喋る事も困難になっているみたいだしね」



 魔法を失った人形はもがく。光を失った瞳は虚ろに前を見つめ、動くことも、喋ることもままならず、しかし未練に生を縋る。



「…もう…お休み。アンタは…十分に頑張ったよ」



 そういって、魔王は手に持った剣を構えて呟く。



「喰らって」



 その一言を最後に、人形は動きを停止した。



「……ふぅ」



 元凶は今、この手によって去った。これで囚われられた人々は解放されるはず。



 魔王は手に持っていた剣を離す。すると剣は跡形もなく霧散し、姿を消す。



「……これで…柚依ちゃん…そして町の人たちも元通りに…ッ!」



 そういって、魔王は込めていた魔力を解くことで全身の力を抜く。



「…っく…っはぁ…っはぁ…ッ!!」



 しかし無理やり力を入れていた影響か、圧迫された疲労と、押し寄せる激痛に苦悶の表情を浮かべ、膝を付くと荒い呼吸を繰り返す。



 噴き出す汗が止まらない、目眩が、吐き気が治まる気配が無い。



「…さすがに…きついな…ぁ…無理…し過ぎちゃったか…な…」



 一歩も動けず、少しでも状態が良くなるまでうずくり続ける。…が、不意に、魔王は視線を横たわっている桜へと移した。



「…………」



 ジィっと見透かすように凝視、暫く考えた素振りを見せた魔王であったが、しかし得にこれといった事も無く視線を外す。



「……さて…いつまでもこうしてうずくまってもしょうがないし…桜ちゃんを起こして優くんの元に帰ろっかな~!」



 そういって、元気よく立ち上がる。



「…おふぅ」



 のだが、青ざめながらの溜息。まだ頭痛が酷く、目眩も残っていた事でふらつきながらコメカミを抑える。



「うう~ん……お酒とか飲んだ後の二日酔いって、こんな感じなのかなぁ~…うぇえ~…」



 気を紛らわそうとちょっとした冗談を吐く。



「あ~これ今日中には治るかな~…っと」



 途中、人の気配を感じた魔王は後ろを振り向く。するとそこに居たのは偽りの姿ではなく、紛れもない柚依の姿があった。



「おー、柚依ちゃん。残念ながらちょっと遅かったね~、もう全部終わっちゃったよ~」



 そういって、魔王は隣にある人形に目を向ける。



「今はただの人形になっちゃってるからあれだけど、これが本当の正体…彼女もまた、呪人の一人になっていたようだった…」



 魔王の言葉に対して柚依は何一つとして受け答えする事無く、無言のまま魔王の傍に歩き寄る。



 乾いた足音が一つ、また一つ部屋に響く。俯いたままの柚依の様子に、異変を感じた魔王は眉を顰める。



「……それで…調子はどうかな? 柚依ちゃんも時折操られていたようだけど」



 反動による危険性の影響でしばらく魔法が使えない魔王は、これ以上言うことなく柚依の返答を待つ。



 しかしその言葉に対しても一向に柚依から反応は得られず。代わりに柚依は腰に掛けている剣の柄を握り締めると、抜き間際に一閃。



 無防備に立っていた魔王の頬を、見えない刃が掠め取った。



 頬から伝わる微かな痛みと、流れ出た生暖かい血の滴が床に滴り落ちる。



「……柚依ちゃん?」



 魔王の呼びかけに反応することなく、再び剣を構える柚依。その瞬間、背筋に強烈な悪寒が走り、身体の悲鳴を無視し咄嗟に床に落ちた剣を拾い上げる。



 次の瞬間、柚依の姿が霞むと屈んだ姿勢で魔王の目の前に現れる。その完全な抜刀の体制に、魔王は一歩後ろに下がって身体を反らすが受けた剣が衝撃を受けきれず、バランスを崩して床に倒れ込む。



「っぐ!?」



 即座に起き上がろうと身を翻すが、それよりも先に振り下ろされた剣が魔王の動きを静止させた。



 倒れ込んだ状態で瀬切合う中、魔王は柚依の顔を見つめ目の色を変える。



「……な…何で…」



 表情は無表情のまま固まって動かず、瞳は虚ろ、明らかに前が見えていない。



 そして首筋から除く、青白い陣模様。間違いない、何者かの手によって柚依は操られている。



「…解けて…いない…ッ!? そんなはずは…ッ!!」



 しかし、元凶は確かにこの手で絶ったはず。それなのに柚依が正気でないとなると、操っているのは一体誰だというのか。



 魔王は気力を振り絞り剣を力技で無理やりはじくと、柚依のバランスがずれた隙に身体を起こす。



「っぐぁ…ッ!」



 が、横腹に蹴りを食らい身体は投げ飛ばされる格好へ。痛みに横腹を抑えつつ、足取りも悪いまま立ち上がる。



 先ほどの無理な動きで、余計に目眩が進行していて視界がぶれる。



「…っふ…こはッ! ……ちょっと…この状況はいくら何でもやばい…かも…」



 魔法も使えず、負傷気味のこの身体で柚依とまともに戦うなんて、無茶にも程がある。



 魔王は苦笑いながらも冷や汗を浮かべ、再び溜息を漏らした。



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