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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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最後の選択



 アタシが…負けるはずがない。…当然だ。どんな状況だって切り抜けられる、今までだってそうしてきたのよ。



 なのに…これはどういうこと、どうしてあいつはアタシを見下すの?



「何…よ…あの程度の魔法を見破ったくらいで調子に乗って…ッ!」



 カチカチと歯を立てる音を鳴らし、魔王を睨みつける。



 肝心の法力はまだ水滴一粒程度しか使っていない。それにあの程度の魔法なんてまだまだ腐るほどある。一つや二つ、それくらい魔法を破られたとしても対して問題ではない。



(…ただ厄介なのは…あの目ね…)



 怪しく光る魔王の両目、理由は不明だが、アタシの魔法を一瞬で見破った。あの正体が何なのか掴めなければ迂闊に手出ししずらいのは確か。



 それに、まだ魔王がどれ程の魔法を使えるのか、そしてあの変貌ぶりはなんなのか。裏をかいていたつもりが、完全に逆として裏を掛かれてしまったのが一番の失態。



(…っ何なの…あんな魔力…さっきまでは毛ほども感じなかったのに…ッ!)



 さっきまでは蛇口を軽く捻っただけ、ちょろちょろと弱弱しく、途中で途切れてしまうのではないか、それくらいに微かな反応だったのに。今では蛇口を全開状態にしたみたいに、留めない魔力が彼女の周りから溢れ出している。



 ただ、まるで抑えが効いていないのが特徴的だ。まるで魔王に反発するように魔力が外へ逃げて行っている。これでは見かけだけで内部にはあまり溜め込めていないようにも感じられる。



(……何か支えとなる栓でも抜いたらしいわね…。しかしあの魔力の消費の激しさを見た限り、長期戦には明らかに不向きだわ)



 となると、長くは持たないはず。いや、持つはずがない。何せ長時間あの状態を維持できるのであれば、初めから魔力を放出させていた。



 しかし、そうではなかった。抑えの状態ではアタシに勝てないから、本気を出さざるを得なかった…そうに違いないわ。



 それなら大した問題は無い。だってアタシはまだ本気なんて出していない。どうせ軽く遊んで相手してれば勝手に自滅してしまう。



「…とはいっても…このアタシの魔法を見破ったのは褒めてあげる。さすがは魔王、その名は伊達じゃなかったという訳ね」

「…それはどーも」

「だけどいいのかしら? 大分張り切っているようだけど…その状態、長くは持たないのでしょ?」



 その言葉に魔王は眉を吊り上げ、見るからに不機嫌な様子となった。



「…そうかもね~」



 そういって、魔王は魔法陣を展開させる。驚くことに一瞬で現れた数は五つ。しかもどれも形状が異なるところ、それぞれ異なった種類の魔法陣か。どうやらあの膨大な魔力が彼女の能力を格段に引き上げているようだ。



 ただ不可解なのはその構成された展開図。魔法の中心部分だけがぽっかりと空白になっているという、見たこともない配列になっている。



「…随分と珍しい魔法のようね…というよりそれ、魔法なのかしら? 無駄な空白部分があるなんて、どう見ても欠陥、未完成に見えるけれど」

「…何か勘違いしてるようだけど、私が発動させる魔法は一つだけなんだよね」



 そういうと、魔王の言葉通り五つあった魔法は独りでに重なり合い、一つの魔法の形を生み出した。中心部分に空いていた空白はそれぞれの魔法の配列が組み込まれて埋まる。



 表れた魔法の形を一言で例えるとすればそれは、奇怪。



 浮かび上がった扉のような形と、記された謎の名称が不気味さを一層際立たせている。




【序の門】




 魔法陣から発せられるただならぬ威圧感、その雰囲気からしても良くない危なげな部類だと理解は出来た…が、はっきりいって、その門に無数の鎖が繋がれている、それだけで抜群に薄気味悪い。



「どうもあんたは、柚依ちゃんの真似事…チャンバラ遊びが好みっぽいし、それに私も合わせてあげようかなって」

「…いちいち感に触る奴ね…ッ! …それで…? その口ぶりだと、貴方は剣か何かでも扱うということかしら」

「そう…つっても、ただの鉄とか、そういった物質じゃないけどね。私が使うのは…これ」



 そういって、魔法は躊躇なく扉に手を掛ける。しかし鎖を繋がれているから当然開きはしない。



「まさか…ただの悪趣味な見かけかと思っていたのだけれども…本当に封印されているなんて、随分手間が掛かる魔法だことねぇ」

「そだねー、普通の魔法とはちょっと変わっていて、そのまま使うには反動リスクが強すぎるんだよね~。だから、必要な分だけ取り出す為に、あえて押さえつけてある」

「…そうなの? それはまた…期待したいところだわぁ…早く見せて頂戴」



 そういって、アタシは思わずクスクスと微笑を浮かべると、魔王の展開させた魔法をジッと待つように見つめた。



 魔王もアタシが手を出さずに待つ気でいるのが伝わったのだろう。余所見をしている余裕があるなんて、随分と信頼されている。



 まるで親友に背中を預けているよう…。実は親友が敵で、背後から刺される寸前ということにも気が付かない。



 勝手に手を出さないだろうと予想し、勝手に信頼してくるなんて、なんて傑作なのかしらぁ。



(確かに…どんな魔法なのか期待はしているわぁ…ただし、貴方が生きていればこその話だけどねぇ)



 決死の覚悟で挑んで自滅するのは勝手だが、これ以上何かとされては面倒。仕掛けて来る前に潰してしまえばいいだけ。



 魔王は完全にアタシの実力を見誤っている、この程度の相手なら勝てるという勘違いで。そしてアタシも慈悲で手を出してこなかったことで、さらに魔王は勝手な妄想を抱いている。時間が掛かっても、無防備な相手をいたぶるような、そんな真似はしない。フェアな戦いを望んでいるのだろうという甘えに。



 誰がフェアな戦いを望んでいるなんていったのかしら。そんな訳ないのに。ただ単に、足元にも及ばない雑魚だから、必死に足掻く貴方の姿を面白がっていただけなのにねぇ。



 それなのに、そんな慈悲に気づきもしないで貴方は調子づいている。まるでピエロね。



(そう何度も、隙だらけで間抜けな姿を見逃してあげるはずないでしょう。全くもって愚かねぇ、まさか善良な一般市民との正々堂々な争いをしているとでも思ってたのかしら)



 数ある魔法の内から、魔王を確実に仕留める殺傷性の高い魔法を幾つも展開させていく。しかし、そんな身の危険も感じていないのか、魔王は目の前に集中していて振り向く様子もない。



 可哀想に。何で自分が死んだのか気が付くこともなく、この世を去る事になるのねぇ。



「うふは…うふははははははははは!! じゃあね魔王!! 今度こそ終わりよぉおおおお!!」



 込み上げる衝動を爆発させるよう、アタシは魔王に向けてありったけの魔法を解き放った。



「はははははははははははははは!! 反撃できるものなら、反撃してみなさいよぉおおおお!?」



 魔法は何でもいい。危害を加える目的、それだけを魔王に一方的な暴力を与え続ける。予め魔法を準備し、そして不意を突いた終わりのない破壊。



「貴方が初めに仕掛けてきたことよぉお!? どう? どう? やり返されている気持ちはどうなのかしらぁあ!!」



 強力な魔法をわざわざ時間を掛けて放つより、間隔無く強弱をバラバラにして使用し続ける。そうするとどうなるか。防御しかできない一方的な攻撃で、長く持たないその身は何処まで耐えられるものなのか。



「何処まで耐えられるのぉ? 何十秒? それとも何分? もしかして数十分くらいは耐えられる? 遠慮しなくてもいいのよぉ、アタシの莫大な法力が尽きるまで耐えきれるのなら、何時までも付き合ってあげるからぁ」



 耐えられるはずがない。数百、数千の住民から摂取し続けるこの法力は、まるで底なし沼のように深く、有象無象に湧き出る。



「結局貴方も! そこの小娘も! あの男も! 柚依と同じ! 変わらない。何も変わらない!! 足掻いても! 所詮その程度で! 足元にも及ばない雑種なのよ!!」



 もはや勝ちは揺るがない。当たり前だ。今までそうだったのだから。何もかもが思い通りに。それが天命、それがアタシ。誰にもアタシを邪魔することなんてできっこない。アタシが最強なのよ!



「…っはぁ! …っはぁ!」



 魔法を一旦止める。あれからどれくらいの時間、魔法を放ち続けただろう。数十秒、数分。魔王にとっては結構な時間を浪費したはず。



 もしかしたらとっくに限界に達していて、見るも無残な状態か。もしくは万が一に生き永らえていているとしても、自滅寸前……。



「……なんか…ここまで自分に酔っているっていうか…自画自賛している奴…初めて見た…気味悪いっていうか…キモイっていうか…むしろ通り越して関心しちゃうね~」



 ではなかった。全然ピンピンしていて、まるで効いていない。それどころか、心を読んでいられる程の余裕があったというのか。



「…な…む、無傷? それも…平然と……?」

「あのさー、天才って勝手な妄想するのはいいけどさ、私に言わせて貰うと間抜け通り越して馬鹿でしょアンタ」

「…ば、ばば、ば…かぁあ!?」

「そもそもアンタの考えなんてとっくにお見通しだったし、そっち自ら視界を悪くしてくれてむしろやりやすくて好都合だったんだよねー」



 そういう魔王の手元には、不可解な一本の剣が携えてあった。



 装飾は真っ赤な宝石、柄は吸い込まれるような渦状の模様が浮かぶ、何処までも暗い漆黒。



 そして鋼の刃は光に当てられると黒く鈍い閃光を放つ。鞘は存在せず、外見からしてもそれ以上の変化は見られない。



「……? あら…それだけ…? あれだけ仰々しかった割には、随分と拍子抜けなのねぇ…」

「…ふぅん…天才天才って自称してるくらいだから、てっきりもっと驚いてくれるかと思ったんだけど…残念。まあ分かる訳ないよねー」

「た、たかがおもちゃ一つ手にしたくらいで…ッ! どうでもいいから眼中に入らなかっただけよ!」

「だから、アンタは駄目なんだよ」



 そういって、魔王は持っていた剣を振るった。何も無い場所で、何も切らずに。しかし、何かが経った今、誰の目に、意識に止まることなく、消失した。



「理解出来ないものは否定して、なのに一方的に理解だけを求め続けて。そんなんだからアンタは」



 それ以上魔王の口から言葉が発せられることは無かった。いや、発していたのかもしれないが、その言葉を遮るよう、アタシはありったけの叫び声と、魔法を放って掻き消した。



「し、ししし知ったようなく、くちくち口を聞いてんじゃないわぁああああ!! あぁああ!? な、何が分かる!! 何が…ッ! 何処が駄目だというのよぉ!? 知らない、アタシの事なんか何も知らないくせにぃいいいいいいい!!」 

「確かに何にも知らなかったけど、今は何でも知ってるよ、だって見させてもらってたからね」

「だ、だから何!? それがどうだっていうの!!」

「……ちょっとだけ分かったよ、アンタは…もうどうしようもないくらいに救いようが無い…馬鹿だって」



 救いようの無い馬鹿? アタシは、ただ救われたかった。それだけだったのに。それすらも他人の貴方に否定されなきゃいけないの?



 何で? 何も…求められるものは答えてきた。ただ与えて欲しかった。特別じゃなくていいから、ちょっとだけでも、人並みとしての幸せが欲しかっただけなのに。その資格が無いっていうわけ…ッ!?



「正直言って…途中から哀れ過ぎてこっちまで悲しくなってきた。もう…アンタには怒りよりも同情しか出来ない」

「勝手に…ッ! 同情なんかしてるんじゃないわよ…ッ!!」

「だから、最後の選択をあげる」

「今度は何よ!…最後の選択…?」

「そう。もしもアンタが大人しく柚依ちゃん、そして町の人々を元に戻すなら見逃してあげる…。でも、もしその条件を断るっていうのなら…」

「馬鹿馬鹿しい! そんなふざけた条件なんてこっちから願い下げよ! それにそもそもアタシが貴方に選択権を与えてあげる立場なのよ!」



 その言葉と同時に、魔王がこれまで展開してきた魔法を遥かに上回るであろう、数えきれない程に夥しい数の魔法陣が浮かび上がった。



 だが、魔王は瞬き一つ、顔色も変えずに手元の剣を振るう。



 たったそれだけ、たったそれだけの動作で、この場を支配していた全ての魔法が『 消失 』した。



「…………ッヒク」

「私はアンタに同情しない。容赦なく…消すわ」



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