天才の影②
生まれたその日から、アタシは勝ち組の存在だった。
そこらの群がる雑魚とは違っていて、天才の頭脳を持つアタシは数々の新たなる魔法を生み出していく。
構造、図式、構成、展開。そして応用から代償となる反動、その理念と見込まれる対価。
初めは小さな魔法で小規模的な活動を繰り返し、徐々に魔法の構築を拡大。数年にも及ぶ研究の末、アタシは一つの魔法を発見した。
過去から現代に至るまで誰一人として使った例が存在しない、紛れもない世紀の大発見。居ても立っても居られない、込み上げる抑えきれない衝動に掻き立てられ、すぐさま魔法学研究に携わる人物等に会うとその胸を伝えた。
「聞きなさい! 貴方達!」
新たに歴史に刻まれる、とんでもない発見をしてしまった。
彼らはその言葉に、餌に食らいつく魚のように群がった。誰もが真剣な面持ちで話を耳に通し、書き施した完成図に目を通す。
でも、初めの内は真剣そのものだった彼らは、次第に呆れ顔になっていくと、アタシを見つめてため息を漏らし始めたのだ。
相手がまだ子供だったから、ということもあってなのか。戸惑った様子のアタシに愛想笑いだけを浮かべると、とても良かったよ。君はとても頭がいいんだね。そういった取りあえず褒めておこうという気持ちだけを伝えてくると、忙しいからと部屋から追い出された。
そのあまりにも求めていた返答とかけ離れた対応に、扉の前で呆然と立ち尽くしたアタシは、暫くして重たい足取りでの帰宅途中、魔法式を置いていっていることに気が付き、ハッとして我に返った。
まさか、研究結果を自分らの物にする気なのか。
慌てたアタシは再び研究所まで駆け戻ると、魔法式を取り返す為、ひっそりと部屋に忍び込んで彼らが出ていくのを待つ。
『なあ、さっきの子供が置いてったこの紙、どう思う?』
「あー、どう思うって言われてもなぁ』
すると一部の研究者の会話が自然と耳に入り、何だと耳を澄ませる。
『内容から式図まで事細かく、それでいて理論としても立証点が一部あって、子供が考えたにしてはよく出来ていたとは思うな』
『ああ、図式もそーだが、子供の割には完成度高かったよな』
アタシが持ってきた魔法式の話をしているのだろうか。褒めてくれているようだけど、何か突っかかる言い方が気になる。
『だがまー、つっても所詮は子供の考えた事だよなー』
『ああ、何かの魔法書でも見ながら、それらしい言葉を並べて書いたんだろうな、危うく最初騙されかけたぜ』
『でも結局、魔法の知識が浅い連中は騙せてたのかもしれないけど、専門の俺たちは誰一人としてこんな悪戯には引っかからないよな』
『はは、全くだ。こんな魔法式見せられても、デタラメ過ぎて何が書いてあるのか途中から理解出来なかったしな』
『それな! 結構それっぽい内容だったけど、途中からなんてーか…安っぽくなってたよな。手抜きっつーか、あんな訳の分からねーもん出来る訳ねーっつーの!!』
一人の研究者が漏らした言葉に、耳を疑った。
悪戯、内容が理解できなかった。あいつ等はなんて馬鹿げた会話をしているんだ。
内容がちゃんと理解できるよう、その説明と概要を事細かく書き記したというのに。それに目を通しても理解が出来ず、挙句の果てにただの悪戯だったと笑っているの?
何よそれ…ふざけてる。腐っても魔法学の主席を誇った名部門でしょうに。
アタシの存在に気が付くことなく、下らない会話を続けながら彼らは部屋から出ていく。誰も居なくなった事を確認すると、置いていったはずの紙を探す。
しかし、何処にもそれらしき紙が見当たらない。彼らが研究中の魔法論文が置いてあるだけで、それ以外の紙が置いてある様子はない。
置いていったはずの紙が存在していない、となると、誰かが持ち出して行ったということになる。
それに実績を奪われたということに再び怒りがこみ上げるも、書き記した内容が認められていた事に安堵し胸をなでおろした。
……何だ。あんな事いってて、結局は自分の物にしようと持ってってるんじゃないのよ。
それならそれで、もうどうでもよかった。自分の考えが理解された事が一番に嬉しかったから。
気分がいいし、誰かに見つかる前にさっさとこの場を退散してしまおう。
そう思って、扉に手を掛けて止まる。
「いいえ、そうじゃないわ。むしろ丁度いい機会よ、折角だから彼らの研究内容でも少しだけ見ていこうかしら…」
扉に掛けていた手を離すと、身体を翻し、彼らが無造作に置いていった研究資料にざっと目を通す。
それが間違いだった。何故、このまま素直に帰えらなかったのだろうかと。見てしまわなければ、彼らの研究にアタシは深く失望することなんてなかったのに。
「………………はぁ?」
長い沈黙の末、無意識に漏れた負の感情。
書かれている魔法の内容を、何とも言えない表情で目を通していく。…が、分かる。耐え切れず自分の顔が歪んでいっているのが分かる。
それくらいに、記載された内容は酷く、最初は見間違いかと思った。何かの勘違いかと予想した。
だって、彼らが実験している魔法の殆どが、とうの昔にアタシ自身が既に実証済みだったから。
今頃、この程度の魔法で遊んでいるのか。
彼らの記録結果の中には数日経って立証されたものがある…が、その中の一部なんて、アタシがものの数分で終わらせたものまである。
まさか、彼らの知能はこの程度? それ以上の知識は備わっていない? それだと理解できない、解読できるはずがない。だって、いくら世紀の大発見といったところで、その根源から既に理解の範疇まで及んでいないことになるのだから。
これではまるで、漢字検定五級相手にいきなり一級試験を受けさせるようなもの。それを合格点が取れて、やっと話が始まる普及点。こんなの不可能もいいところ。デタラメに見えても仕方がない。
でも待って。そうなると、じゃあアタシの魔法式を持って行ったのは誰?
「…え? …え? …じゃ、じゃあ…紙は…?」
キョロキョロと視線を辺りに巡らせるが、やはりそれらしき物は見当たらない。資料は束ねられているし、大体に目を通したのだから無いのは間違いない。
あとにあるとすれば、気に食わなかった、間違った資料を捨てられた紙屑だけ……。
「…まさか」
そこまで考え、まさかと思いゴミ箱に入っている紙屑を漁る。するとあっさりと置いていった魔法式の紙がしわくちゃになった状態で見つかった。
「…はは…やっぱり…誰も……誰も理解できなかったということなのね」
彼らの頭脳でさえ、その常識を逸した理論を理解せず、周りはアタシを相手にもしなかった。
だって、彼らは無能で、アタシが天才だったから。
「何で……褒めてよ…アタシの事を…ちゃんと見てよ」
それの何が悪いのか。アタシは悪くない。だけど誰も理解しようとしてくれない、誰も相手にしてくれない。
気味悪がって、不気味がって。誰もアタシを認めようとはしてくれない。
込み上げた感情を押し殺すよう、持っていた紙を力いっぱい握しめると、何度も何度も紙を粉々になるまで引き裂く。
あいつ等の知能が低いから、嫉妬するから。アタシは何時もこんなにも理不尽な目ばかり合う。
悪いのは全てあいつ等なのに。それなのに、それなのにそれなのにそれなのに……ッ!!
「…………帰ろう」
足取りは、ずっと、何時までも重かった。
今朝はあんなにも足取りが軽かったのに。今では足に枷でも掛けられたみたいに、とても歩くのが辛い。
「……ただいま…帰りました」
ボソボソと呟き、靴を脱いで廊下に上がる。すると帰りに気が付いたのか、父上は荒い息を立てて近づいてくると、血走った目でアタシを睨みつけて怒声を上げた。
「お前のせいで!!」
それが、父上の口癖になっていた。
そして一言告げると、頬に衝撃が走り、反動で体が壁に叩き付けられる。
ああ、またいつものだ。
視界に見覚えのある染みが映り、少しして自分は床に倒れ伏せているのだと理解する。
「…・…・ッ!……!」
しかし、それでも父上の怒りは収まらず、床に倒れたアタシに罵声を浴びせ続けていた。
いや、殴られた衝撃で意識が歪み、父上が何を喋っているのか、実際には殆どうまく聞き取れていない。けれど、きっと酷い事をいっているのだろう。
「はい……はい…。ごめんなさい…すみませんでした」
ふらつく身体を起こし、とにかく謝り続ける。
何が悪いのか、わからないまま。
また、アタシが悪いことにさせられているんだと。
「…っけ! 分かればいいんだよ!」
そういって、父上はアタシに向けて唾を吐きかける。
避けることは認めてもらえない。ただただ一方的に受けるだけが許される。
どうしてこうなってしまっただろう。
昔の父上は、あんなにも優しかったのに。
どうしてこんなにも変わってしまったのだろう。
ただただ、父上に認めてもらいたかっただけなのに。
アタシの事を、理解して欲しかっただけなのに。
どうして…どうしてなの?
憑りつかれたように震える身体を起こし、呆然と呟く。
「…………アタシ…ね…」
魔法は、求めれば何でも答えてくれた。返してくれた唯一アタシを必要としてくれる存在。
培ったものは全て、魔法で手にれてきた。魔法があれば、何でもできたから。
「とっても…凄い魔法を見つけたの…誰も真似できない……アタシだけの魔法を」
だったら…認めさせればいいんだ。
誰もが不可能と否定した魔法を実現させて。
「あぁ…?」
「だ、だから……だからッ! も、もしもその魔法を…使って見せたら……つ、使う事ができて、皆がアタシの事を認めてくれたのなら……」
そうすれば、誰もがアタシを見てくれる。存在を認めてくれる。
「そしたらアタシの事…また昔のように褒めて下さいますか…? お父上…」
きっと…父上も…。あの頃のように…。