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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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天才の影




 アタシは、魔法が好きだった。




 文字や原理を理解して口にすると、自分の求めた理想が実現する。火を出したければ火の詠唱をして、水で火を消す為に詠唱して。



 日々生み出される発見、不思議。それはちょっとした父の誘いによる些細な切っ掛けから始まり、その終わりのない未知数な世界に踏み込んだ時から、新たな魔法を覚えるのが楽しくて仕方がなかった。



 毎日毎日、飽きることなく魔法学を勉強しては、詠唱を繰り返し、暇があれば読書する。日を増すごとに欲望は強まっていき、アタシは完全に魔法の世界の住人へとのめり込んでいった。



 それから少しの期間が過ぎたある日の事だった、町中でちょっとしたお祭りが開催されていることに気がついたアタシは家を飛びだした。



 その時に行われていたのは、魔法の実力をぶつけ合う模擬戦バトル。相手に勝って強さを証明し、優勝者には賞金が出る…という内容のものだった。



 ルールは至って単純で、相手が参ったと降参するか、驚かせたりして気絶、戦闘不能状態に陥らせたら勝利。



 我こそはと思う輩の為を思ったのか、参加者にこれといった年齢制限はなく、当時のアタシは気合を入れてその試合に参加を申し込んだのだ。



 そしてその時からだったと思う。アタシの中にある疑問が芽生え始めたのは。



 初めの対戦相手は、筋肉質でガタいの良い中年の男性。見るからに表情を緩ませ、回りも手加減しようという雰囲気で包まれた状況。



 その時、一瞬むすっと機嫌を損ねかけたが、子供相手に大の大人が本気を出すはずもなく、ある程度手抜きで戦われるのが当たり前だと渋々ながら気持ちを抑え込んだ。



 それでもいざお互いに正面を向きあって礼を済ませると、勝ちたいという気持ちが膨れ上がり、負けられないと同時に期待に胸を膨らませて試合に挑む。



 でも、その期待はアタシの予想を遥かに裏切った。



 一発、ハンデで攻撃を受けてあげるよ。そんな軽い言葉に少し懲らしめてやろうと、アタシは容赦なく魔法学で知りえた一つの魔法を大人に向けて放つ。



 すると中年男性は一瞬で昏倒し、一回戦の勝負はものの数秒で終わりを告げたのだ。



 てっきり痛がる、もしくは驚いた表情を浮かべて本気を出してくれるかな、なんていうくらいの気持ちでいたのだから、それで勝った、勝負はもう終わったなんて告げられても困惑せざるを得なかった。



 そして、少ししてアタシは、ああ、そうか。初めはわざと負けてくれたのだと、そう思っていた。



 二回戦目も当然のように大人。とはいっても大分若く青年といったところ。やはり中年男性のように青年も似たような苦笑いを浮かべると、アタシと青年は互いに礼をする。



 そして勝負が開始する合図とともに放たれた青年の魔法に、アタシは呆気に取られて何も言えなくなってしまった。



 そんな初歩的な、構造の荒い下の魔法を使ってくるなんて。幾ら何でも、手加減し過ぎじゃないかと。



 アタシは中年男性に放った魔法と同じ魔法を青年に向けて放つ。すると呆気なく青年も一瞬で昏倒し、勝負は終わりを迎えてしまった。



 そのあまりの戦いのならなさに、アタシは怒りを覚えて愚痴を溢していたのを覚えている。



 なんでこんなに手を抜いているのだろうと。これでは全然楽しくないと。



 みんな、わざと負けるような真似をしているに違いない。アタシが子供だから、やる気を出してくれないんだと。



 そう勘違いしてしまう程に、アタシという存在は既に強くなり過ぎていた。



 だが、そんな事を当時のアタシが気がついていたはずもなく、次の相手には今度こそ本気を出してもらおうと、勝負が開始したと同時に序盤から少しばかり危険な魔法を発動させた。



 これで相手もアタシを馬鹿にしないで本気で立ち向かってくれると信じていたから。



 でも、彼らはアタシの思っていた理想とはかけ離れるくらいに、とても弱かった。



 アタシの放った魔法を避けることもできず、防ぐこともできなかった対戦相手は無残な傷跡を身体に刻んだ。



 痛みによる絶叫を上げ、床に倒れ伏せた対戦相手はピクリとも身動きをとらなくなり、その場に真っ赤な血の池が広がっていく。



 こんなはずじゃなかった。ただ、少しだけでも認めてもらいたかっただけなのに。



 大変な事をしてしまったと顔を青くして周りを見渡したアタシは、試合を見ていた野次馬たちの表情を見て息を止めた。



 誰一人としてアタシの方に近寄らず、人々はまるで化け物でも見るかのような怯えた顔をしていた。



 そして、アタシはそこでやっと自分の立場を理解した。



 ああ…なんだ。そうだったんだ。



 勝手に勘違いしていただけで、みんなは至って真剣だった。



 だけども周りの人たちと違って、アタシは魔法を知り過ぎていた。



 気が付いていなかっただけで、アタシは天才だったのだ。



 その事に気が付いてから、世界を見る目が見違える程に一変していった。



 少なからずの実力者が、あんな手抜きの魔法であの様だったのだから。彼ら以外の人たちはどれだけ非力な存在だというのだろうか。




 なんて、無知でひ弱な人たちなんだ。




 アタシの意識がハッキリし始めた、その時の覚えている一番古い記憶では、六、七歳の頃には既に魔法学は大人の領域にまで踏み込む異例の存在となっていた。



 まさに才能の開花。専門的な知識は何でも蓄え、理解し、さらには新しい魔法までも作り出す。そして歳が二桁に到達した頃には既に、自分に勝る大人は存在しなくなっていた。



 強く、可憐で、美しい。誰もが求める理想の女。まだ年端もいかない年齢で、既にアタシは魔法学の頂点に君臨する絶頂期を迎えてしまったのだ。



 しかし、それもしょうがないこと。だってアタシは、天才なのだから。



 無意識に、アタシは周りの人間を見下すようになっていく。



 その優越がアタシの欲望と探求心をより一層引き立てていった。囚われの囚人のように、魔法の世界により深く溶け込んでいく。



 そしてそれは、いつの日か抑えきれない衝動が、触れてはいけないという魔法にまで手を伸ばすようになっていた。



 だが、それに周りは反対した。危険だ、止めた方がいい、今ならまだ引き返せる…と。



 傑作だった。何を言っているのだろうと、アタシは彼らの話を鼻で笑い飛ばした。



 だって、自分よりも無知で下等な存在が、天才であるアタシに対して意見してきているのだから。



 それが堪らなく許せなくて、意地になってありとあらゆる禁書を探し求め続けた。



 そして、アタシは偶然か、それとも必然的な運命だったのか、奇妙な人形を持つ男に巡り出会ったのだ。



 初めに会ってきたのは男の方、細い体をしていて身長は高め。くすみのかかった黒いウェーブを頭からスッポリと被り、ボソボソと小さな声で耳を貸すよう伝えてくる。



 なんだなんだと眉を顰めて耳を寄せると、どうも話の内容からしてアタシの魔法の腕を見込んでの依頼だった。



 丁度暇だったこともあり、素直に指示された場所に付いていく。



 複雑で入り組んだ細い路地を行ったり来たりで何度も通り、途中地下に向かう階段を下りる。、



 そして暗く閉ざされた扉の向こうの中で告げられた、不可思議極まりない一言。




 この人形に、命を吹き込んでみてはくれないか。




 そういって、男は一枚の紙きれを渡してきた。禁書録に記されているとされる、『傀儡くぐつ』という魔法の構造図式、その概要を。



 そして内容を理解したアタシは、初めは何の冗談だと笑い飛ばした。



 そんなものは不可能だと。実現させようにも必要不可欠であって、絶対に入手出来ない項目があるじゃないかと。



 馬鹿馬鹿しいと男に紙切れを返し、その場を後にしようとする。…が、部屋から出ようと扉を掛けたその後に、男が告げた一言にアタシはその身を凍らせた。




 条件なら、揃っている。




 耳を疑って振り向いた。条件が揃うもなにも、どうやったって足らないのだ。



 一体の傀儡を完成させるには、一人の命が必要なのだから。



 しかし、男の反応は不気味な微笑。



 何を躊躇する事がある。魔法とは常に≪反動リスク≫という多少の犠牲は付き物だろう。それに下等な生物減るだけで、お前には何も問題は無いはずだ。



 そういって、男は完成したという傀儡をアタシの前に差し出した。



 一目見ただけでは、人間と何も変わらないただの少年。だというのに、知能、運動能力、戦闘能力は一般における成人男性の数値を遥かに上回るのだそうだ。



 素晴らしい。素直にそう、アタシは思ったままの気持ちを言葉で述べた。



 すると男は上機嫌になって今後の予定を聞いてもいないのに話し出す。



 話の内容をおおよそ聞いた感じだと、この男はどうやらこの町に住まう人々を使って、秘密裏に傀儡の軍隊兵器を作り上げることが目的らしかった。



 聞いていて、とても良い提案だった。無知共を一掃し、有能なしもべとして扱うことができるのだから。



 ただ、そうなると先の未来ではこの男が必ず邪魔になってくる。



 丁度よく傀儡が近くにいないのをいい事に、アタシは無防備に背を向けている男の後ろに立つと、意識を刈り取る類の魔法を詠唱して昏倒させ、その男の命を媒体に新たな傀儡を作り上げた。



 少しして主を失った傀儡が戸惑うようにして現れ、新たに生まれた傀儡の二人が揃ったことで、アタシはそれぞれに名前を付けようと考えた。



 そしてそれぞれに勝手な名前を付け、二人には刻印は施していない事を告げると、隠滅するよう禁書録を燃やし、一つのお願いだけをしてその場を後にする。



 別に二人を僕にしても良かったのだが、生憎魔法分野で遅れを取った試しが無い。となると助手に役割を与える事が無いのだから、居たところで何ら意味がないのだ。



 それに、有能だろうと無知だろうと、どうだろうと関係のない事。




 天才は……アタシ一人で十分よ。




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