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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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勇者の誤解



 親指を深くきったらしく、男は尚も悶えていた。



 まあ親指をそこそこ深く切ってしまったのだろうから、それなりに痛いという気持ちは分からないでもない。しかし毒を塗っていない限りは、そこまで大袈裟に悶える程に重症な怪我ではない、というか軽傷なはずなんだけど。



 あれか、実は刃物が苦手とかそういうあれか? まあ治療せずともあの様子だと問題なさそうだし、数日もすれば自然に治る程度だ、とりあえずは放置しておこう。



「さて、とりあえずどーすか」



 説得をしたいのは山々だけど、ノンビリしている時間が果たしてあるのかどうか。この調子だとこの男のように変な奴が湧いて出てきそうで怖い。



 男を見る。勝手に自滅したかと思えば、途端に男は大人しくなっていた。



「大人しくはなったけど、今度は存在自体がうるせえなこいつ」



 まるで吊り上げられたばかりの魚のように、男はビクンビクンと身体を震わして床の上をビタビタと打って震える。なんていうか、きめえしうぜえ。



 害はないが数分も放置していると視界にどーしても入ってきていい加減鬱陶しくなってきた。まあずっと放っておくわけにもいかないのだから仕方がないし、まずは優先的に誤解を解くことにした。取りあえず現状の疑惑が解けるならどんな誤魔化しをしたって構わないし。



(とは言えあんまし下手な嘘を付けばばれてしまうだろうから、納得させられる範囲での虚言となるだろうが…ん、待てよ?)



 ふと、悶絶している男もとい、その残念な子を見つめる。出会ってからというものの、今までの行動を振り返って見ると色々と変な点が思い浮かぶ。



 まず窓を突き破って全身にガラスの破片が刺さって悶えるお馬鹿っぷり。そして腕は立つが親指を切って悶えた間抜けっぷり。物凄くハッキリとした以下の特徴が浮かび上がった為、それらの想像図を組み合わせる。



 ひょっとするとバカなんじゃないだろうか? という疑問が俺の頭の中に浮かび上がった。



 俺は未だにビタビタと身体を震わせる男を見つめる。



 つか、ひょっとするも何もバカなのではないだろうか? と、段々疑問系から確信系へと変わっていく。もし馬鹿ならば、都合良く騙せるか試してみる価値はある。何も無用な争いを好んで望んでいるわけではない。俺は口に手を当てると、ゴホンと一回咳払いをする。



「…え、えっと、聞いてくれ。これはその、あれだ! 実はあの会話はこの女の子の頼みでな、いわゆる演劇に付き合っていただけなんだよ。誤解させてすまなかったな」


 

 話の内容はもちろんでたらめだ。とにかく適当に誤魔化せれば、誤解が解ければなんだっていい。その為に俺は手始めによくありそうな話で交渉に持っていく所存でいた。



「優くん?」



 今は何も聞くな、魔王。



 キョトンとした顔で魔王が何か物言いたげに俺を見つめる。しかしそれを無視。今はバカそうな男の反応についての方が優先と判断する。一度だけ魔王に向かってウィンクを送ると、男に視線を戻して反応を待つ。



 しっかし我ながら演技力の無さには恥ずかしさを感じてくる。もうちょっとマシな嘘をつけないものか、流石にこんな嘘で騙せるわけ。



「え、そうだったんですか?!」

「う、うん」



 反応は極端な程に単純。男の純粋で綺麗な緑色をした瞳が見て取れるほどに揺らぐ。それを見て俺は確信した。



 わけあったわ。予想を遥かに上回る馬鹿だった。



(いや…それとも人の話を信じやすいだけか)



 なんてことのない即思いついただけの作り話にすぐに乗っかり、男はあたふたと慌て、申し訳なさそうな顔になっている。



「…しかし」



 あの男の俊敏な動き、相当に強い。



 俺は一瞬の間を詰める際に蹴り上げたと思われる箇所を見る。大理石で作られている床をいとも簡単に砕き割っていた。



(一体どんな脚力してやがる)



 その脚力は尋常なものではない。剣で切られることがなくても、蹴りの一発でも食らえばアバラの何本かは折れていただろう。もしもこの男以外にもう一人いたのなら、今の俺では危ういか、それ以上に勝てない相手でもあった危険性を秘めている。



「どうしたら上手に演じれるようになるか教えて欲しいと言われてね、参考として手伝って上げたんだよ。だからやましい事なんて何もない、清き善良な心を持ってますよ」

「そ…そうだったんですか…そんなことだとは露知らず! ご無礼をお許し下さい!!」



 その男の瞳は、微塵の疑いをも見せていない目で俺を見つめてくる。



「いいっていいって、誤解が解けて良かったよはっはっは」



 それに対し俺は爽やかな笑みで水に流し、さも優しい青少年というイメージを植えつける。



「な、何て優しい人なんだ…あんな事までした僕を許すだなんて…ッ!」



 すると男は少し前までは敵意向き出しだったというのに、寝返るようにコロリと態度が豹変し、尊敬の眼差しで俺を見始める。これだけ馬鹿となると、普通に勝てたのかもしれないかと本気でそう思った。



「はっはっはっはっは…」

「…ねね、優くん優くん」

「…ちょいお待ちを」



 ちょいちょいと服を引っ張られる。



 何だと顔を寄せると、魔王も何となく状況を察したのか男の方には聞こえないように、なるべく小さな声で耳元に囁やいてきた。仕方なしに、また男に変な誤解を招かないよう注意を払い何気ない素振りで返事を返す。



「なんだ? 誤解が折角解けたところだってのに」

「なんで私を『魔王』じゃなくて『女の子』として誤魔化したの?」



 …………? ああ、そういう事か。



 聞きたい事の意図が読めないで少し考え込んでしまった。



 どうやら魔王と呼ばず女の子として呼んだことに疑問を抱いたらしい。恐らくは自分のことがばれていると思い、俺の行動に不可解に感じたのだろうと推測する。



 まあ、不思議がるのもしょうがない。



 ポスターは俺が見せる前に握りつぶしていて魔王には見せてはいないもんな。疑問に思うのは仕方のない事だ。



 だって余計な一行が書いてあったんだもの、見せられないよ。



「実は、まだお前の正体が魔王だってことはまだ正確にはバレてはいないんだよ」

「え、どういうこと?」

「俺の顔は勇者として活躍していてある程度は有名だから顔が割れているけど、お前は公衆の面前で顔を出したことがないだろ? だから魔王の場合、ポスターには勇者と同行しているのが魔王かも知れないっていう判断だけで、顔や年齢、身長までもが不明なんだよ」



 一通りの説明を聞き終えると、納得した顔で魔王は頷いた。



 傍から見れば魔王は見た目はただの可愛い女の子に見える。勇者と同行していても『こんな幼い女の子が魔王な訳がない』と大抵の人はそう認識してしまうだろう。もし自分が魔王のことを知らない状態で、『この子は魔王だ』って言われてもつまらない冗談としか認識しなかったと断言できる。

 


 実際に初めて正体を明かされたとき、俺はなんの冗談だと笑い飛ばしていたくらいだし。



「それが分かったなら余計な話は控えるぞ、また怪しまれたら厄介だしな」

「ん、りょーかい」」



 魔王との話を終え、顔を上げ現状をどうするか考え始める。すると、目端に窓際に立っている人影が見えた。



「新手か?!」



 剣を咄嗟に握り締め、窓にいる人物に目を向ける。

 


(っちぃ! こんなバカな男だが、もしも新手が味方だったら明らかに此方が不利になる!…相手が動く前に、先手に出るしか……---ん?)



 目を擦る。よくよく見ればそれは新手ではなかった。さっきまで親指を切って悶絶していた男が、何故か窓から飛び降りようとしている真っ最中のようだ。



「うおおおおおおい! 何してんの!?」


 

 飛び降りようとする男に、俺は慌ててしがみついて制する。 



「これ以上ここにいても勇者さんとお譲ちゃんに迷惑かと思いまして」

「だからって、飛び降り自殺するくらいなら他所でやってくれないかな!?」



 いくら敵でも自分の目の前、というか家の前で死なれるとか気分がいいはず無い。それことこの民衆の前だ、目の前で死人がでたら大騒ぎものだ。



「悪名が広がっちゃうじゃん! やめてくれ!」

「いえいえ、違いますよ、ここを離れて家にでも帰ろうかと思っただけです。私めは剣術だけでなく、壁を走ったり、高く跳躍することが出来るんですよ!」



 男は窓から一旦降りて間を置くと、目の前で軽くジャンプして見せる。すると男の体はまるで兎の如くつま先だけでピョンピョンと跳ねだした。まるで体重が無いかのようにその男の体が跳ね上がる。



 続いて床を強めに蹴って見せると、無重力空間にいるかのようにふわりと浮かんだ。あのときに窓を突き破って入ったり、一瞬で動けたのはその足のお陰ということね。


 

「まあ力みすぎて、失敗して窓突き破って入って来ちゃったんですけどね!」

「おい」



 色々な文句を言いたいと思う俺と、もう済んだことにして帰ろうとする男。



 背後からこっそり一発くらいぶん殴りたい……けど我慢だ。我慢するんだ俺。



 目の前の男が帰ってくれるのは、俺にとっては疫病神を厄介払いしている程にありがたいと感じている。



 これ以上この場に滞在して欲しくない。さっさと帰ってどうぞ。



 でも素直に帰りそうなところ、この男は結局何がしたくてきたのだろうかという疑問が湧いてくるな。多額の賞金目当てじゃなかったのか? まあ成りを見た限りだとそこそこ裕福なボッチャンに見えるけども…。



 男は俺に向かって綺麗な45度の姿勢で頭を下げる。



「散々ご迷惑をお掛けして申し訳御座いませんでした! 私めの比例の数々のお詫びは後ほどのこと、敬意を持って謝礼させていただきます! 何時でも困った時があれば、是非この賢伊天馬かしこいてんまをお呼びください!」



 なんて名前と性格が合わない奴なんだ。対称面過ぎて凄く印象に残る名前だな。



 忘れたいのにちょっとした事で思い出しそうでやだな。



(でもまあどうでもいいか、覚えたところでどうせ呼ばない。もうこいつとは二度と関わりたくはないし)



「でわまたお会いしましょう!」



 そういうと天馬は窓から身を乗り出して勢いよく飛び出した。




 ドッゴォオオン!!!!!!




 衝撃で、蹴り上げられた壁が粉々に粉砕される。



 早速困った事になったし呼びつけてやろうかな、修理費誰が払うんだよ誰が。



「……最初から最後まではた迷惑な奴だなおい」



 深く関わりたくない男だが、これほどの実力の持ち主いつかはまた、出会うことになってしまうのだろうか。うわぁ嫌だ、頭を抱えたくなる。



 あっという間に天馬は米粒ほどの大きさになり、少しすると天馬の姿はすっかり見えなくなる。



 結局男は何がしたくて来たのだろうか。最後まで理由が分かることが無い代わりに、壁や床を粉砕するという、嫌がらせを行い消え去っていっただけなんだけど。



「…結局なんだったんだあいつ?」

「さぁ?」    



 その問いに魔王は首を傾げる。さすがの魔王でも天馬の行動には理解ができなかったか。

 


 おかしいな、同類だとばかり…ああそうか。



 魔王はバカでアホの子、天馬はバカで残念な子。



 共通点はあるけど大きく異なる。魔王と天馬はどちらもバカではあるが、しかしアホと残念では全く違う。アホは理解が及ばない考えを持つ子で、残念は言葉の意味そのままで……



 ――ゴリゴリゴリゴリ。



 何か足に不快感を感じる。なんだろうか、この骨が削れるというか、折れているというか。



「……?」



 気になって音のする方に目を向ける。魔王が俺の足を踵で思い切り踏んでいた。グリグリと押し付けてきてもの凄い憎しみが伝わってくる。



「なるほど。この音の正体は俺の足の骨が、今まさに魔王に砕かれようとしている音だったのか」



 なんだなんだ、そうかそうか。



「っぐぉおおおおおおおおおおおおおおお!?!」



 理解すると遅れて痛覚がやってくる。



 ちくしょう! 気にしたら負けだと思ったのに、ちくしょう!



 なるべく理解することを回避する現実逃避に挑んだが失敗だった。時既に遅く、気がついた時には手遅れの状態であった。



(やはり…コイツには心が読める力があるというのか…?!)



 まずいぞ、そうなると内心馬鹿にしていた事が全て筒抜けだった…いや、そうなる恐れがある。



 足を抱え、床に転がり悶絶しながら俺は悟る。もしかしたら、俺の足の骨の寿命はそう長く持たないかも知れない。



「お、おま、お前…酷くない? 俺が一体何をしたっていうのさ!」

「え、なんかむかついたから」



 …勘がいいだけか、そうだよな、心が読める訳ないもんな驚かせやがって。まあ心が読めたところで、この程度で屈すると思ったら大間違いだっつーの。



「あのなあ…むかついたからって…そんな適当な理由で足を踏んでくるんじゃねえよ…」

「ごめんね優くん」

「ったく………(ばーかばーかぶーすぶーすどーぶーすー)」



 ――グリメキメリゴキゴリゴリゴリ。



「…え? あの、え? やっぱ聞こえ…ちょ、ま、待って」

「んー?」



 音がやばい、待って。音がやばい。



「あの、ごめんなさい何でもないですすみませんでした」

「分かれば宜しい」



 やっぱコイツ魔王だわ。




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