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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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不可解な矛盾



 桜の脳裏に浮かんだ、とにかくは何かが発する『ヤバイ』の警告。



 それは窮地に立たされているはずの魔王に対してではなく、魔王を襲っているはずであろう柚依に対してという異様な悪寒だった。



 微かに抱く違和感にどことなく確信はあり、しかしその正体が未だに掴めず苦悩する。



 魔王さん個人の強さはイグベールで知っている。しかしだからといって、まだ会って少ししか経っていない間柄なのだから、じゃあそれが何処までなのか知る由もない。



 ですが、私は少なからず魔王さんの何かを確かに感じていました。



 勿論、優さんから魔王さんについて多少の事は聞いていました。どういった存在であり、強力な力による特権とも言うべきか、それ故にか驚異的な治癒を可能とすると。



 簡潔的な話で、大よそだけのざっくりとした部分しか聞いてはいないでしょうが、その話を聞いて初めは驚きもし、興味深さがあり、素直に凄いなと思いました。



 ただ、それはその時はまだ何も知らなかったから。だから違和感を感じなかったのかもしれません。



 桜は怯えたように震える身体を無理やり起こすが、一歩も進むことも下がることもできずに目の前の光景をただただ凝視する。



 イグベールで目にしたあれは、一体何だったのでしょう。



 離れていたから、霧か何かと勘違いしていたのか。それとも、日光による光の屈折で起きた自然現象だったのか。



 一瞬の出来事だったので明確なことは私自身も分かりません。しかし、それでもハッキリと見たのです。魔王の周りにぼんやりと漂う何かを。



 それは比較的半透明なもので、どう表現したらいいのか…。



 言うなれば淡い雪結晶、それとも幾千の色に惑わされない万華鏡に映し出された白銀世界、はたまた吹雪として舞う雪桜。



 いいえ、抽象的に例えられるようなものでなく、何もかもが透き通るような美しい純白な色という感じだったはず。



 あの時はまだ、何も感じられなかった。何も見えず、疑問を抱くことは無かった。

 


 なのにそれが今では黒一色に染まり渦巻いて見えた。外見の魔王とは違った内面の何かが、少しづつ少しづつ近づき、奥底から這いよりながら息づいている。



 闇は強い光を拒み、強い光が闇を生むと父は申し上げていましたが、不思議なものです。



 だって、それに重なるよう純粋な色で例えると、光は白で闇は黒となりますが、優劣を求められるとどうやっても黒色が優ってしまうのですから。



 濁りの無い純白な色ほど、黒色は濁りを色濃く染め上げてしまうから。



 白とは何色にも染まらないのではなくて、何色にも染まってないから。だから白というだけであって、だからこそ白は一つの色に染まりやすいということなのでしょうか。



 いつだってそうです。光は淡く、闇は深い。一つの安心を求めるには、無数の不安が付きまとう。



 不安があれば、本当の安息は得られない。




 優さんは言っていました。事情があって魔王さんには殆どの魔力が残されていないと。




『そうですか』




 その時は、そう言う他になかった。



 彼女の事を何も知らないから、それ以上もそれ以下も無く口を紡いだ。




 ですが、それは本当なのでしょうか。…今の私であれば迷わずそう答えてしまうでしょう。




 今の魔王さんを見ていると、優さんの言葉には不振な点が幾つもあるのです。



 嘘を付いているとかではなくて、ただの誤認か、はたまた聞き間違い。そうでなければ矛盾しているのです。



 どうして不思議に思わなかったのでしょう。



 どうして殆どの魔力を持たなかったはずの魔王さんが、多量の魔力を放出しておきながらも温存状態を維持し続けられているのでしょうか。



 疑問に思った時に訪ねた際、一度だけ魔王さん本人から自慢気にその理由を語ってくれました。



 優さんから一部の力を頂いたと。相性がいいから可能なことであり、照れたように顔を赤らめながら愛の力だと力強く言っていました。



 事実であれば、それは素晴らしく驚くべき奇跡が起きたと言えるでしょう……事実であれば、の話ですが。



 今の私にはそうは見えないのです。



 本当に、相性などの理由だけで済ませる話なのでしょうか。



 ある程度の魔王に関する基礎を知っている者であれば、その行為がどれだけ不可解に思えるか。



 魔王さんだから、優さんだから行える行為だった。それを言ってしまえば、それは二人にしかわからない現象であって、ただただその通りだったという他ありません。



 ですが、俗に言われる気合や根性云々でどうにかなるほど、魔法という存在は甘くはないはずなのです。



 優さんや私など、基本的な『人間』と呼ばれる人種には『法力』という基盤が定着しており、魔法を扱う基礎として普段の人々は無意識に大気に広がる『法力』を取り込み、そうすることで人の目に見える形へと実体化、つまりひとまとめで言われる『魔法』になります。



 それが『人間』という人種である以上、生まれ落ちたその日その時から『法力』が備わり、それが変わるということは決してありません。



 それは魔族であろうとも、天使と言われる存在であろうとも、必要になる基盤は違えども基礎は全て同じ。それが人外、化け物、伝説と呼ばれようとも、常に必要になる『対価』は皆同じ。それは『反動リスク』も同等な代償として負います。



 なのに魔族であるはずの魔王さんは、人間である優さんの『法力』を受け取っていたということになります。



 仕組み、構造が異なる人種で果たして本当に可能なのか。魔王さんはやってのけたと言っていました。



 しかし、根源である基盤が全くの別物だというのに、どうやって定着させたというのでしょうか。



 例えば歯車の大きさが合わなければ、噛み合わず回ることはありません。或いは幾数千枚とあるパズルのピース全ての大きさが異なり、そのどれもが型にはまらなければ完成することはありません。



 何を言っているのだろうと思うかもしれないですが、それが当たり前、常識的な理論です。



 そしてそんな当たり前、常識を無視した非常識な事を考え付く。そして実行するという事は常軌を逸するか、狂っているか、又は絶対的な確信があるからこそ行える行為なのです。



 概念を覆す行為とは、即ちこれまでの常識を否定するに値します。当然過ぎた考えを持って域を踏み外してしまえば狂人、もしくは禁術と呼ばれる『 理 』を無視した行為へ繋がっていってしまいます。



 果たして魔王さんはどの域に達しているのでしょう。もし域を踏み外すことなく禁術でない常識として扱えたのであれば、それまで伝えられた魔法古書をひっくり返す自体になりかねません。



 不可能と記された方法をやったと証言しているのですから。



 それが【 相性が良かった 】の一言でまとめられる程、容易な話と呼べるでしょうか。



 視線の先で柚依は魔王に向けて何か声を掛けているが、対して魔王は表情を変えることなく口を閉ざしている。



 そんな様子を黙ったまま凝視する。二人の行方ではなくて、魔王の内に潜んだ何かを。



「…魔王さん」



 私はいつの間にか紡いでいた口を開いていた。



 膨大に膨れ上がっていく魔力を見つめながら。



「嘘…ですよね」



 瞳に映る魔力の行方。



 その魔力は制限されていて使えなかった。魔力が無いのではなくて、常に使用し続けているから使えなかった。



 圧倒的な魔力を携えながら、殆どの魔力を支払い続けていたから。



 では、その代償を補う『対価』は何処に?



「何を…隠しているのですか…? 魔王…さん…」



 その一言を最後に、再び意識が遠のいていく。ゆっくりと眠るように。



 まるで、こうなる事を予想していていたかのようなタイミングで。



 力が入らず崩れゆく身体、そして閉じていく瞼。それでも尚、桜の虚ろな瞳は二人を見続ける。



 すると、意識を失うその瞬間、初めて魔王が桜の瞳を捉えた。



 それは真っ赤に光る、真紅の瞳。




 …何故、今の貴方は…あの男と影が重なるの…です…か…?



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