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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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桜の目に映る者



 物音が、聞こえた気がした。



 …ぅ…う…ん。 



 ぼんやりとした意識の中、桜は閉じていた瞼を開く。少しばかり固まったまま前を見つめると、数回ほどの瞬きを終え、初めに映り込んだ視界に疑問を抱いた。



 あ…れ…?…ここは…何処?



 意識を取り戻して、まず最初に浮かび上がった疑問。



 視界に映り込んだ見覚えの無い壁。ひんやりと冷たく、それでいて人工的に作られたような光沢のある平らな壁。



 手に、足に、体中に伝わるこの感覚は同じ物。接触面には硬い感触と冷たさだけが充満する。



 ここにある床に熱が取り込まれることはないのか、恐ろしく冷え切っていて冷たい。これならいっそ、雨に濡れた土の上で寝た方がまだスッキリとした目覚めが出来る気がする。



 …それよりも、いつから私は気を失ってしまったのでしょう。



 記憶に無い。優さんと離れた直後の記憶がぷっつりと途絶えてしまっている。



 覚えているのは、何か、良くない夢を見ていたような、そう、それはとても怖い夢を。



 ……そんな夢を、さっきまで見ていた気がする。



 けど、一体どんな夢を見ていたのか思い出せない。何が起きていたのか、何が起きてしまったのか、何も分からない。



 身体に痛みは無い。ただ、まだ意識が半分ぼーっとしている。



 …状況は、あれから優さん等はご無事なのでしょうか。



 一度起き上がろうと、腕に力を込める。



 ……え…っと…?



 一旦は起き上がろうとしているのに、どうも何かがおかしい。



 意志とはまるで逆で手足の自由が利かない。思うように立ち上がれない。



 動けない…どうして…?



 全く動けないという訳ではない。しかし異常な程に身体が重く、錆びた歯車を回すかのようにぎこちない。



 ちょっとした動きなら可能なようだけど、自由に動き回るのは困難に違いは無い。



 記憶には無い場所、そして身動きが取れない身体。この条件二つが揃っていれば大体の予想は付く。



 何者かに掴まって、拘束されている。



 何者…というよりも、恐らくは柚依さんの言っていた【ゲクロク】という組織の一員でしょう。でなければこうして捕らわれる理由が無い。



 どれだけの間眠らされていたのか分かりませんが、危害を加えられずに私が目を覚ましたところ…まだ手だてはあるはず。



 でも、身動きが取れなければ逃げ出すことも不可能。



 …せいぜい動くのは指先程度…、でも少しでも動かせるということは、拘束している魔法が解けかかっている証拠。



 このまま待っていれば、動けるようになるかもしれないけど…それまで待ってくれれば…。



 そこまで思考を巡らして、ハッして止めた。



 暗かった視界が晴れていく。日差しや明かりが灯ったとは違う、霧が晴れていくように暗さが退く。これも魔法の類だったというのか。



 そして、そこで目にしたのは魔王と柚依の姿だった。



「……ッ!?」



 驚きのあまり思わず声を上げそうになったものの、声の自由が効かないのか幸いにも一言も発することは無かった。



 ど、どうして魔王さんと柚依さんが…ッ!?



 お互いに正面を向きあい、にらみ合う形。これではまるでいがみ合う者たちの対立の構図。今にも攻撃を仕掛けそうな姿勢。



 二人が戦う必要は無いはずなのに…どうしてそんな…ッ!?



 どうやら何か話し合っている様子に見える…けれども二人との距離が離れているからか、二人の会話が良く聞き取れない。




 ――と、二人が同時に構えた…かと思えば、瞬きをした時には既に動きだしていた。




 魔王は周囲に凄まじい速度で幾つもの魔法陣を展開させると、それを柚依に向かって放ちだした。



 が、対する柚依は驚異的な動体視力と反射神経によって軽々しく避けていき、向かってくる幾つかの魔法は見えない速さの剣技で切り裂いてしまう。



 攻撃し続ける魔王に対して、防御を続ける柚依。傍から見れば魔王が一方的に攻め続けていることから優位に見える。しかし実際には違っている、少しづつ、少しづつだが柚依が歩を縮めていた。



 魔王が放ちだす魔法よりも、柚依の剣技が優っている。



 次第に距離を詰めていく柚依に、魔王は退く形で一歩後ろに下がる。その僅かな動作に隙を見つけたのか、勢いよく魔王に目掛けて柚依は駆け出した。




 ――瞬間だった。柚依が踏み出した足元に陣が浮かび上がったと思うと、閃光をまき散らし小規模な爆発を起こした。




 咄嗟に避けたものの、不意を突かれたことに加えて爆風に足元をすくわれたのか体制を崩す。その隙を狙ってか魔王は四方八方、柚依を囲う形で魔法を展開させた。



 すかさず柚依は持っていた剣を床に突き立て、それを支えとして握ると身体を宙に浮かし、足場として鞘の上に乗って上へと飛び上がる。



 だが、それを読んでいたのか二重に展開されていた魔法が輝きを放ち、柚依は重力に引っ張られるように床に叩き付けられた。



 そして再び起こる閃光、そして爆発。幾つもの爆音が重なり、衝撃が私の方にまで届く。



 規模は小さいものの、威力は強力な事に違いは無い。それを無数、全身に浴びたのであれば無事で済むはずがない…。



 立ち込めた煙幕が晴れていくのを緊張した面持ちで見つめる。



 しかし、その中から現れてきた柚依は何事も無かったかのように無傷のまま立っていた。



 追い打ちのように柚依に向けた爆発が起こるも、爆発が起こった瞬間に柚依が剣を振るうと衝撃が霧散する。



 爆発による衝撃を、己が持つ剣だけで切って防いでいる。



 それがただの人間に可能なのか。いや、今見たものが事実であるとすれば、彼女の剣技は人の限界、その領域を遥かに超えている。



 一方的な攻撃を繰り返す魔王に対し、圧倒的な防御を誇る柚依。あれだけの攻防をしておきながら、互いに受けた傷は無し。



 二人に表情の変化が無い。これだけの所業を行っておいて、ダメージを負わせられなかったという失望の色がまるで。



 魔王さんにとって、そして柚依さんにとってはこの程度。初めから通用すると思っていなかったというの?



 あれだけの殺意を向けていて、眉一つすら動かさない。



 そんなのおかしい。だって、それでは本当に仕留めるつもりだったことになる。



 私たちの目的は【ゲクロク】を潰すこと。それなのに、どうして味方同士で争いあう必要があるの?



 未だに身体の自由が効かないまま、二人を止めに入る事も出来ずに再び魔王と柚依の戦闘が始まってしまう。



 一体…どうしてこんなことに…ッ!



 素人目の私でもハッキリと分かる。これはただの喧嘩でも、敵を欺く為の所業ではない。正真正銘の真剣勝負。



 そんな状態に二人を陥らせた原因は何なのか。生半端な理由でこんな事になるはずもない。



 だとすれば…どちらかの一方が…何者かに操られてしまっている…?



 それで憤怒させるような何かを仕掛けた。



 その可能性は十分にある…けど…。



 それを魔王さんに可能かと問われれば、私は即座に返答として首を横に振ってしまうだろう。



 優さん等の実力を間近で見て、生半端な魔法で操れるとはとても思えない。



 じゃあ柚依さんにはどうだろう。勇者である身に加え、その名に恥じない程の彼女の強さは今の戦いを見てハッキリと感じ取れた。



 あれ程の剣技を持つ実力者を、無傷の状態でいともたやすく操れてしまうものなのか。



 いいえ、そもそも万が一に柚依さんが操られてしまっているとして、魔王さんがそれに気が付かないでしょうか。



 もし操られているとすれば、魔王さんなら即座に見破ってしまうはず。それなのにそんな様子は匂わせないということは…互いに自らの意志で対立していることになる。



 恐らくは私が間に割って入ったとしても、どの道二人の戦いを止めることはできない。



 だからこそ私は恐怖していた。身震いし、寒気が襲う。



 徐々に押されていく魔王と、距離を少しづつ詰めていく柚依。このままではいずれ魔王はやられてしまう。



 状況では魔王さんが不利な立ち位置なはずなのに、どうしてこんなにも不安が過ってしまうのだろう。



 立ち上がろうとしていたのに、腕に力が入らない。これは、拘束による影響なのか、それとも私自身が恐れてしまっているのか。



 遂には追い詰められた魔王が、柚依によって捕らえられてしまう。剣を床に突きたて、魔王の首筋に押し当てている光景は、誰がどう見ても柚依が圧倒している。



 そして、魔王を捕えた状態のまま柚依は口元を小さく動かすと、退き際に魔法陣が浮かび上がり魔王の手足を拘束する鎖が現れた。



 拘束された状態の魔王を一瞥した柚依は、身動きのとれない状態に苦悶の表情を浮かべている魔王に対して、満足気な顔で再び首筋に剣を押し当てる。



 その光景が、桜には何よりも恐ろしく無謀に見えていた。



 焦る気持ちが身体を無理やり動かそうとする。僅かだが腕に力が入るも、途方も無い虚脱感が全身を駆け抜ける。



 イグベールで出会ったときに見た、あの時に魔王から感じた違和感。しかし違和感は確信へ、その影が今では一層濃くなっていく。



 私が見ている光景は、どっちが正しいの?



 いたぶるように、柚依は魔王の手足を傷つけた。苦痛に表情を歪ませる。抵抗する素振りを見せるも、鎖のせいで逃げられないのか悶えるだけ。




 なのに、どうして?




 魔王さんが負けるという可能性が、私の目からは僅かにも感じることはなかった。




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