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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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本物と偽物



 彼女の正体は、まさかの白木柚依だった。その衝撃の事実に魔王は肩を竦めると、ヤレヤレと首を横に振ってため息を漏らした。



 しかし肝心の魔王の反応は、驚いたというには差ほど顔色一つ変えず、むしろあほらしいといった様子だ。



「っほんと、茶番よねー」



 そういって、魔王はニッコリとした笑みを溢す。



「まっさか黒幕が柚依ちゃんだったなんてー」



 困ったかのように魔王は眉を顰めると、ゆっくりとした足取りで自らを白木柚依と名乗った女の元へと近づいていく。少しして真正面という位置で立ち止まり、柚依と魔王は顔を見合わせる形となった。



 その行動自体に何の意味があるのか、柚依は首を傾げて魔王を見つめる。そして柚依がチクリと瞬きを数回した頃に、魔王は静かに右手を上げた。



 何となく、さりげなくといった、そんな仕草。誰もが無意識に行う瞬きのような、気にもしない警戒心をすり抜ける一つの動作。



 尚も魔王は笑ったまま、しかし恐ろしく低い声で柚依へ向けて言い放つ。





「っなわけねーだろ」





 今まで感じなかった殺意が膨大に膨れ上がり、魔王の右手に魔力が宿る。求めるものは重力ではなく残酷な破壊。唱えるは込み上げた怒気。



 瞬間、魔王の右手が触れていた空間が音を立てて砕け散った。



「ッ!?」



 突然の出来事に柚依は血相を変えてその場を飛び退く。



 ハッキリと視野で確認できる形で、空間にヒビが、亀裂が生じている。割れたガラスが地面に落ちていくように、淡い光を帯びながら欠け落ちていく。いや、そう見える。



「…へぇ…これは…幻覚か何かかしら?」



 一息つき終わる頃には、柚依は瞬く間に状況を把握してしまっていた。



 歪んだのは世界ではなくて、視覚を狂わした柚依個人に対して起きた出来事だ。



「っふん、あんたがふざけた真似をするからよ。完璧なくらい柚依ちゃんの身振り素振りまで似せて、もしかしてじゃなくわざと喧嘩を売っているのでしょ?」



 次第に周囲の空間に波紋が広がるように亀裂が生じていく。亀裂が生じた部分は、物質の理念を覆すかのように壁やイスが粉々に砕け散っていった。



 と、一部のひび割れが柚依の指先に触れる。すると鋭利な刃物で抉られたかのような激痛が全身に駆け巡る。



「ぐッ!?」



 脳神経から発せられた刺激、その伝わる痛覚は本物に間違いはない。しかし、この痛覚は偽物であり、視覚が捉えたこの現象は偽り。



 柚依は幻に惑わされず、瞼を閉じて一息つく。するとさっきまで広がっていた空間が裂けた黒い道筋が一瞬にして消え去っていた。



 ただ本当は消えてはいない。ただ消えたように視えただけで、消える認識を取る以前に初めから亀裂は無かった。本来あるべき普段の光景を瞳が捉えただけで、邪魔だった何かが消えたように錯覚した。



 幻覚とは、あるべきではない幻を映し出したもの。ある時は善であり、またある時は害である。



 極端に言えば激しい思い込みの一種。所詮は夢で起きる世界のような空想の幻であり、存在はしない、しえない物体を、個人で勝手にソコに存在していると解釈してしまったもの。



 行き過ぎた妄想は、時に人体にまで影響を及ぼすという。



 触れた指先に外傷は無い。しかし激痛は尚も存在し続けている。何せ一度怪我をしたと錯覚し、それを己自身がハッキリと認識してしまったのだから。いくら嘘だと言い聞かせても、一瞬たりとも認めてしまった以上誤魔化しは通用しないということだ。



 痛みで小刻みに震える右手を抑え、柚依は苦笑による笑みを零す。



「…全くもう、酷いわねぇ~。冗談が通じない子は嫌われるわよ?」



 そういう軽い口調とは裏腹に、激痛が尚も柚依の身体を蝕むのか額には脂汗が浮かぶ。



 さっきまでの魔王同様、いわゆる痩せ我慢。互いの意地の張り合いとも言うべきか。



 その様子に魔王は満面の笑みを浮かべる。仕返しとして成功したのだ、満足気にしてしてやったりという顔になる。



「っふん、じゃあ今度からは冗談する相手には気を付ける事ね。気を付けないからこうなった、いい教訓になったんじゃない? っていってもあまり動じてないところ、やっぱりあんたに幻の類は効き目が薄いようだけどね」



 そういって魔王は心底残念そうに肩を落とす。とはいっても表情は以前として笑みを浮かべたままである。



 効き目が薄いのは初めから分かっていたも同然だった。じゃあ何故そんな無意味ともとれる行動に出たか、そんなものただ単なる嫌がらせがしたかっただけ、それだけの事に過ぎない。



 それにあくまでもどうせ効き目が薄いだろう、分かっていたのはそれだけで絶対とは言い切れないのだから、試してみても損は無い。もし仮に通じるのであればそれまでだし、通じなくとも次の手を打って出ればいい。それだけのこと。どっちに転ぼうとも結果はどちらでもいいの一点だけだ。



 もしまだふざける気でいるのなら、また嫌がらせをしてやる気でいる。



「んで?まだふざける気なの?」

「そうねぇ~、できれば見せてあげたいとっておきのものがあと四、五つ程あるのだけれども…」

「ああ成程、要約すると今すぐ土に還りたいといっているようね」

「ふふ、冗談よ冗談。ちゃんと教えてあげるから待ちなさい」



 それに魔王は手のひらに込めた魔力を静かに収める。何とかあと一歩で確実に仕留めにかかるところで踏ん張った。



「…っで?じゃあお言葉に甘えて説明してくれるかな?……柚依に成りすましていた偽物さん」

「失礼ね、偽物じゃないわ。アタシはれっきとした柚依そのものであり本物よ? むしろアタシより、貴方達が一緒に居たあの子を偽物と呼ぶべきじゃない?」

「……そう…そうかもしれないね。だけど……私はそうは思わない」

「おかしな事を言うわね…? 私は本物であり、あの子は偽物であり人殺しなのに? なのに魔王、何故貴方はあの子を選んだの?」



 その言葉に、魔王は瞳を紅に光らせる。目の前で語る柚依を睨みつけ、声音を落とす。



「それこそあんたの口からそんな言葉が出ること自体、私からしてみればおかしな話だけどね。だって柚依ちゃんは誰も殺してはいない。私から言わせて見ればむしろ人殺しはアンタの方よ」

「……あの子が何なのか分かっていて?」

「…アンタが勝手に柚依ちゃんを生み出したに過ぎない。柚依ちゃん自身が望んで誰かを犠牲にして生まれた訳ではないわ」

「ふぅん、でもあの子はアタシよりよっぽど、血の池にその手を沈めているわよ?」

「そうなるように、なるならざるを得ないようにアンタが仕向けただけでしょーが。影で他人を思い通りに操って、こそこそと隠れた場所でふんぞり返っていたアンタの手は汚さないでいた。ただそれだけの事でしょ? ッハ、何それ傑作、まごうことなき正真正銘のクズじゃん。偽善者ぶってるところが余計に反吐をそそるんだけど」



 そういって、魔王は唾を吐き捨てる。



「でもまあ、安心していいと思うよ。例えその手が血に塗れていなくても、十分過ぎるくらい血の池に浸かっているから。足の爪先から、手のひらだけを除く手首まで…どっぷりとね」

「…………」



 ――ギリィ……。



 柚依は途中で顔を俯かせたまま、一言も発することは無かった。



 ただ、魔王の話が終わった途端、代わりの返答として歯を立てる音と、周囲にはただならぬ量の魔法陣が展開されていた。



(……どうやら全ての話が終わる前よりも、相手の堪忍袋の緒が完全に切れる方が早かったみたいだね~)



 ふぅ…と一息付くと、続けて魔王も魔法陣を構築させてゆく。既に負った怪我は完治しているから、魔王としてはいつ戦闘に入っても問題は無い。同様に相手は相手で十分な時間稼ぎという条件を得られていたのだろう。



 しかし魔王にとって一番の問題は、未だに解けない気がかりな疑問だ。



(…うーん…出来ればどうして柚依という存在をわざわざ二人にしたのか…それを知りたかったんだけどな~、先に聞いとくべきだったかな)



 ちょっとだけ悔やむ…のだが、そんなのは一瞬だけ。今思っても後の祭りだししょうがないってことで。



 どの道、優くん達に手を出したのだから、ただで済まして返すはずもない。



「それに仮にも魔王ですし、アンタみたく何時までも私が舐められっぱなしっていうのは困るんだよね」



 ここ最近散々な目にあっている気がする。



 咄嗟に庇ったことで白木の矢を受けて瀕死になるし、人が物思いに更けていたら不意打ち突いて捕まえてくるし、カッコよく登場して今度こそ私の活躍する出番かと思えば九沙汰に操られて利用されるし。



 何か最近、優くんが私を見るたびため息を漏らしてくるし。



 魔王という威厳というか立場が粉微塵たりとも存在していない気がする。



 だから私も、優くんに認めてもらう為にも頑張らなくてはならない。



 そして認めてくれた優くんは私の姿に惚れ直して迫ってきて私は嫌々ながらも受け入れちゃってそれでそれでハァハァハァ……。



 ということで、本気出す。



 今ある魔力を惜しげもなく使い、全力で相手してやろーじゃない。



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