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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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空虚な世界、それは希望か、無か、絶望か


 __何かが、おかしい。



 『誰か』の思考が、警告を鳴らす。とはいっても、音は無い。光も無い。言葉も、その誰かというのもいない。ただ空虚な世界の中、何に問いただすまでもなく浮上した。



 その『誰か』は、考える。微かな違和感が過ったのは何時からだったか。途方もなく、何処からが原点でどうすれば終わるのかも知らず。



 まず手始めに、その『誰か』は例え方を変えた。『誰か』ではなく『自分』に。



 始まりはそこから。序盤という初期に戻り、初期設定が完了してから新たな『自分』を生み出す。そうして『自分』は、何時から違和感は確信のものへと移り変わったのかを考えようとする。



 沈黙。ただただ沈黙が続く。考える。考えてみる。しかし、結果は最終的に一つの結論に至ってしまう。




 __分からない。




 考えようにも、頭が回らない。どうしてだろう、どうしてだろう……。その考えすら、考えられない。考えることを、忘れてしまったかのように。



 次に行動を移すことにする。考えるよりも、動くことだと。



 だけど、駄目だった。何をしようにも、全身に力が入らない。動く、という動作に慣れていない。



 それに『自分』は不思議だなと驚く素振りを見せる。その驚き、そのものが何なのか知らないのに、知っているかのように無意識に動き、考え、いつの間にか『自分』という存在がこの世界に一人佇んでいた。



 感情は、無い。しかし、痛み、恐怖、悲しみ、喜び。そういった感覚は…ある、気がする。その感情というものが、渦巻いているから。感じるものはとても良いと呼べるものではなくて、この世界で意識を覚醒させたその日から、焦げ付ついた匂いと、強烈な熱さと、激しい痛みが存在していたから。



 痛い。苦しい。でも、足掻こうとはしないし、抵抗もしない。無駄だとわかるから。考えても無駄、動いても無駄。ここにあるのは、無だけだから。



 常に襲い掛かる、強烈な虚脱感。今にも、何もかも吹っ切れてしまいそうなくらいに。なのに、死ねない。意識が飛ぶことはない。発狂できない。それが当たり前。それが『自分』に与えられたこの世界の掟だから。



 だけど、掟と決めたのは誰?。考えずとも疑問は勝手に浮上する。なんでこんな状況に落ちいっているのだろうかと。無性に知りたくなる。




 『自分』は、一体今何処で、何者として存在しているのだろう。




 立っているのか、座っているのか、しゃがんでいるのか、じゃんぷしているのか、それとも飛んでいるのか。



 あらゆる感覚が狂ってしまっている。それは痛みなのか、この世界にどれ程の時間を過ごしたのか、長いか短いかも知らないくらいに朦朧としているからなのか。




 __ああ…息苦しい。




 ゆっくりと、意識だけは深く、深く眠るように奥底へと沈んでいく。白に染まった無の世界が、黒の無の世界に染まってゆく。



 『自分』によって浸食されていく。白を黒が塗りつぶしていく。その先に光は無いのに。闇が光を求めて広がっていく。延々と、淡々と。続くものは闇なのに。何も見えない無だけなのに。



 だから『自分』は、教えてあげる。立場の同じ相手に対して、そっちじゃないよ、そっちには何もないよ。と。なのに、どうしてか口を動かせない、声も出ない。出ているのかすら、分からない。



 そこで、戸惑う『自分』は理解して諦める。だって、抗っても無意味ってことを、自身が一番に理解しているのだから。言葉、その音すらも聞こえない。此処には存在しないのだから。 




 __じゃあ、何なのだろう。




 分からないのに、思考は巡る。行きつく先もなく、闇雲に。そうしている間にも、白は黒へ、黒は闇へと変色し、状況は悪化の一途を辿る。



 急かしている、何かが焦りを感じている。早くしろと、諦めたのに、『自分』の身体が動こうと、この世界で目覚めていく。




 __自分は、誰だ。




 無知は愚か、時は無情。意思に反して意識は混濁し、朦朧と、しかし曖昧な記憶は身体に巡る。



 時が語る。身体が反応する。心が覚えている。そうだ、忘れていた。何で、今まで忘れていたのだろう。



 狭まった視界が広くなる。闇の浸食が止まり、一時の光が当たりを掻き消す。それは、意識の覚醒。



 やっと、思い出した。ようやく『自分』の正体を思い出した。



 記憶が、語った。その意志に肯定するように、諦めに閉ざしたその口が、動き、喋りだす。





 『 黒沢 優 』





 それが『自分』であり、【】の名前。



 混沌と化した世界の中で一人、前の『 黒沢 優 』の知識を現在の『 黒沢 優 』が得る。



 手段なんてものが無いのに、断片が一本の糸として、次第に繋がり、細い糸が太く強く、色濃く染まる。一つの答えが、勝手に記憶を、知識を与えてくれる。



 でも、それでも足らない。肝心の何か忘れていて、覚えていない。思い出せない。不安だけが残る。



 それは、この世界で感じなかった、新しい感情。今まで無かった、何とも例えの難しい、不安。



 それは嫌な感情だと、苦虫を潰したような気分に『 黒沢 優』は、その不安を取り除こうと試みる。不安を掻き消そうと、思い出そうと何度も名前を呟く。何度も問うように唱える。



 【】は『黒沢 優』だと。



 不安が衝動となって駆り立てた。そうしないと、そうやって言い聞かせていないと、此処にいると思わないと、存在が否定されているかのようで、おかしくなってしまう気がするから。



 生れ出てくる違和感が、初めから気のせいで。違和感そのものではなくなってしまって。そんな気がしてならないから。



 またこの世界を受け入れてしまえば、きっと狂ってしまいそうだから。



 それが恐ろしくなって拒んだ。知りたくないと告げていた。聞きたくないと逃れるように、気がつけば自ら闇から闇へと歩みだす。



 何処を歩いても同じなのに。何処を向いても、変わらないのに。だって、もう決まっていて、既に起きたこと。そして終わっていること。だから事実は揺るがない。揺るがすことは出来ないのに。



 それでも『 優 』は、闇の中での歩みを止めない。



 進んでいるのか、下がっているのか、回っているのか、立ち止まっているのかも分からずに。



 ただ只管、無我夢中に、必死で何かを求める。



 道はない。後ろにも、前にも。一度歩いた痕跡さえも。



 どう足掻いても、結局は無に変える。答えを見つめても、真理を見つめたとしても。この世界では、生み出される物全てが無に帰ってしまう。



 いずれこの身も、無に帰ってしまうと分かっていても。







 __頑張っても変わらないのに、そこには一体どんな意味があるんだい?







 誰かが、『 ユウ 』に問いた。




 それに、誰だと【】を睨む。



 すると、【 】はおどけたように苦笑を浮かべた。



 それに名前は無い。何もない。空虚のままで、しかし問いかけだけは形となって現れる。




 だってほら、此処は知っている。そして懐かしい、そうだろう?




 何を言っているのだろう。知っているはずもない。何故なら、この世界で生まれた存在では無いと分かったのだから。懐かしいはずもない。だって、ここに来たのは初めてなはずだから。




 問われた質問に対して、『  』は否定する。




 だが、否定に対して【 ユウ 】は笑っていたように見えた。響く声は無から生まれ、声は次第に感情が芽生える。遂には感情は表に浮かぶ表情となり、表情はあるべき形へと移り行く。



 だから、はっきりと語っている。何を言っているんだろうと。そういっている、ということだけは分かる。




 尚も囁き、【 優 】は誘惑するように語り掛けてきている。




 それにほら、此処はこんなにも…居心地が良い……と。




 あれ程までに否定した場所が、居心地がいいと。冗談じゃない、そんな訳無いと否定した。でも【黒沢 優】はあざ笑う。何もかも見透かしたかのように、今では空虚なる無からは瞳が浮かぶ。






 __何かがおかしい。






 再び浮上した違和感。麻痺しだす思考回路。徐々に膨らみこみ上げる不安。だが、分からない。その違和感の正体が何なのか、理解できない。どうしてだろう。



 あろうことか、知識が欠けている。繋がっていた糸が、しっかりと掴み、離さまいと掴んでいたその糸が、途中で切れていた。



 知りたかった答えを見つけたかと思えたのに、上り詰めたその先に、実は更に上がある。届きそうだと、一度抱いた希望が、糸の切れる音と共に再び底に沈んでいく。



 無我夢中で、落ちまいと手先を探る。他の糸は存在していないのか探る。が、しかし見つからない。



 また切っ掛けが必要なのか。まだ、足りないものがあるというのか。分かるのならば、答えて欲しい。



 一瞬で絶望が希望に変わることはある。希望が絶望に変わるのも又一瞬だ。



 一度絶望を味わえば、希望を見つけようとも絶望した時を忘れることはできない。それ故、一度希望を味わえば、絶望の淵に立たされたとしても、僅かに隙間が残されていれば、誰もが必ずしてその隙間から希望を望む。



 可能性があるのなら、そう簡単に希望を捨てることはできない。



 ただ、それが本当の意味で希望に成りえるかどうか。希望には、何時だって絶望が付きまとう。



 望む結果が訪れるその時まで、ただじっと待つのか。再び糸が垂れてくる、希望が訪れるその時まで。無限に続く回路を、グルグルと回り続けろと、絶望し続けろというのか。




 それは、嫌だ。




 己の意思で、否定する。全に背く、一の者として。



 だが、叫んでも、懇願しても、一向に救いは無い。ならば、求める為に意義を唱えるのは無駄だというのか、この存在は初めから無、そのものだというのか。




 知りたい、見たい、訪ねたい。でも、それは誰に問えばいい?




 此処には、誰もいない。白は消え、黒も染まり、闇しかいない。ただ例外として居るのは、自分という存在だけ。




 __ああ、そういうことか。




 一番自分を理解している存在が、目の前にはいるじゃないか。




 【 黒沢 優】に問えばいいんだ。




 考えるまでもなかった。あとは簡単。最初から、そうすれば良かったのだ。




 気が抜け落ちる。重心を支えている糸が切れる。ふっと、身体が軽くなっていくのを感じる。

 



 ああ。安心したから気が抜けたのか。瞼がとても重い。さっきからとても…眠たいんだ…。だから、少しでいいから、一休みさせてくれるかい?




 全てをまとめた結論が出る。それでいいと、何もかも【 黒沢 優 】に後は任せたと。




 それに対して、いいよ。と、【 黒沢 優 】は笑顔で答えた。




 だから、安心してお休み。




 とても、優しい、甘く囁かれる誘惑。




 __ああ、良かった、それなら安心だ。




 異論は無かった。疑惑も何も。疑うことすら必要ない。




 それならもう、思い残すことは何もない。




 『』は闇の奥深くへと、瞼を閉じるよう、ゆっくりと沈んでいく……。










 …・…・…・…









 __ッヒュウゥ……。



 低い音と共に風が吹く。辺り一面が瓦礫の山のせいか、ちょっとしたそよ風でも砂煙が高く舞う。



 もし、道行くものがその光景を目にしたら、誰でも一度は思い浮かべるであろう。




 荒地…と。




 元の街並みを知る者からしても、『場所を間違えた』。その一言で否定するに違いない。だが、記憶と現実との食い違いがあったとしても、刻々と刻む時の流れに、嘘偽りの文字は無い。



 もはや盛んだった街並みの風景は、面影は欠片も残されてはいない。あるのは人という存在を失った影。ただの廃墟だけ。



「ッケフン!……いやー、参りましたねぇ~。ッケホコホ…」



 しかし、そんな道中をなんとも重たい足取りで歩き、覇気の無い声を発しながら辺りを見回している人物がいた。



 声の主は男の声。もくもくと立ち込める砂煙を前に、何故か自ら突き進んでいく。



 彼のその姿を遠くから眺めている者がいたとすれば、その行為は愚か、とまでは表現せずとも、馬鹿ではないか。といった感想を抱くだろう。現に、彼の全身は既に泥まみれ、それ故に砂粒が至る箇所に付着しきっている。



 手で払えば、いくらでも砂が落ちてきそうな程にだ。



 が、そんな砂煙の中を歩く彼の姿に、奇妙ともいえる違和感を感じるものもいるだろう。



 何故なら、彼は全身をこれでもかと身体を砂まみれにして汚しているのに、しかし一部分。首から上の頭部部分だけは、何故か守られたように汚れ一つついていないのだから。



 異様といえば異様。そして、見るものの目を引く独特な恰好。



「ッケホ!…ぅう…あれ程までに美しかった街並みが…ッゴホ!…見るも無残な姿となってしまわれるなんて…」



 両目の瞼を半開きにし、微かに涙を浮かべる。舞った砂埃を吸ったようで、彼は何度も咳き込んでいる。



 もっと守るべきところがあるのでは、という点もあるが、彼自身の拘りようは異常で、すっぽりと頭部の半分を覆ってしまう緑帽子をひっきりなしに守っていた。



「皆さんは…ご無事なのでしょうか…何処か安全な場所に避難していればいいのですが…」



 そういって、悲しんだ表情を浮かべては、キリッと表情をしきしめる。彼の目には、強い使命感が宿る。



 人々を助ける、正義感。闘志を燃やし、決意した面持を見せる。



「まだ取り残されている人がいないか…探さねば!!」



 そう声を上げると、スッと瞼を閉じる。



「……ッ!現地点からそう遠くない…近くに誰か居る…ッ!!」



 彼が次に瞳を開くまで、その間僅か二秒。一見、ただ瞳を閉じて開くだけにしか思えない動作だったにも関わらず、既に周囲の状況を完全に把握したという、自身に満ちた顔をしていた。



 先ほどまで重い足取りで歩いていた彼だったが、今では全力疾走。あの僅かな間で探し出したと思われる場所に向け、一直線に迷わず駆け出している。



 そう、道を失い、周囲が瓦礫の山という、足場が最悪な状態をもろともせずに、全力疾走で走っている。飛んでいるんじゃないか、とまで錯覚してしまうほど軽やかな身のこなし、身軽さで、手慣れたように瓦礫から瓦礫へと飛び移ってゆく。



「……ッ居た!」



 あっという間に目標地点まで距離を詰めていった彼は、対象をその目で捉える。



 人の気配を感じ取っただけで、数までは正確に把握していなかったものの、現時点で確認できる人の数は二人いた。



 一人は体系からして男性か、うつ伏せの状態で横たわっている。その隣で小さく蹲っている人は女性だろうか。周りに人のいる気配はないところ、奇跡的に瓦礫に埋もれず生き延びた生還者か。



 そこまで思考が巡った最中、人間の元とは思えぬ常人を逸脱した脚力で跳ね上がっていた彼は、宙に浮いている状態に限界が訪れ二人の居る場所へ落下。殆どの足音や物音を立てることなく静かに地面へと着陸した。



「お二方、ご無事ですか!?何処か怪我をされてはいませんか!?」



 そういって、二人の無事を確認しつつ、怪我の有無を確認する。



「………」

「…ぅ…ぅうぁああ…ッ!」



 男の方は横たわったまま返事がない。意識が無いのか。一方の女性も、鳴き声と嗚咽という返事とは別の形で受け答えする。



「どうしたのですか?落ち着いてください。大丈夫、僕は貴方たちの味方です!」



 そういって笑みを浮かべてみたものの、まるで反応は変わらない。



「…何処か怪我をされているのですか?でしたら僕が治療を…」



 その言葉に、女性は喋らず、しかし顔を上げずのまま首を振って否定した。



 その明らかな反応、対応に疑念が沸く。



「……では、一体何故そこまで泣いておられるのですか?」



 そこまでいって、気が付く。漂う、肉の焦げたような異臭に。そして、女性の隣で横たわる人物に目が入り、後悔する。



 聞かずとも、女性の反応は、今あるもの、見たままのものを答えとして映しているのだから。



「……この人を…助けて…ッ!!」



 そこで初めて、女性が顔を上げる。悲痛に歪んたその顔は、今も溢れる涙で濡れている。



 出来ることなら、その顔を笑顔に変えてあげたい。叶うことなら、その願いを叶えてやりたい。



 だが、それは、あまりにも無謀で、無理難題な条件。



 きっと、横たわる男性の位置をずらせば、それが一目で分かるだろう。



「………すみません…僕の手には……負えませ…ん……」




 呼吸、心拍、そして…脳波。




 それらが停止してしまっている今。男性はもう、意識を取り戻すことは決してないのだから。



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