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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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読めない思考



 静寂が訪れ、鼓膜には風の切る音がヒュウヒュウと響き渡る。そして瞼を開けば、瞳に映る視界を覆うよう、景色を遮る砂煙が立ち込めていた。



 周囲は強烈な爆発の痕がくっきりと大穴となって残り、その衝撃によってか、足場となっていたはずの地盤が一蹴され、初めから何も無かったかのように綺麗に消滅していた。



 跡形も無く消し飛んだ一部、それは災害か、それとも悪夢か。見た者に連想させるものは驚愕と恐怖。



「……ん、完璧」



 しかし、その惨劇の最中、一人は納得の言った声を上げた。


 

 それは延々と止まない立ち込める煙を細い手で振り払い、平然とした様子で辺りを見回す。その身には、傷といった概念が存在しなかった。



「んー、やっぱ前だけの防壁は駄目だねー。改善の必要がありそう」



 そういって、魔王は身だしなみが崩れている事に不満を覚えたらしく、少しムっとした表情で服に付いた土ぼこりを払い落とす。何度もホコリを被っているせいか、叩けば叩くだけ大量の土ぼこりが空気中に舞った。



 周囲がどうなっているかなんてものを考えもせず、ただただモクモクと土ぼこりを落とす。だが、空気中にも舞ってる為、払っても切りが無いと、魔王は困った顔で舞い上がるホコリを見つめる。



 やはり女という身だけあって、魔王にとっても身体を汚すという行為は好ましくは思ってはいない。



「だから爆発系の魔法は好きじゃないのよ…」



 そういって、魔王は口元をヘの字に曲げる。



 本音では汚れる行為を避けたくて散々手加減していた。しかし、結果としてはさらに汚れる羽目になった上、余計な魔力を消費してしまった。



 おまけに想像以上に派手にやりすぎてしまったかも知れない。全身汚れている事は勿論、ごっそりと一部をかき消す爆発と轟音を撒き散らしたのだ。やる事は終わったし、これで騒ぎになるのは確定したといっていい。



 当然長居してもいい事など起きるはずもない、魔王にとっては即座に宿に戻り、身体を洗いたい気分だ。



 だからこそ踵を返し、宿に戻ろうと歩を進める。



 __その瞬間、真空に小さな波が起きた。



 ッピシンと、全身に静電気を浴びた感覚が伝わる。



 すると、まるで魔王を帰らせまいと行動を邪魔するように、少し歩いたところで手足の動きが急激にだるさを増し、次第に前に進める足がぎこちなくなっていった。



「…あーもう、めんどくさいなー」



 そういって、魔王は全身の間接が軋み動きが弱まっていくのを、ただ鬱陶しがるように愚痴を零していた。






---






 それは、唐突に伝えられたものだった。



『…えーと、まあ、黙ったままでいいから聞いてて』



 魔王は納得のいかない様子で口を閉ざしたまま、ただ一方的に喋る柚依の言葉を耳に通す。



 どうも魔王の誤解を解きたかったらしい。それはすぐに一番に疑問に思っていた本題、話の中心へと移り変わった。



『私はね…この町に居る皆を助けたいの』



 そういって、柚依が次に発した一言を初めとして、どうしてそんな話になったのか、詳しい経緯を伝えられた。



 そうして伝えられた経緯を簡単に纏めあげると、柚依の本当の目的は『ゲクロク』という組織に加わり、裏でこの町の治安を維持、人々を守る為とのことだった。



 だが、それでも魔王を説得するには至らなかった。



 その原因として、優と柚依の話の間で彼女がどういった人物かを理解してしまったということ。その瞬間から、魔王は柚依の意見を納得しようにも、どうしても気に入る事ができずにいた。



『…魔王さん、貴方には東の塔を破壊することをお願いしたんだけど、いいかな?』



 そうした魔王の心境を柚依も理解したのか、つらつらと簡単に事情を説明していたかと思えば、急に話は移り変わり、今度は役目を告げられる。



『…ふぅん…まあ、いいけど?それで、具代的にはどうして欲しいのかな?』



 それについては深く追求することもなく、魔王は口元に微笑を浮かべて柚依をジィッと凝視。威圧と、疑りを掛けているという姿勢を合えて真正面に向ける。



 その魔王の行動に、柚依はどういった意味を表しているのかを理解している。嘘を付くなという、圧力。そして、それを見通す事が私には可能だという、表と裏の探り。



 嘘を言えるなら、言えばいい。付けるものなら、付けばいい。少しでも違和感を感じたら、すぐに心を読んでやる。そんな姿勢。



『…えーと、まあ、言い難いんだけど…』



 嘘を言っても、下手な誤魔化しも通用しない。それどころか余計に気分を損ねるだけになる為、柚依は困ったような顔で言葉を濁すと、ゴニョゴニョと小さな声で魔王に告げた。



 最後まで聞き取れる事は出来ず、少し曖昧に誤魔化しを加えようとしているのか。魔王は特に反応を見せずに柚依の言葉に耳を傾ける。



 別に無理に誤魔化すような真似をする必要が無かった。全部の内容を聞かずとも、魔王には本来の目的を考えれば大抵予想は付いていたから。



『…そのー、あのー、注意を逸らしたいというか…人目を引いて欲しいというか…』

『つまりは、助けたい人が居るから、その皆の身代わり…囮になれってことでしょ?』

『え?あ、う、うん。そう…なんだけども…』

『別に、構わないけど』



 もっと表現を悪く例えれば、今回の役目は要するに不要、捨て駒といった扱い。



 しかし、その点では何も言う気は無かった。



 柚依、優、桜、魔王、この四人の中で誰が一番派手な行為を得意とするかと聞かれれば、断トツで魔王が最適だったため。



 柚依は剣技に長けている様子だが、一度に起す作業で大きな成果は得られない。騒ぎにするにも時間と労力、そして規模が小さ過ぎる。



 じゃあ優は広範囲が出来るから問題ないじゃないかと考えられるが、一度の力が強大故、それを使う≪危険性リスク≫と体力の消費が激しく、騒ぎを起すという役目は些か不憫。



 桜には破壊活動事態、あまり好ましく思いはしない。それに加え、どういった力かも分からない以上、下手な行動は避けた方がいい。



『…一つ、いいかな』



 となると、広範囲に衝撃と音を一片に撒き散らせる魔王が妥当だと、必然的に絞られる。それは各々が重々承知していた。






---





 気にせずに歩を進めようとする、しかしその間にも動きは制限され、困ったことに一歩進んだところで完全に手足の自由が失われてしまった。



「……ある一定の条件で発動する、設置型の魔法…『トラップ』…」



 束縛魔法、それもこの効力からすれば上位魔法に相当するか。



 一瞬だけ放たれたように見えた光は広範囲に及び、恐らくはその光を浴びた者の身体の自由を奪うという代物。



 全身を一気に止めに掛かるものではなく、一部だけ。無駄な部分を省き、手と足だけを先に限定して拘束させる。もっとも相手を足止めし、捕らえるには効果的な方法。



 無駄を省いた分、効果の即効性と発動速度に回したといったところか。そうなるとこの魔法は良く作られていると素直に関心する。



「…ただ、どうやらこの魔法…私にしか効き目がなかったようね…」



 ゆっくりと歩く周囲の人々を見たところ、どうも身体の不自由を訴えている者は一人としていないようだ。



 ただ一人、魔王だけを除いて。



「これは一体、どういうことだろうね~」



 既に拘束は解いている、だというのに、あれだけの爆発を起した張本人を前にして、怯える、逃げる者は一人もいない。



 というよりも、人々が集まるその先がどういう訳か魔王を中心に、それも初めに目視した時よりも人数が明らかに増えてきている。



(……持続性はそこまで長くは無さそうね、まぁ、それでも二、三時間くらいは動けなくするくらいの効力はあるとは思うけど…)



 そういって、魔王は現状を一通り把握した様子で、動かなくなった体を一先ず直そうと、やれやれと一度溜息を付き、仕方が無いと魔法を詠唱すべく口を開く。



「………ぁ…ぉ…?」



 が、どうも上手くろれつが回らない。



 思った通りの言葉が出ない。



(……ぁー、ここまで早いとはね)



 そう気が付いた頃には、声の自由までもが既に奪われている状態だった。



「………」



 さらには意識までもを狩り取ろうと、段々と瞳に映る景色が薄れていく。



 もはや助けを求めようにも身体の自由が利かない、拘束を解こうと魔法を唱えようにも声すら発する事が出来ない。



 成す術を無くした魔王は諦めたように肩を下ろす。もはや抵抗の意を完全に無くしたかのか、魔王は落ち着いた様子で黙り込み、薄っすらと瞳を細めていた。





---






 考えは妥当だった。それに意義も異論も無かった。のだが……



『…一つ、いいかな』



 そういって、魔王は人差し指を立てた。



『…どうしても引っかかることがあるのよね』

『え?』

『どうして、そこまで塔にこだわるのかな?無理にまで破壊する必要があるのかな。確かに人目を引く建物だし、端側に人を集められる。…だけど貴方の言い分だと、優くん、桜ちゃんも塔を破壊するって事になるよね?』



 それでは何のための囮か。時間帯はバラバラだ、一度は人目を引けたとしても、何時までも人々が留まるはずも無い。他の塔が崩れれば、それにまた反応した人々が向かってしまう。



『…そもそも、そんな手荒な真似しなくても、もっとやり方はいくらでもあるはずよね?』



 方法は何でもいいのだ。例えば、町の中心には危険な魔法陣が仕掛けられているとか。呪いが感染するから外に出ては危険だとか。どんなデタラメな嘘だっていい。だって、それを可能に出来るはずなのだから。



『貴方、勇者よね?一人で敵わなかった、敵わないとしても、どうして外部に助けを求めないの?』



 それが、一番に気に食わない。



『【ゲクロク】という組織の幹部だから?じゃあ何で今になって、その組織を潰そうとしているのかな?』



 柚依は自身は勇者という身分だという事を明かしている。それが本当であれば、初めから魔王等に助けを求める必要はないはず。いや、むしろ会って間もない魔王等に頼む事自体が可笑しい。



 いくらイグベールの活躍を目視していたとしても、それですぐに信頼できると思うだろうか。



『それに、私が囮になる理由は人々を中心の塔から遠ざける為のはずよね?それなのに、私に続いて優くん、そして桜ちゃんと、端から順々に巨大な塔が崩れていけば、初めは興味本位でその光景を見ようと群がっても、面白半分が次第に恐怖に変わっていき、本能的に中心に逃げるように集まっていくといった可能性だってあるんだよ?』



 それを考慮した上でそういっているのか、でなければこの作戦は最初から無謀。意味を成さない。



『……やはり、私には貴方が何を考えているのか分からない。嘘を付いたということまでは分かっても、真相までが分からない。知ろうと心を、思考を読んでも、それでも答えが見つからない。辿り着けない…どうしてかな』



 そういって、魔王は瞳を赤く光らせる。



『今の私には、全てを見通せる程に完全じゃない…、だけど今、貴方は私のすぐ目の前に立っている。これだけ近くに居れば、何を考えているかくらい見通せてもいいはずなのに』



 至近距離でさえ、答えを探れない。深い内にまで入り込めない。



『貴方、確か多重人格とかいってたけど…じゃあ、そのもう一人は何時出てくるの?それとももう出てきているの?…今の貴方は、一体どちらの柚依なのかな?』

『…ッ!』



 そこまで言うと、無言のまま聞いていた柚依の表情が途端に濁る。



『……答える気がないならいいけどね…それとも今の貴方じゃ答えられないのかな』



 そこまで言うと、魔王は赤く光らせていた瞳と閉じる。次に瞼を開いたときには、普段と同じ何の変哲も無い茶色い瞳が覗いていた。



『…それと、最後に一つ』



 そういって、魔王は柚依を真っ直ぐ見つめる。



『…え?』



 どうして瞳に宿す魔法を解いた今のタイミングでなのか、柚依にはその意図が掴めなかった。



(…どういうつもり?)



 釈然としない面持ちで魔王の言葉を待つ。



 すると、その後に発した魔王の言葉に、柚依はさらに困惑した。




『…ん、そんなに身を構えなくても大丈夫よ。安心して。私は柚依ちゃんの味方だから』




 散々疑って、探りを入れて、そして魔王は、柚依に向けてそういった。



『だから、今度は貴方の口から、聞かせてくれるかな?』



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