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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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勇者、困惑する



 音も、視界も閉ざされた、静寂に包まれた空間。



 その薄暗い部屋の中、座椅子に寄りかかり頬杖を付いた人物は、静かに閉じていた瞼を開き、突如小さく口を開いた。



「…何やら外が騒がしいようね」



 声は女性。無機質ながら、その言葉には外で何かが起きているという確信が宿っていた。



 ットンっと、人差し指で叩いた音を鳴らす。



 するとその音を呼び出しと受け取ったように、何処からともなく薄暗い闇の中から一人姿を現す。



 彼女はそれに一つも表情を変えることなく、ゆっくりとした動作で視線をその人物に向ける。



「……どうやら東方面から凄まじい爆発があった模様です」



 その人物も又、無機質極まりなくただ起きた出来事を伝える。それ以上もそれ以下もなく、淡々と声を発する。



 そして一つの報告が終えると、口を閉ざし立ち尽くす。次の言い伝えがあるまで、身動き一つとらずに動きを止めた。



 薄暗い中でもボンヤリと瞳に映り込んだその人物の顔には、何も無い。瞳は虚ろ、声は無感情、表情は消え、意思を持たないその体はまるで人形。



「…そう、他は」

「……特に問題ありません」

「ならもう戻っていいわ」

「……分かりました」



 そういって、小さく頷くと静かに闇に消えていく。



 それを静かに見つめていた彼女は、又も少しして口を開いた。



「…こっちにおいで、柚依」



 そういって、薄っすらと口元に浮かぶ裂かれた微笑。彼女はそこで初めて声に感情を露にした。



「…はい」



 そしてその呼びかけに答えるよう、柚依は相槌を打つと静かに姿を現す。



 しかし、顔は常に下に向けたまま、距離は先ほどの人物よりも遠い。



「……相変わらず、無愛想ねぇ…まあいいけども…」

「…それで、用件は」

「…外が騒がしいようだけど、私の庭で一体何をしているのかしら」

「………一体何のことでしょうか」

「あら?てっきり柚依なら知っていると思っていたのだけれど……知らないの?」



 ジィっと、彼女は粘りつく視線を柚依に向ける。



「……な…何の事か…ご存知ありませんが…」



 それに、顔を下に向けたままの柚依は息を呑み、頬に一筋の汗を流す。



 その様子を、彼女は満足気に見つめると、頷くように首を縦に振った。



「…そう、ううん、そうよね。ごめんなさい。私はてっきり、また、柚依が無駄な事をしているのかと思ってしまって…」

「……無駄な事…とは」

「そうねぇ…例えば…影でこそこそと何かを企てていることとか…かしら」

「…ッな!」



 途端に柚依は腰に掛けている剣に手を掛ける。が、彼女はその様子をまるで微笑ましいわが子のように、微笑を浮かべたまま止めもしない。



「ふふ、そう身構えなくても大丈夫よ。むしろもっと頑張りなさい」

「ッな!?何いって…」

「あの時のように…頑張って、頑張って、頑張って頑張って頑張りぬいて…でも最後にはやっぱり駄目だったという、貴方の後悔した悔しがる顔をまた見たいのよ」

「……ッ!!」

「ふふ……そうきつく睨まないでよ、可愛い顔が台無しよ?」



 その彼女の軽い物言いに、ギチリと奥歯を噛み締め、下を向けていた顔を上げた柚依は、押し殺すように振るえる腕を押さえながら殺意の篭った眼差しを向ける。



 しかし彼女はそんな柚依の眼差しを、ウットリとして眺めた。



「はぁ~…可愛いわね、本当に…怯えた顔も、怒った顔も、笑った顔は…私に向けてくれたことは一度もないけれど…」



 そういって、彼女は本当に残念そうに肩を下ろす。



「…まあいいわ。これ以上いじると、またあの時のように涙目になっちゃうものね」

「ッく!」

「っふふ!怒っちゃってまあ!可愛いわねぇ!」

「……い、何時までも…呑気に笑えていられるとは思わないことね…ッ!!」



 そういって、柚依は踵を返し部屋を後にする。



「あらあら、まだ私に歯向かえる気力があるのかしら、だとしたら残念ね」



 柚依の気配が完全に消え、部屋に一人残された彼女は、再び静かに呟く。



「…本当に…残念ね…柚依」






 …・…・…・…・…






「なあアンタ…大丈夫か?」

「………」

「無言はもういいから、聞き飽きたから。まあ喋ってないから何も聞こえてないけど」

「………」

「何?嫌がらせ?それともやっぱり俺何かしました?」

「………」

「はぁ……」



 独り言をひたすら喋り、一行に口を開こうとしない無口の女を見つめ、優はただただ途方もなく溜息をついた。



 始めから現在までの進歩が何もなし。



 話が進まない。先にも進めない。会話さえ成立しないという、もうどうしたらいいんだろうか。



 最初は『やってしまった』と心の叫びと悲鳴を上げていたというのに、別の意味で後悔が混じってきていた。



「~~ッ!ああもうッ!めんどくせぇ!!」



 少し苛立ちを覚えクシャクシャと髪を掻き乱す。



 これ以上時間を無駄に裂いていられない。何も答える気がないのなら、強制的に地上に降ろすまで。



 そして優は『想像イメージ』を始めた。



 だが、飛ぶとは逆に今度は地面に足を着けるだけでいい。



「…降りッろぉおおおおぅおッッほぅッ!?」



 そして静かに地上へ降り立つ想像イメージが完成し、今まさに発動させようとした瞬間、無口だった女に変化がおきた。



 集中する為に少しの間瞼を閉じていた、その僅かな時間で、無口の女は目前にまで迫ってきていたのだ。



 それも、あともうちょっと近づいたら接吻キスしかねない距離という。。ビックリし過ぎて変な声が出た。



「っへぁ!?っほあぇあ!ん?っと、ちょ、ちょ、ちょ、ままままま待て落ち付こう!!」



 咄嗟に目を瞑る。何言ってんだのか分からないが、むしろ自身が一番落ち着いてないのは確かだ。



 しかし、落ち着こうにも異性である女性が、次に目を開いた瞬間に接吻キスを求めているような体勢で構えていたら誰だって驚く。



(おおおお落ち付け俺俺落ちちつこう。ここれはあれだ。たた多分俺への嫌がらせなんだそうに決まってるハハッハッ!)



 そう思い、瞑っていた瞼を離す。



 離れるどころか、離れそうにない。挙句の果てにジワジワと迫ってきている。



 思わず接吻キス(されないとは思うが)を避けるように、全力で顔の上に仰け反らし空を見上げる。



(まだ…だ!無心になればいけるって、無心無心無心無心無心無心無心無し…今何かっふにゃっとした何か柔らかい物がってあれこれってあれまて今密着してたよなってことは位置的に考えると人体の構造ではこの状態で一番ありうる部分は胸部分でありつまりはこれはおぅおぅおッ待てこれ以上考えちゃ駄目だそしたら負ける)



 必死に思考を巡らしていると、不意に何かが首元に巻きつく感触があった。



 一体何だと視線を下にずらす。



 無口の女は細長く白い肌を覗かせると、今にも折れてしまいそうな腕を優の首の後ろに回してきていた。






 …うん。







 っこっれっがっおっちっつっいっていっらっれっるっかッ!!!


 



「ええええええっと、何々、何考えてんの!?ん!?ドッキリ!?え?っちょ!?待って来るな来てもいいけどタンママジでタンマ!少し時間くれください!!」



 色々とやばいし、このままでは本当に自身の精神がまずいことになる。



 何かもう最初から最終まで訳が分からない。結局この女は何がしたいんだろうか。考えろ考えるんだ。



 もし何かが目的なら、この行為には何かしらの意味がある。しかしこの人とは初対面であり、無関係か敵かさえもお互いは知らないはずだ。



 ただ相手は気が付き、これは罠という可能性もある。…が、しかし抱きつく行為にどんな罠があるというのか。一体何の得があってこの人は俺に近づいてくるんだ。



 い、いや待て、もしかして怯えているのか、だから何も言わないと?しかし無言と抱きつくとは関連が…。



 あ?もしやあれか、好きなのか、出会ったばかりの俺を、一目ぼれって奴か?



 …なるほど、だからなのか。それなら納得いくぜ。



 纏めるとこうだ。要は、俺の事をこの女は好きになった。



 ……そういうことだ。間違いない。



「…ッフ、モテル男はつらいな…悪いがお譲ちゃん俺にはこれでも一応好きな子がいるんだなこれが」



 …って、あれ?ちょっと待て?何がそういうことで、つまりどういうことだっけ。



 もうてんぱってるせいか、自分で変な解釈して、それに自分で突っ込んでしまう。



「だからその気持ちは、もっと俺よりも素敵な人に出会ってから…っな?」



 何いってんだコイツ。駄目だコイツ、早く落ち着かないと。



 いや、もう駄目かもしれない。諦めようそうしよう。



 自分が言った言葉だというのに、何とも言えない恥ずかしさがこみ上げて顔が熱くなるのを感じた。



 というか、抱きつかれたと理解した時点辺りから既に熱いのだが。何時になったら離れるんだろう。



「…あ、あの…ひ、一先ず離れてもらえると…」



 そういって、優は無言で抱きついた女の肩に触れる。



「…ぅ…ぁあ…っふ、くふ…」

「…ん?」



 異変が起きたのは、その直後からだった。



「うふ、うふふ、くふふふ…」



 今まで何の反応も示さなかった女が、カタカタと小刻みに震えだした。



 ボソボソと何かを喋っているのも分かるが、この近距離でも聞き取れない程に声が小さい。



「お、おい?大丈夫か!?」



 カタカタといった震えは、次第にガタガタと大きく、その震え方が異様なのは一目瞭然だった。



 身震い、寒気、怯えなんて生易しいものではない。これはまるで…痙攣だ。



「く、くふふ、くふ、くへふくっふふふふふ!!!!」

「しっかりしろ…ッぐぅ!?ッな…急にどうし…たん…だッ!?」



 女が笑い出したと同時に、突然とんでもない力で首をギリギリと音を立てて締め上げられる。



 外見とは裏腹で予想を遥かに上回り、あっという間に息が詰まり、呼吸が困難になっていく。



「ッかは…!く、首が絞まって…ッ!お、落ち着け…!」」



 そういって、優は豹変した女に声を掛けるも、この腕に掛けられた力は弱まるどころか強まる一方。



(ッく!?錯乱状態にでも陥ってるのか!?だとしてもさっきから急過ぎるぞ!!)



 このままではまずいと思い、咄嗟に首元に掛けられた腕を引き剥がそうとするが、しっかりと固定されたように外れない。腕を離さない。まるで何かに取り憑いたかのようにピクリともしない。



(こんなにか細い腕だってのに、一体全体何処にこんな馬鹿力があんだよ…ッ!?)



 このままでは本当に意識を落としかねない。もし万が一このまま意識を失うなんてことがあれば、持続性の有無からして恐らくは効力が切れる。そうなれば空中散歩から一転、地上に向かってダイブだ。



 それが嫌なら、止めるしかない。



「…ったく!さっきから…何なんだよ!!」



 出来るだけ力を使いたくはなかったが、こうなった以上仕方がない。



「剣よ!!」



 そう唱えた瞬間、優を中心に風が巻き起こった。



 ヒュウヒュウと甲高い音を立て、何処からともなく現れたその風圧に、全身に纏わり憑くように抱きついていた女が引き剥がされていく。



「ッぐ!?し、しつこいなおい!」



 が、しかし完全には離れていかず、腕の力だけで尚もしがみ付いてくる。この執念は何なんだ。



 何ていうか陰湿過ぎるぞ。これが初対面の相手に対して行う所業か普通。



 そう思い、確認するかのようにしがみ付いてくる女を見つめる。



「くふふふふううううふふふくふうううう」



 なんていうか、普通にホラーだ。



 違うよな、違うよなこれ。多分なんて余地がないくらい、絶対違うよなこれ。



 あからさまに嫌がらせというか、何かしらの理由ありまくりのやり口だよなこれ。



「お前やっぱり俺に何か恨みでもあるんだろ!?」

「うら…み?」

「お、おう!」



 やっとまともな会話が成立した…気がした。



「じゃなきゃこんなことしないよな!?何したか分からないけど、謝るからいい加減許してくれ!ってか腕を放してくれ!」

「うら…み…う…ら…み…ら…み…ら…み……ら、みらみ、らみらみらみ、らみらみらみらみらみらみらみらみらみらみらみ」

「んんん?」



 グリグリと瞳が変な方向に動き出す。カタカタと口が震えだし、可笑しな連呼を繰り返す。



 何ていうか、非常にまずそう。ガックンガックン揺さぶられながら連呼が怖い。



「ううううう恨んでなななななんか、いないよぉおおおおおお!?」



 そういって、首に回した腕に力が篭る。



「嘘だろぜってぇええええええええええええ!!」



 そういって、優は叫びというよりも悲鳴に近い声を上げ、女の首に手刀を当てた。



 ッガクンと、女の身体に掛けられた力が一気に抜ける。



「っはぁ…っはぁ…き、気絶したか……しかし…何だったんだ一体…」



 そういって、優はダランと身体に寄りかかる女に視線を向ける。



「はぁ…これでまともっていわれたら人間不信に陥るぞ…、もしかして催眠でも掛けられてたんじゃねえのかこれ」



 そういえば、ずっと前髪が邪魔でよく顔が見えていなかったが…何か関係あったりするか?



「………ふむ、見てみるか」



 ちょっと関係ないかもしれないが、しかしどんな顔しているのか気になった。



 寄りかかる身体を起こし、顔の前に垂れ下がる髪を上げる。



 だが、露になった女の顔を前にして、優の考えていた予想は遥かに裏切っていた。



「……ッは?」



 思わず息が詰まる。言葉が見つからず、口が小刻みに震える。



「……おい…何だよ…これ」



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