魔王、高揚する
「ちょっと…この状況はいくら天才美少女の魔王ちゃんでも、少しばかり厳しいかなー…なーんて」
なんて軽い冗談を、魔王は聳え立つ塔をいぶし気に見つめると、苦笑交じりの笑みを浮かべた。
「ん~……し、し?しかーし!えーと…私、魔王ちゃんは、な、なーんと、こんな不利な状況にも関わらず圧倒的な力を見せつけ、形成が逆転するのでした~!」
現状からすれば、後ろには得体の知れない塔、前には運悪く押し寄せる一般人と思しき集団。
もし指一本でも動かせば、すぐさま後ろの塔から攻撃が発せられる迂闊に動けない状況。しかし、だからといって何か手を打たなければ、無関係なはずの住人に危害が及ぶ。
「さーてさてさてぇ?魔王ちゃんは一体全体、この危機的状況をどうやって打破するのでしょうかぁあ!?」
まずは考えるよりも先にやる気を出そうとの発言ではあったのだが、いつの間にか喋っていたら、そんなこと関係なしに何だか少しノリノリになってきていた。
というか、魔王自身の想像以上にやる気が出過ぎて、なんかもう何でも出来る気分になる。
「さぁ!やってやろうじゃないのぉおおおおおお!!」
さっきまでの苦笑が、今では『ムッフーン!』という鼻息を出し、高揚しきった状態で満面の笑み。勢いついでに魔王は腰に手を当ててみようとするが、
_ッヒュン。
「…ぁぅ」
何やらビームらしきものが、また頬を掠りそうな位置に飛んできた為止めた。
「ぁ…あふぅううう…」
それにまた意気消沈し、むしろ高揚してたことで危うかったという事に、胸に手を当ててドキドキと心音を鳴らす。
「な、なななな、なーんて!…ま、まーこんな冗談はさて置き……そろそろ本格的に仕掛けるとしようかな~!!」
こんな調子が続くともなると少しげんなりとしそうだが、こうも悪い状況が積み重なってもくればそろそろ本気で真面目にやらないと駄目らしい。
「……さて…と」
一息付き、魔王は静かに目を細める。
(どうしようかな…あんま考えてる時間は無いようだしね~)
距離からしても、歩いて向かってくる人々はもう差ほど遠くはない。恐らくは数分もしないで私と同じ立ち位置までくらいなら来れる。
「…となると、手段は単純に二つあるけど…」
人が近づいて来ない手段を取るか、それよりも塔を破壊する手段にするか。そのどちらを何を先決するかだ。
「んー……」
唸り声を上げ、魔王はどうするべきかへの字に口を曲げる。
下手に動くと身の危険に晒される。うっかりすれば身体の一部に穴が開いてしまうのだ。
「本音から言えば、後者を選びたいところだけども……」
と、そこで魔王は一度口を紡ぐ。
「……ん?って、あぁ、なんだ簡単じゃない…」
困ったように口元をへの字に曲げていた魔王だったが、しかし途端に閃いたように目を細めると、だったら話は簡単だと、魔王は微笑を浮かべた。
「つまりはあれでしょ?近寄らせなければ、いいんでしょ?」
そういって、魔王は途端に膨大な魔力を周囲に放出させた。
普段では人の目に映る事の無いはずのその魔力は、しかし魔王を中心に黒々と霧のように立ち込める。
「周囲の重力を操作…変更」
そして魔王は呟くように唱えると、それと共に両手を左右横に突き出す。
その右手側は住人へ、もう一方の左手側は塔へ向けて。
「…悪いけど、少しばかり止まってて」
魔力を送り、力を流す。
「沈みなさい!」
声を張り上げると、魔王は両手を下に勢いよく振りかざした。
「グラビティ・ダブル!!」
_刹那、周辺の地面が一瞬にして沈没し、重低音が辺りに響き渡る。
周囲に居た住人は一斉に地面に倒れこみ、肝心の塔とはいうと、地面同様に周囲一体が叩きつけられたような亀裂が生じ、ビキビキと亀裂を帯び始めた。
「はぁあああああああああ!!」
ッグンと、身体を前のめりに倒すと更に腕へ力を込めていく。
それにより地面に深い亀裂が刻まれていくが、しかし尚の事塔にはあまり効果が無い。
「っくぅ!やっぱり反射に防がれるわね…ッ!」
軋むような音は耳元にまで届くが、殆どの音は塔からではなく、反れるそうに重力を落とされている、その影響を一番に受けている地面からだろう。
「…これじゃあ破壊は難しいようね…まあ、試して無駄では無かったようだけど」
魔力の浪費に顔を顰めるも、その強烈な重力による圧のせいか、魔王の動きに反応して放たれたはずのビームが真下に落下する。
「…すぐに破壊出来ないと思っていたからこそ、飛んでくる光をどう対処するかの方法を練っていたけど…対処方法は掴んだわ」
試しに身体を動かしてみる。すると塔は動きに反応してビームを魔王に向けて放つ。
何度か試すが、どうも結果は変わらないようだ。
「って…何よこれ…攻撃方法がまるで馬鹿の一つ覚えじゃない」
毎回出てくる箇所が同じ為か、強力な重力の圧に耐え切れないビームは下へ下へと落下していく。
そのあまりに単純過ぎる仕掛けに、先ほどまで苦難を強いられた自分が馬鹿らしくなり、呆れ顔と共に魔王は肩を落とすと「ふぅ~…」と溜息を長く漏らした。
「これだったら、無理に魔力を使う必要なんて最初っからなかったわね…」
そういうと、魔王は塔に圧し掛かる重圧の位置を変更。周囲一帯から一箇所に固定、そして圧縮し、射光と思しき位置を定めるとその箇所だけを集中的に重圧を掛ける。
するとただひたすら塔は射撃を行ってくるが、撃てども撃てどもビームは全て同じ位置で力を失い、全ては同じ箇所に落ちるばかりになった。
標的が射程内にいるにも関わらず、こうなるともはや塔には攻撃する術がないらしい。
「ふ、ふふ…ふははー!やっぱり出来ると信じてた!信じてたぜ魔王ちゃん!さっすが私ね!!」
思わず初めのテンションに戻り、今度こそ腰に手を当て、そして魔王は高笑いを上げる。
この様子だと、大分対処が楽になったことで安全面も確保出来そうだった。
「ふむ…これなら住人の方は解放して上げても大丈夫そうだねー」
実は魔力面に関しては、イグベールで補充して以来まだまだ余裕だった。
何なら余裕を持って、むしろこのまま人々を解放せず、塔が確実に破壊し終えてから圧を解いてあげた方が確実に安全といえば安全ではある。
しかし、だからといって今度使うかもしれない予定を考えれば、今この場で余計な魔力を使うのは忍びなかった。
「無駄に魔力を使う必要はないし…まあいいよね~?」
そういって、気の抜けた声を上げた魔王は住人に向けて突き出していた右手を脱力させた。
「…右手解除~」
すると途端に軋めいた音が消え、周囲の空気の圧が一瞬にして消える。
「さーてっと、拘束は解いてあげたし、私は私で思うがままに、じっくりと目の前の建造物を甚振り壊してやろうじゃないの…くっくっくっくっく…」
そういって、何とも黒い笑みを浮かべた魔王は、顔の半分並に大きく裂いた口元を隠すことなく、ワキワキと両手を動かしながら無防備となった塔にじりよる。
それを塔は恐怖したのだろうか。魔王が近づくに連れて、傍に迫ってくるのを嫌がるように塔の射撃速度が一気に加速するが、しかし重圧に押し負ける為一切の攻撃が魔王には届きはしない。
「無駄よ無駄!もはや逃れる術は残されていないわ!!」
そういって、魔王はここぞとばかりに声を張り上げると、獲物を見つけた猛獣のように両手を無駄にワキワキと動かさせながら勢いよく駆け出した。
「さぁああ!ついでに日ごろの鬱憤を一気に晴らさせて貰うわぁあ!!」
駆け出している最中、今度は両手を後ろに向けると、魔王は見る見る巨大な紫の球体を発生させる。
そして突然急停止するように足を思い切り地面に打ち付けると、その反動で身体を斜めに捻らせ、全力で左手を前に大きく振りかぶった。
「グラビティ・ボール!」
唸りを上げた球体は、一直線に塔へ打ち付けられた。
塔にぶつかった瞬間に瀬切り合い、メリミシと微かに軋む音を立てる、がしかし、まだ反射の影響が勝っているのか徐々に押し返されていく。
「そしてぇ~!」
だが、当然まだ終わりではない、そんな事は知っているとばかりに今度は右手を大きく振りかぶった。
「もう一発!!」
そういって、再び投げつけられたそれは、一球目に投げた球体に比べ比較的に小さかった。
見た目からしても貧弱に見える石ころのような球体が、威力は無いものの反射に影響を受けることなく塔に付着する。
しかし見事付着に成功はしたものの、特別変化も起さず、次第に小さな球体は溶解して消えた。…かと思われた瞬間、突然無数の文字が塔全体に浮かび上がり、淡い紫の発光を始めた。
「外は随分と強固に作られているみたいだけど…はてさて~、内側はどうかな~?」
そういって、魔王が見つめるその塔は次第に発光が強まり、強烈な光を放ち始める。
「…弾け飛びなさい」
パチンと指を弾く。
「グラビティ・ボム!!」
その一言を最後に、周囲の音は掻き消され、見る者全ての視界は白に包まれた。
…・…・…
キィイ…。と、手を扉に掛けた事で静かに開く音を鳴らす。
そして、外に人が居る事を確認するよう、桜は声を発した。
「あの…どちら様でしょうか…?」
そういって、桜は少しだけ開いた扉の隙間から、恐る恐る顔を覗かせる。
「あ、あの…誰も…いないのでしょうか…?」
僅かに覗かせた扉の隙間からは、人の姿は確認を取る事が出来ず、返事も無くもう一度試しに問いかける。
「………」
…が、一向に返事は無い。
扉の隙間から人の姿を目視出来ないように、人が近くに居るような気配は感じられない事から、どうやら本当に居ないらしい。
「気のせい…だったのでしょうか…」
そういって、桜は一息付くと扉に持たれかかった。
胸に手を当て、速まっていた鼓動を落ち着かせるよう、桜は深い深呼吸を繰り返す。
「……ふぅ……いつもイグベールの皆と一緒に居たから…ですかね…こう、いざ一人になってしまうと……少しばかり心細い…です…ね…」
どうも普段は自分の事を意識していなかったせいか、その反動で無意識の内に過敏になっているらしい。
グラリと、視界が揺れる。
「っぁ…だ…駄目…弱気になったら…ッ!!」
咄嗟に気持ちを持ち直そうとするが、遅かった。
「…っぅ…」
一人になると、どうしても過去の記憶が過ぎってしまう。
それに急に吐き気を催し、桜は持たれていた扉から床へと座り込むと、荒い息を立てて強く胸を抑える。
「…っはぁ…っはぁ!…っもう…ッ!終わったこと…なのに…ッ!」
最近になってその症状は大分緩和されて来てはいたが、しかしどうしても一人の時は必ず起きてしまう。
いくら皆に表向きでは笑顔を振りまいて強がっていても、内面では胸が圧迫され、息苦しくて、こんなにも不安になる。
「………私…は…」
_一人が、怖い。
ただ、もう一人じゃないはずなのに。
もう、恐怖は克服したはずなのに。
「どうして…こんなに急に…ッ!…今まで、こんなに苦しくは…無かったの…に…ッ!」
じっとりとした汗が服を濡らし、呼吸が乱れたまま一向に定まらない。それどころか落ち着かせようとすればするほど呼吸が荒く、打ち付ける鼓動が速くなっていく。
誰もいないはずの扉から、再びコンコンと扉を叩く軽いノック音が鳴り響く。
「…違う…」
それに、桜は拒絶するように首を振った。
「…これは…私じゃない…」
今感じているこの恐怖は、過去の物ではなく、自身が生み出した産物では無い。
「ま…さか……」
信じられないと、唖然として口を開く。
と、一瞬だけ微かに違和感を感じて、左の方向へ視線を横にずらす。
「…ぁ…あああ…」
声にならない、悲鳴を上げる。
音も無く、宿の半分が抉られたように消されている。
_それは、昔の記憶と瓜二つだった。
一度目は何もしないで現れて、二度目にまた姿を現し、全てを消し去る、その仕草。
ゆっくりと後ろを振り向き、目の色を変える。
「…嘘…でしょ…?」
そういって、桜の視線が行き着く先には、気配も無く、音も無く扉の横に掛けられたその手に、深く脳裏に刻まれた、絶望が宿っていた。