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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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晴れのち曇り



 耳鳴りを起すような凄まじい爆音。地鳴りに違和感を覚えれば、次に目にしたものは宙に浮かぶ無数の瓦礫だった。



 舞い上がった瓦礫は落下を初め、そして周囲に猛威を振るう。そんな光景を目にし、私は手に持った剣を静かに鞘に収めた。



「っうわぁ!?何ですか今の!!爆発!?」



 同じく一緒に居たトールはそんな爆発音に反応して飛び上がると、私の行動に首を傾げていたことなど忘れてしまったのか、無防備にも手元の剣をまだ掴んだ状態の私の傍まで近寄り、外の光景を覗きみようと身を乗り出した。



 そこに警戒心は全く持って感じられず、驚愕した様子で外を眺めるトールに私は呆れて物も言えずに一息つく。



「……全く…本当に私は…甘いわね…」



 黒沢優という男といい、この透という男といい、二人の相手をしているとどうしてか決めていたはずの覚悟が揺らいでしまう。



「…甘さは…いつか命取りになる…」



 優の真っ直ぐで純粋な姿には、誰が見てもただの馬鹿で、でも胸には安心感、それに頼もしさを感じられた。もしかしたら、きっとこの人なら。そんな安易で不確かな考えが過ぎってしまう。



 一体何時からそんな幻想を思い描いていたのだろうか。瞼を閉じれば数年間何の為に偽ってきたのか。この狭い檻に一体どれだけ閉じこもっていたのかが思い浮かぶ。



 この小さな世界の中で、とっくの昔にそんな他人に頼る考えは捨てていた。家族を守る為、自身を犠牲にすると誓って、私は私という存在を消した。それなのに。記憶の端に残るあの光景がちらついて仕方がない。



「ゆ、柚依様!外に居ては危険です!早く中へ!」



 焦燥した様子でトールに呼び止められるが、私は塔の中に戻って身を潜めることなく、瓦礫が降り注いでいる外へと身を乗り出す。



 一部の瓦礫が真横にある地面に追突するが、顔色一つ変えず、動じる様子も無く外に足を踏み入れる。



「……問題ないわこれくらい。私を誰だと思っているの?」



 まさかまだ己の身ではなく自分の心配されるとはと、呆れに額に手のひらを当てそうになってからもう一度小さく溜息を漏らす。



 もし万が一身の危険を感じても、自分の腕なら落ちてくる瓦礫くらい弾き飛ばすのは容易、この程度ならば幾ら降り注いできても剣一つあれば全て弾き返せる自身があった。



 それに、これはそもそも周囲に降り注いでも、周囲の人には危害を加えないだろうと確信を持っている。そこだけは信頼を置いているからだ。



 ただ、こう目の前で落下物が無数に広がっていると、本当に大丈夫だろうかという疑念が膨らむものではあるものの、幾分かはまるで生き物ののように、自ら軌道を反らして真横をギリギリのところで掠め落ちる。



 こんな芸当が出来るのは、一人しかいない。



「…予想通り、ちゃんと最低限の役割は果たしてくれているみたいね」



 東方面を見つめ、微かに細く笑む。



 これなら、事が運ぶのにそう時間は掛かりはしないだろう。



「あ、あの!一体何が起きたのでしょうか!柚依様は何か知っておられるのですか!?」



 無意識に浮かべていた微笑が、トールの目には何かしらの意図があると読み取ったのか、見るからに顔色を悪くしたトールが話しかける。



「そう気を張らなくていいわ。下手に動きさえしなければ貴方も多分大丈夫よ。きっと妹さんもね」

「…ほ、本当ですか!?妹は無事なんですね!?」

「…え?」



 トールは身の安全に大しては薄い反応だったというのに、妹も安全だろうと聞いた途端に声を上げる。



 どうも落ち着かない様子ではあるなと感づいていたものの、まさか己の心配より他人の命が大切だと思っていたのだろうか。



 つい先ほど話していた内容を振り返ると、ただの自己中心的な考えの持ち主だと結論付けていただけに、自分まで意外な反応だと小さく驚く。



「ええ、恐らくはね」

「そ、そうですか…良かった…」



 再度確認するように聞かれ、同じく大丈夫だろうと伝えるとトールは心底安心しきった様子で胸を押さえる。



 まるで自分の命よりも、妹の方が大事と言わんばかりの反応っぷりだ。大切と思っているのならそれは良い事だが、身の危険を一切顧みていないところは悪人と呼ぶには拍子抜けもいいところ。



 ただ、善人という道を踏み外したことに変わりはないことも事実、私同様に悪人の一人でしかない。が、どうもこの男に手を上げるには躊躇われた。多分、馬鹿だからだ。



「……薫…って言ってたよね。…妹さん…とても大切にしているのね」

「勿論です!唯一の家族ですから!」



 何を当たり前な事をと言わんばかりの反応。トールは家族、兄弟という間柄だけは何よりも大切に重んじている。



 それは人並みの情を持てている証拠の一つ、トールも又、同じく環境に影響されて一部の感情が歪んだ一人なのだろう。



「……そう。……家族…か…」



 周囲に降り注ぐ脅威の存在を気にも留めず、家族という言葉を乾いた声で一言だけ呟き、私は意味も無く顔を上に上げて遠くを見据えた。



 そこに見える景色は宙に舞う石と土や砂埃。今日は澄み切った晴れだった。だというのに綺麗な青色の空をしていたはずの空は、今はただただ何処までも深く濁った灰色に染まっている。



「…あの日も…私が見上げた時の空はどんよりとした灰色だったっけ…」



 どんよりと、雲のように立ち込めた砂埃。




 ---今日も、曇り。




 脳裏に過ぎる、重なって見える瓜二つな記憶の影。



 どんな天気が訪れようとも、私が何時見上げれば空の色は濁っていく。




 だから空を見上げるのは、嫌いだ。









---









 爆音、破壊音、破裂音、そして爆発音。



 周囲に鼓膜を破る程に強烈な音を撒き散らし、形となって周辺の一帯にある建物に危害を加えた。



 次第に激しく周囲に漂っていた砂煙が晴れると、そこに広がっていた景色は一片していた。



 綺麗に整えられて整備されていた地面は見る影もなく抉れ、見事な形で形成された正方形の建物には、蜂の巣にされたように無数の穴が空く。



 そしてそんな中を、幾つもの瓦礫によって山となった場所から突然手が飛び出し、瓦礫を掻き分けて這い出てくる魔王の姿があった。



「…っけほ!っごほ!ごほん!!」



 ガラガラと音を立てて瓦礫の底から身を乗り出すと、未だに空気中に漂っている砂煙を一緒に吸ってしまい咳き込む。



「…っけほ……っくふ…くふふふふふふふふふふふふふふふ……」



 不敵な笑みを浮かべ、咳き込んで涙目になりながらもしっかりと立ち上がると、辺りに広がる無情な惨状には目もくれず、魔王は到って自然な動作で服に付いた砂ぼこりを払い落として服装を整えていく。



 髪に乗った砂も払いある程度服装が整い終わったところで、魔王は笑顔で深い溜息を付いた。



「いやー、しっかし…やってくれたわねーほんっとーにこんにゃろー!!」



 ピクピクと引きつった笑みを浮かべ、額に青筋を浮かべながらダンダンと足踏みを鳴らす。



「確かに柚依ちゃんに伝えられた作戦では塔を壊すつもりでやってくれだなんて、私だけ異様に安易な考えに疑問も抱かずにそのまま本番直行で全力で実行に移しちゃった私も悪いんだけども!!」

 


 魔王が立っている位置から少し離れた先、ほぼ完全に砂埃が晴れたことで垣間見る惨状を前に、爆発の中心点として猛威を振るったはずの地点は傷一つなく無傷の状態で聳え立っている。



「反射なんて魔法が取り付けられてるなんて聞いてなかったんだけども!?」



 不満満々で意義を唱える魔王。塔の周りを覆うように薄っすらとした透明の光が発せられている。



 外部からの攻撃を守り、内部を保護する。



 一種の結界の一つだ。



「ったく…最初の魔法は騙すためのブラフだったのね…!道理で可笑しいと思ったはずだわ!」



 結界の上に結界を重ねて張り、本命を隠していた。



 形として触れて解読は出来たものの、その下に張られている結界の存在に触れていなければ当然感じ取ることも出来ない。



 最初に触れて感知しなければ、魔法と解いて反応が無かった、じゃあもしかしたら別の原因があるのだろうかと思考を惑わしてしまう。



「まあ…この二重の罠を知っていたかどうかは知らないけど…」



 柚依は幹部に属していると話してはいたものの、内部事情を完全に把握できてはいないと途中に話してはいた。



 ただ、ある程度は詳しく情報を入手していると話していたのも事実。



 ただ優や桜とは違い詳しい作戦は設けられてはいなかった為、魔王は破壊という概念だけを考え、重要性は殆ど皆無ではないかと安直な考えで挑んでいた。





【ビー!ビー!ビー!】





 と、突然耳障りな音が鳴り響く。



 何事かと身構えるように姿勢を低くし、魔王は何が起こったかを把握する。



「……だけど…どうも厄介なものを押し付けれくれたようね」



 初めに引っかかった結界だが、種が分かれば解除すればいいと、そんな考えを打ち砕くように無人のはずの塔から甲高い警報の音が鳴っていた。



 一般的に考えても、これは良くない音だと判断できた。



 危ないという注意や警告ではなく、これは教える知らせ。何かをここに呼び寄せようとしている。



「…取り合えず一度出直してから………あー…うん……」



 ここは一旦引いて出直した方がいいと考えて身を翻すが、後ろに顔を向けた瞬間、魔王は悟ったように諦めの声を上げた。



 気が付いた頃にはもう遅く、気配も無く忍び寄り、静かに退路を塞いでいく幾つもの人数が押し寄せてきていた。



「てっとりばやく事を収めようと思ったけど…もう駄目だねこれ~」



 一目で把握しただけでもその数は数十はある。



 この現状をどう収拾を抑えればいいのかと悩むが、悩めば悩むほどに人数は集まっていき状況は悪化の一途を辿っていく。



「でも、私を止めるにはまだ人手不足だね~……って……あれ?」



 周囲を蹴散らす考えで手のひらに魔力を込めて完全に集団を捉えたところで、ふと、押し寄せてきている一人一人を見つめて不可解に首を傾げる。



「…凶悪だっていってた【ゲクロク】のメンバー?にしては何か違うような…」



 押し寄せる人の姿がハッキリと瞳に映りこむが、すぐ襲ってくると思いきや、お互いに姿が見えているというのに未だに歩いたまま走ってくる気配が無い。



 それに、格好や年齢層にばらつきがありすぎていた。エプロン姿やスーツ姿、料理人姿や魚屋の姿まで、着るものに関係性が感じられない。



「しかも子供までいない…?」



 大人の中に混じって歩く身長の小さな子の歩く姿。中には年老いて居そうな老人の姿まで見え、どちらも場違いにも程がある。



 傍から見れば、まるで集団による遠足か何かのようだ。



「……一般の人が、たまたま警報に反応して集まってきているのかな?」



 それだと、無関係な人を巻き込んでしまう可能性があった。警報は鳴り止むことなく、尚も耳障りな音を立てて鳴り続けてている。このままでは本当の敵が現れた時、集まった一般人に余計な危害を加え掛けない。



「……下手に触れないでここを離れよう」



 ここは無難に撤退しよう。そう考え、歩を進めたその瞬間。




 ---ッパシュン




「_ッへ?」



 何かが顔の真横を通り過ぎ、地面に穴を空けた。



 穴の空いた部分は融解したような跡が残り、ジュワジュワと音と煙を立てる。



「……えー…と?」



 振り返り際に、またも何かが通り過ぎると地面に穴を穿った。



 その何かが放たれてきている軌道からして、視線を向けていけば目の前にある塔から出てきていると当てはまる。



「………」



 試しに足を少しだけ前に出す。



 すると塔の表面から浮き出た光が一点に集まり出し、小さな光の塊になった、かと思うと一瞬にして元あった足元の先に目掛けて放たれる。



「……警報が鳴ってから攻撃……まさかこの塔、自動的に近づいた者に目掛けて攻撃するの…?もしこれが無差別だとしたら……ま、まずいんじゃないのかなこれ!?」



 ッハとして後ろを振り返れば、もうすぐ傍まで一般人が集まってきている。もしもこのまま放っておけば、無防備に近づいた人に攻撃して怪我人が出てしまう恐れがある。



 しかしだからといって下手に止めに掛かれば、何時【ゲクロク】のメンバーが現れて後ろから襲われるかも分からない。



「……はぁ…無茶振りだなぁもう~…」



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