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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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緑帽子の流離人



町は到って平和だった。



 誰が見ても一言で表せと聞かれれば、思ったことはそれだけと答えるだろう。



 中央に住まう人々は絶え間なく行き交い笑顔を絶やさない。そこは常に何かと話で盛り上がりを見せている。



 一人の母親と思しき女性は食材を調達に出店へ向かい、ガタイの良い筋肉質な男性は荷台に乗せた荷物を運び、そこらでは小さな子供が追いかけっこなどして遊ぶ姿が目に映る。



 その光景を一目見た印象では、誰もが幸せで、どの家庭も円満な生活を送っているのだろうと、ただ見ている者まで微笑ましく頬を緩めてしまう。



「わ、わ…!な、なんて素晴しい町なんだろう…ッ!」



 そしてそんな中を、感動に身をわなわなと小刻みに震わせ、瞳の奥をきらきらと輝かせて周囲を見渡す若い男性の姿があった。



 その男性はとても感極まった様子で口をワの形に大きく開き、はしゃいでいる子供に釣られるよう、彼もまた、まるで子供のように周囲を飛び跳ねる。



 背が高く、スラリと痩せた身体を持った彼の顔立ちは童顔。見た目では大の大人と呼べる程ではないが、それでも子供と呼ぶには少し違うだろう。



「何処か分からない森の中、只管途方に暮れていたけど…まさかこのような場所に巡り会えるなんて…ッ!」



 突然、っぐ、と突然下唇を噛み締めると、しかし堪えきれずに男性は腕で顔を覆った。



 感情がとても表に出やすいタイプなのだろう、それでも隙間からは瞳から溢れる涙が滝のように流れ出る。



「っぅ…っく…ここに辿り着くまで…散々な目に合った…。うっかり道を間違えて迷子になり、気が付けば変な森の中で路頭に迷い、出口を見つけたと思えば突然熊に追い掛け回され…」



 はしゃいでいたかと思えば、突然街中で泣き出し、それに誰もが『何だこいつ』と眉を顰めて自然と男性に視線が集中する。



 しかしそんな公衆の面前だというのに、男性は何にそこまで感動しているのか、周りから突き刺さるような視線を浴びていることに気づくことなく、構わず一人でこれまでの経緯を噛み締めるように語る。



「でも…何とか死に物狂いで熊から逃げ切ったことで……やっと…僕は安息の地に辿り着いたんだ…ッ!」



 そういう男性の姿は砂埃で服が煤けていた。枝や草木がチラホラとくっ付いており、ボロボロになっている服装を見る限り、その味わったであろう壮絶差が一目瞭然で分かる。



 そして最後まで勝手に一人語り終えると、男性の隣で偶然聞いていた町人は苦笑いを浮かべそっと肩に触れた。



「……あんた…災難だったんだな……」



 トンットン……と、二度軽く肩を叩き、商品の一つなのだろうか、それを手で持ち上げるとそっと果物らしい物を手渡す。



「…え、えっと…?」



 それに男性は訳もわからず、取り合えず受け取った果物を見つめて首を傾げる。



 表面が赤く、それでいてしっとりとした質感が滲み出ており、乾いた喉を潤すようなみずみずしさが食欲をそそる。



 次第に胃の方が促すように、ぐぅ~。っと腹の虫を鳴らした。



「それ、あんたにやるよ」



 ニカリと歯を見せる笑みを作り、とても人の良さそうな町人だった。腹の虫を聞くと、それに苦笑を浮かべた後、ものほしそうに果物に視線を集中させていた男性に向けていう。



「あ、ありがとうございます!丁度お腹が減っていた頃でした!!」



 男性は眩しいくらいにパァッと顔を輝かせ、夢中になって果物にかぶりつく。その速度は凄まじく、手のひらサイズもの果物を一瞬にして平らげる。



 そこでまた安心感が押し寄せたのか、男性は食べ終えると「ふぅっ……」と一息付いた。



「力が湧いてきました!元気いっぱいです!」

「そうかい、そりゃあ良かった」

「ありがとうございました!では僕は引き続きこの町並みを堪能しようと思います!」



 多少腹が膨れたことでさらに元気になった男性は、もう一度果物をくれた町人にお礼を言って頭を深々と下げると、観光気分でもっと町並みを拝見しようとさっさと歩き出す。



「……ちょっと待ちな」



 しかし、大して歩を進めて間もなく、先ほど果物をくれた町人から声を掛けられたことで男性は歩を止めた。



 きょとんと首を傾げる男性に対し、町人は辛辣な表情を浮かべる。そして考え込んだように腕を組み、かと思えば一度周囲を気にした様子で視線を巡らすと、手を軽く動かして近くに寄ってくるよう合図を出した。



「はい、何ですか?」

「あんた…その帽子……目立ちすぎだ…」



 判別するよう、チラリと視線を上に向ける。そこには男性の頭の半分ほどをスッポリと覆う、大きな帽子が被さっている。



「あ、これはその……おしゃれ…といいますか…何といいますか…」



 困ったように帽子を両手で押さえ、男性はごにょごにょと言葉を濁す。だがその反応を特に気にしなかったようで、町人は苦笑を漏らして彼を見つめた。



「まあ…普通の奴はまずこんな真似しないんだが…念の為確認させてくれ。さっきからあんたが話していたのを聞く限り、もしかして…いや、もしかするも何も、ここの住人じゃないんだよな?」

「…え?ええ、そうですよ?少し前まで路頭に迷っていたところです」



 そういう男性に、またも町人は表情を濁らす。かと思えば、再び口元に笑みを浮かべ、何事も無かったかのように笑声を上げる。



「はははは!そりゃいい!なら存分にこの町の素晴しさを堪能してくれ!ここはいい町だからな!」

「は、はあ…」



 その急な豹変ぶりに、返す言葉が無く曖昧な返事を返す。



「……っと、いけねえ!そろそろ商売する時間になっちまう!んじゃまたな!」



 そういって、町人は肩に手を添えると、横を通り過ぎる瞬間、先ほどの声とは裏腹に、男性にしか聞こえない小さな声で耳元に囁いた。



「……悪い事は言わない…ここには今後近寄らないことだ」

「_ッ!?」



 別人かと耳を疑う、真剣そのものの声音。一言それだけを言い残すと、町人は振り向くことなくその場を後にする。



「……え?…え?」



 当然、理解出来るはずも無かった。男性の頭の中は疑問が渦巻き、混乱した面持ちで立ち尽くす。



 それは当たり前だろう。何故なら周囲は到ってまともだ。何も起こらない、笑顔が絶えない。口数が多く、誰もが幸せで満ち溢れている。そこに不振な点は一つも見つかりはしない。



「……それなのに…近寄らない方がいい…?どういうことだろう…」



 ただただ意図が掴めず呆然と立ち尽くし、次にどう行動に移すか迷うその最中、足元に違和感を覚えて巡らしていた思考を中断させる。



「…はて?」



 顔を下に向ける。正確には足元の、さらに下の底から来る小さな振動。



 気がついた頃には次第に揺れの強さが増していき、それの正体が地鳴りだと気がつく。



「……あっちで…何かあったのかな」



 地鳴りに引き続くよう今度は凄まじい爆音が鳴り響き、音のした方向へ視線を巡らせばそこからは粉塵と共に瓦礫などが巻き上がっている様子が伺える。



 それも爆発したのは町中、巻き上がる粉塵や瓦礫の量からして、いかに強力な爆発だったのかが分かる。



「……まずいなあ」



 その光景を見ていて思わずぼやく。舞い上がったのが粉塵だけならともかく、多くの瓦礫まで舞い上がってしまっているのだ。今はまだ尚宙に浮いた状態になっているが、いずれ浮遊が落下に転化するのも時間の問題だ。



 案の定、浮遊していた瓦礫は周囲へ無作法で降り注ぐ。瓦礫の一部が隣の建物に墜落し、激しい音を建てて崩れるのを横目で確認する。



「う~ん…これ……どうしたらいいんだろう…」



 そして、その瓦礫の一部が見事に正確な軌道を縫って自身に迫ってきていることに、男性はほんの少しだけ苦笑を浮かべると、衝撃で飛ばされないようにと帽子を押さえた。



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