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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
63/112

模索



 優と桜を宿に残し、魔王は逸早く伝えられた作戦通りの行動を行っていた。それは見張りか何かに使われていると思われるいわくつきの塔だが、それに魔王は躊躇することなく、自然な足取りですぐ近くにまで向かっていた。



 乾いた足音だけを鳴らし、石で作られた道を歩いていく。魔王が現在いる場所は東に立っていた塔方面、町のすぐ端にまできていた。



「はぁ……何ていうか随分堂々とした目的地ね。遠くからでもハッキリと見えたわ」



 それに、ちょっとだけ気が抜けたように呆れ声を漏らしてしまう。所々が入り組んだ細道に出くわしたが顔を上げれば人目で方角が分かってしまうため、一切迷うことなく一直線に向かうことができたのだから。昨晩まで気を張り詰めていたのだから、それが馬鹿らしいと思ってしまうのも無理はない。



 魔王は一度腕を組むと首を捻り考える素振りを見せた。ここまでは問題は無いがまだ序盤にすら到っていない。目的地が目前だからといって気を抜くのは速すぎる。



「…んー」



 とりあえずはそのまま順調に歩を進めようと考えたが、踏み出す一歩手前でふと自分の姿が今どんな風に見えるかを想像してしまう。



 物陰から覗いては顔を引っ込めて人気の少ない道ばかりを歩いている。そんな人物を見かけたら誰だって普通に何か企んでいそうだと、怪し過ぎな自分が情けなくて想像するだけでも笑いが込み上げてくる。



「…こんなにコソコソと裏道から近づいていたら、さすがに怪しい過ぎるよね~」



 ここは一般人に装って歩いている方が無難だと結論付けると、一先ず周りに誰もいないかもう一度路地裏から顔を覗かせ前後左右を見回す。まだ早朝ということもあってか歩く人の姿が無い。



 これなら問題ないかと身を乗り出すと、目的地まですぐ近くではあるがあえて辺りを気にせずに堂々と道の真ん中を歩いていくことにした。歩く速度も速すぎず遅すぎず、常に一般人に紛れるよう装って道の真ん中を一人で歩く。



 しかし、その行動に自身満々だった魔王だが、次第に順調に進めていた足取りを緩め、遂には一旦止めると周辺に違和感を感じて眉を顰めた。



「……いくらなんでも…静か過ぎないかなこれ?…嫌に人気が少なすぎる気がするけど…」



 一般人に紛れようにも、そもそも通行人が一人として姿を見せない。



 一度後ろを振り返り、その後に周辺に建てられた建物へ一つ一つ目を向けていく。どういうことか出入り口はおろか窓の一つも無い。



 外を覗くための穴さえなく、ただ表面がのっぺりとした正方形の壁が連なって建てられているだけ。それも中心から離れれば離れていく程に人の住んでいる数が減っていっている。深夜ではないというのに異様に静まり返っている。



「何だろう、私達が入って来た西門には窓も人の姿もあったのに……東方面は誰一人として住んでいないのかな?荷物庫か何かにも見えるけど…薄気味悪い…」



 昨晩とは打って変わって、東側はまるで町から人が消え去ってしまったかのように気配すらも感じられない。それも歩いて見回るだけでも相当に広い範囲に及んでいる、普通なら誰か一人くらいいてもいいはずなのだ。



(…この塔がただの飾りにしたとしても、普通は町の外を出入りしやすいようにと、せめて門の近くくらいには住むもんじゃないの?)



 浮上する疑問に首を傾げ、この町の風習か何かだろうかと、再び歩を進めることにする。怪しまれないようにと路地裏を避けていたが、自分以外に人一人としていないのでは逆に目立ってしょうがない。



「…見晴らしが良くて気持ちいいから、ま、いっか~」



 無人ならどちらにせよ変わりはない。周囲に人の気配もなく、東の塔に注意も払っていたが見張りまでもいないようだった。



 じゃあ何のために建てられたんだろうと首を捻りつつ歩を進める。距離からしても大分近づいていたため、それからは差ほど時間を掛かけずに到着した。


 最後は気分転換に小さく飛び跳ねて塔に手を触れる。



「っはい、目的地到着~っと。……この塔には一体何が隠されているのかな~?」



 むふふんと鼻息を鳴らすと、手で伝いながら円状の塔に沿って歩き顔を上下に上げて周囲を見回す。



 呆気が無かった分、それを裏付けるかのように人気が無いことから、何か凄いものが隠されているのではないだろうかと期待に胸を膨らませる。



「……ん」



 するとその期待を答えるように、塔の周囲を模索している途中、魔王は伝っていた指先に違和感を覚え、その動きをピタリと止めた。



 違和感を覚えた箇所をマジマジと見つめると、何の変哲も無い壁を軽く二度小突く。ッコンッコンと奥行きのある反響音が響き、一部分だけが一枚の板張りのように壁が薄い。どうやら内側に大きな空洞があるようだ。



 試しに手のひらを壁に押し当て、瞼を閉じる。



「…ふむ。微弱だけと魔法が使ってある…まあ当然だよね~。周辺の建物さえ出入り口がが見当たらないってことは、全部幻影魔法か投影魔法の類で隠しているのかな」



 魔法の大体の構造を認識すると、再び手のひらを押し当て力を込める。すると魔王の触れている箇所が薄紫に変色していく。



 流し込んだ魔力で正確な構造を解析し、張られている魔法を逆式に展開して解いていく。それはものの数秒で薄紫の変色は収まり、同時に淡い光を放つと消えていった。



「あれ、違う?表面に張られてた魔法は消したはずだけど…」



 だが、本来ならこれで張られていた魔法を解除したはずというのに、入り口である通路が姿を現すことがなく、視野で確認しても見当たらない。



 もしも認識を左右するだけの魔法だったなら、今ので強制的に認識から外されていた出入り口を視野することが可能なはずなのだ。



 もしや実はそもそもの出入り口が無いのか、はたまた全く使わないからと埋めてしまったのだろうか。



「うーん、変化なしだね?……こうなると…ちょっと手荒くなっちゃうけど、しょうがないし壊すしかないかな」



 これは仕方が無いことだと、形だけ装いコクコクと首を振って頷くと、問答無用に両手に魔力を込めていく。



 誰も居ないなら問題は無いと、両手に込めた魔力を重ね合わせ、少々派手になるが、その分強力な【グラビティ】を塔に向けて放つことができる。



「うーらぁ!!」



 両手から放たれた【グラビティ】は巨大な引力の塊となり、塔の壁に触れた途端、爽快な破壊音を立てていく。



「あ、ちょっと強すぎたかな…。でもまあ塔を壊すことが目的だって言われてたし、別に壊しちゃったら壊しちゃったで問題は無いからいいか~」



 それに、魔王はしまったと後悔の念を上げるも、すぐに気持ちを切り替えた。



「どうせ対したものなんてないだろうしね~……って……ん?」



 そういって、塔には対して目もくれず、魔王はその場を後にしようと背を向けるが、歩を進めようとしたところで、さっきから響いている耳ざわりな音に違和感を覚えて立ち止まる。



「……なんか…音が変じゃない…?」



 砕け散る音が鳴っている、その原因は自分がした行いによって生み出されていることは分かる。ただ、【グラビティ】の魔力調整したことですぐに効力を失うようにしてあるはずだというのに、その破壊音がどうしてか鳴り止まない。



 それどころか、破壊音が段々と近いて、明確に聞こえてくる。



「…だ、だるまさんがこーろんだ」



 その正体が何なのか、さっきの行いと鳴り止まない破壊音から大よそ察しが付いてしまった為、魔王は若干頬を引きつらせながら、背後から迫り来る何かに向けて振り向くことを決意した。












 ---











 一方、魔王とは違う西に位置する塔。同じように柚依もまた既に目的地とするその目の前に立っていた。まるで慣れた手つきで一部の壁に触れると、ぐっと指先を前に押し込むと壁の一部が奥に入り込む。それを数箇所繰り返していく。



 すると目の前に変化が訪れた。幾つもの生まれた隙間に石が勝手に移動を起こし初め、あっという間に人一人が通れる大きさの空洞が生まれていく。



「御帰りなさいませ、柚依様」



 帰ってくる事が初めから知っていたように、男は柚依が帰ってきた姿を見るなり一礼して頭を下げた。



 柚依は一度だけ男に視線を落とすと、すぐに視線を外して腰に掛けていた剣を石垣の上に置く。



「…私が留守の間、何か変化はあった?」

「……はい…あまり良い知らせではありません…」



 悲哀に顔を歪ませる男。しかし柚依は同情の色を微塵も見せず他人事にのように聞き流すと、手元にある剣を鞘から抜くと適当に放り投げた。



 放り投げられた剣は地面に当たって金属音を鳴らし、先端部分の刃先が折れてしまう。随分と使い古されていたのか、その剣の刃こぼれは異様なまでに酷い有様だった。



「…もう駄目にしたんですか」



 それを見た男は驚愕というよりは呆れたように呟くが、そんなことをお構いなしに柚依は壁や棚に置かれた装飾や置物を散らかしいく。その途中、奥に仕舞い込んであった一本の剣を取り出した。



 その剣は鋼色ではなく混沌。恐ろしく黒く鋭利に鈍い光りを放ち、禍々しいにも関わらずそれは神々しさを放っている。



 柚依は口を硬く閉ざしたまま手に持っている黒い剣を睨み、苦い症状を浮かべると空いた鞘へ仕舞い込む。だがその動作は、いつもよりもゆっくりと慎重に行われた。



「それで?あまり良い知らせじゃないっていってたけど、何?」



 鞘に新たな剣を収めたところで、ようやく柚依は男に話を持ち出す。



「それを申しても宜しいのかどうか…」

「構わない、言って」

「…先日、【ゲクロク】の幹部数名が何者かの手によって殺害されました……誠に残念です」

「………それは本当に残念ね」

「で、ですがご心配なさらずに!既に手配は済ませていますゆえ、その様な無礼者はもうじき捕まるでしょう!!」

「……それは、結構なことだね」



 それは実に表情が豊かな男だった。落ち込んだり悲しんだり、かと思えば奮起して表情を険しくする。男は柚依に対して尊敬し、心酔しきった様子でいる。



 しかしそんな親しげに話しかけてくる男を、柚依はどうでもよさそうに見つめると男から背を向け、一切の感情が篭っていない曖昧な返事だけを返していた。



「だがしかし!万が一貴方様に危害が及ぶようであれば、その時はご安心下さい!我が命に代えてでも貴方様をお守り致しますゆえ!」



 すると突然男は興奮気味に胸に手を当てると、声を高らかに発し主張を述べだした。



 それに柚依は初めて反応を見せる。男の言葉にピクリと身体を揺らし、動きを止めて背を向けたまま柚依は男に向けて小さく声を発した。



「……貴方、確か最近【ゲクロク】に入って来た新人、だったよね」

「え?あ、はい!先週にここに加わりました!まさか柚依様に覚えて貰えていたなんて…恐縮です!!」



 柚依は【ゲクロク】の組織である幹部に位置する為、新たに加わった人員の顔はある程度目を通していた。その新人の一人が補助員として加わったのが彼だっただけということ。



 会うのもまだ二度目であるが初めてではない。先週と間が開いてはいたが、それで覚えていてもらっていたと喜ぶのは些か過敏に反応し過ぎではないだろうか。



 身振り手振りといちいち過剰に反応を示す男を、随分と愉快な男だと、それに苛立ちを覚える。



「…貴方、名前は?」

「わ、私ですか!?え、ええええと、と、とおると申します!」

「そう…じゃあ、簡単にトールって呼ばせて貰うね」



 突然あだ名で呼ばれたことに、トールと呼ばれた男は「よよよよ喜んで!!」と嬉しそうに声を上げた。



 しかしそれとは対称的に、柚依は未だにまるで声音を変えることなく、男と顔を合わせることもなく淡々と言葉を並べていく。



「それで…何でトールは犯罪者の組織である【ゲクロク】に入ろうと思ったのかな。見た所、トールは誠実そうな人だけど。何か理由でもあったの」

「え、え~と…あはは、り、理由ですか?特に深い理由って訳では無いのですが…カッコイイと…その、憧れていまして…」

「……憧れ…って…どういうことかな?」



 そこで始めて柚依はトールに向けて振り向いた。淡々としていた、ただ発するだけの言葉に初めて感情が篭る。しかしトールはその変化に気がついていない様子で構わず話を続けた。



「なんていえばいいでしょうか…こう、偉そうな奴とか態度がでかい奴、縄張り張っている連中、戯れいる輩、それにムカツク奴……そんな奴等に【ゲクロク】に入っているという肩書きだけででかい面が出来るじゃないですか?それがカッコイイと思っていまして、【ゲクロク】に入るのが憧れだったんですよ!!」

「………」

「まあ、一員に加わる為の条件として老若男女関係なく数人殺してみせろって言われたときは、少し抵抗がありましたけどね…」

「…ふぅん…抵抗…ね?罪悪感は無かったんだ」

「何言ってるんですか、勿論罪悪感もありましたよ?だから誰も悲しまないようにと一家全員殺してあげました!」



 トールは後悔の念など一切見せず、むしろ歓喜の表情を浮かべていた。これでよかったと、彼は小のために大を切り捨てた。いや、端から天秤に掛けるものは存在せず、ただ大を乗せ、大だけを無意味に切り捨てた。



 瞳の奥には危うい光を潜ませ、高揚したトールは柚依を凝視すると腕を組んで首を縦に振り始める。



「いやぁ~…しかし柚依様ともなると、数々の所業をこなしてきたのでしょう?一体何人殺めれば幹部になれるのですか?良かったら私にも、是非教えて頂ければと_」

「_ねえ、トールに家族はいるの?」



 しかし柚依はトールの話を最後まで聞かず、唐突に話とは全く異なった質問を尋ねた。



 それに、トールは一瞬何を言われたのか理解できなかったのかパチクリと呆けた様子で瞬きをする。



「え…?あ、か、家族…ですか?妹ならいますが…」

「……その子の名前は」

「か、かおるです」

「どこら辺に住んでいるのかな」

「え、ええと…南の方角です、中心から少し離れた場所に位置しています……あの…それがどうかしましたか?」



 不思議そうにしているトールを前に、柚依は何でもないと一度だけ首を横に振る。



「いいや…私にとってはあまり深い意味はないよ。ただ個人的な質問をしたまで…」



 そういって、柚依は静かに瞼を閉じて微笑を浮かべると、トールの前を横切り出口へ歩みを進めた。と、その途中、柚依は出口の横にある壁に手を掛け、トールに向けて振り返る。



「……ねぇ…トールは何で【ゲクロク】に入ったの」

「…えっと…?それは先ほど申した通りですが?」



 そこで柚依は本当に残念そうに顔を顰め、しかしそれは相手が気が付かないほんの一瞬で収まってしまう。



「……そう……貴方は私と似ている境遇なのかと思ったけど…違うみたいね。…見逃そうと思ってたけど……残念だよ」



 そして、柚依は自然な動作で腰に掛けている剣の柄にゆっくりと手を掛けていくと、やんわりとした表情で振り返り、とても落ち着いた様子で一言だけ呟いた。




「バイバイ」




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