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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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儚い思い


 個人として借りた部屋に入り、死んだようにベッドに倒れこむ。外は静まり返り、窓の外を覗けば夜空に浮かぶ星々が瞳に映り込んだ。



 ---_スゥ……スゥ



 そのままただただ黙り込んでいると、隣の部屋から微かではあるが、静まり返っているせいか寝息が聞こえた。右側では魔王が、左側では桜が部屋を使っている。


 左側に沿って置いてあるベッドの位置から、この寝息は桜だろう。特別鍛えているわけでもない彼女には堪えたのだろうか。それとも久しぶりに力を抜いて安らいでいるのか、それは分からないが、どちらにせよ疲れが溜まっていたらしくぐっすりと眠っている。



「ふぅ……」



 気の抜けた一息をつくと腕を顔に当てて黙り込む。疲れはあるが、眠気は全く無い。いや、眠気はあるが、今は寝る気にはどうしてもならなかった。

 ただじっとしているのはどうも性に合わない。そんな個人的な感性の元でだ。


 犯罪者組織とされている【ゲクロク】を潰すには、しっかりとした計画を練ったところで動くことにし、実際に作戦を決行するのは明日となった。


 それに不満があるわけではない。柚依、その彼女がどうして【ゲクロク】の組織の幹部なのか、また彼女の兄である白木相馬はそれを知っているのか、積もる疑念や思想はある。ただ、大よその話は済ませていた。聞きたいことも聞いている。


 それにまだ不満があるとすれば、それは今の感情に忠実なだけだ。



 天井を見上げ、考え込むように瞼を閉じる。そして小さく誰かに問いかける。それは他人でもない、自身に対して。



「……俺は…誰なんだろうな」



 忘れてはいない。ずっと抱えていた疑念。魔王や桜には何とも無い様子を見せてはいたが、込み上げる不安は変わってはいない。個室、一人きりになった途端、その感情が押し上げた。


 夢で見えたのは自身と瓜二つの姿だった。それは姿形が似ているだけでなく、抱く感情さえも何処か知っている、光景も何処か見覚えがある、しかし覚えているようで覚えていないという、とても曖昧な記憶。

 そんな状態でもう一人を見ていた気分は、とても優れるものではなかった。



「多重…人格…か」



 思い出した言葉を口に出す。それは柚依が話した、多重人格という存在について。それがどうかは定かではないが、人格が二つあると、そう答えていた柚依は嘘を言っている様子ではなかった。真剣な眼差しを向け、ただ何処となく諦めを込めていた。


 耳にしただけでは、もっとマシな嘘を付けただろうと思えたかもしれない。彼女が話した多重人格という存在は、比較的曖昧で、それ故人格が変わったとしても目に見えるものではない。

 当然、目に見えないから真実かどうかも見極めるのは困難になる。彼女が諦めを見せていたのは、それが理由だろう。


 そんな彼女の話を聞いていたとき、隣に座っていた桜は聞き慣れない言葉だったのか不思議そうな表情を浮かべ、魔王はただ無言で、しかし嫌そうに眉を顰めていた。


 そんな中、俺だけは他人事とか思えず、沈黙したまま柚依が話す、その彼女の言葉に共感していた。



 _俺も、そうなのか?



 夢に映る姿は偽者ではなく、紛れも無い自分自身、本物だと分かった。記憶が無いのなら、もう一人の記憶ではないのかと。

 断片的に見えるそれは、ただ寝ているだけでは見ることは無かった。


 不思議なことに見始めたのはここ最近。それも魔王と旅に出てからだった。強敵との戦いによって負った傷、その強い負担が身体に影響を及ぼし、そのショックで忘れていた、又はもう一人の記憶が共鳴したのではないかと、一度はそう推測した。


 ただそんな考えは難儀なことに、新人勇者として活躍を奮起していた頃、幾度と無く危険に晒され、死の淵に立たされたことがあったが、一度もこのような現象に至りはしていないことから違うのだ。



「……魔王か…どうしたこんな時間に」



 物思いにふけている最中、微かに扉から忍び寄る気配を感じ取り、それに相手の名前を呼ぶ。

 キィ……と扉の開く音が鳴る。そこから覗かせた人物は水色に可愛らしい熊の絵が描かれた、なんとも子供らしいパジャマ姿の魔王だった。



「何だ、ばれちゃってたか~」



 気づかれていたことに残念そうに頭を軽く小突くと、片目を閉じて舌を少し出す。何かを企んでいたのか、それを行う前にばれて失敗したようだったが、逆にそれを楽しむように愉快そうに笑う。



「…まだ起きていたのか、朝早くって訳でもないが、そろそろ寝とけ。魔王も夜更かしは美肌の天敵なんだろ?」

「……あのねぇ~。夜遅くに男性の部屋に忍び寄って来るなんて、考えられることは一つしかないでしょー?」



 不謹慎なことを言った覚えはないが、魔王はムッと不機嫌そうに頬を膨らませる。考えられることは何か、それの問いに対しての返答を考えるも、突然そんなことを言われたところで何も浮かばないのが現状だ。


 ただ、魔王と共に過ごしていた経験上、こういう行動にはどういう意味があるのか、大体考えなくても分かる。



「襲いに来ました~とか言うんじゃないだろうな?」

「大正解!」

「よし、今すぐこの部屋から出ろ、そして寝ろ」

「ムムゥウウウウ~!」



 案の定な返答が帰ってきたことで、出て行くことを促したが、それによりさらに頬を大きく膨らませて、唸る。と思えば凶暴な野獣のように口を開き、そこから鋭く尖った犬歯を覗かせる。なにやら不穏な気配、眼光からして噛み付く気満々に見える。



「よし分かった。落ち着け、話せば分かる」



 魔王なら噛み付くくらい造作も無い。慌てて起き上がると、手を振って部屋の中に入るよう促す。すると魔王は膨らましていた頬をしぼませ、にんまりと笑みを作った。



「ふふん、分かればいいよの~」



 扉を閉め、そのまま近寄ってくる。てっきり置いてある座椅子に座るかと思っていたが、魔王は向けていた視線を座椅子から俺の方へと動かすと、再び笑みを浮かべ、飛び上がってベッドに乗り込んできた。



「ぐぼぉ!?」



 しかもベッドではなく、まさかの俺に目掛けて飛んで来る。後ろは壁、逃げ場が無く、魔王を無防備にも身体で受け止める。クッション代わりとなり、俺は小さな唸り声を漏らした。



「ごふ…げふ……おい…」

「んふふ~。さすが優くん、逃げずに私を受け止めてくれたのね!」

「そもそも逃げ場がねぇよ」



 少し前とは打って変わって、随分と機嫌が宜しい様子だった。柚依とのやり取りにしばらく不機嫌ではあったが、今は落ち着いたのだろうか。

 人の膝に頭を置き、嬉しそうに頬を緩ましている。


 すぐに退かそうと思っていたのだが、どうして中々、そんな顔を見てしまった以上、そんな気にはなれない。

 何をしたいのかさっぱりだと、溜息を漏らす。仕方なくその状態を維持したまま、黙って窓の外を眺めた。



「……ねぇ。優くん」

「…何だ?」



 二人の沈黙を破ったのは魔王だった。ごろごろと膝の上で転がっていた魔王は、顔を上げて俺を見つめる。



「優くんは……私を恨んでる?」

「…もしかしてこっそりと忍び寄ってきた理由はそれか?何を言い出すかと思えば…」



 何処と無く魔王の浮かべている笑顔には、無理しているような、作り笑顔にも見えていた。気をつけてはいるが、それでも無意識的にも感覚が鋭くなってしまうと、相手の余計な面まで探ってしまうのは悪いところだ。



「だって、私は貴方を貶めたんだよ?」

「…だなぁ」



 魔王が言いたいことは理解している。些細な切っ掛けが元で、俺は指名手配にされてしまった。魔王という存在を匿っていたせいでだ。


 その発端となる原因をばらしてしまったのは魔王だった。それは愛を伝えたいなどという、馬鹿といっていいくらい単純な理由で、俺と魔王は危険な目に晒されている。



「恨んでいる…か…」



 誰だって貶められる事態を起されれば恨むくらいする。それが原因で危険な目に合えば、その度にあいつのせいだと愚痴を溢す。そのくらいの感情は持つものだ。



「…どうだろうな」



 ただ今となっては、俺の感情はどちらにも転ばなかった。何処かで恨んでいれば、勇者という鎖と外してくれたことに、ある目的を果たすのに動きやすくなり、むしろ感謝しているかもしれない。


 まるで他人事のように素っ気無い答えを返す優に、真剣な眼差しで見つめていた魔王は、やんわりと表情を崩し、クスリと小さく笑った。



「…優くんは、ほんと昔から変わらないなあ」

「昔からって…そんなに長い間一緒ってわけでもないだろ」

「……やっぱり…覚えてはいないよね」



 魔王は何処と無く残念そうに顔を伏せる。



「もしかして…昔に会ったことでもあるのか…?」



 およそ2年前、勇者になるその前に、一度だけ捕まっていた魔王を助けた事があった。俺の覚えている記憶では、それが初めての魔王との出会いだった。



「…………うん。2年前に助けてくれたときよりも、ずっと前に…」



 それに息を呑んで驚く。そんなことは初耳だった。魔王の言う昔は、2年前よりもずっと古い、それは5年か6年か、記憶が曖昧な、夢で見たような幼い頃を差しているのだろう。



「…悪いが…記憶にないぞ…」

「そりゃそうだよ~。だって私と初めて会ったのは、今から10年も前の話だもの」

「そうなのか」

「うん。時々一緒に遊んでいたんだよ。今となると、忘れていてくれてよかった~って思うけどね」

「…それはまた…どうしてだ?」



 それに魔王は苦笑いを浮かべた。



「あはは、そんなの気恥ずかしいからに決まってるじゃん」

「お前が気恥ずかしいって言うなんて……何があったんだ…」



 色んな意味で昔の魔王を知りたくなったが、聞いても教えてはくれないだろう。それにあまり探りを入れると、また魔王の感に触ってしまい、仕舞いには噛み付かれて終わりというオチが見えている。



「…しかし意外だったな…俺は完全に忘れてたっていうのに、魔王はよく覚えていたな」

「うっふっふっふっふ。うふ、うふふふふふ」



 どうしてか魔王が不気味な笑い声を上げ始めた。これ以上と無い満面の笑みを浮かべ、俺を見つめて口元をニマニマとしては、また含み笑いを漏らす。



「な、なんだよ…にやにやと…」

「あはは…いやいや、なんとも…」

「もったいぶるなよ…」

「ううん。そんなんじゃないよ。ただ、ちょっと…その…理由としてはどうかだけどね…」

「お、おう」

「…私がずっと覚えているのは、そのときから優くんが好きだったからだよ」



 それにどう反応すればいいのか戸惑う。いつもは何かとあれば「好き好き愛してる」などといってきていたことに対して、今の魔王は少し恥ずかしそうにおどけていたからだ。


 頬を少し赤らめ、まるで初めて告白したかのように恥らう姿は見たことが無かった。



「えーっと…そ、そうなのか」

「…うん。だから久しぶりに優くんの姿を見たときにはびっくりしたよ~。まさか私のことを覚えていて、助けに来たのかと思っちゃったもん」

「…さ、さいですか」



 ぐさりと言葉が胸に突き刺さる。幼い頃に会っていたことさえ忘れていたため、勿論魔王のことは全くといっていい程覚えてはいなかった。



「ほんと…びっくりしたんだよ~」



 そういって、魔王は思い出すように瞼を閉じる。



「……なあ、なんで魔王は…自らの正体を俺に明かしたんだ?不確かな記述しかない以上、お前が黙っていれば…そもそもあれは…本当にただの…」

「…優くん、そろそろ眠くなってきたから、もう寝るね」



 ベッドから軽く飛び上がり、綺麗に着地する。魔王は眠そうに目元を擦ると、小さくあくびを漏らした。

 そのまま振り返ることなく部屋を立ち退こうと扉に手を掛ける。



「魔王」



 ドアノブの手を掛け、扉を開いたところで魔王は立ち止まる。



「お前…俺に何か隠してないか」

「…んーん。何もないよ~」

「嘘だろ」

「…本当だよ」



 そういって、魔王は振り向く。



「大丈夫だよ。優くんは人間で、私は魔物。…でしょ?」

「………ああ…そう…だな」



 普段と変わりの無い笑顔を浮かべ、それに俺は言葉を詰まらせて頷く。


 魔王が浮かべたその表情に。



「じゃあお休み~」

「…ああ、お休み」



 魔王の笑顔が、俺には曇って見えた。普段通りの姿だが、それは平然を装っているようにしか思えなかった。



「……ッ!」



 パタンと音を立てられて、扉が閉まる。魔王がいなくなった後、その浮かべた表情を思い出して、脳裏に鋭い痛みが走った。


 ズキリズキリと走る頭痛に頭を抱えて蹲る。何かを呼び覚ますように、忘れていた記憶が脳裏を過ぎる。




『 大丈夫。優くんは私が守るから 』




 幼い少女が、笑顔を向けてそういった。微かに聞こえた、確かな記憶。その少女は笑顔を振りまき、次第に表情を崩して涙を流した。両手で瞳を多い、それでも涙は頬を伝って落ちていく。


 全身には不気味な模様が浮かび、その模様が包み込んでいく。

 しかし少女は泣いているにも関わらず、抵抗することなく受け入れるように力を抜いていく。


 どうして少女は何で泣いているのか。それすら分からない、どうしようも無い、幼い頃の記憶。



「…っつ!くそ…いい加減にしてくれよ…!」



 今では以前に比べて感覚が鋭くなっている。そしてそれはずっと、とても濃く、特に魔王に対して一段と。



「…なぁ…さっき見えた女の子は…お前なのか…?教えてくれよ…魔王…」



 だから魔王が俺に対して隠し事をしている、俺の為に魔王が何かをしていたことくらい、もう顔を見れば……分かるんだよ。



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