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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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浪人



「いやぁ…ここは見晴らしがいいですねえ」



 天気は快晴。やんわりと心地よい風がなびく。



 とある崖山の断崖絶壁の前に立っている青年は、ニコニコと笑顔を浮かべて前方を見つめていた。雲一つ無く、そこからの眺めは幾つもの山々を上から見下ろせた。



「……うん。屋敷を抜け出して正解でしたね」



 男は満足気に頷くと手元から一枚の紙を取り出し、ジッと見つめては口元に微笑を浮かべる。



「次に貴方と出逢うのは、何時になるでしょうかねぇ……」



 ふっと青年は初めて出遭った人物を思い浮かべていた。



「……_ん」



 そんな最中、背後から何かが近づいてくる気配を察知した。相手も気が付いている様子なのか、敵意をむき出しにし、無用心にも足音を鳴らしている。



「_んん?人…か?…こんな場所で何してんだ?」

「……おや?」



 しかし敵意を向けていた人物は何かと勘違いていたのか、青年を見るなり途端に敵意を無くし、伺うようにしてまじまじと見つめた。



 その様子に、青年は手に掛けていた剣を収めて図太い男の声に反応して振り向く。

 青年にとってはこんな場所に、まさか自分以外の人が居るとは思いもしていなかった。



「これはこれは……こんばんわ」



 見たところ鍛えられた身体ではあるが、冒険者ではないようだった。



 近くに住んでいる住民か、ただの旅人か。格好や荷物からしてただの登山者に伺える。



「へへぇ?…こんな人里離れた場所に人が居るなんて驚いたぜ。……そんなとこで一体全体何をしていたんだ?あと一歩でも踏み入れたら落ちちまうぜ?命が惜しいのなら危ないから下がっときな…。惜しくないのなら別だが…」

「なんと…これはお気遣い恐れ入ります…。しかしご心配はご無用です。このくらいでは万が一落ちたとしても掠り傷を負うかどうかの程度ですので」



 平然ととんでもないことを言いのける青年に対し、登山者は驚きを隠せない様子で口元に浮かべていた微笑を止めた。慣れた様子で辺りを探るように見回すと、登山者は口元を薄っすらと開き、嬉しそうに青年を見つめる。



「……おめぇさん…面白いな。…手ぶらでここまで来たのか?」

「いえ。きちんと身の安全の為にと、剣は常に所持していますが……」

「そういう意味じゃねぇんだが……」

「それと、私は普通に此方から登ってきただけですよ」



 そういって、青年が指差した方角は断崖絶壁となっているその下を指している。



「へへぇ……よじ登ってきたのか……この崖を…一人で……それが本当だとしたら、おめぇは人間かどうかを疑うねぇ」

「…貴方の言葉には一部理解しかねます。見ての通り人間ですよ」



 白い生地の衣装を身に纏った青年は、凛とした立ち振る舞いを見せる。その青年の首元に付いたバッジを見つめ、登山者は目を細める。



「…いやに品のある丁寧な言葉遣いだな…、格好もそうだし…おめぇ……貴族の者か…?」

「…いいえ、それは以前の話です。今は貴族でも何でもありませんよ」

「…ふぅん…嘘を言っているようでもないようだな。当然か。高貴な身分である貴族様が、まさかこんな物騒な場所に一人で居るはずもねえし…。いや、そもそもがおかしいんだがな…。まあどちらにせよ面白そうには変わりねぇか!」



 口元を大きく裂くと、高笑を上げて青年の背中をバンバンと叩き出し、うんうんと首を振って登山者は一人納得したように頷く。



「…いやぁ……こんな場所に一人で剣なんか携えた男が立っていたもんだから…おらぁてっきり手配書に書かれていた奴かと思って期待してたんだがなぁ…」

「手配書…ですか」



 しばらく青年は登山者との会話をしていたとき、登山者の言葉を聞いた途端にあっと口を開いて一枚の紙を取り出した。



「もしかしてその手配書って、これのことですが?」

「ん?…そうだな。まあ、本当かどうかは正直そこまで信じちゃいねぇけど……まさかおめぇ…この手配書に記された人物を探しているのか?」



 それに青年は微笑を浮かべ、首を縦に振る。



「ええ。そうです」

「ばっか…こんなん嘘に決まってるだろーに。賞金の桁を見てみろよ。どうかんがえても少しは可笑しがるだろ普通。…それとも何か?おめぇさんはここに記されている奴にでも心当たりがあるってのか?」

「はい」

「っだよなー。知ってる訳ねぇよなー……って、え、は?…あんのかよ!?」

「はい。経った今申した言葉通りです」



 あんぐりと口を大きく開け、驚いたように身を後ろに仰け反らせる。



 言葉を失って身を固めている登山者から手配書を受け取ると、青年は大事そうに綺麗に小さく折りたたむと胸元のポケットに仕舞い込んだ。



「…へへぇ?そんで…そいつは今何処にいるんだ?」

「…その事ですが…困り果てたことに、彼等は一体何処に居るのやら……全くの検討がつかずにいます」

「はぁ?じゃあ何か?おめぇさんは何処にいるかも分からねえ相手を、ただただ闇雲に手当たり次第探し回っているのか?」

「そう…なりますね…。これだけ高い位置から見渡せば、見つかるのではないかと期待していたのですが……」

「いやいや……見渡すっつっても、辺りは岩石や山々くらいしか見えないじゃねえか…」



 登山者は呆れたように前方を見つめる。下に視線を向ければ、瞬く間に血の気が引く程に気が遠くなる高さに位置している。晴れていれば見通しがいいかも知れないが、例え人の姿を見つけたとしても、申し訳程度ぐらいに砂粒の大きさしかない。無論天候が悪ければそれこそ砂粒程度の姿など、動物か人かと区別するすらも不可能といってもいい。



「…ですね。微かに期待を胸に秘めていたことを否定する訳ではないですが、私の考えが甘かったようです。…なので…そうですね…。次はあちらにお邪魔するとしましょう」

「……はぁ…?あちらって何処だよ?何も見えないじゃねえか」



 青年の視線の先は地平線の向こうを差している。しかし登山者の目にはゴツゴツとした岩肌と、木々が漠然と立っているだけにしか見えていない。



「私には見えていますよ。……どうやら町…というよりも小さな村のようですね。日が沈んでくる頃合でしたし、丁度一夜を過ごせる宿が欲しかったところです」

「どんな視力してやがんだよ……一体おめぇさんの目には何が映ってるのやら」

「……といわれましても……お美しい女子が多いということくらいしか…」



 村があるのかどうかさえ認識出来ていないにも関わらず、青年にはそこの住んでいる村人に加え、性別までも認知することが可能なようだ。

 


「……おめぇさん…面白いじゃねぇか。気にいった!ここで出遭ったのも何かの縁だ!俺も付いていくぜ!」

「それは…困ります…。これが遊びだったとしても、何事も危険が存在します。もしも私と共に行動していた性で貴方の身に危険が及びでもしてしまったら…」



 それに登山者は眉を顰めて口をへの字に曲げる。



「あ、あのなぁ…若いおめぇに言われるくらい、おらぁ落ちぶれちゃいねぇっての。自分の身くらい自分で守れるってんだよ」

「…そう申されましても…」

「硬いこというんじゃねえよ全く。大人は頑固なんだ。付いてくったら付いてく。なぁに。旅の邪魔にはならないから安心しな」



 巨大な荷物を背負った丸腰の登山者と、腰に鋭利な剣を携えた青年。距離からしても一歩踏み入れれば剣は完全に捉えられる。

 実力から二人を比べたとしても、立ち振る舞いや身のこなしからして遥かに青年が勝っているのは明らかに見えた。



「……そう…ですか。…分かりました…」



 しかし、青年は振り切るには骨がいるだろうと嘆息の息を漏らした。納得のいかない面持ちではあるが、青年は諦めたように肩を下ろすと登山者の申し出を承諾する。



 登山者はうんうんと腕を組んで頷くと、無邪気な子供のような笑みを浮かべ、獲物を見つけた野獣のように鋭い眼光を青年に向ける。



「っくく……。分かればいいさ…んじゃぁ早速だが…簡単な自己紹介をさせてもらう。まあなんつーか、おらぁ見てくれは山を登る登山者だが、一応しがない冒険者をしているぜ……おめぇは?」

「…そうですね…。私は…目的も行く当ても無くさ迷う…ただの浪人者…といったところです」

「そうか。宜しく頼むぜ!」

「…私からすれば…あまり宜しくないのですけど…」



 一方的なペースで話を進められ、登山者から差し伸べられた手を見つめると微妙な表情を浮かべる。



「ほれ、握手握手!」

「……宜しく…お願いします…」



 これ以上の有無は許されず、握手を急かされる。それに青年は仕方なく登山者の手を掴むと、お互いに握手を交わす。そしてそれぞれの握手がしっかりと握られた瞬間、大量の砂煙が二人の周りで巻き上がった。


 

 しばらくして徐々に宙に舞う砂煙が収まる。しかし砂煙が止んだ頃には二人の姿は消え、後には二人が立っていた位置に巨大な亀裂を残していた。



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